第19話 雰囲気に流されて見栄を張っていると後悔する一例




 どうしますか?


 そう言わんばかりに両の手を広げている青年。彼がたった今、提示した「取り引き」に俺も鋼太郎も唸らざるを得なかった。

 このまま犯人を捕らえてめでたくハッピーエンド。そう思っていたのに、突如降って湧いた二つの選択肢。黒幕を差し出す代わりに自分達を見逃せ、という青年の提案に乗るのか、反るのか。


 なんともまあ、面倒臭い展開にしてくれたものである。それも無視出来ない内容なだけに、質が悪かった。


「判断が難しいようであれば、あなた方の上司に確認されては如何です?」


 黙ったままの俺達を見て、そんな提案をしてくる始末だ。

 普通、命乞いをする立場だったら、現場の人間だけで話を済ませたがりそうなものなのだが。どうやらよっぽど自信があるらしい。

 鋼太郎は何か考え込んでいる様子だったので、代わりに俺が口を開く。


「あんた、さっき『時間が無い』って言っていたよな? それについてちゃんと詳しく説明しろよ。それがハッキリしないことには判断出来ねえだろ」



 黒幕が本当に存在するのなら「上」としても捕らえたい所であろう。

 しかしその情報を得るだけならば、コイツ等や既に捕らえた他の木戸川会の連中から後でじっくりと引き出せば良い。

 個別に尋問なり取り引きを交わす等をして、それぞれから引き出した情報を擦り合わせる。各々の証言に矛盾点が無いか精査すれば、より信憑性の高い情報を纏められるだろう。

 

 今、急いでこの青年の取り引きに応じる必要は本来無い。それでも俺達が頭を悩ませている理由は、青年が放った「時間が無い」の一言に尽きた。

 その内容如何によっては、本当にこの場で取り引きに応じる必要があるかも知れない。


 どうなんだ? と逆に問う俺の視線に青年はコクリと頷いて答える。


「ごもっともな意見です。ですが、その理由は簡単。……実は我々、その黒幕の正体を知らないのです」


「……は?」

「ついでに言うならば、此方から先方への連絡手段も存在しません」

「おいおいおい、それでよく黒幕を差し出すなんて言えたなぁ。正体が分からねえ、コンタクトも取れねえ、じゃ差し出しようが無いだろ」


 鋼太郎が呆れた声を上げる。

 だが俺には何となく、青年が言いたい事が理解出来た。一瞬、頭の中に?マークが踊ったが少し考えれば解ることだ。


「待て鋼太郎、つまり『時間が無い』ってのはそう言う事なんだろ」

「あん? …………あーー、成る程。引き渡しのタイミングか」



 グルである筈の青年らが、黒幕の正体を知らないと言うのもおかしな話だ。

 だが本当だとすると鋼太郎が言った通り、黒幕の差し出しなんぞ本来は不可能。

 だからこそ、タイミングが唯一接触できるチャンスだと言いたいのだろう。


 青年は自分達が運び屋だと言っていた。このまま俺達を弘香の引き渡し予定場所まで案内するから、そこで黒幕を取り押さえろと。

 確かに、それなら正体を知らなくても差し出すことが出来る。そして時間が無い理由にも得心が行った。


「相手方がどれほどの人数で来るのかは知りませんけど、あなた方の『チカラ』を持ってすれば全く問題無い筈です」

「捕まえるのはセルフでやってくれってか。随分とサービスの成って無え取り引きだな」

「申し訳ありません。でも、悪い話では無いでしょう?」



 さて、どうしよう。


 正直、奴が言うように悪く無い取り引きだと思った。

 一応、別案もある。わざわざ取り引きなんてしなくても、時間と場所を吐かせればというやり方だ。──脅し然り、拷問然り。

 だがしかし、流石にその手は可哀想過ぎるだろう。


 誰が? もちろん俺がだ。


 拷問なんてアレ、やる方も精神が削られると聞くし。

 さっきは神通力を使い過ぎて感覚ズレてたけど、今の俺は冷静な平和主義者だ。今日はもうイリーガルでバイオレンスでデンジャーな出来事は勘弁して欲しい。これ以上疲れるのも絶対御免だ。

 取り引きで済むならそれに越した事はないだろう。黒幕の拿捕役がまだあるが、それは承和上衆の別の誰かに押し付ければ良い。



 若干投げやりぎみな思考……というより楽そうな方向へ意識が傾いている間、鋼太郎は青年と会話を続けていた。


「依頼だか命令だか知らねえが、正体が分からねえ相手の言う事を良くもまぁ聞けたもんだな? 事情は知らねえが、テメェら仮にも一本を貫いていた昔気質のヤクザだろうに」


「貫くにも限界ってモンがあるんです。相手の波が高すぎたら我々の小舟ではどうしようも無いんですよ。『海運裏の王』と言う通り名の組織をご存知で?」

「………………ああ、名前くらいなら」


 ちょっと待て。

 今の間は絶対に知らないだろ。恥ずかしいから、変なプライドで意地を張るな。


「……極東全域に密輸網を広げる、闇シンジケートの大物です。規模が巨大にも関わらず、中枢の実体は裏社会でも謎のまま。表向きの顔もあるのでしょうけど、相当慎重に使い分けているみたいです」


「ハッ、そりゃまた偉えモンと関わったな」


「随分と余裕ですね……他人事みたいに言ってますけど、狙われているのはあなた方なんですよ?」


「俺からしたら、ソイツらにもお気の毒様と言いたいね。相手が高波ならコッチは大型空母だ。その程度じゃビクともしねえよ」


 ……いや、結構引っ掻きまわされたと思うんだが。

 さっきからちょいちょい見栄を張るの辞めろ。


「……僕たちは只々呑まれるしかありませんでした。弱小の我々が彼らの密輸ルートに一枚噛ませて貰おうとしたのが間違いだったのでしょうね」


「で、良いように使われてたって訳か」


「手を出した側の身でありながら、都合の良い願いを言ってるとは存じています。──ですが、我々にとっては奴等と縁を切る又と無いチャンスなんです。どうか取り引きについてご再考を」


 そう言って青年は深々と頭を下げた。

 見ると金髪の男もそれに倣って頭を垂れている。地面に擦り付けんばかりの勢いだった。

 そっちの世界の事など俺にはよく分からないが、ヤクザがこうも他人に遜るなんてよっぽどの事なのではなかろうか。

 ……まあ、当然か。組の命運は今、俺達が握っているも等しい訳だし。



「話はよく分かった」


 鋼太郎は大儀そうに肯きながらそう述べた。腕を組んでの仁王立ち。偉そうである。


 経験上、コイツを調子に乗せると碌な事にならない。なので犯人達もあまり遜らないで欲しい。

 そう述べようとした所でカッと目を見開いた鋼太郎は叫んだ。



「だが断る!!」



 青年も金髪も、ついでに俺も唖然とする。当然だ。

 スベっているぞ、鋼太郎よ。




--




 犯人二人は固まっていたので、代わりに俺が聞いてやった。


「いいのか? 上への確認を取らずに決めて」

「必要無えよ。こいつは乗る価値が無え取り引きだ」

「ほほう、その心は?」

「三つある」


 鋼太郎は此方にビッと指を3本立ててきた。

 聞こうじゃないか。


「まず第一に……引き渡しの場所まで行ったとして、そこに黒幕中枢の人間が来る可能性は低い。相当デカい組織なんだろ。使い捨てが効く、使い走りの末端が来るに決まってる」


 そいつ等みたいにな、とヤクザ二人を顎で指しながら述べた。

 確かにそれは俺も考えた。聞けば相当慎重な組織みたいだし、足跡を辿り難くする為に中継を多く用意している可能性は高い。

 承和上衆の利用と希少の価値は非常に高いだろうから、お偉いさんが直接見に来る可能性も無くは無いだろうが。まあ、だいぶ薄いだろう。


「芋づる式って言葉があるだろ。辿っていけばいつかは到達するんじゃね?」

「そう上手く行かねえっての。絶対どっかで途切れるようになってる筈だ」


 ごもっともで。


「で、第二に『時間が無え』のは俺達も一緒だ。弘香を制限時間内に届ける事が、今の俺達の最重要任務だって事を忘れちゃならねえ」


 …………うん、それについては激しく同意である。


 黒幕の追跡において別の承和上衆に事を頼むにしても、引き継ぎに手間取れば例のタイムリミットに間に合わぬ可能性は高い。

 ただでさえ、間に合うかどうか微妙な状況なのだ。この天命を全うしなければ俺達の命に関わってくると言うのに。

 今更、不確定要素を増やして時間を取られる訳にもいかない。お姉様方に事情を説明した所で時間の延長なんて認めてくれないだろう。先刻の電話で十分理解しているつもりだ。

 ……彼女らは既に相当


 俺のコクコクという肯きに対し、鋼太郎も深刻そうに肯き返した。


「そして三つ目の理由なんだが……」

「いや、十分だぞ鋼太郎。もう反対なんてしねえよ」

「まあ聞けよ。これが一番面白え理由なんだ」


 今の流れで面白いもクソもないだろうに。俺の訝しげな視線を気にする事なく奴はこう続けた。


「第三の理由。それは、を垂れる奴と取り引きなんて出来ねえって話だ。取り引きは信頼が命。僅かでも虚偽が混ざれば成立は不可能だろ。……なあ? 兄ちゃん」


 得意気に言った鋼太郎は青年を見据えていた。


「どういう意味でしょう」

「惚けんな、こっちが何も分かって無えとでも思ったか? 事が発覚してから、木戸川会については時間が許す限り調べてあんだよ」

「…………」



 四代目木戸川会。森澤市に事務所を構え、大手の傘下に属さぬ一本の組織。

 主な収入は昔ながらの土地と金融、ショバ代、あと風俗経営を少々。構成人数38名。その平均年齢は51歳。


 急にツラツラと述べ出した。まるで鋼太郎が馬鹿じゃないみたいに見える。

 見栄っ張りはまだまだ継続中なのだろう。


「──年齢層、高っけえよなぁ。あと十年もすりゃ老人ホームになっちまう。ヤクザ業界も高齢化の波には逆らえねえって事だな」

「そのようですね。成る程、仰りたい事が分かりました」

「流石に察したか。今の木戸川で一番若いのは、お前の隣にいる33歳の菊谷善二きくたにぜんじ。なら、それより明らかに若いテメェは一体何処の誰だ」


 へぇ、個別情報まで入手していたとは、身内ながら中々恐れ入る。


 鋼太郎の指摘は図星だったらしく、青年は気まずそうに頭を掻き、金髪もとい菊谷氏は自分の名前と年齢を当てられて驚いた様子だった。

 尤も俺は「気付いていたならもっと早く言えよ」と鋼太郎に突っ込みを入れかったが。今はそういう空気じゃ無さそうだ。


「……ご明察の通り、今回の件で外部から雇われた人間です。話をスムーズに進める為、僕の素性は省略していました」

「そんな奴が隣にいる本物を差し置いて、組の名で交渉を進めちゃ筋が通らねえよなぁ」


 戯ける口調の鋼太郎だがその通りだ。ここで菊谷氏が慌てて口を開くが、もう色々と遅い。


「待ってくれ、この件に関して木戸川会はこの青年を代理人に立てる」

「あほ抜かせ。下っ端のあんたにそれを決める権限は無えだろ。それが罷り通っても、前述の二つの理由が残るんだ。──交渉の余地は無え、話は終りだ」





 残念だが諦めろ。有無を言わせぬ鋼太郎の視線に、菊谷氏はたじろいだ。


 まあ、仕方ないだろう。土台無茶な話だったのだ。

 事情がどうであれ誘拐の現行犯で捕まって置きながら、今更見逃して貰おうとするのも虫が良すぎる。出る所に出るのが筋ってモンだろう。

 尤も今回の場合、出る所は公の場ではないのだが。


 こうなっては、もうどうしようもない。達磨コースは確定だ。

 そう確信し、再び彼らに近付こうとした所で青年がポツリと呟いた。


 なんだろう。上手くは言えないが、奴の纏う空気が少し変わった。



「すみません、菊谷さん。何とか穏便に済ませようとしたんですけど……」

「おい待て、殺し屋。──早まるんじゃ無え!!」




 …………殺し屋?



 菊谷氏の言葉を理解する前に、青年は行動に移していた。


 奴がパーカーの懐から取り出したのは、アクション映画でよく目にするアレである。

 本物だよな? 実物を見るのは初めてだ。


 構えられた拳銃は真っ直ぐ鋼太郎に向けられていた。


「辞めとけ、そんなモンが俺らに通用しねえ事くらい分かるだろ」

「確かに、あなた方の頑丈さは先程拝見しました。仮に通用したとしても、神通力ですぐに治してしまうんでしょうしね」


 そう言いつつ、殺し屋と呼ばれた青年は銃を構えたままだった。慎重に鋼太郎の……恐らく頭部に狙いを定めている。


「ですから、即死して頂くのが望ましいでしょう。流石に眼球は防ぎようが無い筈だ」

「……想定が甘えな」


 ハァと溜め息を吐く鋼太郎。

 勿論、練体通は俺も奴も既に展開中である。その防御力は全身に及ぶので、万が一すらあり得ない。たとえ眼球に当たろうが全くの無意味だ。


 余裕を崩さない此方の態度に、青年はともかく菊谷氏は動揺を隠せていなかった。彼も拳銃を取り出していたが、俺達に向ける勇気は無いらしい。

 まあ、その方が賢明である。後はそのまま銃を捨て、両手足を差し出してくれたら言うこと無しだ。



「後悔するぞ」

「やってみないと分からないじゃないですか。それに……」


「それに?」

「こんなクソ面白い展開で、無抵抗に捕まるとかあり得ないでしょう」



 そう言って青年は引き金を絞る。


 響く轟音。

 立ち昇る硝煙。



 鋼太郎の顔から爆ぜるように赤い血の花が咲いた。


 ……あ?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る