第29話 苦悩は別の煩悩で塗り替えろと昔偉い人が言った気がする




 通り魔事件は他と比べて滅多に起きる事件ではない。が、発生すれば国内、延いては世界中に於いてセンセーショナルなニュースとして取り上げられる凶悪事件だ。

 確たる動機なく、出会った一般人を通りすがりに襲う身勝手さ。その残虐性。平和な日常を一瞬で地獄に変貌させる狂気。恐怖は波紋のように広がり、直面した人々の心にいつまでも根強く残り続ける。


 犯人に対して嫌悪……否、憎悪の視線が世間から向けられるのは当然の話で。しかし、加害者の8割が犯行時は何らかの精神疾患状態であるというデータもある。

 多くが元々から社会的弱者であり、その時々の社会情勢の問題、「歪み」に大きく影響を受けて「魔」が誕生するのだとか。一概に犯人だけを糾弾すれば良いという問題ではなく、如何にしてこのような悲劇を生み出さない社会を作るかが対策として重要とされている。


 さて、その様に複雑な背景がある「通り魔」という犯罪だが、犯行形態から定義として3つに区分されているのをご存知だろうか。


 発生場所、発生時間、そして被害者数が単一の「単発犯」。

 一連の時間の中で、手当たり次第に複数人を襲う「スプリー犯」。


 そして今回の「連続犯」。これは場所も時間もバラバラ。一つの犯行後に行方を眩まし、そしてまた別の場所で襲撃を繰り返すという、まさに魔物だ。単発犯やスプリー犯と比べて長期化しやすいので、ある意味最もたちの悪い犯行とも言えるだろう。

 尚、これら犯行形態の類型別によって加害者の特徴もそれぞれ異なってくる。





 …………らしい。以上の豆知識は全部芦川さんから聞いた受け売りである。


「今回の連続犯は、その中でも『異質』だと言われています」


 知識を語った後、芦川さんが発した言葉だ。

 

「と言うと?」

「通り魔事件は人口の多い都市部で発生しやすい、所謂『都市型犯罪』の一種と思われがちですが、一概にそうとは言い切れません」

「……人混みの中で起こるってイメージがありますけど」

「そうですね。確かに犯行形態が『スプリー犯』の場合だと、より多くの人を巻き込む為に混雑している場を狙うパターンは間々有ります」


 芦川さん曰く、この形態の多くは周囲から目撃され、後に逮捕されるのを厭わずに犯行に及んでいるらしい。一種の自暴自棄、或いは刑事司法システムを利用した社会的自殺も孕んでいるのだとか。

 故に人の多い所でも起こりやすいのだそうだ。


「しかし犯行形態が『連続犯』の場合だと、人格的問題はともかく、犯人の思考及び精神面は冷静かつ冷徹です。迂闊に人の多い所を狙うマネはしません。獲物を調達し易く、且つ逃走しやすい郊外を狩場にする傾向があります」


 所謂「郊外型犯罪」に類するケース。


「でも、薊区はバリバリの都市部ですよね?」

「『傾向がある』というだけの話なので、合致しないケースも無くはないでしょう。今回の通り魔も全て人混みの中で発生しています」


 つまり今回のケース、連続犯にしてはかなり大胆な行動を振る舞っているらしい。


「にも関わらず、一連の事件全てに目撃者が居ないらしいんです」

「seriously?」

「マジです。や、全くの皆無では無いそうなんですけど。しかしどの証言も『気が付いたら被害者が倒れていた』『倒れた瞬間は見たけど犯人は見ていない』等といった話しか出てこないとか」

「誰も犯人の姿を見ていないってことですね。……そんな事ってあります?」


 繁華街のど真ん中、しかも時間帯的に人通りの多い最中でだ。公に発表された被害件数は6件。その全てに犯人の目撃証言が無いというのは確かに不気味だ。


 防犯カメラにも決定的瞬間は映って無かったらしい。巧く死角を突かれていたり人が壁になっていたりと、まるでカメラの位置を把握されているかのような不自然さだとか。


「1、2件の犯行であれば偶然もあり得ますが、6件全てともなると明らかに異常です。ネット上の一部では透明人間の仕業だとか言われてますね」

「オカルトとかエスパーとかはあんま信じないんスけどねぇ……」

「神通力を扱える人が何言ってるんですか」


 言われてみると確かに。だが其れはソレ、此れはコレだ。無論、俺も芦川さんもこの事件に神通力が絡んでいるとは微塵も思っちゃいない。絡んでいた所で誰がだよって話だし。


「一般の見解として大半を占めているのが、犯人が確かな殺しのスキルを持った人物なのではという意見です。すれ違いざまの一瞬で被害者を害し、注目されぬよう自然な挙動のまま立ち去る。想像しただけでも恐ろしい話ですが」


 透明人間よりかはまともな意見だろう。しかし、そんなプロの殺し屋みたいな奴の存在には些か疑問を覚えるが。

 

 …………殺し屋。

 一瞬、ある人物の顔が浮かんだ。まあ、彼は今回の事件とは関係ないだろう。流石に妄想が過ぎる。


「芦川さんはどう思います?」

「概ね同じ意見です。被害者の殆どが急所を一撃で刺されてますし。ただ、元々手馴れた人物か、それとも齧っただけの素人なのかは意見を保留したいですね」


「素人? あり得ますか?」

「素人というか、知識だけを得たエセ玄人。連続犯の中には、力を確認したいという欲求が動機になった人もいるそうです」

「それで殺される方は堪ったもんじゃないなぁ」


 私の意見も素人ですけどね、と芦川さんは付け加えた。まあ、素性や動機がどうであれ、ヤバい奴である事に違いはない。


「確かなのは、そんな危険人物が警察の捜索を逃れ続けているという事。最初の事件発生から区内は厳戒体制が敷かれていますが、嘲笑うかのように犯行は繰り返されています」

「警察の面目もとっくにヤバくなっている訳だ」

「……そこで、6人目の被害者です。唯一急所を免れ一命を取り留めた彼女の存在は、状況打開の足掛かりになり得ると」


「結局、推測は正しかった訳ですか」

「明言は得られませんでしたが、間違いないでしょうね」



 電話越しに聞こえる溜め息の音。


 昨夜のニュースを見たあと、俺は芦川さんにメールを送った。内容は今回の依頼と通り魔の関連性について。そして、解離性健忘患者に神通力を施す際のリスクについて。

 一晩時間を下さいという返信だったので、裏で色々探ってくれたのだろう。その報告を今受けている所だ。


「警察の面目は置いとくにしても、犯人をこれ以上放置出来ないのも事実です。犯行時間は昼夜問わず。この瞬間にまた新たな犠牲者が出てもおかしくありません」

「もう患者の精神面は小事として見るしかない、ですか」

「発生頻度と死亡率が高すぎますからね。嫌な役を押しつける様で申し訳ないですが……」

「芦川さんが謝る必要はないですよ。それに、優先順位くらい俺も分かってるつもりです」


 先ずは人命。を、脅かす糞の排除。正しい正しい。


「気休めかも知れませんが、患者には警察から臨床心理士が派遣されます。犯罪被害者支援の専門家と言えば分かりやすいですかね。施術後の精神ケアはその人に任せましょう」

「了解しました。健忘も含め、患者に神通力を施します」

「お願いします。……今はどちらに?」

「移動中ですよ。程なく現場に到着します」




 芦川さんは知るよしもないだろうが、隣では白姉が運転している。

 朝早くからアパートを出て、何処からか車を調達してきた時には驚いたものだ。レンタカーショップは開店時間前だろうし、一体誰に借りてきたのかと聞くと「ツレと取り引きした」との事。

 取り引きとは何ぞと気になったが、深く聞く前に出発進行と相成った。現在はその紫カラーの軽バンで病院へと向かっている。

 先程、渦中の矢港市内に入ったところだ。


「殺人鬼が彷徨いている割には結構出歩いてる人多いのね」


 電話を切ったところで白姉が口を開く。

 窓の外を見ると確かに。事件の影響でもっと閑散としていると思っていたが、意外とそうでもないらしい。


「通勤時間帯ってのもあるんだろうけど」

「呑気ね日本人は。危機意識が死んでる」


 海外のネット民みたいな視点で語っているが、あんたも日本人でしょうが。

 あと、不謹慎だから死んでるとか言っちゃ駄目。




 ──10分後。8時26分、現着。


 病院へ向かう途中、警察や報道関係者と思しき人達は何度か見かけた。

 報道陣は事件の取材をしていたのだろう、朝早くからご苦労な事である。最初は平常な街並みのように見えていたが、やはりピリピリとした空気は漂っているようだった。

 だが流石に、病院の敷地内にはそれらしき人達は見受けられない。当然っちゃ当然の話だ。


「じゃ、ササッと行って終わらせて来て。私はここで待ってるから」


 車を駐車場に停め、スマホを弄り始める白姉。此方はいつもと変わらぬ様子である。まるで、他人事のようにクールな態度というべきか。

 いやまあ、他人事か。もう事件についてではなく、この次に行くプールの事とか考えてそう。


「ねえ、ワンピタイプにするかビキニにするかで悩んでんだけど。どっちが良いと思う?」


 予想は間違ってなかったらしい。購入する水着について考えていたようだった。

 無論、突然そんな事を聞かれても回答に困るのだが。


「どっちでも似合うんじゃない?」

「うーわ、そんな適当な台詞マジで言っちゃうんだ。じゃあ、あんたの水着をローライズにしても良いっての?」

「なんで俺の水着まで白姉が選ぶんだよ」

「嫌なら、選べ」


 えーーー……


「……間を取ってタンキニで」

「私の体型に文句あるって?」


 なんでそうなる。酷い偏見だ。

 俺は選べと言われたから答えただけなのに。


 大体、白姉が文句付けようのないプロポーションなのは、態々言わなくても知ってるだろうに。……言わせたいのか? だとしたら、たちが悪い。


「つーか、水着の種類に詳しい男子ってちょっと引くわ」

「待て待て待て、男でもタンキニぐらい知っとるわ。普通だ、普通」


 誤解と偏見を掻い潜りながら会話するのは結構シンドいんだけど。

 そう感じていたら、白姉はさっさと行けとばかりに手を払う仕草をした。


「とにかく、戻ってくる前に決めておいて。ワンピかビキニかの二択だから」


 そう言って俺を車から追い出す白姉。

 パタンと彼女の手で扉は内側から閉められた。

 

 一瞬、

 事件のことでゴチャゴチャ考えていそうな俺に、余計な思考をさせないが為にああ言った……ように見えた。いや、まったくの気のせいかも知れないけど。


「ま、そうだよな」


 今のが白姉の気遣いかは定かではない。だが、やると決めたからにはウダウダしてても仕方ないだろう。業を背負う覚悟は必要だが、考え過ぎた所で結果が変わらないのも事実だ。

 ふと思い出したのは、エイさんからの言伝である。将来ハゲるのはもちろん御免だった。



 という訳で、俺は白姉に似合いそうなセクシー水着を思い浮かべながら、病院の自動ドアを潜った。

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