第42話 能力より人柄が重視されがちなのは裏社会でも変わらない



「独立して直ぐに思い知らされたんやけどな。今日日、殺し屋なんて金にならんねん」


 停車中の車内にて。運転席に座った霧矢さんは煙草をふかしながらそう語る、というか愚痴ってる。

 僕は隣でそれを聞いているのだが、イマイチ話に集中出来ずにいた。


「勿論、大口の仕事も無いことは無いんやけどな? でもそうゆうのって、ちゃんとしたコネが無いと中々回ってこーへんのよ」


 原因はそう、煙である。窓は全開だが全てが外へ逃げている訳では決して無く。薄ーく車内に充満しているのは誰の目にも明らかだった。

 普段ならそこまで気にするほど神経質ではないのだが、現在は一応「仕事前」である。あまり匂いとか付けたく無い。

「ルーティーンやから堪忍してくれ」と先程言われたが、今から実際に動くのは彼ではなく僕である。少しはこっちの意見を尊重して欲しかった。


「当然、ショボい仕事しか取れんかったら収入は安定せえへん。その辺は普通の業界と一緒やな」


 そんな僕の無言の訴えに気付いていないのか、それとも敢えて無視しているのか。霧矢さんは気にした様子もなく話を進めている。「そうですね」と適当に相槌を打って、僕は手に取った団扇うちわをブンブンと振り回した。


「俺の場合、そこそこの軌道に乗ってくれたからええんやけど。ずーっと仕事から溢れとる奴も少なくないねん」


 モワァ。


「確かに。普通にサラリーマンやってた方が儲かるって話は聞きますね」


 ブンブンブンブンブンブン。


 因みに言うと、僕の場合は師匠から雇用されている形である。

 基本給+出来高。仲介業が本分である師匠により仕事は結構融通して貰えている。取り分としては「まあまあ」だろう。まあ、大分差っ引かれている可能性は無きにしもあらずだが。


「その上、リスクが大きいから割に合わん。やのに転職を考える奴は結構少ない。……なんでやと思う?」

「そりゃあ、殺し屋の商売相手は基本ヤクザですから。仕事が回って来なくてもしがらみは発生します。幾らフリーランスと謳っていても、その辺の縛りは消えないですよね?」

「うん、正解。辞めたくても辞めれん奴の9割がそれ。因果関係ってのは中々切れへんらしいからな」

「この業界だと特にですよねー」


 こんな話、今更だろう。彼は何を言いたいのか。

 訝しげな目で見ていると彼はまた大きく煙を吐いた。


「ほんなら残りの1割は?」

「……煙草それと一緒でしょ」


 中毒性的なアレ。

 他人を害すことで生じる歪んだ優越感、それが癖となって辞められない的な。


 この業界に入ったころ意外に思ったのだが、犯罪を生業にする人達でも「まともな奴」は結構多い。彼らには彼らなりの倫理観があり、破滅的行動を取るような人格破綻者はほぼいない。

 そう、いない。真逆の奴もいるっちゃいる。耽溺して抜け出せなくなる奴だって中にはいるのだ。


「キョージーはどっちになるんやろうな。辞めとうても無理ってなった場合」

「どっちにも当て嵌まらないと思います。しがらみとかあんま気にしないですし、殺しで悦に浸るほど歪んでもいません」

「でも君、アドレナリン中毒者やん。どっちかと言えば後者とちゃう?」

「無理矢理二択に括るならそうかも知れませんが、歯止めが効かないほどじゃないですよ。……てか、辞めたくなったらスッパリ辞めれますから」


 実際ついこの間、マジで辞めようとしていたし。スリルを求めるなら他の仕事でも代替は効くだろう、何も殺し屋に拘っている訳ではない。僕が求めているのはドキドキとワクワクである。

 霧矢さんは煙草を消しながら「さよか」と述べてタブレット端末を僕に渡してきた。


「これは?」

「新規メンバーの候補者リスト。フェーズ1にはもっと人手がいるって言うたやろ? 師匠から送られてきてん」


 受け取ってスクロールし、少し呆れる。

 もの凄い数だった。ざっと200人以上はいるだろう。


「これ全部殺し屋ですか?」

「いや、多方面から人材を揃えたって感じ。殺し屋もおるけど中には半グレ紛いな奴も混じっとる」


 飽くまで候補、この中から使えそうな奴をピックアップするらしい。


「師匠ももうちょい絞ってから渡せばいいのに」

「俺がこういう形で注文したんや。現場を仕切る人間としては自分で厳選したいからな」

「ふーん。てか、こんな大人数指揮出来るんです?」

「ノウハウはある。あとは俺なりのやり方で仕込ませて貰うけど」

「うへぇ」

「うへぇとか言うなや。やのうて、リストの95番見て」


 ……95。スクロールバーのノブを真ん中辺りにスィーと動かすと、あった。

 リストに表示されてる情報量は個人ごとに結構バラバラだ。職歴がしっかり書かれている奴もいれば、婚活プロフィールっぽく趣味まで色々書いてある奴もいる。

 だが、「そいつ」についての情報は他と比べてあまりに簡素だった。


 シルキープロダクション サシタロウ K


 

「シルキープロダクション?」

「芸能事務所みたいな名前やけど、少し違うで? まあ、裏稼業の人をマネジメントするって言えば似とるかも知れんけど」

「ほう……」

「そんな大層なモンでも無いで、殆ど潰れかけやし。……でも、そこの社長が師匠と知り合いやねん。今回の話を聞いて1人ねじ込んできたんや」

「それがこのサシタロウって人ですか。名前の後ろについてる『K』は何です?」

「職種や。killerのK」


 話の流れからして、恐らくこの人が例のなのだろう。聞いてみると霧矢さんは「せやでー」と言って肯定する。


「使える人なんですか?」

「なんでやねん、逆やろ。計画に使えそうにないから早めに捨てるんや」

「……お知り合いで?」

「前に仕事でちょこっとな。腕は結構良かったわ。リストん中でも上位に入んのとちゃうかな」

「じゃあなんで……」

「さっき言うてた、1の人間やからや」


 シュボッと彼は再び煙草に火を着ける。


「救えへん部類、ドン引きレベルのパラフィリア。……分かるやろ、幾ら腕が良くてもチームにそんなん混ぜたらデメリットの方がデカい。流石の俺でも他人の性癖まで矯正できる自信は無いしな」


 ──てか、そんなんに労力割きたくないねん。


 そう漏らす霧矢さんの顔は億劫そうだった。

 ここに載っているのは飽くまで候補、人事権は霧矢さんにある。

 そんなに嫌なら普通に外せばいいと思うのだが。なんでも師匠からの要望で「どこかしらでサシタロウを使ってやってくれ」との事。

 あの師匠でも多少の柵はあるのか、真意は分からぬが無視出来なかったそうで。


「せやからエサにする事にした」

「推挙された人を使い捨てにしたら禍根が生まれるのでは?」

「知るか。使い方まで指定はされてへん」


 どうやら考えを変えるつもりは無いらしい。まあ、僕としてもそんな問題児は入って欲しくないので反対はしないのだが。

 それにな、と続けて彼は述べた。


「事はもう始まっとる。今更止めたら死人が勿体ないやろ」


 



 

 カーナビをTVに切り替えると、ちょうど正午のニュース番組が放映されていた。


 事件の内容は既に世へと広まっている。

 キャスターや専門家が見せる深刻な表情。そして現場から送られて来るリアルな中継。トップニュースとして大きく取り上げられ、恐怖を纏いながら波紋を呼んでいた。


「薊区連続通り魔事件」


 後にそう名付けられた大事件は霧矢さんが主体となって仕掛けたのである。


 ニュースを見て誰が想像出来ようか。この惨劇は「特定人物を誘き寄せたいが為」に引き起こされたのだという事を。

 ミステリー小説なんかだと、読者の感情を置き去りにする突飛な犯行動機は稀にだが割と見られる。「そんな理由で殺したの?」と言いたくなる結末は多々あろうが、ここまでシンパシーを得られそうにない事例も中々無かろう。

 普通の人からすれば、殺人の動機にシンパシーもクソも無いだろうが。殺し屋の僕から見ても「なんだかなぁ」みたいな感情は湧く。


「……なんだかなぁ」


 実際、口にも漏らした。

 確かに傷病の犯罪者をエサにするのであれば、先ずは犯罪者を見繕う必要がある。何か適当に、新たな事件を起こさせるのが一番手っ取り早かったのだろう。

 スケールを舐めていた。事件規模が僕の想像より300倍くらいデカかったのである。


釣るんなら、警察が形振り構っとれん状況を作るんが一番やろ」

「1人殺れば十分デカい事件でしょうに」


 一昨日の昼と夕方に1人ずつ、そして昨日の朝から夜に掛けて3人。合計5人が既に殺されている。

 エサを大きく見せるのは結構だけど、やり過ぎな感も否めない。殺し屋あるまじき感想かも知れないが、流石に多過ぎるのではなかろうか。

 何というか、スマートさに欠ける気がした。


「あー、サシタロウの他にも使い勝手悪そうな奴が何人かおったからな。間引きついでに有効利用しよう思って……」



 …………?



「リストの中から?」

「なんや、一般人やと思ってたんか」


 ……成る程。どうやら、殺された連中も霧矢さんが用意した生贄サクリファイスだったらしい。


「幾ら変態でもサシタロウはプロ。こっちの事情も教えんと『その辺の一般人殺してくれ』じゃあ流石に怪しまれるやろ。やから、入団テストという形にしてん」

「テストって……」

「もちろん建前やけどな。他の連中にも適当な理由をつけて薊区に呼び出した。全員狩れたら合格って設定や」

「それでこの騒ぎですか。もしかして、わざわざ人目につく所で殺しているのは……」

「奴なりのアピールやろな。より難しい条件を自分で設定して、俺らに能力の高さを見せたかったんやろ」


 ……それは何というか、気の毒というべきか。

 ともかく、全容は大分飲み込めてきた。


 ここでふと警察の検分で犠牲者の素性がバレないか少し気になったが。サシタロウ含め、全員ちゃんと「表の顔」があるので暫くは大丈夫との事。

 そもそも犠牲者の素性が警察にバレた所でさして影響は無いそうだ。


「危惧するならやっぱりサシタロウ本人やろな。こっちの本当の狙いがバレたら流石にトンズラこかれそうや」


 当然、当事者には入院して貰わないと困る。そこで初めて「エサ」としての役が完成するのだから。

 なので、今から彼には大怪我を負って貰う必要がある訳で。


「逃げられた場合、またリストから適当なエサを探さないアカン。面倒やから一回で頼むでキョージー」

「それなんですけど、何で自分でやらないんです?」

「そらええ加減、君にも勘を取り戻して欲しいからな。リハビリの最終調整に丁度ええやろ」


 ……若干腑に落ちぬが、まぁいいや。

 無理矢理納得した所で道具を渡され、作戦の詳しい説明を聞かされる。反芻して頭に叩き込んでいると、霧矢さんから「来たで」の声が上がった。

 サシタロウ氏が到着したらしい。


「見えるか? ホコ天の入り口におるアイツや」


 彼の視線の先にいる人物を確認して、少し黙る。

 溜め息が出そうになったが何とか堪え、


「……じゃ、行ってきます」

「手筈通りになー」


 車から降りてバムッと扉を閉めた。


 8月12日現在、時刻は昼の12時30分ちょい過ぎ。

 ようやく本格的な作戦が開始される。

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