第51話 幾ら高かろうが敷居なんて足さえ上げれば普通に跨げる
家族連れが賑わう回転寿司の店内にて、額を突き合わせるは三人の若い男女。スマホゲームに興じる光景を側から見れば、暇を持て余した学生がたむろっているように見えなくもないだろう。
昼のピーク時が過ぎたとはいえ入店する客はまだまだ多い。店側からしたら、ゲームしながら駄弁っている僕達はさぞ迷惑な客だと思う。
無論、そんな事をいちいち気にする人間なんてこの場には居なかった。
「先ずは最初に言っておきたいんだけど」
そんな感じで空気自体は悪いものでも無かったが。逆にどう本題へ切り出すべきか悩ましい感じになっていたので、敷島さんから先陣を切ってくれたのは正直有難い。
「私は別に、アンタらの仲間になった訳じゃ無いから」
発言の内容はやや厳しいものではあったが、そこは此方としても想定内ではある。霧矢さんも頷いていた。
「そのスタンスでかまへんよ。俺らとしても、いきなり内通者とか言われても信用出来る訳無いんやし。今回の会合かて飽くまでウチの師匠の顔を立てての話やから」
と、軽く述べているが。
本当を言うとスルー出来る事態では無い為、此方としても望む会合であった。
「その師匠って
「胡散臭いんは同意するで」
「……で、その本人は」
「来おへんらしい。仲介業を舐めとるわあの人」
本職の癖に、と今度は霧矢さんが溜め息を吐きながらテーブルの上にスマホを置く。
今の彼には右手が無い。挑戦してみたものの、流石に片手でシューティングゲームは無理があったようで。車の運転は楽々とこなしていたのだがやっぱり不便なのだろう。
「治してくれへん?」
先の無い右腕を彼女に向かって振って見せた。絆創膏くれへん? みたいな軽いノリで頼んでいる。
ついさっきは信用出来へんとか言ってた癖に、そこは気軽に頼むのか。なんでも先の作戦では、相手方に「警戒心」について偉そうに説いていたらしいのだが。
まあ、多分演技の台詞なので本心では無いのだろうけども。しかし台詞と行動の矛盾が激しい。彼のいい加減さが透けて見える。
「人に物を頼む態度じゃない」
敷島さんの返しは至極真っ当だと思った。
「ええやんお近づきの印に。というかコレ、お宅のお連れさんにヤられたんやけど?」
会話の主導権を握りたいのか知らないが、霧矢さんも引き下がるつもりは無いらしい。尚も腕を下げない彼からは「太々しさ」しか感じない。
押し問答に話が進まないと思ったか、見え透いた「駆け引きっぽいもの」を仕掛けられて面倒臭いと感じたのか。渋々といった顔を浮かべつつも、敷島さんは霧矢さんに「テーブルの下に腕を入れて」と指示を出した。客や店員に見られると面倒だから隠してくれと。
言われた通りに腕を下げる霧矢さん。僕もさり気なく視線を下げるが、覗いた時には既に右手の再生を終えていた。テーブルの下で新しく生えた掌を開けたり閉じたりワキワキと動作が確認されている。
一頻り動かしてから彼は満足そうに笑みを浮かべた。
「助かったわ」
「つーか、自分のボスに頼めなかったの?」
「天下の承和上衆様に会えるんやから、わざわざ海外行く必要なんて無いやろ。一週間くらいなら腕無しでも我慢出来たしな」
そう言いながら霧矢さんは再びスマホを手に取った。今彼がサラッと述べた通り、現在ボスは日本に居ないらしい。僕も先日になって初めて知った情報である。
海外とか「そんなんでサブスク会員らにサービスは行き届いているのか」なんて少し疑問に思ったが、今はどうでも良かろう。敷島さんも「あっそう」と返すのみだった。
「────つまり敷島さんは、承和上衆から解放されて普通の人生を送りたいと」
「まあ、端的に言えば」
そんなこんなで軽いマインドゲームがありつつもスマホゲームも恙無く続き、続けながら敷島さんからの話も聞いた。
大体のところは師匠から聞いていたのだが、一応齟齬が無いかの確認も含めて改めて本人の口から語って貰ったのである。
本会合の主題の一つ、彼女の目的の確認。僕達と組んで一体何がしたいのか。
結果として事前に聞いた話と齟齬は無かった。
曰く承和上衆の血筋として生まれた彼女は、ことわざで言うところの「籠の鳥雲を慕う」の状態なんだとか。大き過ぎる力を持った者の宿命として、原則として村から出る事が許されない。背負う責務はひたすらの傷病者の治癒、そんな生活が一生続く。
前向きに捉えれば生活に一切困らず、尊敬どころか崇拝までされる一見羨ましい役どころ。しかし自由の「じ」も無い人生に、彼女の堪忍袋の緒はある日プツンと切れてしまった。
分かりやすいと言えば分かりやすい動機。確かに彼女の実情を知ると籠の中の人生は非常に退屈そうである。僕も同じ立場だったら似たような行動を起こすだろう。しかしまあ、せっかく抜けた先で「普通の人生」を求める事には共感出来ないが。
「確かに、アンタの目的は俺らの計画と喧嘩せえへんな」
霧矢さんは顎に手を当てながら頻りに頷いていた。
「何せこっちの計画は承和上衆を確実に垂死させる代物や。アンタを縛る原因そのものが無くなるんやろうし」
「そう、だから協力してやっても良いと思った。尤も計画が本当に実現出来るならの話だけど」
そんな返答をする敷島さんの表情をチラ見で観察するが、パッと見た感じ嘘を吐いている様には見えない。というより、僕は他人の心情に対する推察能力が著しく低いらしいので、幾ら観察したところでアテには出来ないだろう。
そっち方面は霧矢さんの方が得意である。
「でも良えのん? プラン通りにいった場合、少なくとも数人は『酷たらしい目』に合って貰うんやけど」
「同郷だとか同じ組織だとか言っても全員が全員と仲良い訳じゃ無い。寧ろ私の場合は嫌いな奴の方が多いから」
「薄情さんやな」
「アンタには関係ないでしょ。……それとも何、信じられない?」
勿論、信じられない。
内通者をやってくれるなんて本来なら垂涎ものの提案である。確かに僕も最初は期待の感情が湧いたけども。当然ながらこの展開、あまりにも此方に都合が良過ぎる。幾ら師匠が御膳立てがあったとはいえ、やはり怪しいと思うのが普通だろう。
霧矢さんも「附に落ちん点は幾つかあるな」と率直に返していた。
「先ず疑問やねんけど、普通に村から脱走するって選択肢は無かったん? わざわざ実家潰さんでも良えんとちゃうの」
「駄目、ただ逃走するだけじゃ逃げ切れない」
「なんで?」
「なんでって……
どういう目……ソガミ教からは神扱い。教徒以外からも、それに準ずるナニカ位には見なされているだろう。
僕がそう答えると敷島さんは大きく頷いた。
「務めで治癒を施す際、基本私達はマスクで顔を隠して人前に出る。でもその程度じゃ個人情報は隠し切れない。幾らこっちが気を付けていても、いつの間にか素顔を撮られてたりすんのよ」
実際、敷島さんの顔もネットに出回っているらしい。
試しに検索してみると本当に出た。流石に敷島さんの名前を打ち込んだだけでは出なかったが、「承和上衆 素顔」で検索すると幾つかの隠し撮りっぽい画像がヒット。その中に彼女らしき人物も確かに写っている。
「ネット上じゃ芸能人と同じかそれ以上の扱いよ。女子なんて殊更注目浴びるし。……特にホラ、私って美人じゃん?」
「せやな」
肯定しているが、流石の霧矢さんもちょっと反応に困っているご様子。
確かに自意識過剰と鼻で笑えない位に彼女は美人だが。本人の口からさも当然のように言われたら「お、おう」としか返せない。
「行く先々に視線がある。噂が立てば追手が来る。なら根底を変えるしかない」
実家もろとも潰せば良い。
真顔でそう語るこの人も「ヤバい奴認定」にして良いだろうか。ふと「整形すれば良いんじゃね?」という提案が浮かんだが、何となく口に出すのは憚れた。
因みに、画像が出回っているのに彼女の正体に気付けなかった件についてだが。
あの時点ではまだ承和上衆の顔を把握する必要が無かったからだと言っておこう。把握するのはもっと計画が進んでからで良かったし、そもそもネットの情報なんぞアテにならん。
裏目に出たので偉そうには言えないけども。
「ほんなら、俺らの動きはどうやって知れたんや? 師匠とは連絡取って無かったんやろ」
ああ、それは僕も思った。
あのシチュエーションでの登場は劇的だったというか、幾らなんでも出来過ぎである。此方の動向を把握されていたとしか思えないタイミングだった。
「情報を掴んでいたのは私じゃない。エイさんよ」
「誰やねん」
「
──────
────
──
それから暫く遣り取りをした後、敷島さんは店を去っていった。会計はまだ済ませていない。僕と霧矢さんはテーブルに残り、デザートの練乳いちごパフェ(税込308円)を突いているので。味わいながら、ついでに今回の感想戦みたいなことを開催していた。
「どう思いました?」
「良え女やったと思う、乳もデカかったし」
取り敢えず彼女の第一印象を聞いてみたが、返ってきたのは「見た目」の評価である。
そこかよ、と思ったが。続けてちゃんと分析もしてくれた。
「口調は馬鹿っぽかったけどオツムが足りてへん訳やない。けど、会話の主導権はあっさり俺らに渡しとったし、駆け引きとか交渉ごとには慣れてへん感じやったな。印象としては虚勢が強い『田舎のおぼこ』」
「……ふむ」
「まあ、内通者として組む分には意外性があって良えんとちゃう? バレにくそうや」
「
「無いとは言い切れん。あの女がふつーに承和上衆側で、ボスの居場所を知りたいが為に俺らに近付いたって可能性やろ? その場合、あの口調や態度も演技やろな」
「だったら……」
「でももしそうなら、それこそ俺らを拉致ってボコって色々吐かせた方が早いやろ」
……まあ確かに。僕達が取れなかった「強硬手段」を承和上衆が取れない理由は無い。現に木戸川会と一緒にちょっかいを出した時も、その対応はストレートかつ過激だった。わざわざ罠に嵌めるなんて面倒な真似はしないだろう。普通に考えるなら。
「信用しきるのは勿論アカン、けどそこまで"裏"は気にせんでも良えと思うで」
「じゃあ、活用する方向で?」
「彼女自身に騙す気が無くても、提供された情報が正しく無かったってパターンもあるやろうけど……まぁ疑い出したらキリないし。あとは出されたモンを見て判断するしかないわな」
幸いにも、協力を得るにあたって変な条件等は出されなかった。強いて上げるならば「実行に直接加担する事は無い」と明言してきたが。元々の形が向こうからの協力の申し入れだったので、無条件については別に不自然では無いだろう。
で、問題は彼女から提供されるモノについて。
まず先日の作戦目的だった「警察側の窓口」の情報だが、残念ながら提供は無理だと言われた。敷島さんは警察との癒着に関わった事が無いらしい。故に知らないとの事。
関わっているであろう承和上衆側の人間を何人かは知っているそうだが、彼女自身はそれ以上を探るつもりは無い。そりゃ、裏切り行為がバレそうなリスクは冒したくないだろう。面倒だがまた別口の方法で探るしか無い。
ならば提供されるモノとは何か、大きく分けて二つある。
「一つは敷島さんが知る限りの承和上衆の個人データ。特に誰がどんな神通力を扱えるのか。実力差(戦闘力)はピンキリだそうですが、ランキングにしてくれるってのはちょっと面白そうです」
「正直、窓口の情報より全然有難いわ。出せんけど、お釣りが出るレベルや」
「評価は彼女の主観でしょうけど」
「まあ、少なくとも六月の威力偵察で得た情報よりは精度高いやろ」
威力偵察、先の誘拐任務の事だろう。あの時骨を折った身としては、素直に受け取りたくないという感情が少し湧いたが。それを口にしたらプロ失格な気がしたので止めた。
それよりも、そろそろ霧矢さんから聞かないといけない事があるだろう。此処までくれば自分から話して欲しかったのだが。
つーか話すだろ普通。
「問題は二つ目です。僕はかなり驚いたんですが」
「そやな、俺も驚いたで」
「……いや、今さら白々しい台詞吐くなよ。使えるんだろアンタ」
今でなら、病院でのアレ(気配の異常上昇)も理解できた。指摘された霧矢さんはニタリと嗤う。
「まだ使えへんよ、勉強中や」
二つ目の提供品、それは神通力のレクチャーである。
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