第44話 少なくとも自分には罪悪感が残っていたらしい、というか芽生えた
通り魔を通り魔してから約40分後。
サシタロウは無事病院に収容されたとニキさん側から連絡が入った。現場から15km程離れた矢港市総合病院に搬送されたらしい。
「搬送先が分かっただけでも十分や。直ぐ警察も到着するやろうし、無理に警備システムは奪わんで良え…………あ、余裕? バレへんて? ほんならやっといて」
車を運転しながら電話で会話を進める霧矢さん。なんか割とアバウトな指示を飛ばしているが大丈夫なのか。
若干不安に思いながらも自分のスマホを取り出してマップアプリを起動。今のうちに病院周辺の地理を頭に叩き込む。
次いで矢港市総合病院のHPからフロアマップを検索し同様にインプットした。無論、ターゲットが中々釣れず作戦が長期化し、患者が別の病院に送られる可能性もある。その場合はまた追跡して一からマップを覚え直さなくてはならないだろう。
考えてみれば、いつターゲットが来るかも分からない中、現状5人という少ない人数で病院を張らなくてはならない。周辺には警護の私服警官もいるだろう。出来れば4〜5日以内には来て貰わないと此方の気力と集中力が保てなくなる可能性が高い。そういう意味でも出来るだけ早く現れて欲しい所だ。
「これだけデカい事件や、世間からの注目度も当然高い。警察は尻を叩かれとる状況でもある」
霧矢さん曰くだが、心配しなくても直ぐに警察は動くと。彼の読みでは1日〜2日以内に要請は出ると見ているらしい。
「じゃあ、別に今夜のアポは取らなくても良かったのでは?」
「念には念を、や。警察が慌てとっても承和上衆側の腰が重いかも知れん。基本アッチも忙しいんやし」
成る程。まあ確かに、幅広い想定はしておいた方が良いだろう。言ってみたものの僕からすればサシタロウに対する不安はやはり拭えていない故、このまま放置はしたくない。多少リスクを負ってでも釘を刺しに行くのは同意である。
なんやかんやと今後について話し合いながら病院へと到着。先に着いていたニキさん達と合流した。
場所は病院から程近い位置にあるコインパーキングである。そこに停まっていたのはハイエースの後部座席を改造した、謂わゆる「オフィスカー」。それと、キャンパーシェル搭載のピックアップトラック、謂わゆる「トラックキャンパー」。
これら二台と僕たちがここまで乗ってきた車、合計三台が仲良く並んで停車している。
僕の中の厨二魂が……否、厨二でなくとも男子であれば心が疼くであろうカスタム仕様の車。一瞬だけ作戦を忘れテンションが上がったのは言うまでもない。
先に報告があった通り。情報トリオはもう仕事に取り掛かっており、既に病院施設内のカメラを掌握していた。オフィスカーに置かれたPCにはリアルタイムで病院内の映像が映し出されている。
現在、サシタロウは手術室に居るとのこと。プライバシーに関わる場所以外なら、定点カメラは基本的に院内全体に備わっているらしい。
驚いた事に手術室内部の映像もあるそうだ。防犯用ではなく手術部位の視野を撮影する医療専用カメラ。後に学術発表や医師の教育の場で活用し、医療技術の向上に寄与する為にあるとか何とか。……まあ、興味無いので僕は見ないが。
「キョージーが見なあかんのはコッチ」
と言われ、連れて行かれたのはトラックキャンパー内部の上部ベッドスペース。
結構広く、座り立ちしても頭をぶつけない位には天井も高い。トラックは正面が丁度病院に向くように停められており、小窓から病院の外観を見渡すことが出来た。
手渡されたのは双眼鏡である。
「こっから見て4階と5階の左側。そこがあの病院の個室病棟らしいねん。日が落ちるまでに外壁の構造をよう眺めといて」
こっそり面会に行くには壁を登って窓から侵入するしかない。幾らカメラ等を掌握してても、彼女が入るであろう個室の入り口には警備が付く。廊下側から堂々入るのは不可能、だからサシタロウに窓の鍵を開けておくよう言ったのだ。
で、この病院に着いた時にちょっとした問題が発覚した。ここら辺一帯は宅地が密集しており、夜になると殆ど真っ暗になるのだ。
当然、病院の外壁も真っ暗になるのは必至である。クライミングは修行時代に散々やったが、手元が見えないとなると難易度は異次元レベルで跳ね上がる。ライトアップは目立つから当然不可。暗視ゴーグルという手もあるが、そんなもん着けたら普通に邪魔で登るどころの話では無いだろう。
よって、闇の中での手探りによるクライミングとなる。
隠密という観点で見れば暗闇は有益。しかし、ハッキリ言って狂気の沙汰だ。オンサイト(初見一発クリア)するには、オブザベーション(クライミング前のルート観察)に時間を掛けてルートとムーブの解答を完璧に見出すしか手はない。
ホールド出来そうな場所に当たりをつけて自分が登る姿をイメージ。どのように身体を配置するか、重心の位置、保持感覚や身体にかかる負荷、メンタル的要素まで想像する。という作業。
幸いにも今回の外壁のデザインは凹凸が非常にハッキリしている。窓枠にも足を掛けるスペースがありそうなので、普通に登る分には大した難易度では無い。恐らくグレードで言えば5.10のc〜d。やってやれないミッションでは無い筈だ。
多分だが。
「──つまり、登るのに邪魔だったからお見舞いの品は持ってこなかったと」
夜の12時過ぎ。
ベッドに腰を掛けたサシタロウさんは呆れた口調で僕にそう述べていた。まだそれほど時間は経っちゃいないが術後の経過は今のところ良好らしい。中々にタフでいらっしゃる。
クライミングの成果としては一度足を掛け違えるハプニングはあったものの、何とか彼女が入院している4階まで辿り着いた。本当に手探りでのアタックとなったが、日中の「ひたすらオブザベーション」が功を奏したと言えるだろう。とはいえやはり苦労はしたものだ。
そんな僕に対して彼女が最初に言った台詞は、
「高級メロンは持ってきたんでしょうね?」
だった。
無論そんなもん用意する余裕は全く無かった訳で。まあ、言われる謂れはあるのだが。必死にここまで来る大変さを説明した所である。「腹に穴開いた直後の人に食べ物の差し入れなんてする訳ねーだろ」とは流石に言えなかった。穴を開けたのは僕だ。そこまで図太い神経は持ち合わせていない。
当たり前だが病室内のメイン照明は消されていた。一応、正規入り口付近に足元を照らすライトがあったので真っ暗では無いのだが。外には案の定警護の警官が立っている。小声で会話するしかない。
出来れば近づいて話したかったのだが、彼女からは警戒のオーラがめちゃくちゃ漂っていた。そりゃそうだ。諦めて窓辺に腰を掛ける。
「昼間は時間がありませんでしたからね。改めて我々の目的と今作戦の主旨を説明させて頂きます」
「刺す前に説明出来たでしょ」
いや、初対面で「今からお腹刺しますねー」を受け入れる人なんてそういないと思うのだが。だから怪我だけ先にして貰った訳で。
まぁとにかく、今の状況がどういうものなのか説明を始めた。
無論、全部が全部を語る訳にはいかず、特に組織の実態や内情に関しては曖昧にボカす。情報漏洩に対するリスクヘッジは当たり前なので、そこは彼女も突っ込まないだろう。サシタロウとて裏稼業、その辺の分は弁えてる筈だ。
説明は主にフェーズ1の内容だけに留める。「計画」の最終目的までは語らずとも良い。
「我々は承和上衆を狙っている」
「調べによると承和上衆は警察と深く繋がっている」
「事件関係者に傷病者が出れば警察は承和上衆を頼る」
「それを利用すれば承和上衆を釣る事が出来る」
承和上衆のチカラに夢を見るのは、裏社会だと割と普通の話だ。だから別にこれが「唐突で突飛な話」とはならないだろう。
嘘は言わず。しかし全ては語らず。それでも不信を与えないように。
塩梅が難しかったのは言わずもがな。それでも当面の信用を得る為には必要な工程である。なるべく丁寧に聞こえるよう話したつもりだ。
因みに、黄代蓮の名は最初から彼女に知られていたが、そもそも黄代蓮とは組織の表の顔の法人名ではない。名前だけが漏れた所でさしたる問題は無いだろう。
「つまり私はエサに選ばれた訳ね」
「そです」
役どころを理解した彼女は大きく溜め息を吐いた。此方の強引なやり方に憂いているといった感じか。文句ならウチのリーダーに言って欲しい、発案者は彼だ。
「でも、私にとって渡りに船にはなるのか」
とか何とか思っていたら、彼女は事態をすんなりと受け入れていた。そこそこ意外、でもないか。
昼間、説得する時に使ったダメ押しの会話を思い出す。
『もし従って頂けるなら、──貴女には神通力が施されます』
『……今の言葉、嘘だったら貴方を殺すから』
元から彼女は承和上衆に会いたがっていたらしい。
「どっか体の具合悪いんですか?」という僕の質問にサシタロウさんは訝しげな顔をする。「事情を知ってるからこその昼間の発言じゃなかったのか」と言いたげだ。
それはごもっともだが、あれは台本の台詞。書いた
暫く黙られたが、何となく僕が何も知らない事を察したのだろう。「両手に五箇所、お腹の一箇所に穴が開いてるわね」と肩を竦めながら返してきた。
それはゴメンだけど、そーゆー意味じゃなくて。刺し傷を受ける前にどこか患っていたのか聞きたかったのだが。……いや、まあ言いたくなければ別に構わないんだけど。
そう思っていた矢先、彼女は口を開いた。
「このままだと私、壊れそうなの」
どうやら話してくれるらしい。
「…………頭が?」
「そこは心と言いなさい」
「あ、ですね」
「何でも治せるんなら治して欲しいのよ。このままだと胃にも穴が空きそうだし」
皮肉センス高え、じゃなくて。
彼女曰く、昔は平気だったそうだが最近どうにも駄目なんだとか。何がかと言うと殺しの仕事がだ。
甚だ意外、やはり霧矢さんの話と随分違う気がした。
だが詳しく聞くと、あながち全部が間違っていた訳ではないようで。殺しに快楽を感じていたのは事実だが、最近はその中に「罪悪感」みたいなものが芽生え始めたのだと言う。
「シンドいなら引退すれば良いのでは?」
「辞めれないから苦労してんのよ。天秤が揺れ動いている訳じゃ無い、快楽はずっと変わらず心地良いから」
しかし、そこに異物が余韻の邪魔をする。否、邪魔というより混じって来る。辞めるつもりはさらさら無いが、このままでは自分がどうなるか分からないとの事。日に日に心のバランスがおかしくなっているようで。
成る程。確かに変態だが、変態には変態なりの苦悩があるらしい。ある意味理性的、思っていたより人間らしい所もあると言った感じか。
しかし、リアクションに困る。同業者ではあるがアドバイスも出来ないだろう。殺しに対する快楽も罪悪も僕は今まで感じた事がない故。
今度は僕が黙っていると、それを見た彼女はクスリと笑った。
「冗談よ」
「?」
「だから冗談、なんかそれっぽい理由を適当に言っただけ」
「……はい?」
「ドラマチックな演出のつもりだったんだけど」
なんやねんオイ。
「 本当は
膠原病って自己免疫機能がどうのこうのってアレか。確かに、モノによってはかなり深刻な病気なんだろうが。
……なんだこれ、どっちが本当なんだ?
前半の話は冗談と言っていたが、何となく話を取り繕った感もあった訳で。膠原病の方が嘘の可能性もあった。煙に撒こうとした、みたいな雰囲気と言えば良いのか。
しかし、彼女の言葉通り、前半こそ冗談だったように聞こえなくも無い。
「私女優の才能もあるな」と呟いている彼女を観察するが、その真意は全く読めなかった。
まあいいや、そろそろ帰るか。
「それなら記憶喪失の演技も引き続きお願いします。オスカー像目指して頑張って下さい」
取り出したのはスマートフォン。
僕の私物では無い。わざわざ新しく契約して、ストロボ君がちょこっと改造した奴である。ポスっと彼女の座るベッドに放った。
「連絡用です。#5648で此方と繋がるようになっています」
「コロシヤか、捻りが無いわね」
「覚えやすいでしょ」
ベルトに束ねていたクライミングロープを解いた。
垂直の壁は登る時より降りる時の方が難しい。ましてや今回は光源が無いので、クライムダウンなど自殺行為に等しいだろう。素直に懸垂下降をするに限る。丁度、窓に小さめの手摺りが付いていたのでそこにクルリと巻き付けた。
「僕が降りたらザイルの回収を頼みます。落として貰っても良いですけど、万が一の時の為にそっちにも脱出手段はあった方が良い」
「…………回収は良いけど、今の私にロープ降下が出来ると思う?」
両手にグルグルと巻かれた包帯を見せる彼女。
んン、そういやそうだった。
決して今のはワザとじゃなくて……ゴメンて、そんなに睨まないで……
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