第47話 如何なプロでも都合の良い解釈をしたい時はある
さて、キョージーこと不和京司による前回までのおさらい。
霧矢さん主導のもと、承和上衆の釣り出しに成功した僕たちは、いよいよ警察側の窓口解明に王手を掛けていた。警官に扮し、出張サービスに同行していた「ドライバー」に周りくどい尋問を仕掛けた僕。
思惑通り、見事『計画』に邪魔な人物の名を聞き出せたと思ったのだが。出てきたのは何故かウチの師匠の名前だった。
束の間の混乱。次いで、存在がシークレットである筈の「黄代蓮」の名まで飛び出すというサプライズ。更には唯のドライバーだと思っていた『目標2』から、急に「化け物の気配」が立ち昇っていた。
どうやらこの女性も神通力持ちだったらしい。サポート要員かなにかと勝手に勘違いしていたが、完全に見通しが甘かったようで。
言い訳になるかも知れないが、以前に出会った『バレリーナ』や『ターミ◯ーター』。そして、今回の『目標1』はずっと垂れ流しだった筈。
だからまさか、あの尋常ならざる気配にオンオフ機能があったとは。思い込みから可能性を見落とすとんだ大失態で…………いやいや、今はそれよりも。
彼女の口から師匠と黄代蓮の名が出た事の方が事実としてヤバい。それはつまり、此方の情報が筒抜けになっていたという事である。
曲がりなりにもプロとして集まった我々だ。情報が意図せず外に漏れるとも思えないし、今回の件で能動的に動いていたのも此方側である。
受動的な対応に迫られる承和上衆が、何かしらを計画してきたとは到底思えなかった。
となると、考えられる可能性は「身内から情報がリークされ、向こうに警戒されていた」という形。一体誰がリークしたのか。
決まってる、一番怪しいのはウチの師匠だ。名前が上がった事からもその嫌疑は一層であろう。
……マジでなに考えてんだあのオッさん。
混乱に喫した思考を整理するとそんな感じである。実際には、脳内で繰り広げられる感嘆符と疑問符のサルサが佳境に入っていたので、そこまで冷静でも無かったのだが。
物理的にも精神的にも身動きが取れない状況の中、此方に混乱を与えた『目標2』、
「まさか、本当に仕掛けてくるとはね」
……どうやら、情報は掴んでいたが幾分か懐疑的だったらしく。彼女の態度は「やれやれ」といった感じである。こっちの計画がどこまで把握されているのか知らないが、この人の態度からは恐怖心や警戒心がまるで感じられない。
絶対的余裕。文字通り今の僕は掌の上なのだろう。如何様にも対処出来るので、身構える必要は無いのだと。
分かっていたつもりではあるが、やはり化け物なのだと改めて認識させられる。
「さっきの話の流れからして、そっちの目的は
弱卒にしては、と敷島さんは付け加えた。言いたい放題に言ってくれるが、正直ぐうの音も出ねえ。
しかしながら今の口振りからして、計画の全てが漏れている訳では無いと分かる。だからなんだと言われればそれまでだし、依然としてピンチに変わりはないのだが。
別に銃やナイフを突きつけられてる訳ではない。構図としては、車の後部座席に二人して並んで座っている状態である。体勢も、腕を掴まれてるとかされてないし、距離だってお互い両サイドの端に座っているから十分に開いた状態だ。
だけど動けない。有無を云わせぬプレッシャーが僕の全身を包んでいる。
マジでどうしようかと悩んでいると、彼女は続けて言葉を放った。
「でもさあ、詰めが少し甘かったんじゃない? 少なくとも、アンタが本物の警官じゃないってのは前情報が無くても分かったと思う」
「……?」
「だって私、まだ身体検査を受けてなかったじゃん。仮にも通り魔として疑ってる態だったんでしょ? なのに、凶器隠し持ってるかも知れない奴と車の中で二人きりって、警察としての立ち回りが不自然過ぎる」
「…………」
成る程、確かに。言われてみればごもっとも。作戦の時間に気を取られ過ぎたか、少し急いていたのは事実である。
にしてもこの人、言動の割にだいぶ頭もキレるらしい。いやもう、完全に舐めていた。
「口だけは動かして良い、私の質問に答えなさい。それ以外の行動をすれば挽肉にして肉屋に売り飛ばすから」
「…………」
「此処には何人で来たの?」
言動や迫力がいちいち怖えーのよ。以前のバレリーナ然り、承和上衆の連中って全員こうなのか。
降り掛かる圧力に耐えながらも、正直に答えるべきか悩んでしまった。やはり少し引っかかる部分がある故に。
キーポイントはやはり師匠だ。
もし仮に、ここまでの状況を彼が動かしていたのであれば「この展開も実は予定通りなのでは」なんて思ってしまう自分がいる。
僕がバタバタ藻掻いて仕事を終えた後、全容はこうだったと自慢気に語るのがあの人の趣味だ。今までの経験から考えると、何もあり得ない話ではない。
まあ、現実逃避かも知れないが。詰みの可能性が高いとはいえ、まだ希望が残っている気はしないでもないのだ。
────が。そんな思考により、暫し沈黙したのが悪手だったらしく。
黙秘と捉えられたのか、彼女は一切の迷いなく「尋問」を「拷問」に切り替えた。
ボキリと。まるで木の枝をへし折ったかのような嫌な音。正確には木の枝というか骨が折れた音である。
Q.誰の骨が A.僕の骨が
「〜〜〜っ!!」
「さっきまでベラベラうるさかったのに、今度は一転して静かね」
彼女は全く動いていなかった。にも関わらず右足の激痛は本物で、間違いなく折れている。
例の不可視の攻撃だろう。せっかく前の怪我が治ったというに。
「左足もイっとく?」
「わかりました、降参です」
これはもう意地を張ってられる場合じゃ無い。というか、最初から張るつもりも更々無かったのだが。
皆んなゴメンと胸中で謝りつつも、僕はあっさりと仲間の情報を吐いた。
「此処に来てるのは僕を除いて四人です」
「そいつらは今なにしてんの?」
「……一人は貴女の車にGPSを仕掛けています。もう一人は貴女のお連れさんの足止め役、そろそろ接触する頃でしょう。残り二人はオペレーターと不測に備えてのサポーター。……今、この会話を聴いています」
ヘッドセットの通信はずっと繋いだままである。さっきから朱音猫さんが『私逃げるよ!? 逃げるからね!?』と騒いでいるが、出来ればもう少し待って欲しい。
これは勘だが、恐らくこの事態はまだ最悪ではない。それをどう伝えるか考えていたら、敷島さんは此方に手を伸ばしてきた。通信を代われとの事。
大人しく差し出すしかないだろう。ヘッドセットを受け取った彼女は、まるで友達に電話をするかのように気軽な口調で朱音猫さんに語り掛けた。
「聞こえる? 突然で悪いんだけど、この通信をそっちのボスと繋げて欲しいのよ」
『…………◯畢ゑ〆£!?』
「落ち着きなって。別に捕って食ったりしないから」
音量的にもう朱音猫さんの声は聞き取れないが、パニクってるであろう事だけは聞かずとも分かる。敷島さんは危害は加えないからと宥めているが、どこまで本当なのかは分からなかった。実際、僕には既に危害を与えているし。
少しの間の落ち着かせタイム。その後、通信のやり取りを終えた彼女は再び僕の方に顔を向けた。
「アンタらのボスと話がしたかったんだけど、通信の子は『リーダーしか連絡先を知らない』って言ってる。一応聞くけどアンタがリーダー?」
「……違います。ウチのリーダーは足止め役をやってる人です」
「ふーん、そいつとは繋げられる? …………応答が無い? あ、そう」
「多分、もうお連れさんと接触したんでしょう」
「成る程ね。じゃあこれも一応聞くけど、アンタは分かる? ボスの連絡先」
……彼女の言うボスって「承和上衆から抜けた男」の事だよな?
「分かりません。そもそも、まだ面識すら持ってませんから」
「だったら、
そっちの連絡先なら分かるでしょ、と述べる敷島さん。確かに師匠の連絡先なら僕も知ってるし、彼を通せばボスとのコンタクトも可能だろう。
やっぱり敷島さんと師匠には面識があるようだ。しかし、お互いの連絡先までは知らなかったらしい。本当に一体どういう関係なのか気になるが、これはそれを探るチャンスでもあろう。彼女がボスと話したがっている理由も分かるかも知れない。
素直に聞き入れ、僕は自分のスマホを取り出した。師匠の携帯に呼び出しを掛ける。
「僕の取り次ぎは必要ですか?」
「要らないとは思うけど。でもそうね……"汽水域を拡げる為に"とだけ伝えて」
「?」
意味を聞こうとした所で師匠に繋がった。
『おーう』と間延びした返事。若干イラッとしてしまったのは、今回の説明不足が流石に度を超えていた故か。先ずは僕の方から文句を言いたかったが。
グッと堪えて、彼女に言われた通りの台詞を伝えた。
『どうしたぁ京司、お前今仕事中じゃ……』
「"汽水域を拡げる為に"」
『…………隣に誰がいる』
「おっかないチャンネーが」
今すぐ代わってくれと言ってきた。
どうやら本当に伝わったらしい、少しは期待を持っても良いのだろうか。
「じゃ、暫くスマホ借りるわ。アンタは私が電話している間、足止め役を援護なさい。私の連れ相手に足止め役が一人ってのは流石に無謀過ぎるから」
スマホを受け取った敷島さんはまるで当たり前のように僕に命令をしてきた。僕としては、このまま彼女と師匠のやり取りを見学したかったのだが。口惜しいが、ここも従うしかないだろう。
そして、いつの間に施したのか。右足の骨折の痛みは綺麗さっぱり無くなっていた。この一瞬の間に神通力で治されていたらしい。
本当にデタラメな存在である。
「いい? 最低でも15分は時間を稼いできて。今アンタが体感した通り、神通力の治癒は一瞬だから。生半可な足止めじゃああの子は直ぐに戻って来るわよ?」
「……はぁ」
「精々死ぬ気で遣りなさい。出来なければ……」
「挽肉にするんですよね。わかりましたって」
サッサと行けとばかりに手で払う仕草をする彼女を残して車から降りた。
作戦に使用していた通信機は僕のスマホと別物である。その為、チームとの連絡に問題は無い。再びヘッドセットを装着してオペレーターに呼び掛けた。
「朱音猫さん、朱音猫さーん。霧矢さんからの応答はまだ無いっぽいですか?」
『…………アンタ、先ずは説明しなさいよ。何が起きてんのよ、一体』
「あー、僕も全部を把握してる訳じゃ無いんですけど」
──
「という訳で予定変更、僕は霧矢さんの援護に向かいます。……仮にですけど。本当に『目標1』が僕達のことを知らないのであれば、今回のイレギュラーは滅茶苦茶デカい"棚ぼた"なのかも」
承和上衆は自分達を狙う相手に対して苛烈に対応する。それは先の誘拐の件で僕も良ぉおく知るところだ。
不穏な情報を事前に掴んでいたのなら、共有されて然るべし。当然、敷島さんのお連れである『目標1』が何も知らない筈は無い。
だがしかし、
もしも本当に『目標1』に情報が届いていなかった場合、敷島白魚に対してある一つの可能性が生まれる。
彼女が誰かさんによって植えられた"草"である可能性が。
『────クサ?』
「要はこっちの味方かも知れないって事です」
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