第49話 報連相は双方から発信してこそなのに、下からばかりで上からが滞りがちなのは何故なのか



 この化け物はあまり戦いに慣れていない。

 邂逅した時から薄々感じていたが、今回間近で接してみて改めて確信に至った。よくよく見れば結構分かり易いもので。気配を隠す素振りを全く見せないし、足の運びや視線の運び、体幹やその他諸々、何処をどう見ても素人のそれである。

 訓練を受けた人間特有の空気を感じない。存在感そのものに気圧されて、今までその辺を注視していなかった。


 考えてみれば当たり前か。

 傷病者の治癒こそが彼等の本分である。暗殺や対人戦闘など最初から求められてすらいないのだから。元々が僕や霧矢さんとは対局に居る存在、戦闘訓練なんてそれこそ受けている方が先ず可笑しいのである。

 つまり付け入れる隙は案外多いのかも知れない、という話。


「あーもう、マジでおっそろしいわ承和上衆」


 だからと言って、あのまま戦い続ける気など更々無かった。結局此方からは悪戯程度の攻撃しか出来ない故当然と言えよう。


 

 ターミ◯ーターをひっくり返した後、なんやかんやで病室からの脱出に成功していた僕。窓からの決死ダイブはまさに命辛々で。長さを計算していたつもりだったが、ザイルが伸び切る瞬間は鼻先が地面に掠めるほどにスレスレであった。ぶっちゃけ生きていたのは殆ど奇跡だったと思う。

 腰に食い込んだザイルがもの凄く痛くて。外すのに少々手間取ってしまい、その隙に超人パワーで引っ張り上げられそうになったのだが。

 大丈夫だったらしい。途中、何故か急上昇が停止したのでその間に何とか外す事が出来た。結果オーライと言えよう。


『ちょっと、大丈夫なの?』

「概ね大丈夫です」


 朱音猫さんの通信に応えながら覆面を外す。

 何が大丈夫なのかは敢えて注釈しなかった。今後どういう展開になるのかは全て敷島さん次第なので、作戦自体が本当に大丈夫かは言及しない。

 取り敢えず僕の身体は大丈夫。これも大事。


「霧矢さんはどうなりました? まだ生きてます?」

『分かんないわよ。病室内にはカメラ付いて無いんだし』

「……?」


 病室って、僕がさっき居た病室のことだろうか。霧矢さんは確か廊下に居た筈だが。


『アンタとほぼ入れ替わりで病室に突っ込んでいったのよ。最初は「目標1」に投げ飛ばされたけど、取り抑えに掛かった刑事を返り討ちにしてた。ヤられた振りからのフルボッコね』


 良く分からんがまだピンピンしているらしい。しかしその後すぐ化け物の居る病室へ突入した為、現在は安否不明との事。もしかして、さっきの上昇停止は霧矢さんの介入によるものか。

 僕を助けてくれた……? だとしても無茶が過ぎる。ちゃんと引き際考えてんのかあの人。


『どーすんのよ、これから』


 という朱音猫さんの質問にウーンと悩みながら、


「他の二人は何してます?」


 と逆に聞き返してみた。


『ニキは外にいる他の刑事が現場の異常事態に気付かないよう注意を惹いてる。こっちはまだ大丈夫そうね。「マナー悪いマスコミの振り」が上手い感じに刺さってる』

「へえ」

『ストロボはカメラと盗聴器の仕込みを終えた。今は感度のチェック中』

「あー、そっちは無駄骨になるかも」


 ストロボ君の作業に関して、敷島さんにながらもバラしてしまったのは不味かったかも知れない。もしも「外せ」と言われたら否応なしの撤去は免れられないだろう。

 一応ちょっとした悪足掻きとして、仕掛けたのはGPSだと伝えているが。どう転ぶかはこれも敷島さん次第だと思う。彼女の立ち位置を明確にする為にも盗聴器の一つくらいは許して欲しいのだが。


「まあ、それが駄目でも後で師匠に問い詰めたら済む話か。今更誤魔化されたりはしないだろうし」

『──ったくもー、何の為の作戦だったのよ』

「甚だ同感です。だけど今回の件は師匠にとっても想定外だったのかも。反応が素でしたし」


 それにまだ敷島さんが味方だと完全に決まった訳では無い。先行きは不安である。


「とにかく、目的の成否は僕達の手から離れました。一旦ずらかるのが賢明ですね」

『霧矢は? 放っとく?』

「……いや、もしあの人がヤられたら、この班は立ち行かなくなる。戻って来てくれないと困ります」

『めっちゃ仕切り魔だけど』

「ウチの面子の性格等を考えたら必要な仕切り魔ですよ。なのでもう一度別ルートから援護……いえ、取り敢えず様子を見に行ってきます。そっちはいつでも撤退出来る準備を。ニキさんには悪いですけど、もう少し惹きつけ役を継続するよう伝えて下さい」


 仕事中でも戯ける人だが、馬鹿では無い。

 何かしらの狙いがあるのか、はたまたそうせざるを得ない理由が出来たのか。間違っても僕を助ける為だけに動く人では無いだろう。これだけは自信を持って言える。

 殺しても死ななそうなイメージしかないが、今回は相手が相手だ。幾ら付け入る隙があると言っても、化け物である事に変わりはない。


 という訳で、今度は正面入り口から堂々と現場に向かった。覆面さえ取れば僕もただの一般人故、この姿態で誰それから行手を阻まれることも無いだろう。尤も再びセダンの傍を通る際、敷島さんには呼び止められたが。

 呼び止められたというか、偶々目が合ったついでにもう一度指示を投げつけられたと言うべきか。

 敷島さんは車内で僕は外。窓も閉まっていたので声は届かなかったが、ジェスチャーで何となく伝わった。指で「1」と「0」を作った後、両手同士を引き離す仕草。『追加でもう10分引き伸ばせ』と言いたかったのだろう。


「簡単に言うよなあ」


 無論、挽肉にはなりたくないのでオーケーサインで返したが。時間稼ぎに関してはもう成るように成るしか無い。頭の隅に留めておく程度で良いと思った。





 銃声が一発鳴ったくらいでは其れを理解し通報する人間は少ないもので。元々銃と縁遠い国だと尚更である。

 ロビーに入ると案の定、確実にここまで聞こえたであろうにも関わらず、誰も避難どころか騒ぎにすらなっていなかった。

 空気自体はピリついていたが。これは市中同様、通り魔事件の流布によるものだろう。外に居た刑事は流石に気付くべきだろうが、ニキさんのヘイト管理が余程上手くいってるらしい。現場となる四階の南側以外はまだまだ日常的な病院だった。


 そんな光景を素通りして僕はいざ非日常へ、走ると流石に目立つので早歩きで向かう。曲がった先が現場であろう、コーナーの手前で一旦立ち止まった。

 朱音猫さんに確認すると、まだ霧矢さんも『目標1』も廊下には出て来てないそうで。恐る恐る覗いてみると、角の先10メートル地点に結構な量の血溜まりが、更にその先10メートルの所で男が一人倒れていた。霧矢さんがフルボッコにしたという見張りの刑事だろう。倒れたゼンマイ人形みたいにノタノタと動いているのでまだ意識はあるらしい。

 肝心の病室だが、丁度突き当たりの位置にあるので入り口の全体像は此処からでも見える。が、如何せん距離が遠いし、扉も半開きだったので中の様子をよく見る事は出来なかった。


『様子はどう?』

「……ガチでバトっていますね」


 しかしある程度は気配の動きや増減から推測出来る。驚いたことに真正面から遣り合ってるらしい。その手の主人公的な戦法を確か阿呆呼ばわりしてたと記憶しているが、どうやらケースバイケースだったようで。柔軟なのかいい加減なのか判断に迷うところであるが。


『いい加減な方でしょ、絶対』

「ですね。まあ、相手は霧矢さんですから、過去の発言にいちいち揚げ足取っても徒労でしょう。こっちが疲れるだけです」

『既に現在進行形で疲れさせられてんだけど』


 確かに。

 行動の意図が読めぬまま振り回されたら感じる苦労も倍である。化け物とまともに渡り合っているのは素直に凄いと思うが。その前に一言でも通話が出来ていれば、こっちも色々悩まずに済んだ筈だ。

 「一流なら察して対応しろ」なんて話もあるが、プロだからこそ意思伝達の大切さを知るべきである。


 しかし、今は愚痴っていても仕方がない。霧矢さんの意図はこっちで勝手に想像するとしよう。



『もしかしてさ、サシタロウをここで殺すつもりなんじゃない?』



 早速ぶっ飛んだ予想を述べる朱音猫さんである。

 正直、その発想には少しだけ驚いた。「サシタロウさんをチームに入れるつもりは無い」という趣旨は確かに伝えていたが、僕も霧矢さんも「殺す」という単語は一切使っていなかった筈。にも関わらず、彼女の中ではそういう風に理解していたらしい。


 それは誤解であるのだが。


『いや、流石に分かるわよ。アンタや霧矢の言う「使い捨て」は、用が済んだら始末するって意味くらい』

「完全に否定はしません、そこはケースバイケースですから。……でも、朱音猫さんが想像してるほど僕らは殺し行為なんて簡単にしませんよ?」


 当初から、余程必要に迫られない限りサシタロウさんを殺すつもりなんて無かった。

 勿論、その辺は霧矢さんとも擦り合わせを済ませている。故に今回の彼の行動意図が「サシタロウさん殺し」である筈無いのだ。


 まあ確かに、朱音猫さんからすれば懐疑的に思うのも無理はない。殺し屋がそんな説明をしたところで説得力は皆無であろう。

 

『彼女に与えられた役目はもう終わってる。チームにも入れない奴に顔を知られてるのって、アンタ達にとっては看過出来ない事態なんじゃない?』

「いや、僕も霧矢さんも彼女をそこまで脅威に考えてませんよ。肝心な情報は与えていませんから」

『どうだか。……ああ、勘違いしないで欲しいんだけど、別に「殺す、殺さない」自体をどうこう言いたい訳じゃ無いのよ。ただ、そーゆー対象に私も含まれてるんじゃないかって気になっただけ』

 

 物理的距離のある、通信越しだからこそ為せる業か。殺し屋相手に随分と踏み込んだ物言いをしてきた。


『だってそうでしょ? たかが"エサ作り"の過程で死人をポンポン出したのも事実なんだし。仮にもチームなんだから、スタンスとか線引きとかその辺ハッキリして欲しいのよね』

「…………まあ、配慮が甘かったのは認めます」

『そのリアクションもどーなのよ』


 取り敢えず、朱音猫さんとはもっとコミュニケーションを取るべきだと思った。


 そんな会話をしつつ現場を見守っていると状況に動きが。またも三発ほどの銃声が病室から鳴り響いたのである。見張りの刑事は未だ倒れ伏したままなので、撃ったのは恐らく霧矢さんだろう。確か銃は持っていなかった筈だが刑事から奪ったのか。

『……これは、ヤったんじゃない?』と呟く朱音猫さんに僕は答える事が出来なかった。一応否定はしたものの、相手があのいい加減な霧矢さんであれば絶対とは言い切れない故に。僕だって彼の本心は未だ掴み切れていないのだ。


 で、今度は流石に外の刑事達にも反応があったらしく。朱音猫さん曰く、ニキさんの足止めもそう長くは保たないとの事。いよいよ僕も突入すべきか、そう思ったところで半開きだった病室の扉がガラッと全て開かれた。

 誰であろう、霧矢さんである。そこそこの距離は離れていたが目が合ったのは間違いない。



 ソッチニ・イッテモ・イイデスカ?



 取り敢えず、そんなメッセージを渾身のジェスチャーで送ってみたが。受け取った霧矢さんは肩を竦めるだけで碌に返事をしてくれなかった。

 それどころか殆ど此方を無視する始末である。倒れている刑事の首根っこを掴んだと思ったらそのままズルズルと引き摺って、またも病室へと消えていった。


 ピシャンと今度は完全に閉じられるその扉。


「お呼びじゃ無さそうです」

『そのようね』


 此方の心配を余所に彼はめっちゃ余裕そうである。流石と言うべき所であろうが、肩透かしを食らった気分は拭えない。大丈夫そうなら僕も一旦撤退するべきだろう。此処に留まる必要は無さそうである。


 それにしても、状況が特殊なだけに今まで全然気付かなかったのだが。

 霧矢さんの「気配」が、異様にデカく感じたのは気のせいだろうか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る