第48話 勝手に助太刀プランを練るのはいいが、大体思い通りにいかないから軽くイメージする程度で留めとけ



 事も無さげに足止めを援護しろと言われたが、霧矢さんの現状が分からないと連携の取りようがないのは言わずもがな。

 応答が出来ぬなら、せめてカメラの映像から現場の様子を伝えて欲しい。そうお願いすると朱音猫さんは『リーダーなら病室前の廊下で見張りの刑事と対峙している』と教えてくれた。

 I see. それで、肝心の『目標1』は何処にいるのか。聞くと霧矢さんの足元で倒れ伏し、ピクリとも動いていないらしい。更には大量に血を流しているとの事。


 …………いや、何だそれ。もしかしなくても殺してしまったのか。

 つーかよく殺せたな。


 そう一瞬は思ったが、建物内からここまで漂ってくる最早お馴染みの化け物の気配。これは今尚しっかりと感じ取れている。死んでいたら気配も糞もないので『目標1』は恐らく健在であろう。

 朱音猫さん曰く、どっからどう見ても死んでいる様にしか見えないらしいが。霧矢さんも気配察知には長けている。対象の生存は理解している事だろう。


 それにしても、よくもまぁ一人でそんなカオスに持ち込めたものだ。時間稼ぎとしては既に十分過ぎる成果が出ている気がする。指定された15分、別に僕が今から介入せずとも普通に経過してくれると思うのだが。


「でもやり過ぎじゃね?」


 朱音猫さんの報告によると、現場はサスペンスドラマさながらの緊迫感らしい。刑事には拳銃を向けられ、いつ動くかも分からない化け物が側にいるのなら当然っちゃ当然だ。

 確かに「ゴツいアクシデントを起こす」とは言っていたが。こんな状況に持ち込んでちゃんと脱出プランはあるのだろうか。もう少しスマートなやり方が幾らでもあったと思うのだが。


 ……まあ、面白そうだから別にいいか。此方としても援護し甲斐がある。




 という訳で早速行動を開始。

 今にも状況は動きそうなので(というかさっき発砲音聞こえた)グズグズはしていられない。正面の入り口に回り込んでる時間はもう無いから「昨日のルート」を使わせて貰おう。


 幸いにも、サシタロウさんがいる病室の真下までは目と鼻の先だった。一度踏破したルートだし、今度はしっかり手元が見えるので登り切るまで1分も掛からない筈である。

 登っているところを誰かに目撃される危険性はあるが致し方ない。事は既に始まっているので今更だろう。


 スルスルするりと。我ながら素晴らしいムーブであっという間に四階へ。辿り着いてから「そういや、もう窓の鍵閉められてるかも」と一瞬不安に思ったが。試しに手を掛けると、何の抵抗も無くすんなり開いた。

 大丈夫だったらしい。そのままヒョイと病室へ侵入し、サシタロウさんと再会する。


「…………」

「…………」


 予定に無い僕の登場に何故か無言の彼女。ノーリアクションとはちょっと予想外で、思わず此方も言葉に詰まってしまった。何とも言えない微妙な空気が完成する。


 直後、廊下側から響いてきた霧矢さんの叫び声。



「さよか! でも、答えて欲しいんは後やない────!!」



 サシタロウさんも最初は怪訝な顔を浮かべていたが。しかし霧矢さんの声を聞いた途端、納得したように「ウン」と頷くと、大きく息を吸ってそして叫んだ。



「キャァアアアアア!!」



 耳にキーンと響く女性特有の金切り声。ぶっちゃけ、敷島さんの正体が分かった時よりビックリしたと思う。アタフタしたのは言うまでも無い。


「ちょ、なに急に叫んでんですか……?」

「え? そういう作戦じゃなかったの?」


 キョトンとした顔で聞き返してくるサシタロウさん。


 そういう作戦ってなんだ、僕は何も聞いて無いぞ。

 

「昨日貰ったスマホにさっきメッセージが届いたのよ。『合図を送ったら悲鳴を上げて注意を引け』って」

「……スマホに? メッセージ?」

「自分でも『脈絡なく突然悲鳴を上げる』って凄く違和感があったんだけど。丁度アンタが来たから……」


 …………ん成る程。

 恐らくスマホの指示は霧矢さんの差し金で「修羅場を潜り抜ける為の陽動」に彼女を利用したのだろう。そして偶然ながら、そのタイミングに僕が居合わせたと。

 窓から男が侵入して来たから悲鳴を上げた。流れ的にはある意味絶妙なタイミングだったのかも知れない。

 ……まあ霧矢さんからすれば、悲鳴の理由なんて何でも良かったのだと思う。もちろん彼が僕の行動なんぞ認知している筈も無い。ただ単純に「対面する刑事等の注意さえ引ければ良し」と考えての指示だろう。


 これは完全に予想外。こっちの予定では、隙を伺って刑事を背後から強襲するつもりだった。が、今の悲鳴で僕の存在に気付かれたかも知れない。勝手に介入しようとしたのは僕である故、文句を言う資格は無いのだが。


 そんな風に色々考えていたら、いつの間にか「化け物の気配」が扉のすぐ外にまで迫っていた。


「ヤバっ……」

「失敗したのかしら」


 霧矢さんの作戦がどうなったのかは不明。しかし間違いなく不味い展開だ。

 サシタロウさんも察したらしい。咄嗟に彼女は入り口の傍に蹲り、僕も慌ててベッドの陰に隠れた。



--



「お邪魔しまーす」


 結局、「ちょっとタイム」を言う間すら与えて貰えず。

 次の瞬間には躊躇無く入室してきた彼の化け物。間延びした声に緊張感が抜けそうになるが、紛う事なき最悪の状況である。


 サシタロウさんが言った通り、霧矢さんの目論見は失敗した可能性が高い。悲鳴が上がってから奴が此処に来るまでの時間が余りにも短過ぎるので。

 仮に遁走を許したとすれば、暫くは追いかけ回すか探し回るかするのが普通だろう。作戦が上手くいっていれば、奴が今此処に居るのは考え難い。

 ────という事は、霧矢さんは文字通り瞬殺されたと見るべきか。


 カメラで見ていたであろう朱音猫さんに一部始終を尋ねたかったが、如何せん今は声を出せないのでそれすらも叶わなかった。

 一応ベッドの死角に身は隠せたが身動きが取れない。何とかやり過ごす方法は無いかと考えてみたものの、恐らく無駄だろう。


 何せ、サシタロウさんが演技モードに突入していた故。


「大丈夫ですか?」

「窓……窓から男が……」


「……覗いてきたの?」

「ちがっ! 入ってきたの! 今も部屋にいる!!」


 あっさりと僕が居る事をバラされてしまった。ちょっとは匿ってくれても良かろうに。

 ……いや、無理があるか。そもそも、彼女の望みは承和上衆の治療を受ける事のみ。僕がどうなろうと知った事では無いのだろう。刺された恨みもあるだろうから、寧ろ清々してるのではなかろうか。

 心なしか、此処まで聞こえてくる彼女の声はノリノリで演技をしてる感がある。


 せっかく敷島さんの恐怖から脱したと思ったのに続け様のこのピンチ、自分の想定の甘さが招いた結果かも知れないが。非日常を楽しむのが生き甲斐とは言え、この状況は些かハード過ぎた。



「誰アンタ」


 案の定、見つかってしまう僕。

 隠れ通す事に対する諦観の念。それと同時に湧いた対峙への覚悟。二つが混ざったなんとも言えない心境の中、ベッドに回り込んできた「彼」とバッチリ目が合った。


「…………」


 マスクで顔を半分隠しているが間違い無い。ふた月前、僕と菊谷さんを追い回した化け物コンビの片割れ。彼はあの時の『ターミ◯ーター』である。

 『目標1』がまさかこの人だったとは。確かに、サシタロウさんとの問答の声には聞き覚えがあると思っていたが。承和上衆は百名以上いると聞くのに大した偶然である。


「何とか言えよ」

「…………」


 問い詰めてくる彼に返事をする事が出来なかった。喋れば向こうも声で気付くかも知れない。僕の正体があの時の誘拐犯と同一人物である事を。

 もしも襲撃者の正体が先の事件の同一犯だとバレれば、今回の件も「狙いが承和上衆絡み」だと勘付かれる恐れがある。

 敷島さんの口振りから察するに『目標1』を含めた承和上衆の連中は、まだ黄代蓮ぼくたちのそんざいを認知していない筈。いずれにせよ、声を出すのは控えた方が良いだろう。

 まあそれも、顔を見られたら元も子もないのだが。一応、顔バレ対策は何とか間に合ったので問題は無いと思う。


 白い覆面というか、目出し帽というか。これを被っていたので顔はしっかりと隠せていた。


 もちろん、最初から覆面を用意していた訳では無い。隠れる寸前、サシタロウさんのベッドにあった枕に目が止まり、ピーンと思い付いたのだ。正確に言うなれば、使用したのは「枕カバー」の方である。

 これを外して目の位置に穴を開け、頭からすっぽりと被った。即席で拵えた代物だが役割としては上出来だろう。覆面としての機能は十分に果たしている筈である。


 結果として、完璧な変質者が完成したのだが。


 彼から受ける視線が痛い。奴自身も血塗れだったので、不気味な点はお互い様だと思うのだが。まぁそれは良いとして、問題はここからどう逃げるかである。

 15分以上の時間稼ぎを課せられているが、正直それはもうしなくて良いだろう。『目標1』からすれば、これだけのゴタゴタがあった直後に現場を離れるのは考え難い。

 つーか、今逃げる以外に僕の助かる道は無い。



「……相手が悪かったな」


 一気に膨れ上がった奴の気配、全身の肌が警鐘を鳴らす。また不可視の攻撃が飛んで来ると。


 ────バサリ。


 取り敢えず、ベッドにあった掛け布団を奴に被せてみた。目眩しがそこそこ有効なのは前の戦闘の経験から分かっていたので。布団一枚程度でどうこう出来る相手では無いが、意表を突く位には役に立つ。

 この隙に逃げる、のは無理だ。奴は車並みのスピードで走る故、半端な足止めでは一瞬で追い付かれるのが目に見えている。

 なので、殴打の連撃を展開。

 だが余り効果は無さそうだった。手応えはあるけどダメージを与えている感じがしない。やっぱ駄目か。生き物を殴っている感触はあるのだが、例えるなら巨象や鯨を殴っている感覚である。このドチートめ。


 ならばと、布団に捥がく奴の足首にザイルを巻き付ける。昨晩サシタロウさんに回収を頼んでおいたアレだ。枕の下に隠していたらしく、覆面を作る時に偶々発見したのである。

 使えるかもと拝借した判断は正しかったようで、そのまま引っ張ってひっくり返すつもりだったのだが。

 奴はその前に布団を払い除けた。


 ヤバい。


 上半身を走る悪寒が今度こそ攻撃を放たれると告げていた。これを防ぐ手段なんて僕には無く、仮に躱せたとしても絶対に追撃でやられてしまう。


 認識した瞬間のスローモーション。思い出したのは訓練中に霧矢さんが放った言葉だった。


『俺の攻撃を左肘で捌いたあと、コンマ数秒の間があったやろ。あんなんカウンターとは言わんねん。攻撃もにせな』



 ドコンッ!!



 咄嗟に出た「海老蹴り」は、上体への攻撃を躱しながら繰り出す「返し技」である。実戦で使用したのは何気に初だが、ここまで綺麗に決まるとは思っていなかった。

 まあ、決まった所でダメージなんて皆無だろうが。

 しかし奴のバランスを後ろに崩せたのはかなりデカい。透かさずザイルを全力で引くと、目論見通りに相手は仰向きにすっ転んだ。


 ワンダウン。間髪入れず次の行動に移さなければならないのだが。直ぐに起き上がろうとしない奴を見て、僕も少しだけ動きを止めた。


「…………」

「…………」


 何故か暫しの見つめ合い。

 微妙な空気だけが数秒生まれる。


 薄々は感じていたが今確信した。どうやらこの化け物、実戦経験があまり無いらしい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る