第37話 別視点から覗けば見える世界も変わってくる
※視点がくるーり
某県某所、とある市のとある街にて。
建物と緑が折中したこの街は、市の中心部でありながらも小さい山や森がポツポツと点在していた。
衛星写真で見ればその緑はまるで海に浮かぶ諸島のように見えただろう。中々に美しいコントラストだが、別に「緑化計画の賜物」とかそういう話では無いらしく。
単純に土地権利の問題で、面倒な場所を避けて開発された結果がこうなったのだとか。どの街にも特色の理由はあるもので。
そんな経緯で生まれた諸島の一つ、他と比べると比較的大きい山の中。曲がりくねった坂道を僕は必死に自転車で登っていた。
道路はしっかりとアスファルトで舗装されている為ハンドルがガタつく事は無いのだが。
勾配が死ぬほどキツい。15……いや、多分20度くらいの傾斜はあるだろう。
素直に自転車から降り、押して歩けばと何度も考えたが。一応これもリハビリである。イケるとこまでは行かねばなるまい。
「……それにっ……しでもっ……アヅい!!」
ペダルを踏み込みながら僕は叫んだ。
今日から梅雨明けらしい。
今年の六月は例年より雨が降らず、湿気は多けれど雨傘の出番はそんなに無かった。
このまま梅雨が明けるのではと思っていたのだが、それは前半戦だけの話だったようで。
七月も中旬に入ると、雨雲がまるで帳尻を合わせるかの如く遣らなくてもいい仕事に励み出した。連日に渡って怒涛の長雨を降らせ続けたのである。
結果、全国各地で水害が発生。農作物にも深刻な影響が出ているのだとか。
今年の野菜は高騰しそうだ。──まあ、殺し屋は野菜なんぞ摂取しない生物なので(個人の意見です)僕としては問題無い。
さて、そんな側迷惑な梅雨前線もやっと北上し、漸く晴天に恵まれたのは良いのだが……
「……
今度は太陽が頑張り過ぎである。
えっちらおっちら。叫びながら坂で漕ぐこと数十分。
汗だくになりながら、やっとの思いで頂上付近の目的地に到着した僕。
「ここで、オェッ……良いんだよな?」
脇腹が痛い。
もうあの時の怪我は回復しても良い頃なのだが。激しい運動をするとやはりまだ響くらしい。我慢出来ないほどでは無いが、いい加減鬱陶しく思う今日この頃。面倒な
「……にしても、趣味悪りぃな」
息を整えながら「それ」を見上げて感想を溢す。
着いた先にあったのは巨大な施設であった。
趣味が悪い、と述べたのは勿論その外観についてである。
見た目を一言で表すならば「和風ピラミッド」と言えば良いのか。日本瓦の屋根を段段重ねに積み上げピラミッドの形にしました、みたいな。
周りの緑豊かな景色と全然噛み合っていない。おまけに装飾がゴテゴテし過ぎてるから「荘厳さ」より「妙ちくりん」の方が勝る。
そんで、デカい。市民体育館の倍の大きさはあるだろう。威圧感だけは立派だった。
小高い山の上に建つ謎の大建造物。麓の街からでもかなり目立っており、道に迷わず来れたのは良かったが。どうにも入るのが躊躇われるのは何故なのか。
厨二心を忘れない僕としては、こういう謎めいた施設は大好物な筈なのだが。やっぱ、デザインの趣味が合わないからだろうか。
…………うん、色だな。白とゴールドはねぇよ。
「あ、来た来た。待っとったでー京司君」
悶々としていた所でピラミッド正面の扉が開いた。
中から出てきたのは背の高い茶髪の男。人を食ったような態度と声色だが、僕からすれば非常に懐かしい。まだ脇腹の痛みは消えなかったが、僕の顔からは自然と笑みが溢れた。
「
「二年ぶりくらいか? お互いよう生きとったなあ!」
近付いて来た彼とがっちり握手を交わす。
フリーランス「霧矢」、彼は僕と同じ殺し屋である。
年齢は僕より確か5つか6つくらい上で、殺し屋としての職歴も随分と長いらしい。同じ師匠の元で育った僕の兄弟子……というか、修行時代にもお世話になったので、この人も半分師匠と言って良いだろう。最初期の頃から色々叩き込んでくれた恩人である。
苗字は生憎と聞いた事がないが、裏稼業の人間なんてそんなもんだろう。寧ろ「霧矢」という名前すら下の本名では無いそうだ。まあ、馬鹿正直に実名を使ってる奴なんてきっと僕ぐらいしか居ないだろうし、そっちの方が普通であろう。
彼は二年前に完全に独立。偶に師匠から仲介人として仕事を貰っていたらしいが、僕と仕事が被る事は全然なかった。実際に会うのは本当に暫くぶりである。
「ちゅーか、マジでチャリで来たんやな。言うてくれたら車で迎えに行ったのに」
「あーいや、身体が鈍ってたんでリハビリがてら良いかなと。途中、坂で死にましたけど」
それを言うとケタケタ笑い出した霧矢さん。相変わらず、笑い方が少し大袈裟でウザい。これが無かったら余計な敵を増やさないだろうに、とか思いつつ僕は自転車のスタンドを立て掛ける。
「師匠から聞いたで? なんか手酷くヤられたらしいやん」
「はい、中々エキサイティングな相手でして」
「まあ取り敢えず中入りや、外は暑うて敵わんわ」
未だニヤニヤしている彼に促されてピラミッド内に足を踏み入れた。
建物がデカかったら玄関ホールもデカいもので。
幸いにも、内装は外装ほどゴテゴテしてはいなかった。豪華ではあるが普通に高級ホテルのエントランスを彷彿とさせる。フロントらしきものは見当たらないが、高価そうなソファが並んだラウンジあり。中々寛げそうな空間だった。
何となく少し物寂しいと感じるのは、僕たち以外に誰も居ないからだろう。ホール内はシンと静寂に満ちている。
「で、ここが何の建物か聞いても良いですか?」
高そうなシャンデリアを見上げながら尋ねると、先に進もうとしていた霧矢さんは振り返って目をパチクリさせた。
「なんや、そっちは何も聞いてへんのかいな」
「師匠からはこの時間に此処へ行けとしか。あと、霧矢さんが居るって事だけ」
「説明、全部こっちに投げよったか」
適当なオッサンやなーと霧矢さんの顔がヒクつく。その感想については全面的に共感できた。仮にも「仲介業」の癖に説明の最低ラインが最低すぎるのだ、あの人は。誰にでもという訳でなく、僕に対してだけらしいのだが。
「君も疑問に思ったら聞かなあかんで? 素直にハイハイ言うとらんと」
「師匠に関してその辺のことは諦めています。僕がバタバタ藻掻いて仕事を終えた後、全容はこうだったと自慢気に語るのがあの人の趣味なんです」
事前に情報があれば楽にこなせていたであろう任務は一つや二つではない。そう言えば、前回もそうだった。
「まあ、その方が難易度上がって僕も楽しめるんですけどね」
「忘れとった。京司君、そーゆー性格やったな」
ふぅと溜め息を吐く我が兄弟子。
「ま、ええやろ。ソロプレイに関しては、俺も口出しせえへんわ。……けど、今日から君はチームで動く事になるねん。状況わかりませんじゃこっちも困んやわ」
一から十までバッチリくっきり教えたる。
ラウンジのソファにドカリと座りながら彼はそう述べた。
「この建モンについてやったな」
「霧矢さんの個人邸ですか?」
「な訳あるかい」
なんだ、違うのか。
--
日本最大の新興宗教組織、ソガミ教。
二千五百万人越えの信者の中には主婦や学生、会社員など様々な人種が存在するが、各界の著名人も多数その籍に名を連ねている。
彼らは横の繋がりを大切にし、中でも「財界」に明るい者らはそこから生まれる団結に大いな価値を見出した。同じ信仰対象の縁は強固な信頼関係を生むらしい。
現代では中々異例な、宗教内から誕生した経営者コミュニティ。
規模は年々成長し、経済三団体に次ぐ第四勢力として……とまでは行かないが、経済界に馬鹿に出来ない影響力を有していると言われている。今ではその団体とコネクションを持ちたいが為、わざわざソガミ教へ入信する者までいるそうで。
「けど、規模が膨れたら統制が難しくなんのは当然の話。参加条件が『一定以上の純資産』及び『ソガミ教信仰』の二つだけっちゅう"緩さ"が仇になったらしくてな。団体の主眼から外れる者がポロポロと出てきてん」
いつしか彼らには二つの派閥が形成された。「信仰」の元でも完全な一枚岩は難しかったらしい。
ソガミ教発展と地域との橋渡しを主眼とする派閥VS連携により各々の事業発展を目的とする派閥。
バランスとしては設立メンバーを多く抱え、当初の理念を掲げていた「橋渡し派」が優勢だった。そもそも非営利が前提の宗教法人。その中のコミュニティで収益事業の発展を掲げるのが土台無茶な話だったのである。
結局、袂を分かつと決めた「野望派」の一部は、ソガミ教から分派という形で別の団体を設立。後に一度解体し、非営利法人から利益団体化を目指す組織へシフトチェンジされた。
ゆくゆくは国の経済政策に対する発言力の確保を夢見ているとかなんとか。
僕達が今いるこの施設はその新設団体が建てたものらしく。外観が「あんな感じ」なのは元が宗教施設の名残りからだと言う。
まあ、何となく理解は出来た。
「────と、ここまでがこの施設持っとる組織を外側から見た『表向きの話』やねん」
「ええぇ………」
そして、今までの説明は全部前置きだったらしい。
「……じゃあ、ここの実態は?」
「お金持ちからお金巻き上げて、神通力を優先的に提供する場や」
「!!」
其れが新設団体の名前だそうだ。
聞くところによると、これを裏で取り仕切っているのが例の承和上衆から抜けた男。師匠と結託し、先月「木戸川会」や僕を利用した人物である。
彼が掲げた計画とやらに師匠は面白そうだからという理由で賛同しており、僕も面白そうだからという理由でそれに乗っかった。──うん、確かに言った。
だが、今日の案件がそれだったとは寝耳に水である。
「
「わかりません」
霧矢さん曰く、834年から848年までの日本の元号らしい。
「時の帝、
「……そが?」
「この組織、
即ち、
「
よって、
「承和上衆に代わり種を
取り敢えず、とんでもない所に来てしまった事だけはわかった。
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