第57話 ヒーローよりもっと困る扱われ方もある



 如何な凶悪事件であろうとも、進展が全く無ければすぐに他のニュースに埋もれて消える。

 件の通り魔も例外にあらず。犯人がナリを潜めて数日経つと、話題は他へと移っていった。無論、関心が全く失せたという訳ではなく、犯人逮捕は誰もが望む事ではあったが。これも致し方ない事だろう。

 遺族がメディアに露出すれば世間の関心をもう少し引き伸ばせたかも知れない。しかし被害者は皆一様に独り身で、近しい親類らも取材には一切応じなかったらしく。大きく騒がれた割に現場周辺地域以外の飽和化は殊の外早かった。一部週刊誌等では半グレやヤクザの抗争説も囁かれたが、憶測の域を出ない空説では話題の持続に至らない。

 よって、昨日辺りの報道では「失言議員の弁明」や「各地最高気温の更新」等、薄味のトピックスが平坦に並んでいたのだが、



「薊区連続通り魔事件、容疑者緊急逮捕」



 急転直下の展開に事件は再び脚光を浴びた。


 ついぞ叶った凶悪犯の確保。これだけでも話題性は十分なのに。

 その犯人の正体が若くて見目麗しい女性と知られると、尋常じゃない騒ぎに拍車が掛かった。無論、最初の報道に性別やルックス云々に関する明白あからさまな言及はされなかったが。イメージされていた犯人像とのギャップが注目度を更に増加させたのは間違いないだろう。


 リラクゼーションサロン勤務、梁坂彩子(23)。

 この健常そうな肩書きの裏に何があるのか。生い立ち、気質、人間関係。そこから見えてくる今回の惨劇の動機とは。

 ジャーナリズムの精神の基、彼女の情報を舐る為、報道各社が血眼になった。



「お陰と言って良いのか分かりませんが、逮捕の切っ掛けとなったについてはそれほど注目されていませんね」

 

 という、芦川さんの報告を横で聞きながら。流し見していた三面記事をバサリと閉じて傍へと放る。

 血眼になっている、という割に然したる情報は書かれておらず。梁坂さんの素性を知る俺からすれば、然もありなんと言った感じではあるが。


「そう簡単に彼女の実態は明かされない。だから此方に来るかもと思ったんですけど(マスコミが)。要らぬ心配でした」

「まあ、恭介さんは顔も名前も伏せられてますし。その辺のガードはちゃんとしてますよ」

「お手数お掛けします」

「このくらい普通です。それに、一番大変だったのは恭介さんでしょう」



 あの後、警察が到着するのと同時に俺は意識を手放していたらしい。薬のせいか、出血量故か。情けない話だが、恐らく気が抜けたというのが一番の理由だろう。

 意識を失う前に神通力が間に合えば、とも思ったが。自分の傷を治せなかったのが果たして良かったのか悪かったのか、後々を考えると今でも判断に迷う所である。


 先に駆け付けたのは芦川さん経由の「事情を知る人」ではなく、通報を受けた一般の警官だった。

 お陰で梁坂さんは傷害の現行犯で捕まり、延いては薊区の通り魔犯として早々に公表されてしまい。然るべき結末だろうが、こうなると承和上衆としては逆に手を出し辛い状況となったらしく。


「病院で恭介さんを襲った関西弁男と覆面男。その二人について、もう少し詳しく聞きたかったのですが」

「すみません、俺がもっと上手く聞き出せていたら……」


 やはり、彼女の交渉に乗る振りをしなかったのは迂闊だったようで。芦川さんは「過ぎた事です」とフォローしてくれるが、聞けるタイミングはやはりあの時しか無かっただろう。


「正直、二人組の手掛かりを得るのは望み薄だと思っています。病院の監視カメラの映像も消されてましたし、回収した『手首』の指紋もデータベースに該当は無かったと」

「彼らについては諦めるしか無さそうですね。歯痒いですが」

「片手の欠損、という目立つ印を付けられただけでも良しとすべきでしょう」


 いっそのこと、その欠損を治癒しに村まで来てくれたら此方も探す手間が省けて楽なのだが。大胆不敵を通り越して最早阿呆だが、あの関西弁男ならそんな発想があっても可笑しくない気がする。

 いや、流石に無いか。


「梁坂さんの取調べですが、裏から手を回せないんですか?」

「回せたとしても『二人組』について聞けるのは相当後になってからですね。重要視されてるのはやはり犠牲者が出てる最初の五件ですから。数も多いので裏付け作業に時間を取るでしょうし」

「自白はしてるんですよね?」

「ええ。但し、時間を置く毎に情緒が不安定になっているそうで。段々と意思疎通が難しくなっているとか」

「…………」


 どうやら本当に「猶予」が迫っているらしい。


「気掛かりで?」


 沈黙を憂いと受け取ったのか。意外とストレートな尋ね方に驚いてしまい、思わず正直に答えてしまった。


「まあ、無いと言えば嘘になります」

「相手は弩級の犯罪者です。哀れむこそすれ、貴方が気に病む必要は全くありません」


 芦川さんの物言いは辛辣だがド正論である。本来俺が悩むべき事では無い。

 それでも形はどうであれ、あんなすがり方されたら誰だって気にはするだろう。あんな縋り方がどんな縋り方なのか、芦川さんに事細かに説明した訳ではないのだが。あらましは語っている。晴れるどころか余計に増したこのモヤモヤ、少しは察して欲しいところであった。

 

「……話を聞いた感じですと、どう転んでも結末は変えられないと思いますよ。仮に恭介さんが被虐趣味を持つ変態だったとして────失礼、が強くて『受け皿役』を引き受けたとしましょう」


 おい。


「それでも彼女の精神は安定しないと思います。過去の記憶が消えない限り、呵責の念があるというなら尚更です」


 いずれ破綻するでしょうと彼は語る。

 まあ、芦川さんの言う通り、彼女の言うやり方で彼女が救われるなんて俺も思ってはいない。不毛過ぎるし。

 しかし「何か他に方法があるんじゃないか」なんて考えてしまうのが人情だろう。


「その考察こそ不毛でしょう。さっきも言いましたが彼女は罪人、救わなくていい人間です」

「スタンスがブレてませんか? 犯罪者だからどうとか、承和上衆おれたちには最初から関係なかったでしょう」

「依頼があり、内容が我々の領分であればの話ですよ、それは。梁坂容疑者に関して最早その範疇に入りません」


 どうやら一貫して姿勢を崩すつもりはないらしい。その上で芦川さんは「この流れは、」とも続けた。


「というと?」

「今回の通り魔には確かな殺人のスキルがある、というのは当初の見解通りでした。しかも知識だけを得たエセ玄人ではなく、訓練を受けた『ちゃんとしたプロ』です。であれば、先の事件の最後はやはり腑に落ちません」

「……もしかして、未遂で終わったのがおかしいって話ですか?」


 殺しの技術が本物であるのなら、梁坂さんが「片岡殺し」を果たせなかったのは明らかに変であると彼は言いたいのだろう。


 まともに歩行が出来なかった俺。

 そもそも警戒すらしていなかった片岡。


 あの場に居たのは梁坂さんを含めた三人だけだった。人混みの中、誰からも見られずに事を成し遂げるほどの腕を持つ殺し屋が「片岡を殺す」と決めて失敗する筈がない。たとえ俺が警戒していたとしてもだ。薬でフラついて、神通力を使えない俺など一般人以下だろう。

 なのに片岡殺しは阻止された。殺し屋が行使する狩りの挙動を素人が捉えたのである。


 それもその筈。梁坂さんはわざわざ後ろに一歩下がり、これ見よがしに得物を取り出したのだから。


「確かに今思えば、梁坂さんの動作は少し大きくて不自然だったかも知れません。でも、あの時の彼女は既に色んな意味で追い詰められていました」


 如何にプロと言えども、精神的動揺が大きければ挙動も大きくなったとして別におかしくは無いだろう。

 と解釈するには根拠も薄いし、それに少々美化が過ぎる。


「梁坂容疑者は最後、貴方に何度も凶器を振り下ろした。上半身を中心に13箇所……身幅の殆ど無い針状だったとは言え、それだけ刺されたら普通は死んでいます」

「ヤケクソになったように見えて実は殺さないように急所を外す配慮があったと? だとしても、それは俺への執着がまだ残ってたからと考えるのが自然でしょう」

「そうですね。都合の良い断章取義だとは承知してますよ。……しかし、私は貴方に『そういう見解もある』というのを認知して欲しいです」


 何せその方が健全ですから、と。

 芦川さんの弁はまるで開き直るかのような論法だった。ある意味プラス思考で嫌いじゃないが……


 確かに不毛か。


「事件は既に貴方の手から離れています」

「まだ警察の事情聴取が残っていますけどね。怪我を考慮に今は延ばして貰ってますが」

「……まあ、目覚めて直ぐにご自身の身体を治さなかったのは賢明でしたね」

「いい加減、自分の特殊な立場に実感が湧いてきまして。身内が手を回してくれるのなら座して待った方が良いと思いました。梁坂さんとの関係性を一から説明するのも難しそうですし」





 という訳で現在、あの現場から一番近くにある病院にて。俺は生まれて初めて入院なるものを体験している。

 病院食は不味いとよく聞くが別にそんな事はなく。ベッドも硬いと聞いていたが思ってたよりは全然マシだった。背中を刺された故にうつ伏せで寝ざるを得ないのは少しだけ煩わしいが、総評的に言えば中々に快適である。

 個室を宛てがわれたのも要因として大きいだろう。諸所に木目で統一した内装は落ち着いた雰囲気があり、病室というよりかちょっとしたホテルの一室を彷彿させていた。目を覚ました時なんか、普通に勘違いしたくらいである。


 事件から丸二日、8月22日現在。見舞いと称して訪れた芦川さんに改めてあの日の経緯を説明したところだった。

 どうやら上が報告を待っているらしく。矢港市で襲撃を受けた時もそうだったが、彼が俺の代わりに報告書を作ってくれるそうで。


「まだ学生ですしね」


 との事。


 ならばお言葉に甘え療養しようと、もう一度横になろうとしたのだが。そのタイミングでオーバーテーブルに置いたスマホがピロンと鳴った。手に取り、届いたメッセージを確認する。


「──学校の友人が来ます。どうやら早めに着いたみたいです」

「長居し過ぎましたか。……というか、他にも見舞いの予定あったんですね」

「例の巻き込んでしまった子ですよ」

「ああ、居合わせたという……」


 誰かと申せばもちろん片岡の事である。

 目覚めても尚、俺が自身に神通力を施さなかった件について。一番の理由は当然ここにあった。


 体を張った甲斐もあってか彼女は無傷で済んだらしく、それ自体は幸いだった。しかし、俺が刺されるところはバッチリと見られてしまったのだ。

 ショックなシーンを見せてしまって申し訳ない気持ち。勿論それもあるが、先ず思ったのは「これ治したら絶対にバレるじゃん」である。


 目撃された相手が赤の他人ならいざ知らず、片岡は俺が山白村の出身である事を知っている。重傷を負ったのに翌日にはピンピンしていた、となれば勘付かない方がおかしいだろう。

 最悪「実は承和上衆とは知らぬ仲ではなく、同郷のよしみで治して貰った」とも言い訳できなくないが、取り繕ってる感は否めない。俺だったら「ひょっとして……」と普通に思う。


 そんな訳で俺は自分を治さない。全ては平穏なるキャンパスライフの為。

 怪我で入院している時点で既に平穏かどうか定かでは無いが、そこはもう無視しよう。


「あれから一度も会えてなかったんです。彼女も事情聴取とかあっただろうし、巻き込んでしまった謝罪も言えず終いでした」

「成る程。しかし謝罪も勿論ですけど、その子にはちゃんと御礼を言った方が良いでしょうね」

「……ああ、通報してくれたから?」

「違います。覚えていませんか」

「?」




 芦川さん曰く、あの日通報をしたのは片岡ではなかったらしい。呼んだのは偶々近くを通り掛かった第三者だったとか。

 その通報者が警察に語った証言を要約すると、以下の三つになるそうで。


 一、男(俺)が腰あたりに組み付いて、女(梁坂さん)を押し倒していた。

 二、女は叫びながら、針のような物で何度も男を刺していた。

 三、もう一人居た女の子(片岡)が振り下ろされる凶器を身を挺して止めていた。


「…………」

「凶器を振るう梁坂容疑者の腕に必死にしがみついていたそうです。梁坂の動きが止まっても、懸命に彼女の腕を押さえていたとか」


 その献身がなかったら俺の刺し傷は倍以上に増えていてもおかしくなかったと言う。

 気付かなかった。というか、狙われたのは片岡自身だったのになんという無茶を。無傷だと聞いていたが、もしも梁坂さんの動きが少し違っていたら……そう思うと今からでも背筋が凍る。

 そして何より、


「俺、ダサい」


 思わず声に出してしまうほど自分が情けなかった。

 先の結末、梁坂さんに対して何も出来なかったモヤモヤがある一方で、せめて「片岡の身は守れた」という自負はあったのに。

 おこがましくも全然違った。対応が不十分だった故に結局彼女を危険に晒した上、しかも逆に俺が助けられていたという始末。不甲斐ないにも程がある。


「まあ、アレです。蒸し返すようですみませんが、気に掛けるべき相手を間違えないで欲しいって思います。マジで」

「……そうすね。その通りです」


 俺が頷くのを確認してから芦川さんは立ち上がった。

 片岡が着く前にお暇するつもりらしく。足腰の状態は平気だったので、俺も見送りに立とうとしたのだが手で制された。そのままで良いとのこと。


「何より先ずは療養に専念を。塩梅は任せますが『調整』しつつ早めに治す事をお勧めします」


 それではお大事に、と最後に言い残して彼は病室を去っていった。

 扉が閉まった後、自然と今日一大きい溜め息が出てしまったが。今この場にそれを咎める人はいない。続けて枕に顔を埋めて奇声を発したくもなったが、それはギリギリ踏み止まった。

 間も無く入れ替わりで片岡がやって来るだろう。そんな身悶えシーンを見られたら、黒歴史の項が更に増えるのは間違い無い。



--



 コンコンコンと。


 待ち構えていたら案の定だった。芦川さんの退室から一分の間もなく、ノックの音が飛び込んでくる。

 返事をすると、スルリと開いた引戸の隙間から片岡が顔を覗かせた。


「お加減どうです?」

「……普通に平気」


 両者何故か小声。どうぞ入ってと促すと、ススススと音を立てずに近寄って来た。

 個室だから気を遣わなくても大丈夫なのだが、お見舞いの雰囲気とは得てしてそういうものらしい。とは言え、ずっとだと話し難いので以降は普通の声量だったが。


「さっき廊下でスーツの男性が出てくるのを見ました」

「あーっと、バイト先の先輩。近くに来たついでに立ち寄ってくれたんだ」

「バイトやってたんですか?」

「夏休みの間だけな。数回しか入らなかったけど」


 そうでしたか、と述べて片岡は持っていた紙袋を持ち上げた。


「お見舞いの品、サークルのみんなからです。大勢で押し掛けるのはアレなんで私が代表に」

「悪い、ありがとう」


 取り出された品は透明なフィルムでパウチされた色とりどりの液体、飲むフルーツジュレらしい。

 もちろん素直に嬉しかったが、ラインナップが独特である。柿、マンゴスチン、リュウガン、ランブータン……


「店の一押しはサワーソップだそうです」

「よく見つけたな」


 味は気になるが頂くのは後にしよう。

 先ずはやるべき事がある。挨拶もそこそこに、俺は早速片岡に向かって頭を下げた。


 巻き込んだ謝罪と助けてくれた事への御礼。気持ちとしてはやはり謝罪の感情の方が強かった。本当は土下座したいくらいだったが、過剰な誠意行動は逆に相手を困らせるだろう。もちろん今回の自分の不手際、土下座が過剰だとは微塵も思っていないが。


 頭を下げて十秒経過。片岡からのリアクションは無い。


 二十秒、三十秒……一分ほど下げ続けたが彼女は何も言ってくれなかった。

 流石にちょっと不安になる。簡単に許して欲しいと虫のいい事を言うつもりも無いが、せめてどういう心境なのかは知りたかった。

 更に一分が経過したところで俺はとうとう我慢出来ず。チラリと視線を上げ伺うと、片岡は此方を見ずに顎に手を当て何か思案していた。何度も言うが彼女の表情は読み難い。しかし、怒ってる感じでも呆れている様子でも無いのだけは雰囲気から察せられる。


「分かんないんですけど……逆じゃないですか?」


 彼女の口から漸く出た台詞がそれだった。


「逆?」

「いや、普通に考えて。謝罪にしても感謝を言うにしても、私の方がやるべきだと思ってたんですけど。なんでこうなってんのかなと」

「片岡が?」

「だってそうじゃないですか。あの時、あの女の人がなんであんな事したのか未だによく分かってないんですけど。……でも私の余計なお節介が起因だってのは何となく分かるんです。彼女は私に危害を加えようとしていた」

「…………」

「それを戸塚くんが身を挺して庇ってくれた。という解釈だったんですけど、違いますか?」

「片岡が起因ではないけど……」

「とにかく、頭を上げてください。この構図は絶対間違っていますから」


 肩を掴んで無理矢理起こそうとしたのか、彼女は此方に手を伸ばしてきたが。触れる寸前でピタリと止まった。俺が怪我してるのを思い出して踏み止まったようである。

 確かに、怪我人に頭を下げられたら居た堪れない気分になるかも知れない。俺の今の行為は逆に迷惑か。


「そうだな、ごめん」

「その謝罪だけ受け取りましょう」


 顔を上げると、今度は片岡が丁寧な所作で頭を下げてきた。


「そしてお返しです。助けて頂きありがとうございました」

「ええと、此方こそ」



 一息着いて。


 頂いたジュレを開封しながら、片岡と色々話をした。

 ジュレについて何味にするか迷ったが。お勧めのサワーソップとやらを口にする。甘いが酸味も効いていて普通に美味しく、俺だけ頂くのは忍びないので片岡にもお裾分けした。

 彼女が選んだのはなんとドリアン味。幸いにもこれだけは味のみを再現したものらしく、匂いの心配は無いそうだが。


 閑話休題。話を戻すと彼女曰く、最初は痴情のもつれが原因と思ったらしい。病み気味の恋人が俺と片岡の関係を色々勘違いして襲ってきたのだと。

 しかし、後々ニュース等で知らされた梁坂さんの正体。噂の通り魔だったと聞いて大そう混乱したそうだ。


 他人事のようでアレだが心中お察しする。そりゃあ驚いた事だろう。


 俺としても、全て本当の事を語る訳にもいかないので便乗するしかない。巻き込んだ身として何も言わないのも心苦しいが「知人が犯罪者だった、ビックリ」の体を貫くしかなかった。


「そういえば、そろそろ聞こうと思ってたんですけど……」


 パックの底に溜まった果肉が気になる。ひっくり返して口の中に捻り出そうとしていると、片岡が思い出したかのようにポンと手を叩いた。






「何?」

「神通力って自分の肉体は治せないんですか?」


 ブハッと。


 落ちてきた果肉を盛大に吹き出したのは言うまでもなかった。








第二章 「迂闊なヒーローほど傍迷惑な存在も中々いない」 完



出演  戸塚恭介


    不和京司


    片岡直奈


    敷島白魚


    芦川佐助


    御堂鱏真


    梁坂彩子


    霧矢


    ニキニッキ


    ストロングボット


    朱音猫



脚本  梅しば


演出  梅しば



主題歌 「Now Hiring」



スペシャルサンクス 


レビューを書いて下さった皆様、フォローして下さった皆様、ハートを押して下さった皆様、感想を書いて下さった皆様、ここまで読んで下さった皆様





監督  勾





神通力は人を救うが同時に世界を掻き乱す








 


 気不味い、と思った。


 相手と心が通わず、落ち着かないさまを表すこの言葉。他者との相互不理解の時に使われがちだが、俺はすこし別の意味でこのワードを使った。

 本来は「空気」や「雰囲気」の状態を指すと思うのだが、今回の場合は違う。



「気持ち」だ。俺の「気」が不味い。



 要するに、一人でテンパっていた。


 電車のクロスシート。その内の一つで今、四人の男女が向かい合って座っている。

 内訳は女三人に男が一人、この一人の男が俺な訳で。


 一応述べておくが、男女比が悪いこの状況にテンパっている訳では無い。

 確かに「女三人寄れば姦しい」と言う言葉がある通り、彼女達三人の会話は盛り上がっていた。他の乗客にウザがられない絶妙なボリュームで。

 その会話に混ざれないのかと言われたらそんな事も無く、彼女らの内の誰かは時折俺にも話を振ってくれる。女子の内二人は俺と同じサークルの仲間だし、残りの一人もさっき知り合ったばかりだが非常に気さくだ。

 俺一人が取り残されてる訳では無い。


 旅行の雰囲気も相まって、彼女らは非常に楽しそうだった。俺も表面上は笑顔を取り繕っている。傍から見れば和気藹々で、全員が会話を楽しんでいるように見えるだろう。



 けど駄目だ。

 やっぱり落ち着く事が出来ない。

 気が気でなく、気が不味い。



 俺からすれば、この状況は爆弾に囲まれていると同義だった。


 いつ爆発するか分からない三種の爆弾。


「禁秘」「天然」そして「崇拝」


 それぞれが絶妙かつ珍妙なバランスで立っており、ちょっとした振動で簡単に倒れて起爆する恐れがある。

 大袈裟な表現かも知れないが、俺にとってはそれぐらいの死活的な問題だった。




 あの事件から再び時は流れて九月の某日。祝日と土日が連なった謂わゆるシルバーウィークを利用して、俺達は兼ねてより計画していた温泉旅行を実行していた。

 本当は夏期休暇中の八月末に行く予定だったのだが、俺の怪我やらが原因で先延ばしとなったのである。


 神通力のチートを利用しつつ早めに回復し、事件の騒ぎも表面上は鎮静化してきた為「それじゃ改めまして」と雛川先輩から声が掛かったのだ。一応、俺の快気祝いも込めてらしいのだが。


 しかし、逆にこの提案が俺の心労を増やしたのは言うまでもない。我が故郷、山白村へと向かう電車の中で俺は一人テンパっていた。

 断れば良かったじゃんと言うのはもう無しだ。祝いの銘文もあるから断り辛かったのである。


 で、先程述べた三種の爆弾について語ろう。


 「禁秘」とは片岡のことである。

 あの日、結局俺の正体は殆どバレてしまった。「殆ど」と言うのは、俺が承和上衆である事を口では否定したからである。動揺がめっちゃ顔や挙動に出た為、恐らく誤魔化し切れて無いだろうが。

 俺の全力の「触れて欲しく無いオーラ」を察したのか、片岡はそれ以上突っ込んで来なかった。しかし、知られてしまったのはほぼほぼ確定と見て間違いないだろう。


 そして「天然」とは雛川先輩のことを言う。

 基本的に明るくお喋りなこの先輩は、後輩相手にも積極的に話題を振ってくれる。それは大変美徳で、とても尊敬出来るのだが。旅の行き先故か、話の内容が山白村やら承和上衆についての事ばっかりで。

 特に承和上衆については「どんな人達なんだろ?」とか「イケメンいんのかな?」とか、実態についてグイグイ話題を振ってくる。その度に片岡がチラチラ見てくるので、こっちは針のむしろに立たされてる気分だった。


 まあ、この二人だけならまだ良かったのだが。問題は残り一つの爆弾である。


 片岡と雛川先輩は爆弾と言っても爆竹程度な存在。つまり、単体としては極々小規模な威力だと言って良い。

 だがもしも、雛川先輩が誘導し、片岡がうっかり例の禁秘を漏らしてしまった場合。それこそメインの炸薬を爆発させる起爆剤となるだろう。俺はそれが何よりも怖かった。



「────雛川雛川。悪いんだけど、達を俗な目で見ないで欲しいなぁ。……偶にいるんだよね、現人神を芸能人扱いする奴ら。私は私の友人がそんな愚かな奴と一緒であって欲しくないんだけど、わかる? わかるよね?」



 「崇拝」久留晒藍良くるすあいら



 雛川先輩の友人である彼女は「熱狂的な」ソガミ教信者である。


 もうお判りだろうがこの旅行、本当に厄介な予感しかしなかった。




 

 

 三章に続く!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る