第21話 仕事が趣味と言い切れる人が一番幸せな人生を送っていると思う






 退屈な日常は嫌いだ。


 まあそんなもん好きな奴の方が少ないだろうが、僕ほどそれを疎んでいる奴はそうそう居ないと思う。それほど僕は退屈が嫌いだ。


 別に何かきっかけがあったという訳ではない。寧ろ何もきっかけが無かったから、毎日が平穏過ぎたから、こんな考えになったと言うべきだろうか。

 とにかく、物心がついた頃には既に平凡な日常が嫌いになっていた。これは最早憎悪と言ってもいい。


 毎日、毎日、毎日、毎日。

 勉強にしろ仕事にしろ、遊びにしたって似たような事の繰り返し。他の人はよくもまあ飽きないものだと逆に感心する。



 だから僕は殺し屋になった。

 渇望していた非日常を追い求めて。


 ……まあ、なれたのは本当に偶然だったんだけど。普通、殺し屋なんてなりたいと願ったところでなれる職業でもない。

「いずれにせよコッチの世界に足を踏み入れてたと思うぜ」とは師匠の弁だが。


 師匠には感謝している。あの日、止めてくれなければ僕は母さんを殺していた。

 依頼され、お金を貰わなければ唯の殺人鬼。そんな基礎概念から始まり、今日まで教えて貰った事は価値観、技術ともに今の僕を支える礎だ。

 片親だった僕にとって、あの人は恩師と同時に父親とも呼べる存在である。



 ハードで楽しい2年間の猛特訓を経て、師匠からは様々な仕事が与えられた。殺し、誘拐、恐喝、詐欺、工作etc……。

 肩書きは殺し屋だったが、実質やってる事は何でも屋に等しい。まあ色んな仕事をやらせて貰う方が退屈しないし、楽しいので僕としては大歓迎だったのだが。


 しかし困った事に、そんな生活も7年目に突入すると少し……いや、というか正直言うとだいぶ「飽き」を感じて来ていた。

 自分で言うのも何だが、少々腕を上げ過ぎてしまったのが原因かもしれない。どんなに危険な仕事を与えられても歯応えが無く、面白味を享受出来なくなっている。

 任務が失敗に終わった事は一度も無い。それ自体は誇りであるが、同時に退屈を強める要因にもなっていた。




「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」


 修行時代にも似たような事を何度かやったが、夜中の山林を駆け回るというのもシンドいものだ。

 茂る雑草に足を取られ、空を覆う木々が進むべき方角を惑わせる。大した距離を走っていないのにだいぶ息が上がっていた。さっきから脇腹の痛みが収まらず、繰り返し吐き気を催している。


 僕は今、初めて「敗走」していた。


 相手が悪かったと言えばそれ迄なのだが、まさかここ迄コテンパンにされるとは。

 誘拐が失敗したのも勿論だが、逃走にしたって何者かが用意した「お助けアイテム」が無ければ不可能だっただろう。実質、今回の僕は何も出来なかったと言っていい。それ程までに相手とのスペックに差があり過ぎた。



「はぁ、はぁ、ゴホッ、ウェェ……あーー……」



 ……どれほどの時間、彷徨い走ったかは分からない。やっとの思いで再び道路に出れた頃にはすっかり体力が底を突いていた。


 車で逃走してた時とは別の道路らしく、碌に看板すら建っていない侘しい道である。

 唯一ポツンとバス停が置かれており、それを切れかけの街灯が照らしていた。側にはボロボロのベンチ。

 街灯の灯りで沢山の羽虫が群がっていたが、疲れてどうでも良くなっていた為、無視してドサリとそのベンチに倒れ込む。

 その際、再び脇腹に痛みが走った。


「疲れたし、痛いし、キモチわるい…………なのに腹減った。……ボルガライスかハントンライス食いてえ」


 などとボヤいていると、道の奥から一人此方に近づいてくる気配があった。一瞬追手かと肝を冷やしたが、その人物が発した声には良く良く聞き覚えがある。


「あーいたいた、お疲れさん。迎えに来たぞー」

「師匠……よく此処が分かりましたね」


 起き上がるのは億劫だったので、首だけ持ち上げて確認する。目に映ったのは笑みを浮かべながら此方に歩いてくる我が師匠。近付いて来ると、どっこいせと寝ている僕の隣に腰掛けた。


 手に持っていたペットボトルをプシュッと開けて此方に差し出してくる。


「取り敢えず飲め。喉渇いてるだろ?」

「……炭酸苦手なんですってば」


 コーラは勘弁して欲しい。差し入れ自体は嬉しいのだが、自分が好きな物しか持って来ないその癖は直して欲しいものだった。



「お前の位置はスマホのGPSで分かった。迷子になってるみたいだったから回収しに来たんだよ」

「それはどうも。でも、こうしてバス停まで来れましたから、明日の朝には帰れてましたよ」

「そんなボロボロなナリしてたら通報され兼ねねえだろ。は警察とも繋がってる。下手したらまたの追手が掛かるかも知れねえぞ」

「…………」


 やはりと言うか、師匠は今回の件の事情を全て把握しているようだ。少なくとも、アイツら承和上衆が化け物だったと言う事は最初から分かっていたらしい。


「把握と言うか……今回の件、全部俺が仕組んだ」

「……は?」

「木戸川会を巻き込んだのは成り行きだったんだがな」



--



 切っ掛けは十数年前にまでに遡るらしい。


 当時、師匠はとある暗殺の仲介をしたらしいのだが、送り込んだプロが尽く行方不明になったそうだ。

 何度腕利きを送り込んでも暗殺は失敗。仲介した殺し屋は全員、音信不通のまま帰って来なかった。


 不審に思ったのもそうだが、このままでは仲介役としての沽券に関わるとして師匠自ら色々と嗅ぎ回ったらしい。しかし明確な情報を得る事は出来ず、とうとうクライアントからの連絡も途絶えてしまったそうだ。


 そこで引いて置けば良かったのだが、師匠は調査を辞めなかった。プライドとかでは無く、単純に好奇心が抑えられなかったのだとか。

 大変シンパシーを感じる。結構、師匠も僕と似るところがあるらしい。


 調べに調べて判ったことは、当時のかの要人ターゲットは「何故か殺しても死なない」という事だった。先に送り込んだ暗殺者達はどうやら皆、仕事は完遂させていたと言う。


 確かに致命傷は与えた筈。なのに相手は殺した直後に復活してしまう。……そして暗殺者はいつの間にか返り討ち。


 入手したカメラの映像や目撃証言を元にそう推論付けた師匠は、とうとう自分の手で裏付けを取ろうとした。即ち、自らの手によるターゲットの暗殺。

 師匠も元は凄腕と呼ばれた殺し屋。嘗ての血が騒いだのか、気が付くとターゲットを暗殺するプランを脳内で練っていたらしい。


 そして結果が完全敗北。


 確実にターゲットの急所を撃ち抜いた筈。なのに標的は普通に復活し、自分はいつの間にか護衛の一人に取り押さえられていた。

 その時の護衛の動きが尋常ではなかったそうだ。完全に人の域を超えた速度と膂力で師匠を圧倒したらしい。

 ……僕にも心当たりというか、直近で凄く身に覚えがある話である。


 拘束され尋問を受ける師匠だったが、隙を見て何とか脱出。その際、手錠を掛けられていた片腕は自らの手で切り落としたそうだ。




「師匠の腕、ちゃんと両方ありますよね?」

「後に治して貰ったんだよ。神通力でな」

「……山白村に行ったんですか。何食わぬ顔をして」

「いや、流石にリスク高えから村には行ってねえ。あの時の護衛が承和上衆だった、というのはもう十分に推測できたからな」


 折角逃げ切れたのにわざわざ捕まりに行くようなものだと、腕は諦めてそこで身を引いたらしい。

 元々引退した身なので別にそこまで惜しくは無かったそうだ。


「だけど結局、神通力で治して貰った……連中には顔を見せられないのに? 一体どうやって」

「トンチみたいな話に見えるかもだが、正解は至ってシンプルだぞ」

「…………?」



「承和上衆以外でも神通力を使える奴がいる」



 …………マジで?


「まあ正確に言うと、その男は承和上衆らしいから、連中と無関係って訳じゃ無え」

「あー……成る程、そんな人もいるんですね」

「普通は出られないらしいが、何とか抜けて今は繋がりは無いそうだ。俺が片腕生活を始めて何年かした時、仲介の仕事で偶々知り合った」


 その時仲良くなって腕を再生して貰ったらしい。そしてそれを機に、師匠は「抜けた男」と強い繋がりを持つようになった。


「面白い男だよ。色々興味深い話をしてくれた。承和上衆の成り立ちから始まり、衆の実態、奴の生い立ち、村を去った理由、そして掲げる理想」

「理想?」

「そう! それがまた馬鹿馬鹿しいというか、餓鬼っぽい話でさぁ、最初聞いた時は呆れちまったぜ」


 そう言いながらも話す師匠はどこか楽しそうだった。

 ……少し驚いた。こんな顔をする師匠は見た事がない。まるで童心に帰っているかのようだ。


「いつの間にか俺も奴の『計画』に乗っちまってた。片腕の恩義ってのもあったが、それだけじゃねえ。単純に面白そうだと思ったんだよ。残りの人生、それに捧げても良いと思えるくらいにな」



 

 ムクリ、と起き上がろうとしたが無理だった。そんな面白そうな話はちゃんと聞きたかったのだが、脇腹が痛すぎて力が全く入らなくなっている。

 飲んでない差し入れのコーラをアイシングの代わりに患部に当ててみた。あんまり効果は無さそうだが。


「痛むか? お前にしては手酷くやられたな」

「逃げる直前、不可視の攻撃を喰らいました。内部に響くというか……内臓ヤバいかも」


 放ったのは恐らくペイント弾を防いだ男の方だろう。仲間がヤラれて大分焦った様子だったが、煙幕が視界を覆う寸前でしっかり攻撃を仕掛けていたのだ。

 何か来ると察知は出来たが不可視故に躱し切れず、結果このザマである。

 逃げ切れはしたが、多分それは手加減されたからだ。彼が殺すつもりでやっていれば僕は確実に死んでいただろう。


「あれも神通力なんですよね……。超人的なパワーやスピードといい随分と巫山戯た連中ですね」


 そして面白い奴らでもある。師匠が夢中になるのも分かるというものだ。


「そう、だから逃げ切れただけでも大したもんだよ。たとえ手加減されていたとしてもな」

「…………菊谷さん無事かなぁ」

「ああ、彼は今回一番災難だったな。まあ捕まっても殺される事はないだろ」


 まるで今夜のことを全て見ていたかのような口振りである。そう言えばこの人、全部俺が仕組んだとか言っていたよな。



「あー……今日の誘拐任務はな、言ってみればの承和上衆の戦力を知る為の威力偵察だったのさ。『計画』では承和上衆とバチバチの全面戦争になる予定だからな」

「…………アレと?」

「実行はまだまだ先だ。面子も全然揃ってねえからな。だが情報収集は先にやっとかないとならねえ。なんせが承和上衆を抜けたのは20年以上前らしいからな」

「だから適当な組織をぶつけて現状の戦力を測ろうとした、と」

「その通り。最初はデカい密輸業者を嗾けようとしたんだ」


 その時丁度、その密輸業者に取り入ろうとする奴らに偶々目が止まったそうだ。木戸川会である。

 小組織ゆえ役者不足と最初は思ったらしいが、結局彼らが当て馬に任命された。あまりデカい組織をぶつけても、騒ぎが大きくなり過ぎてコントロールが効かなくなる。そう思い直したらしい。

 

 仲介者として木戸川会に近付き、アレコレ吹き込んで密輸業者と引き合わせる。業者側とは予め口裏を合わせていたらしい。

 利害は一致していたそうだ。業者側としても折角慎重に商売していたのに、「小蝿」にブンブンとたかられるのは鬱陶しかったのだろう。

 だからといって表立って叩き潰す訳にも行かない。小物ヤクザでも潰せば必ず警察が動くからだ。

 

「業者側には上手く誘導して貰って、木戸川会を承和上衆に嗾けさせた。承和上衆が木戸川会を潰したところで警察は動かねえ。裏で繋がってるからな」

「……木戸川会幹部の知り合いの知り合いの知り合いの知り合いって師匠だったんですか」

「3つ目の知り合いを金で釣ったんだ。そこまで離れてたら他人と一緒だろ」



 菊谷さんが最初に使う予定だった車。それを盗み、組の車を使うように仕向けたのも師匠の仕業だそうだ。

 何処の誰による犯行かのヒントとして、承和上衆が直ぐ動けるようにする為の御膳立てだったらしい。


「カメラと盗聴器はイヤというほど設置したんだぜ。お前も気付いてなかっただろ」

「まったく分かりませんでした。流石に機械の視線は『気配』ありませんからね」

「無理もねえ、最近は火災報知器型やハンガー型……中には親指サイズの超小型なんてのも普通に出回ってる」


 貸し倉庫、車、事務所、保有する店舗。全ての箇所に死角なく設置したという。


 仮にもヤクザの施設だろうにどんな神業だよ。……まあ、出来る人を雇ったのだろう。職業柄、人脈は豊富だろうし。


「お陰で良い絵が撮れたぜ。特にお前らのグループは最高だった。ハリウッド映画にも引けを取らねえと思ったくらいだ」

「金取りますよ?」

「馬鹿、俺は監督だ。自分の映画観るのにチケット代を出す監督なんて居ねえだろうが」


 どうやら正解だったらしい。

 何が? あの時、逃走中の車の中で「見えない所から影で楽しんでいるという雰囲気がひしひしと感じられる」という感覚がだ。


「車の中にあったお助けアイテムも……」

「俺が用意した。役に立っただろ?」

「なんでまた、あんな周りくどい隠し方を……もし、菊谷さんが問題解けなかったらゲット出来なかったんですけど」

「ゲット出来なかったらそれ迄だったかもな。そこも含めてのゲームだ」


 ゲーム。


「お前はどうなんだ、ちゃんと楽しめたのか?」




 ……嗚呼、そうか。

 今更ながら気が付いた……成る程、僕も察しが悪い。


 今回、僕がこの仕事に送り込まれた理由。

 師匠は見抜いていたのだ。最近の僕が退屈してるという事に。どんなに危険な仕事をこなしても歯応えが無く、面白味を享受出来なくなっていたという事に。

 もう正直、裏稼業には見切りをつけていた。今日の仕事が終わったら足を洗おうとも考えていたくらいに。


 今日の出来事を思い返してみる。


 馬鹿でかい気配に衝撃を受けて、ギリギリのタイミングで逃走して、ヘリで追い掛けられて、足で追い掛けられて、激突して、車を素手で止められて、車ごと運ばれて、手足を切り落とすと脅されて、逃げる直前に不可視の攻撃を喰らった。今も超痛い。


 ────楽しめたかだって?



 どっこいせとベンチから立ち上がった師匠は、此方を振り返りながらニヤリと嗤った。


「『計画』にはお前にも参加して欲しかったんだが、無理にとは言わねえ。嫌なら辞めても……」

「嫌じゃ無いです、楽しかったです、参加します参加します参加します参加します参加します参加します参加させて下さい、置いて行かないで下さい、やらせて下さい、何でもやりますから」


 痛む身体を無理矢理動かして僕は師匠に懇願していた。

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