第39話 第一印象が悪くても挽回することはできる、ただし時間と努力といくつかの繊細なスキルが必要




 承和上衆抹殺計画。


「…………」

「抹殺はウソや」

「でしょうね」


 やっと本題に入ったかと思ったらいきなりボケをかまして来る霧矢さん。思わず黙ってしまった。


 彼は「なんかノリでつい……」とか言いながら頭をポリポリ掻いているが。出来る出来ないの話は置いといて、ノリで殺されたら承和上衆も堪ったもんじゃないだろう。

 そもそも、師匠から聞かされた『計画』には抹殺の「ま」の字も無いのだ。適当を言うのはやめて欲しい。場合によっては死人が出るのは確かだが、それだと計画の根本から外れている。




「計画は3段階。フェーズ1は『承和上衆の捕獲』……でしたよね?」


 僕が訂正すると、霧矢さんがポンとワザとらしく手を叩いた。


「そうそう。なんや、分かっとるやんか」


 調子良く笑う兄弟子に溜め息が出そうになったが、とにかく話を進めよう。


「初っ端から難し過ぎます」

「まあ、ガキ1人を攫うんとは訳が違う。今度はしっかり準備せなアカンやろな。……なんせ、捕獲人数は。ハゲるでホンマ」

「しっかり準備した所で……って感じですよね。この間だって、結局その子供一人ですら失敗したんですから」


 いきなりの超難題である。いくらスリルジャンキーと自覚する僕でも、この注文は頭が可笑しいと言わざるを得ない。

 逆に言うと、そのフェーズさえクリアすれば僕らの仕事は殆ど終わりらしいのだが。はっきり言って成功のビジョンが全く見えない所だ。


 どうするのか。


「先ずは問題点を一個一個洗い出そか。『特定の承和上衆を九人拉致る』──この課題の障害は何やと思う?」


 まるでクイズを出題するかのように問うてくる霧矢さん。やたら楽しそうである。僕も人の事をとやかくは言えないが。


 問題点の洗い出し。それだけなら深く考えずとも直ぐに浮ぶ。

 なんと言っても最初に思いつくのは……


「あの馬鹿げた戦闘力」

「隠し撮りの映像、俺も見たで。漫画の世界やったなぁアレは」

「冗談抜きで死ぬかと思いましたよ」


 しかも、そんな化け物らが一ヶ所の土地に固まって住んでいるのだ。


 集団拉致を狙うのであれば、ターゲットが固まってるのは条件として好ましいのかも知れない。が、それは相手が普通の人間だった場合に言える話だ。化け物が一ヶ所に固まっているなんて此方からすれば地獄でしか無い。場所は割れているので探す手間は省けるが、デメリットの方がデカいだろう。

 尤も承和上衆の全員が全員、あんな化け物では無いらしいのだが。


「それが一個目やな。他は?」

「そうですね……」


 2、住んでいる場所が山に囲まれた天然要塞である事。


 人の出入りは激しいので潜入自体はそれほど難しく無いが、一度騒ぎを起こせば脱出が難しくなるのは想像に難くない。村と外界を繋ぐのは主要地方道の一本のみ。封鎖されたらほぼ詰みだ。

 前回は子供一人を攫うだけだったので事が発覚する前に素早く脱出ができた。しかし今回は九人。どうしても機動力は落ちるだろうし、何より目立つ。立ち回りを一つでもミスれば終わりであろう。


「同時に拉致るのが難しいなら、日を跨いで一人一人狩るのも手ですけど……流石にそう何度もやらせてくれる相手ではないです。ただでさえ一度誘拐行為を許してしまっているので、前より警戒してるでしょうし」

「それは現実的やないな」


 3、自衛力だけでなく、奴らには強力な味方もいるという事。


 外部関係で承和上衆の味方と言えば「ソガミ教」であろうが、やはり警戒すべきは警察との連携であろう。

 事件が発生したら警察は承和上衆に情報を提供し、彼らに不都合があればキッチリ揉み消す。これがあるからこそ承和上衆は自衛の際、多少派手に暴れることが出来るのだ。

 尤もこの情報は、師匠の言葉を信じるならの話だが。実際、前回の事件は未だ表沙汰になっていないので信憑性は高いと思われる。


「反対に、ソガミ教についてはそれほど警戒しなくてもいいですね。確かに信者の数こそ多いですが所詮は烏合です。……洗い出しはこんなところでしょうか」

「流石、一回をしただけはあるな。まぁ、実際はもっとようさんあるかも知れんけど、細かい所まで上げたらキリないし。大体はそんなもんやろ」

「……ひょっとして、前回の仕事って本当にシミュレートも兼ねてたんですか?」

「さあ、どうやろ? あの作戦考えたんは師匠とボス(抜けた男)やからな。相手方にも前例与えとるし、その辺はプラマイゼロとちゃう?」


 サンプルにされたのが気に食わんってのなら筋違いやで? と、述べる霧矢さん。そんな事は微塵にも思ってはいないので安心して欲しい。



「で、どうしましょうか」


 問題の洗い出しが終わったなら後は対策である。

 正直、どの項目も僕らの手に余る気はするが。どうにも出来なければそもそも計画自体が持ち上がる筈もない。

 何か勝算があると僕は見た。


「一個目の問題、戦闘力の格差について。基本、殺し屋おれらのセオリーは奇襲とハメ手や。真正面から戦うバトル漫画の主人公あほとちゃう。やから、ターゲットとの格差なんて本来大した問題や無い」


 そんな事は言われずともわかる。思考が顔に出たのか、「釈迦に説法」と霧矢さんは笑った。


「でも今回は例外って話やもんな。セオリーが通じる相手なら最初から問題にせえへんし」

「よっぽど上手い手でも?」

「実はボスから提案があってん。奴らとの戦力差を埋める唯一の方法。出来るかどうかは俺ら次第らしいけど」

「へえ?」

「今は口で言うてもピンと来んやろうから、後日教えたるわ」


 とにかくアテはあるらしい。具体的に知りたい所だが「楽しみは取っとき」との事。


「問題2についても同様や。そもそも、問題1対策の成果次第で細かい作戦は変わってくる。まだまだ人員は足りてへんし、今考える事や無いやろな」

「……じゃあ、出来るのは3の対策ですか?」


 パチンと霧矢さんは指を鳴らした。


「正解、キョージーに10点」

「あ、死んだ……」

「無視すなや」


 いや……しょうがないじゃん。ずっとゲームさせられながら会話してたんだから。


 話に意識を取られ過ぎて、僕ひとりがゲームオーバーになってしまった。

 朱音猫さんからの視線が痛い。てか、そこのゲーマー三人もそろそろこっちの会話に入って来いよ。


「すまんキョージー、お前の骨は拾ってやれん」

「あそこの建物からっすねー。誰かグレネード持ってます?」

「火炎瓶ならあるわよ」


 ……いいや、どうぞご自由に。


 テーブルの上にスマホを投げた。




--




 2戦目終了後。

 次のスクワッドは俺が入るわ、と言って自分のスマホを取り出す霧矢さん。ゲームに参加したかったらしい。「マジかこの人」という僕の視線はガン無視である。

 さっきの意趣返しのつもりか。


「とにかく、俺らの当面の方針は警察対策って事で理解したか?」


 一応、仕事の会話は続いたが。


「警察との連携さえ封じたら承和上衆も無茶は出来ひん。自分らがバケモンやって事を奴らは殊更ことさら隠したがっとるからな」

「世間にバレるのがそんなに怖いんですかね? 今更奴らの信者がそのくらいで引くとは思えませんけど」


 寧ろ、逆に熱が上がって良い意味でバズる気がする。自分達の神は本当に神様だったのだと。

 ……それはそれでちょっと怖いか。


「さあ? 世間体っちゅうよりは自己肯定に必要なんかもな。或いは最低限『人間』として見られたいとか。やとしたら、バケモンの中身は案外可愛いもんやで」

「成る程」


 何となくだが的を射ている気がした。

 思い出すのは、先月初めて目にした承和上衆のあの2人。確かに彼らの気配は尋常じゃなかったし、ついでに片方はガラの悪さも一級品だったが……同時に妙な人間臭さを感じたのも事実だ。承和上衆の世間的イメージは「聖人君子」や「救世主」が主流。僕も例に漏れずだったから余計にギャップを感じたもんである。

 それの正体が化け物だった事に驚きは感じた。だが実際に話してみて、内面まで化け物だったのかと問われたら少し疑問が残る。例えば「気味の悪さ」で言えば霧矢さんの方がずっと上だ。


「君もどっこいどっこいやと思うで? 気味の悪さに関しては」


 ほら、心まで読んでくるし。

 相変わらず、人の感情を異常なまでに察するその能力なんなの。僕も勘は良い方だが人の心情方面に関してはからきしだ。やっぱこの人は不気味である。


「三人ともびびってんやから」



 ?



 さらりと言われた聞き捨てならない台詞。思考が一瞬停止した。


 誰が、誰に…………何て?


「ちょいタンマ。今、霧矢さん何て?」

「せやから、そこの3人が君に対してびびってんねんて。やっぱ気付いとらんかったか」


 クツクツと笑う霧矢さん。シュバッとその3人に首を向けると、彼らは同時にビクゥッと肩を震わせた。

 ゲームに夢中じゃ無かったのか。てか、こっちの話バリバリ聞いてるじゃん。


「……何故?」

「何故って自分、裏世界じゃ結構有名なんやで? 新進気鋭の殺し屋が目の前に居ったら、そら誰でも怖がるって」

「いや、でもこの人達もプロなんでしょ?」

「裏稼業って一口で言うても業種は様々やん。この人らは情報系のプロや」


 ハッキング、追跡、監視、盗聴、時々ペテン。

 その辺の担当らしい。殺し屋なんておっかない職種とは無縁だったみたいで。


 道理で「気配」が普通すぎると思った。上手く隠しているのかと勘違いしていたが、どうやらガチで素だったようで。最初の殺気も気のせいというか「緊張が伝わってきた」的な感じか。

 ゲームに夢中の振りをしていたのは、気を紛らわせる為だったらしい。


「……いや、だってしょうがないじゃないっすか。来るのが不和京司って言われたら……!」

「誰だって萎縮する」

「わわわわ私はビビって無いわよ!? この2人に合わせてあげただけだから!!」


 …………なんか、すんません。


「前年度、業界人が選ぶ次に来る若手ランキング年間No.1。本年度上半期、視線が合ったら何となくという理由で殺してきそうな殺し屋ランキングNo.1。同じく上半期、見た目と中身が噛み合ってなくて怖い殺し屋ランキングNo.1……etc」


 !?


「なんですかそのピンポイントで不愉快なランキング群は!! もしかしなくても僕の事ですか!?」

「そら誰も視線合わせたく無いわなぁ」

「どこの調べですか!? 本当にあるんですか!?」

「イヤぁ!! お願いだから大きな声出さないで!!」

「ほらぁ、朱音猫さん頭抱えてんやん」


 そんなに怖がられてたのかよ。かなりショックなんだけど。

 つーか、そんなんでよく仮面被れてたな。


「てか何で僕だけ……霧矢さんは??」

「俺は君と違って知名度とかあんま無いし。まあ最初は怖がられてたけど、じっくり慣らしたったわ」


 ……小動物かよ。


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