第50話 真面目な交渉事は飯を食いながらサラッとやってしまえ
陰か陽かで問われたら"圧倒的陽キャ"のポジションにいるのが霧矢さんという人物である。
居るだけで場が持つというか、大人しい部類が多い我がチームでも一人でぶん回せるくらいのパワーを有している男。悪く言えば非常に姦しい存在とも取れるのだが。
例えば、台詞が単語一音しか返せない奴に対しても彼なら小一時間くらいは途切れずにトーク出来るだろう。トークというか最早スピーチと表現した方が正しいかも知れないが、とにかくよく話す。たとえポスト相手に話し掛けていたとしても僕は全然驚かない。
だからこそ、彼の「気配の静寂振り」にはいつも狂気の沙汰を感じていた。職業が職業だから得ていて当たり前のスキルだが。今まで出会った同業者の中でも、彼ほど上手く気配を殺せる人間を僕は知らない。
この能力に関しては恐らく師匠より上だろう。その気配の無さ振りときたら、面と向かって会話してても電話越しではないかと時折錯覚するほどで。彼が本気になれば、野良猫のノミ取りだってきっと気付かれずにやってのける。
口はうるさいのに気配がほぼ無い。無いというか、上手く殺す。承和上衆とはまた違った意味でチグハグな存在であった。
「やっぱり間違いない」
現在の霧矢さんはどうだろう。
そりゃまあ正面からガチの戦闘をやっている訳だから。わざわざ今、気配を殺す意味は無い。だから駄々漏れなのは分かるけど。
「幾らなんでもデカ過ぎる」
『だから……その気配って何なのよ』
問題は気配の有無ではなくその大きさだった。
僕的には結構凄い衝撃だったのだが、残念ながらこの驚きを朱音猫さんと分かち合う事は出来ず。確かに、敷島さんとの邂逅と比べれば見劣りするかも知れないけど、十分に不可解な現象なのに共有出来ないのが口惜しい。
今の霧矢さんにはそれだけの存在感がある。それこそ一般人と比べると「猫」と「ノミ」くらいには気配の大きさに差があろう。もっと早く気付けよ、と自分に言いたくなるくらいのレベルの大差がそこにはあった。
何故今まで彼の変化に気付けなかったのか。偏に既に認識していた「化け物」の存在がやはり大きい。
この化け物級の気配が近くに二体もいなければ、僕ももっと早くに気付けていた筈だ。何せ霧矢さんが「家猫」だとすれば、彼等のスケールは「アムールトラ」。隣にそんなのが居ればそっちに目が奪われるのは当然だろう。否応なしに目はそっちに行く。
だがまあ、一度気付けばその存在はやはり気になるもので。たとえ家猫級であったとしても、ノミの分際である僕らから見ればその気配を放つ今の霧矢さんはやはり常軌を逸していた。
全く持って勘弁して欲しい。今日は想定外の出来事が色々多くていっぱいいっぱいだったのに。そろそろ頭の処理が追い付かなくなってきているのだが。
……アレだろうか、実は全部夢とかか? まだトラックキャンパーの中に居て、寝苦しさのあまり変な夢を見ているとか? なんかその方がしっくりする。
よく分からない出来事が連続すれば当然頭は混乱するもので。正直、一旦落ち着いて整理したい所だったが、現実はそう待ってくれない。
次の瞬間には現場が更に急変していた。
「待機中の他の刑事が院の外にいる筈だ!!」
「了解っす!」
満身創痍だった筈の刑事と目標1の叫び声。直後にスパンッと開けられた病室の扉。飛び出してきたのは目標1とそれに抱き抱えられたサシタロウさんである。
人を担いでいるとは思えないスピードで、真っ直ぐ僕が隠れているコーナーへ突っ込んでくる目標1。正確にはその後ろにある階段を目指して突進してきた。
唐突な出来事、蘇るは菊谷さんとあの時体験した逃走劇、ターミ◯ーターの恐怖が再び僕を襲う。
(やっべぇ!!)
慌てて踵を返し、近くにあった適当な部屋に飛び込んだ。スッと扉を閉めて彼が通り過ぎるのを息を潜めて待つ。反射的行動だった故、目標1の足止めに関してはすっぽり頭から抜けていた。突然だったので許して欲しい。
幸いにも気付かれなかったのか、速度を落とさぬまま階下へと消えていく目標1の気配。安堵の溜め息を吐いたのだが、飛び込んだ部屋は別患者の個室だったらしい。そこに居たお爺さんと気不味くなったというか、めっちゃ不審な目で睨まれた。
さっさと退室。目標1は追わずに(向こうが速すぎて無理)取り敢えず霧矢さんの安否を確認しに行った。
「…………」
「離さんかいボケ!! 臭いんじゃ!!」
「離すわけねえだろ……!! 警察舐めてんじゃねーぞコラ……!!」
一応無事と言えば無事だったが、どうやら現在進行形で捕縛され掛けているらしい。霧矢さんはあの刑事にがっつりと組み付かれていた。刑事の方は先程までボロ雑巾になっていた筈だが、目標1の神通力によって復活したのか。押さえ込む様は実にイキイキとしている。
対する霧矢さんはと言うと、先程までの異様な気配が何故か綺麗に消えていた。猫サイズから普通のノミのサイズへ、あの存在感は劇的と言える程に萎んでいる。やはり何が起きているのかよく分からなかったが、取り敢えず見たまんまのピンチと受け取って良いのだろうか。
覆面を再び被り、ソロソロと忍び足で二人の元へ。刑事は背中を向けているのでまだ僕には気付いていないが、仰向けに抵抗している霧矢さんとはしっかり目が合った。
再び送信するは渾身のジェスチャー。
タスケタ・ホウガ・イイデスカ?
「──当たり前やろ!!」
「ですよね」
という事で、後ろから刑事の無防備な尻を思い切り蹴り飛ばす。痛みと驚きで顔を上げてくれたので、すかさず側頭部にも蹴りを入れた。
「ぅがっ」
爪先が良い感じで刺さり、見事霧矢さんの上から退かす事に成功。更に二、三発追い討ちの蹴りを入れ、刑事が動かなくなったのを確認してから霧矢さんを助け起こした。
「良うやった、と言いたいところやけど遅いねん。もっと早よ来んかい」
「……いや、さっきはお呼びじゃなかったでしょ」
「状況は変わんねん。プロなら察して直ぐ動けっちゅー話や」
出たよ、「察して動け」
これでも色々考えてんのに。せっかく助けたのに理不尽な。
「トドメは?」
「必要ない、ずらかんで」
蹲る刑事を尻目に僕らは病室を後にした。
--
「ハァ? なんやそれ、目標2と師匠が知り合い?」
「みたいです。やっぱ霧矢さんも知らなかったんですね」
「そらそうやろ。知っとったらこんな周りくどい作戦立てへんわ」
当然ながら病院の出入り口は一か所だけでは無い。
動き出した外の警官らとバッティングしては堪らない故、モニタリングしている朱音猫さんの誘導を受けながら会敵しないルートを通って出口へと目指していた。
その間に目標2……敷島さんとの接触で何が起きたかを簡単に報告。最初から霧矢さんが通信を聞いてさえくれれば省けた手間なのだが。
「耳元でうるさいから、切っとってん」
自分の仕事に集中したかったとの事。それもどーなんよと一瞬は思ったが、余計な騒音がパフォーマンスの妨げになる話は良くわかる。なので改めて文句を言うつもりは無かった。
で、此方としても霧矢さんが何をやっていたのか質問したい。気配の著しい増減の件とか、彼の右手の手首からの先がいつの間にか無くなってる件とか。あそこまで無茶をした理由を含めて色々聞きたかったが、取り敢えずは離脱が優先という事で説明は棚上げにされている。
『さっき目標2がセダンから離れたわ。自分の車に戻るようね』
時間稼ぎはなんやかんやで成功したらしく。どうやら僕が精肉店に売られる心配は無くなったようである。特に僕は何もしていないのだが。
朱音猫さん曰く、またもニキさんの活躍が効いたそうで。今度は医者に化けて目標1を足止めしているとの事。ファインプレーが著しい。最初から彼に任せとけば良かったのでは、と思わずにはいられなかった。
そんなこんなで安心して自分達が乗って来た車に戻ると、敷島さんに貸したスマホがシートの上に転がっているのを発見。
早速霧矢さんは運転席に飛び乗ると車を出し(此方の不安を他所に片手で普通に運転していた)、僕はスマホを手に取って師匠にリダイヤルを試みる。数秒のコール音の後、またも『おーう』という間延びした声と繋がった。
「おい、おっさん」
『なんだ、京司か』
「なんだじゃ無いです。説明して下さいよ」
霧矢さんに対する疑問よりも先ずはこっちの問題を解消すべきである。作戦の成否、以前の問題。今までやってきた事が徒労を意味するかも知れない案件なのだから。
『済まん。俺もまさか、あの娘がお前達に接触してくるとは思っていなかった』
「前置きは不要です。彼女の立場は?」
『昔、内通者に仕立て上げようとして失敗した女だ』
「…………」
予想していた内容より微妙じゃねーか。いや、それどころか……
「最悪じゃないですか。こっちの存在を向こうは最初から知っていて……しかも味方に出来なかったって?」
承和上衆から抜けた男、ボスを通じて彼の組織の実態は此方も把握している。その構成は神通力を有する十の家系、血筋によって形成されているらしい。幾ら周りにサポート要員の一般人が居るとはいえ、人員の規模はかなりコンパクトだった。
そんな組織……否、「氏族の集合体」に外部からスパイを送り込むのが如何に困難か。まあ、火を見るよりも明らかだろう。ウチの班の作戦会議でも案自体は出ていたが、早々に却下されていた。
だからこそ「内通者」の存在にはかなりの期待が持てたのだが。とんだ小糠祝いだったらしい。それどころか、より状況が厳しくなっている。
こんなんで果たして『計画』は大丈夫なのか。
『五年前だったか。あるツテから承和上衆の血縁が村外に遊学してると知ってな。情報を得る為、あわよくば何かに利用出来るんじゃないかと思って接触した』
「成る程、その時に下手をこいたと」
『言う程致命的なミスはしてねーよ。事実、今回彼女が接触してきた理由だって協力の申し入れなんだから』
「…………ん?」
『数年越しの成果って奴だ。お前らの作戦だって全く無駄だった訳じゃねえよ。お陰でまた彼女と接触出来るようになったんだからな』
それから約一週間後、8月21日。
黄代蓮の本拠地が置いている山、その麓の街に構えるとある寿司店。
「……普通さぁ、接待するならもっと良い店を選ばない?」
頬杖をついた敷島さんは不満そうにブウ垂れている。案内された店が気に入らなかったらしい。
僕と霧矢さんは改めて彼女との対面に漕ぎ着けていた。漕ぎ着けたというか、師匠による手引きなので此方が何か努力をしたという訳では無いのだが。
場所については丸投げだったので、霧矢さんが行きつけの寿司店をチョイス。高級店ではない。一皿百円、全国チェーンの回転寿司店にて彼女を出迎えていた。
時期が夏休みというのもあって、周りの客は家族連れが非常に多い。お子さん達がキャッキャキャッキャと騒がしく、緊張に満ちた空間とは大分程遠かった。
「回らないとこ用意しなさいよ。……金無いの?」
「悪かったな、コソコソ話するならこーゆー賑やかなとこの方が良えと思ってん。それに勘違いしとるようやけど、接待をするつもりなんてこっちには無いで? 支払いは持ったるけど」
さして悪びれた様子もなく返す霧矢さんに、呆れた顔を浮かべた敷島さん。これ見よがしに溜め息を吐かれたが。「まあいいか」と呟いて次の質問を述べた。
「じゃあ、このスマホゲームは何なの」
例によって僕らは今、あのバトロワ系ゲームをのほほんと興じている。そこそこの皿を平らげた所で箸休め的なノリで始まったのだ。
ダメ元で敷島さんも誘ったら意外にも参加してくれた。が、当然疑問に思ったのだろう。
「これが我々流の親睦の儀式です」
実経験に基づいた手法である故、僕は堂々とそう答えた。
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