第52話 壮大な計画であるほど些細な思惑が結構な歪を生む
仲間内で理解出来ればそれで良い。
故に組織内に於いて『計画』は『計画』としか呼ばれないが、なにも正式名称が無い訳では無い。
時として名は指標になるらしく、非合法を厭わない組織には本来足枷となる代物。だが、大義を掲げる組織にとっては結構重要な物だと僕は思う。
今でこそ『
安定的・継続的な医療提供体制が不可能な状態を指すこの言葉。社会として断固忌避すべき最悪の事態というのが常識であろう。少なくとも「医療崩壊計画」なんて巫山戯た名称は誰もが不穏を抱く筈で。
だが黄代蓮が目指す「医療崩壊」は、世間の認識と異なる意がある。
寧ろ真逆と言って良いかも知れない。
何故か。
黄代蓮が目指すモノ、それ即ち提供体制の崩壊では無く概念そのものの崩壊。医療が要らない世界の構築である。
承和上衆が保有する神通力。此れをもし世界中全ての人間が使用可能になったとしたら。決して荒唐無稽な話では無いだろう。病気で悩む人、怪我で苦しむ人が完全に居ない世界が誕生する。
「先ずは前提として聞きたいんですけど……本当に普通の人間が神通力を使えるようになるんですか?」
最初に師匠からこの話を聞かされた時、思わずそう聞き返したのを覚えている。確か返答は、
「出来なきゃ俺は妄言垂れ流しのイタイ奴になるだろ」
だった筈。
より詳しく聞くと、神通力の「習得」と言うより「移植」に近いらしい。神通力保持者からチカラの一部を譲渡して貰い、それを取込み、己の中で昇華させる。既に実験は成功しているとの事。
しかしまだまだ初期段階で、安定的な実用には至っていないと聞いていたが。だからこそ、霧矢さんの気配上昇を目の当たりにしてもいまいちピンと来なかった訳で。
「初期段階ってのはそっちの誤解や。神通力の移植法は既に我らがボスが確立しとる」
「マジすか」
「あ、でも移植と言うとまた少し語弊あるかもな。方法は保持者のある細胞(加工は必要)を体に取り込むだけで良えんやから。『移植』と言うよりは『接種』の方が的確な表現かも知れん」
厳密には接種も移植の一種だろうが。
ともかく、ソレを数グラムを取り込むだけで神通力使用の基盤は成り立つそうだ。結構、と言うよりかなりお手軽な手法である。どうやら奇跡のチカラはサプリメント感覚で服用できるらしい。
「モチ問題はあんねんけど」
「まあ、でしょうね。無ければとっくに『種蒔計画』は最終段階の筈です」
僕の言葉に霧矢さんは頷いた。
「確立しとんのは飽くまで製造の技術だけ。『素材』の質が悪いせいで、どうしても完成に至らんねん。今作れるのは理想より数段劣る劣化版のみや」
「素材、ですか。保持者の細胞とか言ってましたけど、霧矢さんが取り込んだのはボスの細胞で?」
「そうそう。彼かて紛うことなき神通力の継承者。やけど、素材としての資質は残念ながら低かった」
「……その劣化版では何が問題なんです?」
「神通力のチカラの素を『
「再び使うには再接種が必要ってことですか」
資質が無ければ細胞は他者に定着しないらしい。それでも需要はある程度満たせそうに思えるのだが。
曰く、その効果時間と上限量があまりに矮小過ぎるとの事。医療不要の世界を実現させるにはやはり完成品(通力の定着、自己回復が可能になる品)でないと駄目らしい。
「よって素材の選別は必須や」
「フェーズ1の『承和上衆の捕獲』がそういう事情なのは分かりました……対象が九人なのは、そこまで厳選が済んでるからで?」
「それな。ボスの読みやと資質があるんは十ある家系の中で一家系のみ。やけど、どの家かまでは特定できんかったらしい」
素材に該当するのは十分の一。ボスの家系は既にハズレと分かっているので、残り九家から一人づつ攫って料理し調べる算段なのだろう。
どうしてその一家系だけなのかとか、どういう経緯でその仮説に至ったのかとか。まだまだ聞きたい事は山ほどあるが。やっと大枠は理解出来た気がする。まったくもって今更だが。
「敷島さんが細胞を提供してくれれば、対象は八人じゃないですか?」
拉致る対象は少ないに越した事はない。一人減るだけでも作戦の成功率はグンと変わってくるだろう。ワンチャン、敷島さんの家系で「当たり」ならフェーズ1の手間すら無くなる訳だし。
尤もその場合、彼女か彼女の家族が「惨たらしい目」に合う事になるので協力どころの話では無くなるのだが。
「残念、彼女はボスと同じ家系や」
「……あーそう言えば、まだボスの名前聞いてませんでしたね」
敷島白魚とは叔父と姪の関係らしい。
それにしても、改めて聞かされると壮大な計画と言いますか。突飛過ぎてイメージが追いつかないと言いますか。現実味が薄いせいで何らかのフィクションでも見せられている気分になる。
「なんでそんな事したいんですかね」
「ボスがか? そこまでは知らんわ。世界平和とかそんなんちゃうの」
神通力の普及が何故世界平和に繋がるのか、その発想はさて置いて。仮にもし「正義感の類い」を基に計画を起こしたのが本当であれば、それはもう「狂気」に近いと思う。
「大体、全人類に移植なんて先ず不可能でしょ」
「やんなぁ。まあ、それはボスも師匠も分かっとる。接種率百パーは普通に無理。十パー超えが次善やけど、それも厳しい」
取り敢えずは総人口の0.1〜1%以上に完成品を接種させるのが指標との事。それでも十分、とんでもない数字だろう。高々一非合法団体がどんな手法で普及を実現させるのか気になるが。
兎にも角にも今僕らがやるべきは、引き続きフェーズ1に向けた準備である。以前に述べていた問題点、戦闘力の格差を埋める手法が神通力の移植である事は最早疑いの余地がない。劣化版による一時的なモノだろうと得られるチカラは本物、そりゃ使わない手は無いだろう。
方針や遣り方に不満は無い。寧ろ更に面白くなってきたとさえ思う。『もっと早くに説明出来ただろ』という一点の不満を除いては。
「つまり、病院でのあの無茶は実証実験。オリジナル相手に劣化版接種者がどこまで通用するかの『やってみた』って奴ですか?」
「あー、大体そんな感じ」
「…………"舐めプ"ってのは本来、格上が格下に対してやる行為なの知ってます?」
ジト目で睨むと霧矢さんは肩を竦めた。
「キョージーの言いたい事は分かるで? けど、こっちかて別に出し惜しみしてた訳や無い。材質のせいか知らんけど、現在『種』の生産効率はそんな良うないねん」
現物が無いのに話しても意味が無い。最初に集まった時彼はそう思ったそうだ。
「つーか、あったところで直ぐに神通力が扱える訳やない。基本的な通力の体内操作だけでも慣れるのに半年以上は掛かるからな」
どっちにしても病院の作戦時までに僕が神通力を身につけるのは不可能だったと言う。だがそこまで聞くと、結果がどうであれ作戦自体が時期尚早だったと思えるのだが。明確な戦力増強の手段があり、その準備が整っていないのであれば時期を延ばすのが普通だろう。
「いや、最初はバトる気なんて無かったんよ。たかが時間稼ぎの足止め作業、他にやり方は幾らでもあったしな」
「……だったらなんであんな事を?」
当然ながらに湧いた疑問を口にする。
数秒の間。霧矢さんは若干バツの悪そうな顔をした後、短く息を吐いてからポツポツと話し出した。
「俺が神通力の修行に入ったんは去年の暮れ辺りからでな。ボス謹製の『種』を飲んでは瞑想とイメトレを繰り返し、通力ってのが何なのかボンヤリと掴めてきたのが六月中頃。キョージーと再会するひと月くらい前に漸く神通力が扱えてん」
「めっちゃ最近ですね」
「最初出来た時はテンション上がったわ。体張る職の身やし、身体スペックが跳ね上がるんは普通に大歓迎やったから」
今思えば単純やった、と霧矢さんは自嘲気味に嗤う。
「半端ない全能感、これがあったらどんな仕事でもイケる思ったわ。けど、その後直ぐに冷や水ぶっ掛けられてな」
「……?」
「
「アレか」
「握力10キロ増えたくらいで
ボスが霧矢さんに事前に見せていた神通力は黄代蓮会員に施した治癒の術だけ。指南書も「考えるな感じろ」的な事しか書かれておらず、具体性に欠いた代物だった。治癒以外の能力、戦闘方面で彼が神通力を目の当たりにしたのはその時が初めてだったそうで。レベルが違いすぎて彼が度肝を抜かれたのも無理からぬ話だ。
「というよりポカンとしたな」
──だそうだ。
「ま、わかりますよ。僕も初見の時はパニクったドライバーを宥めるのに苦労しました」
「お前はパニクって無いんかい」
「……それで? 話を聞く感じだと、普通は気が削がれるか怖気つくところじゃないですか。暴走する理由には成らないと思いますけど」
「一貫性が無かったのは認めるわ。思考が変に歪曲してな。あん時の俺の脳内は好奇心が三割、疑心が七割占めとった」
「疑心、ですか」
「こんな化け物連中を相手にホンマに勝てるんか、ってな。そんでいざ作戦が始まって、初めて『あの気配』を間近で体感した訳やん? 理性と感情がズレにズレて、俺はフェーズ1の本番前に確証を欲してん」
敵うかどうか確かめたい、ならば実際にぶつかってみるのが一番手っ取り早く確実だろう。
鬩ぎ合う好奇心と恐怖心、プロとしての矜持、チームリーダーとしての責任。様々な感情が彼の中でぎゅうぎゅうに飽和し、ブレンド化した結果、あんな行動に走ってしまったのだと言う。
「要するに、冷静さを欠いて恣意的な個人プレイをしてしまったと」
「ぶっちゃけ、その辺よう覚えてへんわ」
こんな不安で不遜なリーダーが嘗て居ただろうか。
「でも結果オーライやったというべきか、案外まともに渡り合えたのよ。それが分かっただけでも結構デカい収穫やったと俺は思うねん」
勝手に一人で納得する分には良いのだが。
いや、でも確かに。今回は相手が規格外、且つも状況が余りに特殊すぎた。故に普段では絶対にあり得ない行動に走った事も全く分から無いと言う訳では無い。情状酌量の余地はあろう。寧ろ地が固まってくれたのであれば、それで良しとして見るべきか。
何れにせよ結果論、終わった事をウダウダ言っても仕方ない。
仕方ない、のだが。
そろそろアジトに戻ろうかという段にきて。漸く席を立ったところで、ふと店の壁に掛かっているテレビの映像に目が行った。
例によってニュース番組が流れており、内容は昨日進展があった薊区連続通り魔事件についての続報である。逮捕された被疑者の移送が中継で報じられていた。
「結局サシタロウさん、捕まっちゃいましたね」
多くの警察と報道陣に囲まれながら車両に乗り込むサシタロウさん。彼女は終始俯いており、その表情を画面越しから窺い知る事は叶わない。
世間を恐怖に陥れた通り魔の逮捕である。ついぞ叶った世間の願いに日本中が湧いたが、犯人の正体がうら若き女性だと判明したことで騒ぎに更に拍車が掛かっていた。
当初は別の傷害事件で確保されていたのだが。警察がその日のうちに「例の通り魔」である可能性が極めて高いと発表。自信の表れから察するに、五件のセルフプロモーションから証拠でも見つけ出していたのか。それとも、病院から逃走されたことで不審に思っていたのか。
ともかく、かなり早い段階で彼女を「被害者ではなく嫌疑に値する」と正しく認識していたのだろう。
「でも今のところ『六人目の被害者が実は犯人だった』とは明かされていませんね。まるで別人扱いです」
「……いっぺん逃してもうた失態を隠したいってのもあるかも知れんけど。多分、理由は承和上衆がガッツリ絡んどるからやろ」
霧矢さんの言う通り、守秘誓約的なアレで公表出来ないのだろう。
変に外部から突っ込まれると癒着云々までバレる可能性もある。毒を食らわば皿まで的な。かなり大胆且つ大掛かりな隠蔽だが、案外しっかりと情報統制は出来ているらしく。そう言えばあの時、現場となった四階廊下に当事者以外は誰も居なかった。ネットもざっと確認してみたが、適当な偽情報しか飛び交っていない。
「病院でのゴタゴタは、通り魔とは無関係な事件として処理されています。薬物中毒者が暴れて逃走した事に」
「誰が薬中患者やねん」
霧矢さん的にはチンピラ扱いが気に食わなかったみたいだが。
「ところで、サシタロウさんを起用した理由は結局教えてくれないんですか?」
ブツブツ文句を言っているところに質問を投げかけると、彼の表情が一瞬だけ消えた。
不意打ちをしたつもりは無かったが中々良い反応を引き出せたと思う。
「いや、だから言うたやん。エサの役柄として女が適任で、演技が出来そうなプロが彼女だけやったって」
「その理由が後付けくさいんですよ。けど僕が気になったのは、それより前に言っていた表向きの理由の方です」
『どこかしらでサシタロウを使ってやってくれ』
そんな口上のもと、師匠から押し付けられたと霧矢さんは最初に言っていた。
しかし、あり得るのだろうか。
いつも説明足らずで考えが読めない事の方が多い師匠だが。これでも七年以上、彼の元で働いている身だ。ある程度以上その性格は理解しているつもりである。
「師匠は……仕事の後とかでよく差し入れをくれますが、相手の都合や嗜好なんて考えず自分の好きなモノだけを持ってきます。コーラとか柏餅とか」
マリトッツォとかラミントンとかヤックァとかマコヴィエッツとかパナジェッツとか。
「相変わらずやな、甘党が過ぎる」
「その好物を相手に押し付ける癖があるんです。逆に言えば、あの人は自分が気に入らないと感じたモノを他人へ贈ったりなんて絶対しない」
仕事でも同じだ。説明を端折ったり他所へ丸投げしたり大分適当に見えるが、仲介に於ける「人選」にだけは強い拘りがある。
自分が気に入らないと感じた人種を仲介なんて絶対しない。師匠にとって
ましてや今回の仕事は師匠にとって十数年来の友の宿願、その一端を担う任務である。例え「現場からの要望」や「同職との柵」があろうとも、サシタロウさんを仲介するとは到底思えなかった。
ならば考えられる可能性は二つ。
「先ずは『師匠から押し付けられた』が嘘である事。もしくは、『サシタロウさんは快楽殺人者』此れがそもそも嘘である事」
「…………」
「何れにせよ霧矢さんの口から出た嘘です。別に、嘘だからってどうこう口を挟むつもりは無いですけど、やっぱり意図は気になります」
結果として五人死んで一人が逮捕されたのだ。僕とて少しとは言えサシタロウさんと関わった身である。聞く権利くらいはあるだろう。
霧矢さんはまた暫く黙っていたが「まあ、ええか」と呟いた。
「覚えたての俺ではまだ治癒の術が使えへんねん」
「……?」
話してくれるのは良いのだが、文脈がいきなり飛んだ感じでイマイチ要領を得なかった。
「ボスは『種』の精製で超多忙。師匠はあの子を助けるんに手は貸さんやろうし、他にアテになる人も居らんかった」
「……助ける?」
「でもまあ、やろうと思えば診断書を偽造して山白の順番に並べたんや。あの子かて薄々解ってたんやと思う。結局、俺がやった事は余計なお節介やったっちゅう話」
要領を得ないまま、そんな自嘲っぽい台詞を吐きながら彼は会計へと向かって行った。
「ただの後味悪い話や、聞いても面白ないで」
そう前置きされると余計気になるから不思議だ。
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