第38話 会議中にスマホでメモを取るのは良いがそれに紛れてゲームをする猛者もいるので見つけたらシバけ



 承和上衆は平等である。


 通常の医療機関であれば診療科区分で患者の請け負いは分散されるが、承和上衆はそうはいかない。あらゆる病気のジャンルに対応出来てしまう故、呼吸器だろうと循環器だろうと消化器だろうと全ての患者が一極に集中する。それも世界中からだ。

 未だ存在する現代医療を駆使しても治療が難しい病気の数々。そんな不幸に見舞った人々が次々と彼の地に押し寄せて来るのである。


 自分を、親を、夫を、妻を、子供を、孫を「助けてくれ」と叫びながら。病名書かれた診断書を携えて、形成されるは果てしない長蛇の列。


 如何に承和上衆といえど、全ては捌けない。神通力の一日の使用回数に限度があるからだ。

 故に優先順位は「重症度と緊急度」、同列が重なった場合は「先着順」と決まっている。例外は無い。

 幾ら社会的地位があろうとも、山のように金を積もうとも、優先度が低いと見なされれば列の最後尾で待たされる。後ろから、より重篤な患者が現れたら順番を譲らなくてはならないのが当たり前。

 下手すれば延々と自分の番まで回って来ない日々が続くのだ。



「──さて、そんなお困りの貴方に朗・報です! 此処でなら、いつでも何度でも神通力の治療が受けられます! サブスク会員になればご家族も利用可能、今なら初月無料サービス実施中!! 確実な健康と未来が貴方の元に!!」


 ビシィ。



「…………」



「────てな感じの宣伝文句で売り出したのが『黄代蓮』って訳や」

「はぁ……なるほど」


 急にテンションを上げてくるからリアクションに困ってしまった。呆けた返事の僕に対して、未だ「ビシィ」の姿勢を崩さない霧矢さん。


 この人も結構な変人である事はわかっていたが。

 今からでも「でもお高いんでしょう?」と返すべきだろうか。


「まあ勿論、売り出した言うても大っぴらにしとる訳やない。件のコミュニティから秘密守れそうな奴だけを引き抜いたのが始まりやし」

「つまり、需要者を少数に絞ることで供給を間に合うようにしたって事ですか」

「そそ。現在で会員は200人とちょっと、家族含めても対象は1000人居らん。しかも、この人らの全員が今は健康体や。会員は皆んな『もしもの時の為の保険』として入ってんやからな」


 それはさぞかしボロ儲けであろう。実際おいくら巻き上げているかは知らぬが、神通力を使える奴がたった一人いるだけでこんな商売が成立すると言うのだから。世界中の良からぬ輩が承和上衆の身柄を狙っている、というのも頷ける話だ。


「……で、そうやって稼いだ資金を元手に『例の計画』を進めている訳ですか」


 僕がそう聞くと、霧矢さんの口元がニタリと吊り上がった。


「そうや。あくまで小金集めは手段であって、黄代蓮の目的や無い。流石に『計画』の概要くらいは師匠から聞いとるやろ?」

「はい、まあ何とも突拍子もない計画だとは思いましたけど……」

「別にそこまで変な話でも無いやろ。神通力って言う奇跡が実在しとる以上、あり得へんとは否定出来んで」


 それを言われると確かに。納得して頷くと、よっこいしょと霧矢さんはソファから立ち上がる。


「俺もな、師匠や京司君と一緒やねん。別に大層な想いとか事情がある訳や無い。全容を聞いた時、オモロそうやと思ったから参加を決めてん」


 計画を語る時、師匠は言っていた。コレの成就は世界を大いに掻き乱すと。

 僕は立案した「抜けた男」とまだ面識が無い。故にその人がどういう考えの下であんな計画を企てたのかは不明だが。集まったのは面白そうという理由で来た裏稼業の面々。


「最初の説明でちょっと時間掛け過ぎたな……実は奥で何人か待たせてんねん。続きはその人らも交えてやろか」


 そう言って霧矢さんは建物の奥へと歩き出した。

 確かに、彼は最初「今日からチームで動く」と言っていたが。どうやら僕ら以外にもメンバーがおり、もう既に集まっているらしい。僕が一番最後だったようだ。




 豪華なホールを潜り抜け、階段を上り、薄暗い廊下を進んで行く。行き着いたのはこれまた重厚そうな扉である。


(…………4人、かな?)


 人の「気配」を察知。開ける前だが、扉の向こうにいる人数は大体推測出来た。

 が、その気配に殺気が混ざっているのは気のせいだろうか。よくよく耳を澄ませると「殺せ」だの「その銃寄越せ」だの物騒な台詞まで聞こえてきた。


 開けて大丈夫か、この扉。


「お待たー連れてきたでー」


 そんな僕の心配を他所に霧矢さんは全く躊躇なく扉を開け放つ。

 さり気なく彼の後ろに移動。弾丸が飛んできたらこの人を盾にするしか無い。


「…………」


 結論から言うと、弾は飛んで来ず。

 というより、部屋に居た人物らは此方に注目すらしていない。


 扉の向こうは落ち着いた雰囲気の酒場みたいな空間だった。木目の床に煉瓦の壁面、それに加えて柔らかい暖色系の照明。

 まるで英国風パブのイメージをそのまま落とし込んだかのような部屋である。更にはアイリッシュ音楽がBGMというオマケ付きだ。


 そんなザ・大人な空間に待ち構えるは先客の4名。テーブル席の一角を陣取って、互いが頭を突きつけ合う形でそこに居た。

 ……だが全員が下を向いており、此方には全く気づいていないご様子である。


「120の方向、敵いるぞ」

「ひとりっす。ソロスクさんっすかね?」

「あ。ちょい待って! なんか私めっちゃラグい!」


 彼らはスマホゲームに夢中だった。




--




「ほんなら紹介していくわ。まずは、武将カブトを被っとるおっさんがnikinikkiニキニッキさん」

「宜しく、ルーキー」

「……宜しくお願いします」


「ほんでパンダの被り物をしてる青年がstrong ストロングbotボット君」

「宜しくっす」

「……どうも」


「最後に、アメリカンポリスの格好しとる女が朱音猫あかねこさんや」

「足引っ張んないでよね」

「…………えっと、はい」


「で、皆んなにも紹介するわ。初心者丸出し、デフォルトスキンのkyozyキョージー君。まずは彼のをサポートしつつ、この面子で"ドン勝"を目指すで」

「ちょっとタンマ、霧矢さん」

「なんやキョージー」

「なんや、じゃないですよ。誰がキョージーですか」




 さて、僕は霧矢さんから彼らについて紹介を受けている。僭越ながら丸テーブルの輪に加わり、順繰りに挨拶をしていた所だ。

 紹介されたメンバーは意外と気さくで、入室前に想像していたデンジャラスな空気は一切無い。それについてはホント良かった。


 良かったのだが、少しおかしい。霧矢さんからの人物紹介が全部ゲーム越しなのだ。

 武将カブトとか、パンダの被り物とか、アメリカンポリスとか。これらは彼ら本人の服装ではなく、ゲーム内のアバタースキンである。名前も画面左上に表示されている各々のプレイヤー名だった。


 某有名、元祖100人同時参加型バトルロワイヤルゲーム(スマホ版)。


 目下、彼らが興じていたそれに何故か僕も参加させられている。その手のゲームは未経験だったのだが、無理矢理スマホを操作された挙句勝手にアプリをインストール。ゲームの中のチームに招待された形だ。

 僕のプレイヤー名「キョージー」も霧矢さんがこれまた勝手に命名したもので。チームは4人までなので彼は不参加らしく、横から僕の画面を覗き込んでいた。

 そして、そのまま仲間の紹介が始まったのである。


「ゲームキャラで紹介されても困るんですが」

「別にええやん、コードネームや」

「え……もしかして、仕事もこの名前でやるんですか?」

「問題ないやろ。因みに俺のネームはkiriyanキリヤンな」


 マジかこの人、何で誰も反対しないんだ。


「あの、同じテーブルで顔合わせてるんだから……せめてイヤホンは外しませんか?」


 僕としては至極真っ当な意見だったと思う。が、それを言うと朱音猫あかねこさんなる女性から呆れた声で反論された。


「FPS/TPS(シューティングゲーム)に於いて音の重要性がどれだけ高いか知らないの? 敵プレイヤーがどこにいるか、三次元で聴き分ける為にイヤホンは必須なの」


 やれやれ、といった感じの口調である。どうやら彼女にとってはゲームの方が重要のようで。


 チラリと画面から視線を外し、朱音猫さん本人の顔を見るが。彼女は画面に集中しており、ずっと下を向いていたままだった。

 正面顔がわからない。視線を横にズラして残りの二人も観察するが、彼らについても同様である。誰も彼もが己のスマホしか見ていなかった。


「まあまあ、朱音猫さん。キョージーさんは初参戦なんすから、最初はまったりプレイでいきましょうよ。ねえ、ニキさん」

「ストロボの言う通りだ。それに今回のゲームは親睦会も兼ねている」


 なんかフォローしてくれた。ニキニッキさんとストロングボット君は一応優しげではあるようで。後はこっちと目を合わせてくれたら完璧なのだが。


 因みに。それぞれリアルの風貌は、「ニキニッキさん」が40代くらいの無精髭を蓄えた男性。「ストロングボット君」が僕と同い年くらいの眼鏡を掛けた青年。「朱音猫さん」が赤髪をウェーブに揺らした妙齢の女性、である。無論、本人達の服装はごく普通。


「ま、いいわ。キョージーは私達の後について来なさい」


 取り敢えず、この3人はいいか。


 ゲームがスタート。ニキニッキさん達は「マップのどこに降りるか」について、やいのやいのと相談していた。それをボンヤリと眺めていたら、僕の背後にスッと近づいて来る気配が一つ。

 敵意は無いのでスルーしたが職業柄気になってしまう。無音で来るのはやめて欲しい。


「どうぞ」


 コトリ、と僕の前に置かれたアイスコーヒー。くれたのは小綺麗な格好をした壮年の男である。

 部屋に入室する前に感じ取れた気配は4人分。残りの1人は何処へ消えたのかと思っていたが、隅にあるカウンターの奥に引っ込んでいたらしい。飲み物を用意してくれていたようだ。


橘花たちばなさんや。この施設の管理を任されとる」


 僕の視線に気付いた霧矢さんが教えてくれる。

 その言葉に応えるように、橘花さんなる人は恭しく僕に一礼した。

 僕が言うのも何だが、この人が一番常識人っぽい。





 ──30分後。


『WINNER WINNER CHICKEN DINNER!』


 結局、"ドン勝"とやらは初回の一発であっさりと達成された。僕は何もしていないのだが、他の3人が素人目にでも分かるほどプロゲーマー染みた動きをしていた故。ただただアメリカンでミニスカなポリスウーメンを後ろから追い掛けるだけで終わったのである。

 「せめて1キルくらいしなさいよ」と朱音猫さんから言われたが、僕が銃を構える前に彼女が片っ端から敵を瞬殺していくからどうしようもなかった。


「ま、練習しとき。これから死ぬほど付き合わされるから」

「大会にでも出るつもりですか」

「それも楽しそうやけどな、ちゃんと本業の方はやって貰うで」


 そうは言うが、他の3人は既に2戦目のマッチングを開始している。どうやらインターバルを置くつもりは無いらしく。


「次は激戦区に降りるか」

「気を引き締めなさいキョージー」

「良い武器あったらあげるっす」


 普通にゲームは続くのだった。

 そして、霧矢さんは気にせず本題へと切り出すのである。


「じゃあ始めよか、崇められて調子こいとる田舎者らの


 どいつもこいつも自由過ぎる。


 

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