第46話 能ある鷹ほど爪を隠すが魚の牙には気付けない



『車内が少し見えた。想定通り目標は二人』

「了解や。『目標1』が動き次第、俺も出る。施設に入ったら1分後にストロボとキョージーも行動開始せえ」


 朱音猫さんからの報告と霧矢さんからの指示に僕とストロボ君は同時に頷いた。

 サシタロウというエサを垂らして承和上衆を釣り上げる作戦は概ね成功したと言って良いだろう。当たり前だが、釣り上げてハイ終わりという訳ではない。寧ろここからが我々kiriyan'sの本番である。



 ────数日前、作戦会議にて。


「で、肝心の釣れた後はどうするって話やけど……先ず、標的は『二人組』で行動しとると想定する」


 膝を突き合わせた僕らの前で霧矢さんはそう述べた。

 例の入手した映像を確認すると、承和上衆と見られる男は助手席側から車を降りている。つまり、もう一人ドライバー役がいると考えるのが当然であろう。


「そら承和上衆かて一般の職員もちゃんとおる。一人くらい『お付き』がおっても不思議やないわな」

「そいつが承和上衆側の『窓口』でしょうか?」

「どうやろなぁ。どちらにせよ、幾分か事情に詳しいのは確かやろ」


 大筋を決めよか、と彼は手を叩いた。


「そのドライバーを拉致ってボコって情報を吐かせられたら話は早いんやけど、残念ながらそーゆー訳にもいかん。よって、標的の車に隠しカメラと盗聴器を仕込もうと思う」

「意外と堅実ですね」

「そこは焦ったらアカンやろ」


 映像では、現場で警察と承和上衆が過度に接触している様子はなかった。事前に話は通しているのだろう。そこに聞き耳を立てた所で有益な情報を得られるとは正直思えない。

 ならばと霧矢さんが考えたのは、気の緩む仕事帰りを狙う作戦。身内同士であれば色々お喋りしてくれる可能性があるとの事。


「そんな都合よく有益な会話なんてしてくれますかね? 大体、本当にただのドライバーだったら会話自体無いかも知れませんし」

「いやいや、二人の精神距離はまあまあ近いと思うで? 会話が無いほど身分差がハッキリしとるなら、普通は助手席やのうて上座(後部座席)に座るやろ」

「……それは、まあ確かに」


 とは言え、全くの関係ない話をする可能性だって十分にあり得る。猥談とか始められたらリアクションに困るのはこっちだ。


「やから、話題の方向性を俺らが誘導したるねん。仕事中にが起これば自然と話題はそっちに行くやろ」


 トラブルが起これば本部に連絡を入れるだろう。それこそ、先方けいさつにも電話してくれたらありがたい話で。そこをヒントに警察側の窓口を絞る、と述べた霧矢さん。

 言っている事は分かるのだが、なんか不安だ。そもそもどうやって対象の車にカメラや盗聴器を設置するのかという問題がある。ドライバーが終始車の中で待機しているのであれば、先ずは車から引き離す必要がある訳で。

 希望的観測が過ぎると思ったのは僕だけでは無いだろう。隣に座っているニキさん達も微妙そうな顔をしていた。


「と、この方法は飽くまで保険や。心配せんでもちゃんと本命の手段は考えとる」

「……そっちから先に話しなさいよ」


 朱音猫さんのツッコミに全員が胸中で頷いたのは言うまでもない。


「やっぱ直接接触して口を割って貰うんが一番確実やろ? そこで、こーゆー筋書きを作ってみてん」



 ──────

 ────

 ──


 8月13日、午前8時28分。


 言われた通り『目標1』と霧矢さんが病院内部に消えるのを確認してからジャスト1分後、僕とストロボ君は行動を開始した。

 車から降りて真っ直ぐ標的の車へ。

 堂々と歩く様でオフィシャル感を演出しつつ「別に怪しい者じゃないですよー」みたいな笑顔を貼り付けて運転席へと近寄る。

 コンコンと軽く窓を叩いて、車内にいた『目標2』に窓を開けるよう促した。


「すみませーん、僕らこういう者でして。ちょっとお話し良いかなー?」


 そう言いながら取り出したのは警察手帳。無論、事前に用意していた偽物である。



--



 霧矢さんが考えた本命の作戦は、大胆にも「警察に化けて情報を引き出せ」だった。

 サシタロウが起こした通り魔のお陰で、矢港市内は現在大勢の警察官が彷徨いている。僕達にとってはハラハラする状況だが、彼はそれを逆手に取った。

 確かに警官になりすませば、聞き込み捜査という態で自然に標的と接触出来る。堂々と警察手帳を提示されたら大抵の人は相手の素性を疑わない。余程不自然な振る舞いでもしない限り、バレる事は無いだろう。

 承和上衆は警察と懇意な関係性を持っているが、警察側でそれを承知しているのはごく一部の人間のみ。何も知らない一般警官の振りをすれば、職質された所で不思議は無い筈である。


「取り敢えず、免許証見せて貰える?」


 そして態度は敢えて高圧的に行く。

 凶悪事件の捜査員と偽るなら、多少は強引な雰囲気を出した方がっぽい。自分が疑われている時こそ人は相手を疑わず、誤解されれば必死に真実を語ろうとするだろう。難癖を繰り返せばムキにもなる筈だ。

 つまり、これから僕は『目標2』に通り魔の嫌疑を擦りつける。最初に聞いた時は中々面白い作戦だと思ったのだが……



「なんなの? 警察が朝からナンパ?」


 一筋縄にはいかなそうである。

 運転席から顔を出したのは、またしても若い女性だった。しかも、こっちもこっちでクセが強そうである。既に台詞から察せられるだろう。

 普通はいない、職質をナンパ呼ばわりする奴なんて。


「僕ら、通り魔事件の捜査中でして」

「通り魔は薊区でしょ。ここでもやってんの?」

「ここでもやってんの。いいから免許証出して」


 まあ、それならそれで転がし甲斐がある。強気な姿勢は崩さない方が良い。

 早く見せてと片手で示すと『目標2』の彼女は溜め息を吐きながらも従ってくれた。受け取った免許証から住所を確認すると、確かに「山白村」と書かれている。承和上衆でほぼ間違いないだろう。


「シキシマ……シラウオ? ねえ、これシラウオさんで合ってる?」

「合ってるっつーの」

「職業は? 何してる人?」

「OL」

「住所がここから随分遠いけど、こんな所で何してたの?」

「ツレがここに用事あんのよ。さっき中に入ってった」

「用事って?」

「何かは知んない」

「ふーん、この車はお姉さんの?」

「友達に借りた。ここに来たツレとは別の」


 矢継ぎ早に質問して「疑ってます感」を出していった。

 効果はそれなりにあったようで。ストロボ君に「車の盗難届け出てないか確認してきて」と指示を出すと、露骨な舌打ちをしてきた。

 ちょっと楽しい。やはり転がし甲斐がある。


「車の中見せて貰える? 危ないもの持ってないか見たいから」

「……ねえ、これって任意よね」

「任意だけど、でもこっちも大事な職務なんだよね。お姉さん怪しいからさ」

「怪しい?」

「任意を確認してくる人って大概怪しいでしょ」


 職務質問に強制力はないが、拒否をすると更に怪しまれるのが通例だろう。ここぞとばかりに揚げ足を取りにいった。


「何も疚しい事が無いんだったら、拒否しない方が早く済むと思うけど?」


 そう言うと、彼女はもう一度溜め息を吐いて車から降りた。素直で宜しい。適当に怪しいものがないか探す振りをする。

 当然ながら何も出てこないが。まあ、怪しい物が出なくても幾らでもイチャモンはつけられるので問題は無かろう。


「あとはバッグの中身と……ってバッグは無いのか。じゃあ、服になにか隠してないか見せてね」

「ちょっと、身体触んの?」

「検査だから我慢して欲しいんだけど、嫌なら女性警官呼ぼうか」



 さて、余り時間は掛けられない。万が一『目標1』に戻って来られたら誘導がややこしくなる。

 一応、霧矢さんが足止めをしてくれる手筈だが(どうやって足止めをするのかは知らないが)、此方がぐずぐずしてしまったら作戦に支障が出かねない。


 先ずは『目標2』を車から引き離して、ストロボ君に隠しカメラ及び盗聴器の設置作業に入って貰おう。


「女性警官が来るまで時間も掛かるし。もう少し話も聞きたいから日陰に移動しようか。あっちに僕らの車が停まってる」

「面倒いんだけど」

「いいからこっち来て」


 そう言って無理矢理彼女を移動させた。建物の角を曲がり僕らが乗って来たセダンの中へ彼女を押し込む。此処からなら死角になるのでストロボ君の作業が見られる心配も無い。

 当然軽バンの鍵は閉められたが、リレーアタック用の中継機(スマートキーの微弱な電波を延長させる機械、車の盗難に便利)を用意していたので開錠は一瞬だろう。

 そもそも設置にそう時間は掛からないだろうし。次善策の準備は仲間に任せ、自分は本命の作戦を継続した。

 即ち、再び始まる『目標2』への質問責め。

 執拗いくらいに嫌疑を掛けてワザと苛立ちを覚えて貰う。埒が明かないと判断してくれれば、彼女は「最終手段」を使うかも知れない。


「今回の事件、目撃情報があんまり無いんだけどさぁ。実は昨日、この辺りで女が刃物を持って彷徨いてるって通報があったんだよね」


 勿論、嘘。不利な情報をでっち上げてグイグイ彼女を追い詰めていく。


「人着を聞いたら脱色髪だったとか、身長160くらいだったとか。お姉さんと一致してるのは偶然かな? 身に覚えない?」

「……あのさぁ、」

「あぁそう言えば、この病院に昨日の被害者が入院してんだよね。これ、益々怪しいでしょ。そろそろ本当の事話して欲しいなぁ」

「ちょっと、」

「お友達の用事って話も曖昧なんだよね。誤魔化してるのがバレバレっつーか。あんま警察舐めないで欲しいっつーか……」

「聞けやコラ」


 ノリノリで嫌疑を掛けまくっていたら、ガンを飛ばして凄まれてしまった。「コラ」が「コルァ」と若干巻き舌である。

 迫力が凄い、流石に怒ったか。



「ネチネチネチネチ鬱陶しい。私の正体が知りたいならアンタらの上司に聞けっつーの」





 ────シャッ、キタコレ!

 王手だよな? これ王手を指してるよな?


 彼女の最終手段「いいの? 私そっちのお偉いさんと仲良いんだけど」的な発言。これを待っていた。コネクションがあれば使うだろうと思ってたけど、煽った甲斐があったよマジで。


 ……イヤイヤいかん。いかんぞ落ち着け。この興奮を顔に出しちゃ駄目だ。

 そう、なるべく自然に。少し驚いた感じで聞き返すべし。


「え? もしかして、警察に誰か知り合い居んの?」


 焦ってはならない。此処がこの作戦の分水嶺である。

 「承和上衆と繋がりがある警察組織、その窓口に立つ人物を知る」……この為だけに仕組まれた一連の騒動、目的達成に繋がる流れが今やっと目の前まで来ているのだ。

 もうストロボ君を呼び戻しても良いだろう。運任せの盗聴作戦セカンドプランに頼る必要は無さそうである故。


 それにしても、二千五百万人超が崇める信仰対象?

 フハハハ! 馬鹿を言え! 本当の神はこっちを味方しているぞ!


「そうよ、下っ端のアンタじゃ話にならない。上の人間に確認取って。私の身分を保証してくれる筈だから」

「だから、上と言われてもそれだけじゃ分かんないから。……どの階級のなんて人?」



 さぁ述べよ。『計画』に邪魔な人物の名を。



まがりって名前の男だけど」


 


 …………



 ………………ん?

 


「はぁ?」


 ミッションはたった今クリアした。

 当初の思惑通り、彼女から窓口の名を聞き出す事に成功。後は通信で確認を取る振りをして「大変失礼致しました」と平謝りして去れば良い話だったのだが。

 意図せず上がるは素っ頓狂な声、僕は演技も忘れて固まってしまった。プロにあるまじき大失態である。

 ……いやでも、これは流石に不可抗力だったと言わせて欲しい。


 まがりとは師匠の名だ。


 なんで彼女の口から師匠が出てくるのか、いきなり過ぎて意味が分からない。一瞬にして脳内にダンスホールが形成される。感嘆符と疑問符がサルサを踊っていた。


「やっぱ知ってんだ、この名前。……てことはアンタらが黄代蓮おうだいれん?」

「……っ!?」

「動くなコラ」


 黄代蓮の名が出たと言うことは、いよいよ間違いじゃない。反射的にドアノブに手を伸ばしたが、彼女のドスの効いた制止で僕は再び固まった。やっぱ巻き舌ハンパねえ……じゃなくて。

 完全なイレギュラーである。普段の僕なら脱兎の勢いで逃げる場面だが、これは駄目だ。


 彼女から急に「化け物の気配」が立ち昇ったのである。


不随意筋ふずいいきん以外を1ミリでも動かせば、アンタを文字通りミンチにする」


 …………先ずは不随意筋ふずいいきんが何なのかを教えて欲しい。

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