第53話 如何に分かりやすく要約するかよりも聞き手に飽きさせない工夫をすべきで
※視点がくるりん
そろそろ自分が他とは違う、特殊な立場である事を受け入れなければいけないのかも知れない。でなければ一介の「楽しいキャンパスライフを送っているだけの唯の学生」が、こんなゴタゴタに巻き込まれるなんてあり得ないのだから。
梁坂彩子。
貿易会社役員というそこそこ裕福な親元で生まれた彼女の人生は、順風満帆なスタートを切る筈だった。両親間で軋轢や不和は特に無く、親子間の親交にも問題は無い。故に十分な愛情と教育を受けて育った彼女の価値観、倫理観に問題など在ろう筈も無く。
しかし綺麗に噛み合い、淀みなく回っていた歯車は彼女が小学五年生の時にカタリと外れる。
家族全員が乗った車の事故。元より半分の大きさに
年端もいかない子に集約した諸々の遺産。親類縁者からは大変魅力的に見えたらしく。皆が慈愛と同情の表情を顔に貼り付けながら、彼女の引き取り手に名乗りを上げる。勝ち取ったのは実父の姉夫婦だった。
誤解無きように言っておくと。最初は遺産目当てで引き取られた彼女だったが、だからと言って行った先で不当な扱いを受けた訳では無い。多少の距離感はあったものの、真っ当な暮らしはしっかりと提供されていたし、引き取り先の夫婦は取り立てて悪人と断ずるほどの悪人では無い。
ただ惜しむらくは、夫の方に「歪な映画」を鑑賞する趣味があった事。本物のスナッフフィルムと見紛うほど、過激な暴力描写を描いた作品を観るのが好きだそうで。其れ等は、もしも映画倫理機構の人が観たら卒倒するレベルの代物だった。
無論、夫は自分以外の家族が見れないよう配慮しながら鑑賞していたし、更に言えば映像の暴力シーンが好きだからと言って別に暴力行為に憧れていた訳では無い。事実、彼は彩子を含めた家族、或いは知人や他人等に手を上げた事など一度も無いし、したいとさえ思った事も無かった。
もちろん彼に非が全く無かったかと言えば否になろう。結局、彩子の目に入ってしまったのは彼の映像の管理が甘かったせいなのだから。
義父が居ない時、何となしに弄ったPCから流れたその映像。其れを見た小学生の彩子にどんな影響を与えたのか。見た瞬間に劇的な変化があった訳ではもちろん無いが、確実に彼女が「ナニカの入り口」に立ってしまったのは事実である。
中学・高校在学中に数度の家出。卒業と同時に引き取り家族と完全に離別。以降、家出の時に覚えた手法で一人暮らしの男の部屋を転々と渡り歩く。
八人目の部屋にて借主を刺殺。
この事件が明るみになる事は無かった。事件直後のタイミングに現れた「第三者」によって隠匿されたからである。
「────俺らみたいな稼業の人間にとって、一番大事な才能は演技力。君が今殺した男な、界隈では『エキストラ』と呼ばれて犯罪のサポーターとして重宝されててん」
返り血を浴びて真っ赤に染まった彩子、ついでに格好も全裸だったが。そんな彼女に向かって初対面の関西弁男は臆びれもせず話しかけてきた。
玄関のカギは閉まっていた筈。
「彼に依頼があって来たんやけど、参ったなぁ。君、俺と同業か? ハニトラ使いの殺し屋が日本にも居るとは知らんかったわ」
つーか、殺し屋送られるとかコイツ何してん。そう言いながら死体を覗き込む彼に、彩子はどう反応すれば良いのか分からなかった。
ハニトラ使い云々以前に、そもそも殺し屋なんて本当に居るのか。「同業者」と聞いてくるという事は、この男こそ殺し屋なのか。
何か誤解を招いているようだし、殺し屋扱いをされるのも何となく嫌だったので、彩子は懇切に説明した。確かに刺したのは自分だが、これは飽くまで事故であると。プレイの一環で殺すつもりは全く無かったと。
関西弁の男は「何言ってんだコイツ」みたいな顔で最初は聞いていたが。
「人を殺してしもたんは今日が初めて?」
頷き返すと、少し考える素振りを見せた彼は彩子に二つの選択肢を提示した。
一、今から自分にボコられる
DVを受けていた振りさえすれば、同情を買えて多少の減刑を得る可能性はある。刺し傷は複数故、殺意の反証は難しそうだが。それも、今からでも彩子が挫創を負えば、なんなら満身創痍と呼べるほどに手酷い傷を負ってしまえば正当防衛が通るかも知れないと。
飽くまで親切心。彩子自身ではやり難いだろうから自分がボコボコにしてやるとの事。
「幾ら君が弁明したところで、こんな現場を見て事故やと信じる奴は居らん。プロでも無いなら十中八九、警察から逃げ切るのもそら無理やろ。どうせ捕まるなら罪が軽く見えるよう専念した方が良え」
二、自分について行く
「これを選ぶなら、今から此処に知り合いの清掃業者を呼んだるわ。死体でも何でも綺麗さっぱり処理してくれる連中や。此処で起こった事は何も無かった事になる、誰も罪に問われへん」
但し、その代償として「エキストラ」に依頼する予定だった仕事を彩子に代わりにやって貰うと。無論、本来なら会ったばかりの素人に頼む仕事では無い。が、彩子は殺しをしてしまった直後なのに自失も恐慌も無く寧ろ冷静に説明しようとしていた。依頼内容に於いて十分に役割を果たせるスペックがあると彼は判断したらしい。
あとは信用の問題。しかしそれも、こんな状況なればある程度の保証は成り立つと言ってきた。
「上手くやってくれたら、君に合う仕事や住処の面倒みてくれる所を紹介してやっても良え。多分やけど、罪を免れても君に普通の生活はもう無理やと思う」
サイコパス成分持ち、おまけに行く宛の無い彩子にとっては渡りに船とも言える提案。無論、彼女が「二」を望めばの話だが。
仮に「二」を選んだとして、どうしてそこまでしてくれるのか尋ねると、彼は投資と答えた。
「この業界、女の子少ないから」
女子の投入が投資になるのか、彩子は首を傾げるしかなかったが。
「横の繋がり、使える人材の種類の幅はデカい方が良えねん。俺が世話になっとるトコを紹介しても良えんやけど、多分君、ウチの師匠が嫌いなタイプ。残念やけど置いてはくれんと思う」
でも才能はあると思うから「一」は勿体ないで。そう述べて関西弁男は笑った。
──────という梁坂さんの身の上話を、さっきから俺は延々と聞かされている。
「で、男の口車に乗せられて結局『二』を選んだ訳だけど……………ねえ、聞いてる?」
「聞いてますよ。そのドラマ、見逃し配信はまだやってますか?」
「聞いてないじゃん」
【急募】出会ったばかりなのに、いきなり身の上話が長い人への対処法。
さっきネットのお悩み相談掲示板にそんな内容の文章を打ち込んだのだが、未だに返信は来ない。
「私が何者か問い詰めてきたから答えたのに」
俺の聞く態度が真面目に見えなかったのか、梁坂さんは心外だと言わんばかりに口を尖らせていた。
確かに問うた。探偵モノの推理ショーさながらに格好つけて問い詰めたけども。
バックボーンが予想を超えてダーティー過ぎる。まさかまさかのエピソードでまともに反応出来ないのだが。こんな真っ昼間の普通の喫茶店で赤裸々に語って良い内容じゃ無いし、そこまで語れとも言ってない。
最初は嘘か冗談の類いかと思ったが。しかし嘘にしてはあからさまにリアリティが足りないし、冗談なら其れはそれとして具体性に富み過ぎて逆に怖い。
「ガチなんだけどなぁ」
いつの間にか口調も変わってるし。
取り敢えず、彼女一人でずっと喋らせても要領を得ない事だけは分かった。此方から一個一個質問していくしか無さそうである。
「先ずは一応確認ですけど、俺の正体は分かってるんですよね?」
「何でも治せる、心を救う。あなたの為の承和上衆」
「……そんなキャッチコピーは無えよ」
確認作業の段でもう出端を挫かれた。思わず此方の丁寧語も外れたが、向こうも既に外しているので文句は言われまい。
「さっきの話に出てきた関西弁男、病院で襲ってきたあの男と同じですか?」
「正解、どっちも同じ関西弁男」
「つまり貴女と関西弁男は最初からグル。目的は俺(承和上衆)との接触……で、合ってます?」
「イエスよ」
「…………」
────いや、まあ、良いだろう。
続き。問題は接触してから何を望むか。
「強引な手段による身柄の奪取、或いは擦り寄りによるコネクション作り。此方の正体を知って這い寄る輩の大体はこの2パターンに別れます。病院の男らは前者、そして今回の貴女は後者」
両方を踏襲した二段構えの策……否、どちらかと言えば今日の彼女が本命だろう。助けられた恩を建前に「ありがとうございました、御礼をさせて下さい」と近付いて交流を図る。それを皮切りに親睦を深め信頼を得る。
と、さっきまでそんな風に推理していた訳だが。
「普通、もうちょい粘りません?」
確かに俺は彼女の態度に違和を感じて問い詰めた。半ば確信めいていたのは事実だが、しかし飽くまで「違和感」が主幹の証拠無き主張である。
せっかく面と向かってお茶をする段まで来たのだから……もう少しこう、誤魔化しや言い訳の言葉があっても良かっただろうに。やけにあっさり肯定してきた故、もの凄く腑に落ちないのだ。
その上、尋ねてもいない殺しの遍歴まで述べてくる始末。そこまで明け透けに「犯罪者です」と自己紹介されたら後の親睦もクソも無いのは明白だろう。
要するに、俺が聞きたいのは「今これ何の時間?」である。
「だからぁ、それを一から説明してたのにアンタが腰を折ったんでしょー?」
「あ、そうなの?」
それは悪かっ…………いや待て、俺は話の腰を折ったつもりねーよ。なに勝手に脚色してんの。
「表情で」
「……そんな顔に出ていたのか」
ならば続きを聞かないと駄目なのだろうか。この長ったらしい身の上話の続きを。
手元のスマホをチラリと確認する。ページを更新してみるが、相談掲示板の返信は未だ一通も来ていなかった。
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