間章

第58話 とあるリポーターは知らず知らずのうちに貴重な体験をしていたり



 九月大安。謂わゆる「お日柄の良い日」ではあるが、この日の私は少しだけ体調が悪かった。


「どしたの紀田ちゃん、風邪?」

「んー、かなぁ? 喉に若干違和感あります」


 曖昧な返事をする私に対し、質問をした撮影クルーは分かりやすく眉を八の字に曲げていた。

 この後撮影が始まるので不安に思ったのだろう。相変わらず、クマみたいに大きな体してる割に心配性だなぁと思ったり。

 ガチで大丈夫ですと念を押すと「トローチあるから欲しくなったら言ってね」と言ってきた。まったく、良い人である。


 お陰で少し気が安らいだ、と言いたい所だったが。そこに水を差す輩が一人。優しいクマとは正反対、隣で聞いていた髭面のディレクターはフンと大きく鼻を鳴らした。


「前入りの夜に飲み過ぎるからだろ、あんま甘やかすな」


 コレである。

 先ず昨日は飲んでねーよと言いたいし、よしんば飲んだとしても喉を焼くほど飲む訳がない。「つーか飲んでたのは私じゃなくてアンタだろ」とも罵りたかった。

 流石にそれをぶち撒けるほど心が追い詰められている訳ではないが。数年後もこの情緒が保っていられるかと聞かれたら、ちょっとばかし自信は無い。まあ、今のところ、外面の厚化粧を落とすつもりは無いので「すよねーサーセン」と調子を合わせておいた。


「まあアレだ。どうしてもシンドいってんなら『この地の神』にでも祈るんだな。気まぐれで治してくれるかも知んねえぞ」


 という髭Dに「適当な」とも思いつつ、一応は相槌を打つ。


「そんな融通、利いてくれますかね?」

「知らねーけど、余所のフワッとした神仏様よりかは話聞いてくれそうだろ。なんせ直接会えるんだから」


 神様ね……と口の中で呟くが、やはりいまいちピンとこなかった。何というか、メディア側の人間がおいそれと口にして良い単語でも無い気がするのだ。




 制作会社に入社して今年で三年。

 番組ディレクターになるのを夢見て入ったのだが、何故かいきなりリポーターとしての研修を受けさせられた私。「色々経験しとけ」と言われて一時期は納得したものの、単に口車に乗せられた気がしないでもなく。その後はカメラの前で、記者という名の演者扱いを受ける日々を送っている。

 まあ、これはコレでやり甲斐もあって楽しいけど。自分がカメラの前に立っているこの構図に、未だ違和感を拭えないのも事実だった。


「にしても、新駅の開業記念式典にこれだけ人が来るのも珍しいですね」

「場所が場所なのにな。確かに待ち望んじゃいたんだろうが、それにしたって群がり過ぎだ。海外の記者までチラホラいやがる」

「私らも同じ穴のむじなですけど」


 そう言って改めて周囲を見渡すが、よくぞこんな僻地に人が集まったものだと思う。普段から人入りは多いと聞くが予想以上だった。

 ロケで移動に慣れた自分でも今回ばかりは大変だと思ったのだが。しかし、間も無く開催されるイベントの事を考えれば分からない話でもない。


 東山電鉄「山白線」軌道建設計画。十五年掛りのこの計画は、今日この日を以って完遂を迎えようとしていた。


「軌道延長、トンネル工事、新駅の建設、更には車両も新型を設計。ちょくちょく話は聞いてましたけど、漸くって感じですね」


 どうせ開通したのなら、その電車に乗ってこの地まで来れたら楽だったのだが。記念乗車券は倍率が高くて入手出来なかった。

 おまけに「山白駅」開設のセレモニー等、電車に乗っていては撮れないシーンも色々と多い。だから私達撮影クルーは前日のうちに従来の山道を通って現地入りしたのである。


「今何時?」

「九時三十五分です」


 式典は十時からである。

 駅前広場に置かれた演壇には既に出席者と思しき人達が並んでおり、談笑を楽しんでいる様子だった。

 知事を筆頭に衆議院議員、新駅建設促進会役員、鉄道会社執行役員や出資者等々。一連の計画に対し、政治的に尽力したであろう方々の表情は非常に満足そうではあるのだが。


「やっぱ絵面的に地味だな。テープカット以外は新型車両の進入シーンで纏めるのが無難か」


 髭Dの物言いは失礼だけど、正直私もそう思う。


「向こうにNテレの信濃アナが来てましたけど」

「マジか、どうせ撮るならそっちが良いわ」

「依頼のあった局と別の女子アナ撮ってどーすんですか」


 初の搭乗客を乗せた車両の到着予定時刻は十時二十分、それまで私の出番は無い。

 その出番も、進入してくるだろう新車両をバックに「ご覧ください。たった今、乗客を乗せた車両がこの山白村に到着しました!」と一言二言述べるだけである。

 今日の昼のニュースに使われるらしいのだが。そのワンシーンの為だけに、果たしてリポーターが必要なのか甚だ疑問ではあった。




 ふと美味しそうな良い匂いがしたので辺りを見回してみると、広場の端っこに小さな屋台が開かれているのを発見。クレープかチュロスか、とにかく甘い香りだった。

 まだ少し時間もあるので覗いてみようか、そう考えた時である。急に広場の一角がざわ付き始め、会場の空気がガラリと変容した。


「おいおいおい、マジか。瀧本、カメラ回せ」

「ディレクター、あれって……」

「年始の村の祭事にしか出てこないって有名なんだがな……あんま期待してなかったが、まさか本当に下りて来たのか」


 壇上の議員や役員達も話を止めて一斉に注目している。会場中の視線を一身に集めていたのは、少々異様な格好をした集団だった。


 例えるなら蘇利古そりこの舞人。しかし、その衣装の色や模様に雅楽らしい派手さは無い。

 無地でゆったりとした形。上は黒、下は白のシンプルなツートーンカラー。やはり特徴的なのは、顔を雑面ぞうめんのような厚紙で覆い隠している事であろう。


「コスプレ、じゃないですよね?」

「この地でそんな事やってみろ。バレたら周りから袋叩きだろ」


 確かにそうだ。だとしたら本物か。


 群衆の中には這いつくばるように拝礼している人もいる。恐らくは熱心な信者だろう。




「間違いなく承和上衆そがかみしゅうだ」




 人垣で全容は見えないが、恐らく人数にして十人弱といったところ。体格は様々で、背の高い者もいれば女性のように華奢な体躯の者もいる。

 万人の病を癒す、現人神達の顕現であった。


 一体何をしに来たのか気になったが、彼らは完成したばかりの新駅を物珍しそうな仕草で(表情は分からないけど)しげしげと眺めているだけだった。

 まさかの物見遊山か。主催者らしき人達はワタワタしているが。


「インタビュー……とか出来ますかね?」

「やらん手はないだろ」


 という訳でいそいそと取材の準備をしていたのだが、いざ彼らに駆け寄ろうとしたところで突然背後から声が掛かった。


「突るのは結構だが、多分なんも喋んねーぞアイツら」


 振り返ると見知らぬ大男が立っていた。




--




「どうせ何も喋らねーから、行っても無駄だと思うけどな」


 私の後ろでそう述べたのは、190センチはあろう長身の男だ。

 髪型はツーブロックで目にはサングラス、おまけに耳にはピアスを開けている。厳つさとチャラさが混ざった、あまりお近づきになりたくないタイプだった。

 思わず固まってしまった私に頭をボリボリ掻きながら「聞いてる?」と問うてきたので、人違いとかでは無いのだろう。生憎と、こちらは全く顔に覚えが無いのだが。


 誰だこの人。


 これがプライベートでだったら完全に無視して、とっととその場を去る状況だ。

 しかし、如何にも「事情通です」という雰囲気を醸し出している彼を、放っておくべきかどうかは少し悩む。仮にも神様扱いされている人達を「アイツら」と呼んでいた訳だし。


「お兄さん地元の人?」


 髭Dがズイと前に出てグラサン男に尋ねていた。男は面倒臭そうに私に向かって顎をしゃくる。


「そっちのおねーさんに話し掛けたんだけど」

「声を掛けるならもっと良い女がいるだろ。アッチにNテレの信濃アナが来てるらしいぞ」


 Dにはナンパ紛いに見えたのだろう。庇ってくれてるのは分かるのだが、その言い方は私にも失礼じゃなかろうか。女子アナと張り合うつもりは毛頭無いが、言葉くらいは選んで欲しい。


「まあ、いいか。じゃあアンタに問題を出そう」

「あ?」

「連中は何故下りてきたのでしょーか」


 ズズイと今度はグラサン男が詰め寄っていた。流石のDも妙な絡まれ方をされ、少したじろいでいる。


「……見物じゃないのか」

「半分正解。だが、それだけなら普通は私服に着替えてこっそり来るだろ」

「顔が流出している方も居ると聞くが……」

「変装の手段なんて幾らでもある。開き直ってあんな格好をする理由にはならねえな」


 言われてみればその通りなのだが、だったら何だと言うのだろう。


「ヒントは演壇にいる出席者。その中で、今回の開発に最も貢献したのは誰か」

「?」

「……分かんねーか。でも、気になるなら調べてみると良い。面白いネタになるかも知んねえぞ?」


 終始一方的、本当に何を伝えたかったのか。此方が理解する前にグラサン男は踵を返し去って行った。

 適当な事を語って去るだけの、相手にしなくて良い類い。……にしては少し内容が意味深だった気もする。


 ポカンとして見送っていると、彼に向かっていく小さな影がひとつ。「あっ」と声を上げる前に、突進して来た小学生くらいの女の子は男の背中に飛び蹴りをかました。


 盛大にすっ転ぶ両者。直後に立ち上がってはギャイギャイと何か言い争っていたが、どうやら女の子が屋台を奢れと強請ねだりに来たらしい。


「何だったんだ」

「何だったんだでしょうね」




 結局、グラサン男のせいで承和上衆へのアプローチは叶わず仕舞いに終わった。男の相手をしているうちに信濃アナに先を越されたからである。

 しかし、インタビューに行っても無駄というのは本当だったらしく。マイクを向けられても彼の現人神達は完全に無反応な様子だった。


 貴重な画が撮れたのでDは満足していたが。

 どうなるものかと思われた今回の承和上衆サプライズ登場。主催者側の焦りとは裏腹に、式典は恙無く開始され、そして恙無く終了する。

 彼らは特に何もせず、客の乗せた車両が到着した時も広場の隅っこでジッとしているだけであった。


 本当に何しに来たのやら。

 ただ、出席者のひとりがテープカット役を承和上衆に譲るというイレギュラーはあった。

 その結果、テープカットの際は少しシュールな画になってしまったが。髭D曰く、メディア的には美味しいので全然アリとの事。


 私も自分の仕事を無事にやり遂げた。


 体調がいつの間にか良くなっていたのは不思議だったが、もしかしたら本当に承和上衆が治してくれたのかも知れない。


 遠目からしか拝めなかったので、直の接触は無かった筈だが。

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