第31話 世間受けしない持論を口で語るには結構なメンタルが必要、勘違いするな聞く方は倍のメンタルが要ると知れ
前回のあらすじ。
仕事の都合でとある病院へと訪れた俺。取引先との真面目な会話中、ちょっとした勘違いが原因で思わず大声を出してしまった。その時、たまたま近くにいた御老人がビックリして転倒。
慌てて助け起こそうとしたのだが、御老人からすればどうにも許せない事だったらしい。それはそれは、もう怒髪天で。腰を怪我していたようだったが、それを忘れる勢いで俺に厳しく叱りつけてきた。
物理的に、持っていたナイフで。
悪いのは元々こっちだし、甘んじてそれを受け入れ──というより、御老人のナイフ捌きが速すぎて避けられなかったと言うべきだろう。
兎にも角にも斯くして俺は「病院で突然大声を出すのは絶対駄目」という教訓、というか常識を年功者に教わりながら血の海に沈んだ。
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笑えない冗談は置いといて。
(あっぶねぇ、焦った……!!)
正直、ギリギリセーフだった。
恐らくあと一秒「反転通」の行使が間に合わなかったら、意識を手放してそのまま死んでいたと思う。
斬られる直前に通力をしっかり練っていたのが幸いした。そうでなければ素早く傷を塞ぐことは出来なかっただろう。
既に失った血の量が半端なかったが、それについても問題はない。
出血性ショック……人間は、全身の35%以上の血液を失うと救命率が酷く低下するらしい。俺はと言うと、恐らくだがとっくに40%を超えていた。
なんせ頸動脈をザックリ逝かれたのだ。たった十秒程の出血タイムであったが、致死量クラスの失血を喰らうには十分過ぎる時間だったろう。
いくら素早く傷を塞げたとしても、この失血状態をどうにかしない限りは無事で済まない。が、先述の通り問題は皆無だ。傷を塞ぐと同時に「補充」は完了していたので。
反転通は欠損した四肢や臓器をも瞬時に復元させる。こと人体に関してのみだが、無から有を生み出す正に超秘だ。血液の再生、補填も効果範囲に含まれるのは道理であった。
改めて思うが我ながらチートである。いやホント、今日ほど使えて良かったと思った事はない。
「────っ、なんだ貴様ぁ!!」
とか言っている場合でもなかった。
現在、この場はサスペンスドラマさながらの修羅場に直面している。
怒声を上げて拳銃を構える刑事。
不敵な笑みを浮かべて佇む若い謎の男。
そしてその傍ら、血の海に倒れ伏すエキストラ(俺)。
分かりやすい構図である。
ドラマとしてはありがちな光景で。しかし、フィクションだからこそありがちな訳であって、現実としてはどうにもリアリティが薄い。
是非とも撮影であって欲しいのだが、一体カメラはどこにあるのか。探したいが、俺は「死体役」だから首をキョロキョロさせる訳にもいかなかった。
恐らく「カット」の声が掛かるのは、事がひと区切りの段落まで進んでからだろう。一区切りとは、刑事が男を取り抑える辺りまでだと思う(という願望)。
まあ、拳銃VSナイフだ。両者間には距離もある。普通に刑事有利な状況なので、割と迅速に片付く筈なのだが………
「あっかんなぁ、……なっとらんわ自分ら。神出鬼没の連続殺人、その唯一の生き残りやで? そこの警備をこんなザルにしたら、折角生き残った子も可哀想やろ」
謎の男は余裕綽々である。拳銃を前にしてベラベラと普通に喋っていた。人を殺し、銃を突きつけられているにも関わらず、その声色には緊張も興奮も感じ取れない。寧ろ軽薄さが滲み出ていた。
……俺は知ってる、勝つのは絶対この男の方だと。
だってもう、なんかそういう展開じゃん。凶悪犯と一人で邂逅する刑事とか大抵死ぬって。よしんば助かったとしても、怪我を貰って逃げられるに決まってる。
「…………一連の通り魔か。何でこの場所が分かった」
「えーー? 教えたる義理はないなぁ」
「〜〜っ、何しにここへ来た!!」
「それは大体分かるやろ。お見舞いや、お見舞い。花買おてくるん忘れたけどな」
ほら見ろ、この太々しい態度を。切り札か何かを隠し持っている感じがぷんぷんする。
もし打算も勝算もなく、こんな発言が出来るとしたら相当なイカレ具合だと言って良い。まあ、人を殺した(死んでない)直後にヘラヘラしている時点でイカレているのは間違いないが。
「そーゆー訳やから、そこ通してえな。やないと、アンタもこっちの兄さんみたいになんで?」
そんな、断られると分かりきってる脅し文句を垂れながら、コツンと俺の頭を足先で小突く男。
此奴…………よかろう。その足、余裕ごとぶった斬る。
イラッとしてそう考えた瞬間、
ダァン!!
廊下に銃声が鳴り響いた。
慌てて視線(薄目)を向けると、青筋を浮かべるが如く物凄い剣幕をしている刑事。彼の持つ拳銃からは薄く硝煙が立ち昇っていた。
「今のは警告だ……そいつから離れろ。さもないと、次はその軽そうなドタマぶち抜くぞ」
威嚇射撃だったらしい。男が
気持ちは大変ありがたいが、絶賛死んだフリをしている最中に突然の発砲はやめて欲しかった。ちょっと「ビクッ」ってなりそうになっただろ。
「こっわ! そないに怒らんでええやろ。どうせもう死んどんのに」
「黙れ。いいから、ゆっくり二歩下がってナイフを床に置け。置いたら両手を上げろ」
「……冗談通じんなぁ」
詰まらなそうに溜め息を吐く男。
俺は今、死体だから顔の向きを変える訳にはいかない。故に男の動向を窺いと知ることは出来ないが、多分刑事の指示通りに後ろへ下がったのだろう。廊下のリノリウムと靴底の擦れるスキール音が少し遠のくように高く鳴り響いた。
しかし、発砲された事によって流石に従っているようではあるが、油断は出来ない。一見、刑事が主導権を握っているように見えるが、依然として嫌な予感は消えていなかった。
漫画、アニメ、ドラマ、映画……様々な
「なあ、聞きたいねんけど……刑事さんは今回の事件を見てどう思った?」
男がなんか語り始めた。
「……あ?」
「こっちの兄さんを殺した事だけやないで? ここ2、3日で起こった近辺の連続通り魔事件。これの全体を見て、刑事さんがどんな感想を持ったか聞きたいねん」
自分で引き起こして良くもまあ、いけしゃあしゃあと言えたもんである。刑事の青筋が更に増えたように見えたのは気のせいでは無いだろう。
「下らん問答をする気はない」
その激情を押し殺すように刑事は突っ返したが、男は引き下がらなかった。
「連れへん事言うんは無し、こっちは冗談やなくて真面目な話や。さっき、
「…………んだと?」
「ここに来る前な、ちょっと街の様子見てきてん。一見、いつも通りな感じやったけど、やっぱどこかピリついとったなぁ」
ええ感じで疑心と恐怖が渦巻いとる。そう述べて男は話を続ける。
「心地良かったわ。普段ののほほんとしたんと
『呑気ね、日本人は。危機意識が死んでる』
「いくら治安大国と呼ばれようが、死は常に生の隣ある。……今回みたいな
来る道中語っていた白姉の言葉。それがふと俺の頭を
「そんなん、俺が言わんでも皆んな分かっとる筈やけどな。やのに、ペラッペラやねん。
「せやから今日、街の雰囲気を見て嬉しかってん。ここにはちゃんと
警戒心のみが人を生かす。そう断言するヤバイ男。
更には「この廊下もええ空気や」とか言って、深呼吸までし始めた。
「それを体現させる為だけにやってたってのか、殺人を。…………支離滅裂、命を奪ってんのはお前だろうが!」
「大義に多少の犠牲はつきもんや。やないと皆んな気ぃ付かんかったと思うで」
「詭弁にすらなってねえ、
全くである。俺も黙って聴いて損した気分だ。手の空いている人は誰か奴の口を塞いで欲しい。もう耳が腐りそうである。
「そう? なら最初の質問に戻らさせてや。刑事さんは今回の事件を見てどう思ったか。……恐怖? 怒り? ──今、俺を目の前にして、ちゃんと『警戒心』は芽生えとる?」
その再度の質問に対して刑事はフゥーと大きく息を吐いた。「あ、コレ状況動くわ」と、俺の直感が囁く。
「レスポンスが知りたいなら、
そんな刑事の台詞のどこがツボに入ったのかは分からない。
「……アハハハハは!!」
突然デカい声で笑いだした男は、刑事に負けじと廊下に響き渡るように叫んだ。
「さよか! でも、答えて欲しいんは後やない────今や!!」
その叫びに応えるように。つんざくように響いたのは女性の悲鳴。発生源は刑事の背後の部屋、例の患者の病室からだった。
扉はずっと閉まったまま。つまり、この状況を見られての悲鳴ではない。
──病室で何かがあったか。
「なん……!?」
予想外の背後からの悲鳴に、刑事が一瞬気を逸らす。
その隙を男は見逃さなかった。
姿勢を低く、射線から逃れるような斜め方向の移動。しなやかに、それでいて一瞬でトップスピードに達したその様は、まるで野生猫科の狩りのシーンのそれだった。
「っ!! しまっ……!」
「余所見はアカンなぁ!!」
「お前もな」
念導通「
効果は対象に「攻撃性の通力」を響かせ、その内部から破壊する。対象に直接触れる必要は無く、ある程度の距離から遠当てが可能。
神通力は反転通に限らず、元となる通力の込め方次第で力の加減が出来る。だが、その人間の枠を超えたエネルギーは、膨大過ぎる故に慣れた人間でも制御が難しい。
微調整は相当シビアなので、俺を含めた大半の承和上衆はざっくり段階に別けて使用する。
「響」の場合だと大体三段階、
レベル1 出力0.1〜1%
体感だとライトヘビー級ボクサーのボディブロー並の威力。護身用にどうぞ。
レベル2 出力20〜40%
人に向けては駄目、絶対。スプラッタを見たいなら映画だけにしろ。仮に使うとすれば、練体通を扱える奴に対してならOK。
レベル3 出力75%以上
固形物を粉末に、液体を霧状にへと変化させる。冬の除雪作業に大変便利。
今回選択したレベルは当然、2……じゃなくて、1。
最初は手っ取り早く「刃」で足を斬り落としてやろうと思ったが、その後を考えると刑事への説明が面倒になるので却下した。
最小限に抑えた「響」ならば、まだ誤魔化しが効く。攻撃は不可視。受けた身体も「見た目」は無傷だろうから、刑事が違和感を感じたとしても「男の動きが一瞬止まったような」ぐらいにしか見えないだろう。
だが、男からすれば混乱は必至である。背後からの完全な不意打ち。それがボクサーパンチ並の威力ともなれば、普通は悶絶する。動きが止まったとは言え、倒れなかっただけでも大したものだ。
無論、俺にとってはその一瞬さえ在れば十分だった。
「響」を放つと同時に跳ね起き、練体通を展開。瞬発力を活かして一気に男に追いつき、肩口を片手でガシリと掴む。
強引に此方を振り向かせ、左手を首元に、右手を奴の股間に差し入れ身体を固定。右手側から一気に持ち上げ、ひっくり返す要領で相手を背面から叩き落とした。
「ブハッ!」
ボディスラム。身長差のある相手に対しても成功可能な、プロレスの投げ技の一種である。尤も、膂力の跳ね上がる練体通ならば、他の難易度の高い投げ技も使用は可能だったろうが。
ともあれ間一髪だった。あと少しで男のナイフが刑事に届く所だったので。
「おま……! 無事だったのか!?」
「生憎と、世界で最も死に難い人種なんです」
喫驚している刑事には悪いが、それどころでは無い。
「刑事さんは早くその男を取り抑えて下さい。俺は患者を見てきます」
先程のタイミングが良過ぎる悲鳴が気になる。
倒れた男を刑事に任せ、俺は患者のいる病室へと飛び込んだ。
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