第22話 映画の最後、エンドロールの後にオマケ映像があるか分からなくて結局席から立てないパターンがよくある





「偽装工作」


 真実を偽るために証拠に対して手を加えたり、関係者と口裏を合わせる等をして、あたかも別の状況だったかのように手を加える行為。

 上手く使うことが出来れば処世術として大変便利な手法であるが、その本質は罪から逃れたいが為の人間の醜い行為に過ぎず、本人の性格や知性、モラルなどが間違いなく疑われる諸刃の剣である。結果的に露見することが殆どであり、犯罪で使用した場合、偽証の罪や犯人蔵匿及び証拠隠滅の罪に問われる可能性がある愚かな行為と言えよう。

 よく「偽証」工作と表現される場合があるが、四字熟語としては正しくない為注意されたし。



 さて、


「妙案がある。俺達が貸し倉庫に着いた時点で、犯人は一人しか居なかった事にすれば良い。自称殺し屋の青年なんて最初から存在しなかったんだ」

「…………」

「実行犯の一人を取り逃したなんて失態は、当然隠すべき案件だろ? 俺とお前が口裏を合わせればバレる心配なんてねえよ。今回集めた木戸川会のデータに外部協力者の情報なんて入って無えからな」

「…………」

「ああ、菊谷善二にも話を合わせて貰う必要があるか。……よし、奴と取り引きしよう。もし自分一人で実行したと証言してくれるなら、上に減刑を計らって貰うようそれとなく仕向けると約束すれば良い。これで万事解決だ」


「……鋼太郎」

「なんだ?」


「どうせまた直ぐにバレるから辞めとけ」



 先程から俺は、鋼太郎による偽装工作案のプレゼンを聞かされていた。が、流石に乗っかる気にはなれなかった。

 電話の際にやってしまった弘香救出の虚偽報告。その嘘が一瞬でバレてしまった事をコイツはもう忘れているらしい。


 下手に取り繕った所で直ぐに露見するのは目に見えている。菊谷氏以外の木戸川会の構成員も既に捕まっているのだ。彼らの口から外部協力者の存在が漏れれば、鋼太郎の偽装工作なんぞ簡単に見破られるだろう。

 まったく、懲りない奴である。


「いや、でもよぉ。流石にこの失態は不味くねえか? 減給になるくらいならまだしも、問題は姉二人だ。取り逃がしたと知ったら俺達ナニされるか分かったもんじゃねえぞ」

「…………」


 まあ確かに、危機的状況である事は確かだ。弘香救出という最低限の目的は達成できたが、無事に帰しただけで姉達の怒りが収まるのかと言うと正直微妙な所である。

 恐らく弘香の誘拐が分かった時点で、彼女らの怒りゲージはMAXを越えていた筈だ。すぐさま自らの手で救出に行きたかっただろうに、まさかの上からの自粛命令。更には俺達がポカしたせいで救出時間は伸びてしまった。これを虚偽報告で誤魔化した事は既にバレてしまっている。

 この上、犯人の内一人を逃してしまったと報告すれば、俺達はどうなるのだろう。……余り考えたくない。菊谷氏イケニエひとつ捧げた所で鎮まってくれる保証は無いだろうし。


「クソ! 今日はもう通力を使い過ぎた。今からラスボスと闘う余力なんて残ってねえのに……!」

「落ち着け、闘ってどうする。元々勝ち目なんてねえだろ」

「────っけどよ!」

「だから落ち着け。大丈夫だ、秘策なら俺にもある」


 取り乱していた鋼太郎を掌で制す。

 実は策なら既に考えていた。……出来ればやりたく無かったのだが、背に腹は変えられない。多少の犠牲は出るだろうが助かる道はある。


「信じていいのか?」

「ああ、正直これしか手は無いと思う」


 タイミングさえ合えば勝算はある。一発勝負になるだろうが覚悟はもう決まっていた。





 さて現在。俺達は先程の林から抜け、菊谷達を追い回したあの道路を逆走に歩いている。


 迎えのヘリは到着したのだが、例によって着陸できる場所が近くに無かったらしい。1キロほど行った先に良いスペースの駐車場があるので、そこまで来てくれとの事だった。


 弘香を担ぐ役は鋼太郎に預けている。俺はと言うと、やたら頑丈そうなキャスター付きの大型ケースをゴロゴロと転がしていた。

 本来は楽器や音響機材を運ぶ為のケースだろうが、今収められているのは「胴体のみの菊谷氏」と彼から切り落とした「4つの手足」である。


 一見、バラバラ死体のようになっている彼を無防備に剥き出しのまま運ぶ訳にもいかなかった。万が一誰かに目撃されると通報されるだろうからだ。

 まあ、こんな人気のない夜道に、眠っている少女と謎の大型ケースを運んでいる時点で怪しさ満点の絵面なのだが。それでも、死体を運んでいると勘違いされるよりは大分マシだ。


 大型ケースなんて都合の良い代物が一体何処にあったのかという話だが、菊谷氏らが乗っていたワンボックスカーに積んであった。恐らく、弘香を引き渡す時に使用するつもりだったのだろう。中にはクッションが敷き詰められており、呼吸できるように小さい穴も空けられていた。

 丁度良いので有り難く使わせて貰っている。用意した菊谷氏も、まさか自分で入る事になるとは思わなかっただろう。



「ところで弘香はまだ起きねえの?」


 ゆるーい傾斜の下り坂に差し掛かったので、ちょっとケースから手を離してみる。予想よりも勢いよく転がり始めたので、慌てて追い掛けて止めた。


 すまん菊谷、少し魔が差した。


「……起きる様子はねえな。まあ、呼吸も脈もしっかりしてたから、直ぐにどうこうの心配はいらねえだろ」


 鋼太郎に担がれてる弘香は未だに目覚める様子がない。あれだけ派手なカーチェイスに巻き込まれ、拳銃の発砲音に晒されたにも関わらずだ。

 恐らく何らかの薬を使用されたのだろう。心配いらねえと鋼太郎は言うが、流石にここまで反応が無いと少し不安にもなってくる。


「自然に目覚めてくれる事に越した事はないが、村に着いても起きなかったら反転通を使えばいいさ。多分それで起きる」

「効くのか? 普通に寝ているだけなら別に病気って訳でも無いんだし」

「『睡眠』と『昏睡』は別物だろ。外部刺激に反応がないなら意識障害と解釈できる」

「……ふむ」


「身体に起きてる"異常"を反転させるのが『反転通』だ。意識障害は立派な身体の異常だろ。……薬によるものだとしても関係ねえ。以前に薬物中毒による意識障害者を治した事があったが、それと似たようなもんだ」


 ……まあ正論である。「鋼太郎の癖に小癪な」とも思ったが、今のは馬鹿な質問をした俺が悪い。


 敢えて言い訳をするのなら実務経験の差であろう。鋼太郎は大学に通わず(正確には落ちたので通えず)既に承和上衆として正式に働いている。毎日多くの患者と接している為、こういった状況の判断には慣れているのだろう。

 奴がそこまで言い切るのなら任せていいかと思った。



「ま! いつも騒がしいお転婆娘だからな。寝て居てくれた方がこっちは静かで助かる」


 カハハと冗談を飛ばす鋼太郎だが、その台詞を聞いた俺はハテ?と小首を傾げる。


 弘香がお転婆娘?


「弘香ってそんなに騒がしい奴だったか? 俺の記憶だと結構大人しい印象なんだけど」

「ンな訳ねーだろ、姉達にあれだけ甘やかされて育ってんだぞ。我儘とお転婆のハーフ&ハーフ、モンスターシスターと言い換えても良い」


 ……えらく認識に差があるな。いやでも、そこまで言うかね。何だそのモンスターシスターってのは。

 鋼太郎曰くだが、先日も同い年の男の子と取っ組み合いの喧嘩してただの、高い屋根に登って大人達をワタワタさせただの……なんか色々ヤンチャしているらしい。


「イメージ湧かねえなぁ」

「寧ろなんで知らねえんだよ。俺相手だと生意気にも呼び捨てにしてくる位だぞ」

「鋼太郎には気を許してるって事じゃないのか?」

「それ、素が晒されてねぇお前は隔意を持たれてるって事になるが……」


 それだとちょっとショックである。まあ言われてみれば、確かに弘香とそんなに絡んだ記憶は無いのだが。

 いや、それでも新年の承和上衆の集まりとかで、他の子らと一緒に遊んだりしたぞ。その時もあの子は普通に行儀良い方だったと思う。

 懐かれていないと言われればそれまでなのだが。


 本当に活発な子だと言うのなら、誰にでも分け隔てなく接して欲しいものだ。…………いやいや、大学生が小学生にそんな注文をするのもおかしいか。


「それか逆にお前の前ではカマトトぶってんのかもな。一丁前に色気付いてんじゃね?」

「うーん、そっちの方がまだマシだな」


「……ロリコン」

「うぉい待て、てめぇ今ボソッとなんつった?」

「姉達に報告しておこう」

「やめろ! それは洒落じゃ済まなくなる!」


 誤解も甚だしいので風評被害を煽る真似はやめて欲しい。鞠香さんと漆香さんの前では特にだ。風評被害どころか格殺される。


「まあ冗談は置いとくとして……」

「オイ、本当に冗談だろうな? そう言うノリの奴がポロッと漏らすのがお約束だが、今回はマジでやめろよ?」

「……それは振りか?」

「ンな訳ねーだろ てめぇマジでぶっ飛ばすぞ」



 ────閑話休題。


「でもまあ、弘香に対して詫びを入れたい所ではあるな。犯人ひとりを取り逃がしたのは兎も角、救出が遅れた事に関しては言い訳出来ねえよ」


 それは確かに言えてる。

 事が誘拐と言う犯罪だっただけに、眠らされる以上の危害を加えられる可能性だって十分にあった。結果的に弘香は無事だったが、下手したら手に掛けられるなんて最悪の事態もあり得たのだ。

 だからこそ求められたのは、安全を考慮した上での最速の解決だったろう。それを俺達は為し得なかった。例えどんな理由があろうとも、これについては戦犯モノだ。

 

「もちろん俺達は警察プロじゃねぇが、上は警察よりも神通力のチカラを信用した。その判断自体は間違って無かったと俺は思う」

「反省はすべきだな」

「もしかしたら、これを機に警備体制の見直しや神通力による戦闘強化訓練なんてのもあり得るかもな」


 承和上衆の存在意義は治療の行使にあって、武力をひけらかす戦闘集団ではない。「反転通」以外の技は本来必要としない代物だ。身に付けている理由はあくまで最低限の自衛手段としてに過ぎない。


 だけど、この程度の危機意識では最早甘いと言えるだろう。2500万人規模の支持母体の存在が不届き者への抑止力になってはいるが、それを意に介さない奴だって中にはいる。

 反転通だけでもその有用性と希少性は今更言うまでもない。これからも狙ってくる輩が増える可能性は十分にあった。


 戦闘性の高い能力、「練体通」や「念導通」の存在は世間に公表されていないのだ。狙ってくる側からすれば、山白村は鍵無しの金庫に見えてもおかしくはないだろう。

 チンピラ程度に遅れを取る我々ではないが、賊の母数が増えれば「万が一」の確率は上がってくる。今日なんかが良い例だ。


「いっそのこと、練体通や念導通も公表しちまえば良いのに。よっぽどの怖い物知らず以外は、おいそれと手出しして来なくなるだろ」

「その場合、俺達はいよいよ人間扱いされなくなる。それに、武力そっち方面にも興味を持たれてしまったら、余計な敵が増えるかも知れねえ」


「……人間扱いについては今更な気もするがな」


 俺がそう言うと、鋼太郎は少し肩を竦めた。


「まあとにかく、神通力の認知度は良くも悪くも年々高まっている。訪問者は増加、村も順調に発展……その分トラブルは年々増える一方だ」

「……気苦労を察します」


「他人事みたいに言うんじゃねーよ。この際だからハッキリ言うが、お前を大学で遊ばせておく余裕なんてコッチにゃ無えんだ。さっさと戻って来い」

「嫌なこった、俺はキャンパスライフを満喫する」


 当然ながら、承和上衆は完全なる世襲制だ。

 そこに産まれ落ちた瞬間、その子が将来に何を望もうが「救命の最後の砦」に従事する義務は既に課せられている。村で生き、村で死ぬ運命から逃れる事は出来ない。

 その代わりというか、せめてもの権利として許されているのが大学等に進学した場合の一人暮らしだ。期間限定ではあるが、見聞を広げるという意味でも村外での長期生活が認められている。


 そう。今まさに俺は、一生に一度の貴重な気まま生活を送っている最中なのだ。もちろん満期終了まで辞めるつもりなど毛頭ない。


「どうなろうと、あと2、3年で村に帰る事になるんだ。それまで辛抱してくれ」

「ならん……テメェも早く『籠の鳥』となりやがれ」


 どうやらこの男、俺が満喫ライフを送っている事を相当根に持っているらいしい。


 だが、滑り止め含め全ての大学に落ちたのは奴の完全な自業自得だろう。本人曰く、浪人生になって自由期間を伸ばす目論みだったそうだが、結局奴の親父さんに連れ戻されたそうだ。

 見通しの甘い奴である。何処でもいいから入学して、ワザと留年した方がまだ可能性はあっただろうに。




 ──それにしても、「籠の鳥」って表現はちょっと卑屈過ぎるだろう。いずれ舞い戻る人間からすれば、辞めて欲しい言い方である。


 ……まあ、間違っちゃいない。俺も鋼太郎もそして弘香も、狭い村の中で生き甲いを探さなくちゃならないのは本当だ。

 俺達にしか出来ない重要な責務なのは分かっている。しょうがないと頭では理解しているつもりだ。

 けど心情としては、自分で将来を決められない人生に少しも不満が無いと言えば嘘になる。歳を重ねればいずれは納得するのだろうが、若い内くらいもう少し自由させて欲しいものだ。


「ひょっとすると弘香がお転婆な行動をとるってのも、この子なりの不満の発散だったりしてな」

「いや、多分素の性格がアレなんだと思うぞ。あとやっぱ、姉達の甘やかしが悪い」

「……いや、決めつけるなよ。わかんねーだろ」





--





 奇跡的なグッドタイミングというのは、起こる時には起こるもので。



 そろそろ弘香を起こそうかと反転通を練ろうとした時である。それまで人形の様に身動き一つなく眠っていた彼女から「うーん……」と可愛らしい声が上がった。

 どうやら薬の効果がやっと切れてくれたらしい。試しに軽く揺すってみると、大きめの目蓋がゆっくりと開き、傾いていた首がムクリと持ち上がった。

 眠り姫の漸くのお目覚めである。


 暫くぼぅっとした感じで寝ぼけ顔を晒していたが、コシコシと目蓋を擦った所で今の状況に疑問を持ったのだろう。

 だんだんと顔が混乱の色に変わり始めていたので、トントンと軽く肩を叩いて此方に気を引かせてみる。


「…………恭介くん?」

「よっす、弘香。久しぶり」

「………………わ! え!? あれ、なんで??」


 努めて明るい雰囲気で声を掛けるが、彼女は余計に混乱したようだった。何か急にワタワタしている。──いや、そりゃそうか。知った顔とは言え、目覚めていきなり目の前にいたら誰でもこうなるだろう。

 どう説明しようかなぁと逡巡していると、鋼太郎も弘香に声を掛けていた。


「体調の方は大丈夫みたいだな。何があったか分かるか?」

「あ、鋼太郎もいたんだ」

「……だから何で俺だけ呼び捨てなんだよ」

「? 鋼太郎だし」


 中々見どころのある回答である。

 鋼太郎に気を許しているという予想はどうやら当たっていたらしい。弘香の混乱も少しではあるが落ち着いた様子だった。


「んー、あたし何で寝てたんだろ? 確か下校中で…………? 覚えてないや」


 そしてどうやら、自分が誘拐されていたという事に気付いていないみたいである。

 薬かショック体験による健忘の可能性も否定出来ないが、覚えていないのならそれで良い。誘拐体験の記憶なんぞあったところで百害あって一利なしだ。


 結果的にではあるが、反転通を使わずに済んだのが幸いだったのかもしれない。反転通は身体のあらゆる異常を反転させる。記憶障害もだ。

 トラウマになりかねない記憶ならば下手に刺激しない方が良いだろう。いずれは思い出すのかもしれないが、出来ればそのまま何も知らないでいて貰いたいものだ。


 俺と鋼太郎は互いに目配せしてコクリと肯き合うと、事前の打ち合わせ通りに話を進める。


「じゃあ質問を変えようか。弘香、今日が何の日か覚えているか?」

「…………あたしの誕生日。……えと、これってお祝いなの? なんか車の中すっごく豪華だし」


 そう答えて弘香はキョトキョトと周囲を見回した。

 それに倣って俺も改めて室内を見渡すが、改めて見てもその空間は弘香の言った通り「豪華」の一言に尽きる。


 白を基調にしたとても綺麗な内装だ。

 所々に木目調もあしらわれており落ち着いた雰囲気を演出。肘掛付きのシートは搭乗者同士が向かい合う対面式にも関わらず、お互いが足を伸ばしてもぶつからないくらい広々としている。

 中央に固定されたミニテーブルには小型冷蔵庫が内蔵されているらしく、そこに入っていたシャンパンを鋼太郎はグビグビと飲んでいた。


 まさにラグジュアリーな空間。VIPにでもなった気分である。


 だが弘香は二つほど勘違いをしている。

 一つはここが車の中ではないという事。確かにこの空間は、映画で見るような高級リムジンに見えるかもしれない。目覚めて直ぐだから把握出来ていないのだろうが、実際には車なんかよりもっと豪華な代物だ。


 そして勘違いの二つ目は、この豪華な空間だけが誕生日のサプライズではないという事である。


「弘香、窓の外見てみろ」

「……? 暗くてよく分かんないよ?」


 壁一面に広がる大きな窓を指差すが、室内と俺達の姿を反射していて外の様子はよく見えない。室内の照明が強すぎて反射光が景色を遮っているのだ。

 ならば話は簡単で、俺は手元にある室内灯のスイッチを切った。


 成り行きで思い付いた案ではあるが、これが俺達から弘香への誕生日プレゼント。そして救出が遅れた事に対してのせめてもの詫びだ。






「…………わぁぁぁあ!!」




 数瞬の間の後、弘香の歓声がヘリコプターのキャビン内に響き渡った。










 



第一章 「美しい夜景は何も家族や恋人と見ないと駄目な決まりは無い」 完



出演  戸塚恭介


    丹生鋼太郎


    不和京司


    菊谷善二


    菜々瀬弘香


    菜々瀬鞠香


    片岡直奈


    雛川先輩



脚本  梅しば


演出  梅しば



主題歌 「Now Hiring」



スペシャルサンクス 


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監督  師匠




神通力は人を救うが同時に世界を掻き乱す













 パイロットには、夜景の綺麗な所に立ち寄って貰うよう事前にお願いしていた。


 迎えのヘリがVIP仕様の豪華なものになった理由は、鋼太郎の口利きのお陰である。と言っても、本人曰く半分冗談のつもりだったらしいのだが。追跡中の飛び降りる間際に「帰りはゆったりしたいから、寛げそうなの用意してくれ」と注文したそうだ。


 まあ、結果的に弘香へのプレゼントに一役買ってくれたので良しとしよう。


 サプライズは大成功だ。弘香はずっとキャビンの窓にへばりついて外の夜景を楽しんでいる。興奮のあまり「凄い!」の台詞をたくさん連呼していた。

 成り行きの思い付きとはいえ、ここまで喜んでくれるならやった甲斐があるというものだ。



 承和上衆の子どもは、高校卒業まで一人で村の外に出る事を許されて無い。それは安全性を考慮した措置なのだが、そのせいで映画館もボウリングもゲーセンも水族館も動物園も。彼らにはレジャー施設と呼ばれる所に遊びに行く機会なんて中々無い。

 だから誕生日などのお祝いでは、形に残る物よりこういうアトラクションを用意した方が喜ばれる。俺自身にも経験のある話だ。まあ、ここまで豪勢なのは滅多にやらないのだが。


 鋼太郎は俺達の境遇を「籠の鳥」と表現した。それ自体は間違って無いと俺も思う。


 だが、偶にくらいなら良いだろう。

 籠の鳥が空高く飛んでみたって。






「…………さて、と」


 大きく伸びをして俺は立ち上がった。


 シートベルトは既に外してある。本来フライト中に外しては駄目なのだが、今からする事の為には外さなくてはならなかった。


 無事に弘香を助けて、目覚めを確認し、プレゼントもしっかり渡せた。色々大変な一日だったが、取り敢えずのハッピーエンドを迎えられて良かったと思う。


 感慨深い思いと共に、どこか達成感も感じていた。



 ……だけど、まだだ。まだ俺にはしなくちゃならない事がある。



 恐らく俺の人生史上、最速の動き。

 練体通はしっかりと練れていた。


 いくら広いと言っても、所詮はヘリのキャビン内。座席から扉まではたったの一歩で事足りる。辿り着くと俺は素早く安全装置を解除し、扉のレバーを思いっきり引いた。

 途端、機内に舞い込んでくる凄まじい強風。反対側の窓にへばりついていた弘香が驚いて振り返ってるだろうが、今はそれに一瞥をくれる余裕はない。



 そう、


 直感で理解していた。



 俺は今、分水嶺に立たされているのだと。


 それも生半可なものではなく、選択次第で「生きる」か「死ぬ」かの瀬戸際に追い込まれるやつだと言って良い。


 無論、俺が望むは「生きる」の一択。


 当然だろう。こちとら、楽しいキャンパスライフを送っているだけの唯の学生だ。悲劇モノの主人公じゃあるまいし、死を選ぶほどの悲壮なんて元々抱えちゃいない。


「死ぬ」を選択するなど甚だあり得なかった。

 その上、選択すべき「生きる」の方法は、阿呆でも理解できるほど非常に分かりやすいものである。



 ここから一歩踏み出せば…………



「させるかぁぁぁああああ!!!!」


 しまった!



 異変を素早く察知した鋼太郎に背後からガシリと組み付かれてしまった。不覚にも、俺は飛び降りるのを一瞬躊躇してしまったらしい。先のトラウマが原因か。

 覚悟はとうに決めた筈だったのに。


「おいおいおいおい、恭介さんや。一体何をするつもりだったのかね? まさかまさか、飛び降りるつもりだったのかな?」

「誤解ですな、鋼太郎さんや。俺はただ外の空気を吸いたかっただけだ。離してはくれんかね?」

「…………」

「…………」




「嘘ついてんじゃねえぞコラァ!! テメェ一人で逃げる積もりだったんだろ! さっき言ってた秘策ってのはコレか!!」

「五月蝿え!! 他に方法が無えんだよ! お前は大人しく犠牲になってろ!!」


「させねえよ! これから弘香の家で誕生日パーティーだ。お前も山白村まで帰って参加して貰うぞ!」

「駄目だ……明日はレポートの提出日なんだ。村には寄れねえ!!」


「明日は日曜だろーが! それにもう明日じゃねえ、だ!!」

「ちっくしょう……! さっさと離しやがれ……!!」


 なんとか逃れようと必死で踠いてはいるのだが、鋼太郎の力が馬鹿みたいに強くて拘束からは全然抜け出せそうにない。奴の練体通は承和上衆でもトップクラスだ。まるで万力で固定されてる気分だった。


 ギギギ……と首だけはどうにか回して鋼太郎の顔を必死に睨む。だが奴は、こちらの視線に気付いてもニヤリと口角を吊り上げるだけだった。


 気持ち悪いからやめて欲しい。生憎とこっちは男から抱きつかれたり、ニヤつかれたりして喜ぶ趣味は無いんだ。


 いや、いいからマジで離れろコイツ。


 しかし悲しいかな。腕を振り回し、足をバタつかせる決死の抵抗も、この男の前では無意味らしい。この場で絞め殺すつもりではないようだが、無情にも時間だけは刻々と過ぎてゆく。


 助けを求めて声を上げるも、そばにいるのは小さな女の子が一人だけ。それも状況が解っていないのか、弘香はポカンと口を開けて俺と鋼太郎の揉み合いを眺めているだけだった。


 これは拙い。このまま時間が過ぎてしまえば、たとえ此処で絞め殺されなくても確実に死が待っている。分水嶺は今、この瞬間なのだ。

 実感した恐怖に全身からブワリと汗が湧いた。


 ──嗚呼、どうしてこうなったんだ。


 ついさっきまでは、仲間と楽しく酒を飲んでいた筈なのに。

 平穏な日常を謳歌していた筈なのに。


 縋るように前方を見ると、それは美しい夜景が遠方の彼方まで広がっている。



……現在、午前0時45分。タイムリミットはとうの昔に過ぎていた。






 ──二章へ続く!

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