第43話 敢えて間違った下達をされたと気付いた時、何か試されているような感じがして凄く気になる



 霧矢さんが語ったサシタロウなる人物は、性的倒錯が激しい謂わゆる変態。殺しを快楽に変換してしまう、同業の僕から見ても苦手というか嫌いなタイプだった。

 恐らく奴は承認欲求も強い。建前で行った入団テストで敢えて縛りプレイをしているのが良い証拠である。霧矢さん曰く殺害技術のセルフプロモーションらしいのだが、僕から言わせればアレは幼稚な「見せびらかし」だ。他者承認に飢えている子供の典型例と言って良い。


 殺人性愛者で中身が子供の大人。「お近づきになりたくないランキング」なんてものがあれば間違いなくNO.1だろう。

 ある意味逸材ではある。


 さて、そんなクソ野朗が果たしてどんな姿態なのかここまでくると逆に興味は出るもので。それはもう、中身と一緒で醜悪な見た目だろうと踏んでいたのだが、


「…………女性、なんだよなぁ」


 野朗じゃなかった。僕と同じくらいに若くて、しかも結構な美人さんである。

 黒髪ロング、目力は強め。遠目から確認した時点で分かってはいたが、どっからどう見てもサシタロウって柄じゃねえ。

 本当にアレが標的なのか、さっきの今でもう自信が無くなっている。一度車に戻って霧矢さんに再確認すべきだろうか。


 試しにチラリと車に視線を送ってみる。一瞬訝しげな顔をされた後「早よ行け」と言わんばかりに顎をしゃくられた。

 どうやら彼女で間違いないらしい。


 なんか、罰ゲームでナンパをやらされる構図に見えてならない。…………ひょっとして本当にYouTubeの企画ではなかろうか。霧矢さんならガチでやりかねないから笑えなかった。



 取り敢えず、懐から取り出したナイフで彼女を刺してみる。



 すれ違いざまの一撃。完全に不意を突いたつもりだったが掌を盾に防がれてしまった。


 反応は良い。成る程、確かに素人では無いらしい。

 そのままトストストスと連続で突いてみたが、掌ガードが邪魔で中々良い一撃が入らない。出来れば胴体に決めたい所ではある。

 終始無言で4秒ほどの攻防。都合6撃目にしてやっとお腹に刺さり、ここで初めて互いに口を開いた。


「……いきなり何なの貴方」

黄代蓮おうだいれんです。ちょっとお時間宜しいでしょうか」


 ナイフが刺さったままの会話である。

 腐っても流石はプロと言うべきか、やたら冷静な対応だったので釘を刺す手間は省けそうだった。大声で喚かれるかと危惧していたが余計な心配だったらしい。

 刺し口が隠れるように身を寄せ「傍にズレましょう」と提案。道の端っこに移動する。


 傍からすればカップルがイチャついてるように見えるかも知れない。その点で言えば若い女性で本当に助かった。これの相手がもし野朗だったら僕の精神ダメージが計り知れない故。

 因みに、カメラの心配は必要無いだろう。霧矢さんの話を信じるならニキさん達が上手く細工しているらしく、先の事件の影響で人通りも疎らであり注目を受けずに済みそうだった。


「指示以外の余計な動きはしないで下さい。動けばナイフに付いているボタンを押します」


 右手を柄から離さずそう述べる。

 彼女の腹に刺しているのは霧矢さん謹製のギミック付きカスタムナイフだ。押せばどうなるのかは敢えて言わない。


「……黄代蓮、ね。これはトライアウト失格って意味かしら」

「いえ、テストは合格です。チームに歓迎しますよサシタロウさん」

「とてもそんな対応には見えないんだけど」


 ごもっともである。

 自分でやっといてなんだが、いきなり人を刺した直後にこの煽り文句。幾ら沸点の高い奴でも普通はキレるだろう。普段沸点の高い僕が言うのだから間違いない。

 多分に漏れず此方を睨む彼女、それに対して「すみません」と言いつつ本題に入った。


「早速任務に入って頂こうと思いまして。今から貴女には『通り魔に襲われた』という態で入院して貰います」

「ふざけてんの?」

「これでも大真面目……土台は貴女が作ってくれました。救急車も手配済みです。取り敢えず今は、これから言う2つの事を守って下さい」


 1、襲われたショックで記憶喪失の振りをし、徹底して被害者を演じる事。


 2、タイミングを見て誰にも気付かれないように病室窓の鍵を開ける事。


「今夜の0時頃、こっそりそちらの病室にお邪魔します。詳しい説明はその時に」

「…………」


 サシタロウさんからの表情は相変わらず、まるで刺し殺すような視線で此方を見ていた。

 実際に刺しているのは(物理的に)僕ではあるが。刺した手前、今はあまり時間を掛けられない。与える指示は必要最低限で良い。


「なんか一方的に言ってるけど、いきなりこんな扱いされて従うと思ってんの?」

「判断は今夜の説明を聞いた後からでも遅く無いかと」

「駄目、良いように捨て駒にされるとしか思えない」


 ──だよなぁ、実際その通りだし。

 だが此方としてもここで引き下がる訳には行かなかった。


「別に貴女を殺すつもりはありませんが、刃は既に管腔臓器にまで届いています。どちらにせよ、この怪我では医者に掛かるしか道はありません。……当然、警察は生き残りである貴女を囲おうとするでしょう」

「…………」

「凶器、持っていますよね?」


 既に発覚している5件の通り魔。警察は傷口の形状から、一連の犯行の凶器は同一であると見做している。

 現場からはまだ凶器は見つかっていない。未だ犯人が所持していると考えるのが自然だろう。


「一見すると貴女も被害者の立場だ。しかし、所持品から凶器が出たとなれば話は大分変わってきます」


 彼女に凶器を隠す時間はもう無い。


「今、僕にそれを預けたら暫くは被害者として押し通せる。でなければ貴女は直ぐに重要参考人として認知される筈です」

「……ハッ、武器を預かる代わりに指示に従えって? そっちから仕掛けてきて良く言えるわね」

「別に脅している訳ではありません。僕はただ貴女に残された道を提示している」



 さて、そろそろトンズラしないと僕も不味い。

 カップルの振りをするにもいい加減限度がある。厳戒態勢中の今、自暴自棄になって叫ばれでもしたら直ぐに警察が飛んで来よう。そうなる前に最低限の話は詰めて置きたい所だ。


 ブツブツと恨み言を吐き始めた彼女の耳元に近づき、良く聞こえるように囁いた。



「もし従って頂けるなら、────────」



 ゴニョリと提案、一瞬にして彼女の表情が固まる。


 自分で言っておいて何だが、この提案が彼女にとってどういう意味になるのか僕は知らない。霧矢さんから「ダメ押しの一手」として教えられた台詞をそのまま口にしただけである。

 しかし、効果は覿面だったようだ。


「 ……今の言葉、嘘だったら貴方を殺すから」


 了承と捉えて良いだろう。こんなに拗れるなら最初から提案しとけば良かった。

 まあ、一応予定通りの展開ではある。改めて「凶器を渡して下さい」とお願いすると、彼女は素直に鞄からソレを取り出した。一見するとごくごく普通の折り畳みの日傘。これに暗器を仕込んでいたらしい。

 ギミックを確認した後、今度はこちらが持つナイフのギミックを作動させる。


 カチリ、とナイフから小さく音が鳴った。


「……!」

「心配しないで下さい。刃先から薬液が出る仕組みですが、今回仕込んだのは麻酔薬ケタミンです」

「やっぱ、なんか腹立つわ」

「目が覚める頃には手術も終わっているでしょう。その後は手筈通りにお願いします」


 ヌルリとナイフを引き抜き「それでは今夜また」と最後に言い残す。彼女がゆっくりと座り込むのを確認してからその場を去った。




--




「お疲れさん、どうやった?」

「取り敢えず恙無く」


 車に戻ると早速首尾を尋ねてきた霧矢さん。

 そんな彼に対し顰め顔を返す僕。


 何故顰めているかは言わずとも明白であろう。先程より明らかに車内に充満する煙が濃ゆかった。ルーティーンと格好つけていたがこれじゃただのニコ厨である。

 再び団扇を手に取ってぶん回しを再開。気にする程神経質ではないと述べたが、ここまで来るともう意地だ。空気の清浄化に神経を注ごう。


「そうみたいやな、現場付近が今ザワついとる。誰かさんに刺されたサシタロウが通行人に見つかったみたいや」

「……サシタロウでしょ」


 意図的な君付けかは知らぬが。台詞に若干悪意を感じ、思わず訂正を入れてしまった。


「女を刺すのは気が引けたか? 別に君フェミニストちゃうやろ」

「普通にビックリしただけです。分かってたなら最初に言っといて下さいよ」


 相変わらず此方の抗議には無視するスタイルらしい。霧矢さんは煙の輪っかを作って遊んでいた。

 こういう態度の時の彼に何を言っても無駄な事は経験上分かってる。しかし、一番最初に「チームで動くから状況は全部把握しておけ」と言ったのも彼だ。上意下達を曲げて遊ぶのであれば、その所業は師匠と比べて大差無い。


「聞いてた感じ、もっと話の通用しない相手だと思ってました。そう言う意味でも意外でしたよ」

「話が全く通じん奴に交渉を持ち掛ける訳無いやろ」

「霧矢さんが散々に言ってたからコッチは騙されたんだけど」

「いやいや、彼女が変態なんはホンマやで?」


 飽くまでプロファイルは正しいと言い張る霧矢さん。だとすれば、余計にエサ役があの人で良かったのか疑問に思うのだが。

 なにせエサ役の肩書きは「容疑者」ではなく「被害者」だ。別にサシタロウじゃなくても良かっただろう。彼女に任せるのは不安要素が多いと言うか、もっと安パイな人選だって出来た筈。師匠からの要望があったとは言え、どうにも引っ掛かる部分が多かった。


「まさかと思いますけど、私情とか入ってませんよね?」

「お前……キショイ事言うなよ」


 いやだって、一応知り合いとか言ってたから。


 霧矢さん曰く「被害者かつ記憶喪失」という設定が誘き寄せのエサに最も適しているらしく。役柄としては女性が適任で、尚且つ演技が出来そうなプロ。条件が上手く噛み合ったので彼女を採用したと言う。

 こじつけ感を強く感じるのは僕だけだろうか。



「さて、もうすぐ救急車が到着する。搬送先はニキさんらが追跡する手筈や」


 露骨に話を変えやがった。

 ……まあ良いだろう。釣り糸はもう垂らしたし、今更ウダウダ言っても仕方ない。


「言われた通り、今夜のアポイントも取っときました。もし今日中に承和上衆が来たらおじゃんですけど」

「それならそれでかまへん。そもそも、今夜の面会は長期化した場合に備えての念押しや。途中で演技止められたら流石にこっちも困るさかい」


 成る程、その辺は周到である。


「なるべく良え感じにシチュエーションは作った。あとは釣れるのを待つだけや」


 取り敢えずそろそろ喫煙を切り上げて欲しいと、団扇を振りながらガチでそう思った。


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