第18話 知っておくと便利、ロープが無い時に使える裏技
「オラァ!! 散々手間取らせやがって畜生めが! さっさと降りて来んかい!!」
ガンガンガンガンと車体を足蹴しながら喚き散らす鋼太郎。そんな事をせずとも車のドアくらい簡単に抉じ開けられるだろうに、奴はワザと煽るように力加減をしながら車を蹴り続けた。
貸し倉庫からよっぽどフラストレーションが溜まっていたのだろう。憂さ晴らしをしようと必要以上に脅しにかかっているのが見え見えだったが、その気持ちは俺にも分かる。
なので敢えて見て見ぬ振りをしてやろう。
それにしても鋼太郎の奴、中々様になってやがる。
ガラの悪いキャラがすっかり板に着いているじゃないか。これじゃあどっちがヤクザなのか判らない程だ。
「ウチのモン掻っ攫ってタダで済むとか思ってんじゃねーだろうな!? 早よ出て来んとドアごと引っ剥がすぞワレェ!!」
ガガガガガガガガガガガガガ。
興が乗ってきたのか練体通を使い出した。車自体には大してダメージを与えないようにしているが、蹴りのスピードだけが常軌を逸した速度になっている。残像で脚が何本にも写って見えた。
「流石にやり過ぎだ。ちょっと抑えろ。まだ弘香も乗ってるの、もう忘れたのか」
「止めるな恭介、この業界は舐められたら
「どの業界だ。トリップしてないで戻って来い」
ワイワイと言い合っている所で車からガチャリとドアの開く音が鳴り、見ると誘拐犯二人が両手を挙げた状態でゆっくりと降りてきていた。
舌打ちをする鋼太郎。どうやらまだ蹴り足りなかったらしいが、今は遊んでいる場合ではない。
改めて観察すると、えらく対照的な二人だと思った。
一人は見た目三十歳前後の強面の男。白シャツにスラックスとここまでは普通の格好に見えるが、袖を捲り上げられた腕からは派手な刺青が覗いている。
短く刈り上げられた髪も金に染まっており、いかにもアッチ系ですと言わんばかりの風体だ。
一方でもう一人の男。先程車内を覗いた時に目が合った男だが……こちらは何というか、場違い感が半端ない。
歳は恐らく俺達と変わらない二十歳前後。ダボっとしたパーカーにデニム姿と極々普通の服装で、顔つきも普通に穏和そうな印象を受ける。
ザ・普通の青年。もし大学ですれ違っても何ら違和感を感じたりしないだろう。とてもヤクザには見えなかった。
タイプが真逆。ト◯&ジェリーばりの凸凹感。私生活では絶対つるまないだろうなと思える二人である。
「先ずはコイツらの手足を切り落として
鋼太郎の顔は大真面目だった。
「……別にジョークを言ってる訳じゃないぞ? 単純にコイツらを縛る紐が無えんだよ。もしヘリの中で暴れられたら流石に面倒くせぇからな」
「ああ、成る程。……ビックリした。本当にお仕置きとして、痛めつける為にやるのかと思った。一瞬引いたぞ」
「おいおい、俺を何だと思ってんだ」
HAHAHAと互いに笑い合う。
良かった。どうやら正気に戻ってくれたらしい。
俺はてっきり、ドライバー系から始まる危険なプロレス技のコンボを駆使。その勢いのまま、この二人を生体サンドバッグにするのかと思ってた。
その予想に反して鋼太郎の判断は冷静である。疑った自分に恥すら感じた。
ならば早速、と犯人二人に近付こうとしたら、奴らはズザザザザッと凄い勢いで後退り。顔を見ると化け物を見るかのように引き攣っており、その中腰の姿勢はまるで熊と相対した時の反応みたいだった。
地味にショックを受ける。何もそこまで怖がらなくても良かろうに……
尚も近付こうとしたら、強面の金髪男が慌てて口を開いた。
「ちょちょ、ちょっと待ってくれ! 俺らに抵抗の意思なんてもう無い! そんな物騒な事しなくてもいいだろ!」
…………oh、そうか。そう言えば、普通手足を切り落とすと言われて「ハイ、そうですか」と受け入れる人なんて居る訳ないよな。
イカンイカン。疲れもあってか、俺も色々麻痺しているらしい。鋼太郎の事をとやかく言える立場じゃないぞ、これは。
ちゃんと説明をしなくては。
「安心してくれ。切り落とすって言っても移送中の間だけだ。痛みもゼロだと保証するし、目的地に着いたらまた新しいのを生やしてやるから」
「…………何言ってんだお前!? おい、話通じねえぞコイツ! 完全にサイコパスじゃねーか!!」
────解せぬ。落ち着かせるつもりだったのに更に取り乱させてしまった。
説明した通り、「刃」を使えば痛みもなく綺麗に切れる。傷口を塞ぐ「反転通」も同時に使用するから、血なんて一滴たりとも流させないつもりだ。
一体、何が不満なのか。
「刺青を惜しんでるんじゃないのか? 随分と気合い入ったのを腕に入れてるからな。新しく生やしたら当然消える訳だし」
「え? あ、そうなの? だったら切り落とした腕は回収して、後でくっつけ直す方向でいくか」
「……だとよ、良かったなあんた」
「良かねえのよぉお! 刺青とかどうでもいいんだわ!!」
とうとう金髪男は頭を抱え込んだ。どうにも話が噛み合って無い気がする。
参ったな、迎えのヘリが来る前に早く済ませときたいのに。
ポリポリと頭を掻いて悩んでいたら、それまで黙っていたもう一人の青年が口を開いた。ポツリと、此方に向かって核心を突く台詞を唱える。
「……多分、まだ彼はあなた方が『承和上衆』だと気付いてないんですよ」
この一言に俺も鋼太郎もコテンと首を傾げた。
「……あ? そりゃまた随分と察しの悪い野朗だな。まさかテメエら、何処の誰に手ェ出したのか分かってなかった訳じゃあるめえよな?」
と、鋼太郎。
「勿論、ちゃんと分かってるつもりでしたよ。……でもまさか、
──確かに、承和上衆が荒事に対応出来るなんて世間では知られていない。追手を差し向けるにしても外部を雇うと考えるのが普通だろう。
しかし、幾ら馬鹿でも俺達が承和上衆だという事くらい、さっきの会話で察せられそうなものだと思ったんだが。鋼太郎が車を蹴っている時も「ウチのモン掻っ攫って」と吠えてた訳だし。
青年の方はちゃんと察したけど、金髪男はパニクって気付けなかったということか。
「僕もついさっきまで気付けなかったんだよなぁ」と青年は少し悔しそうに独りごちていた。
……なんかこの青年、嫌に冷静だな。肝が座っているというか、見た目の印象からして金髪男の方がまだこういう状況に慣れてそうと思ったのだが。予想してた態度がそれぞれ真逆だった。
ゴキリと首を鳴らす鋼太郎。
「ま、これで金髪も俺らが誰か理解出来ただろ。そっちの兄ちゃんが言った通り、俺達は承和上衆だ。責任持って後で治してやるから、今は大人しく解体を受け入れろ。俺達はお前らを殺したりしねえよ」
俺達は、ね。その後、上がどういう判断を下すのかは知らないけど。オマケにおっかないお姉様方が指を鳴らして待っている訳だが、別に教えてやる義理もないだろう。
しかし、金髪男はそれでもブンブンと首を横に振っていた。
「……いや、だからな? 治ると分かっていても、達磨になるのを受け入れられる訳無えって言ってんだよ!! なんだ? 俺がおかしいのか? 抵抗はしねえって言ってるだろ!?」
……ああ、単純な恐怖心かい。
いや、そりゃそうか。それでも嫌がるのが「普通」だよな。
麻痺というか、どうも神通力を使っていると世間との感覚がズレてくるみたいだった。大学生活でその辺の常識のボロは出さなかったのだが、状況も相まって俺も大分おかしくなっていたらしい。
…………早く日常生活に帰りてえ。
「ハッ! 情けねぇ野朗だな。テメエらヤクザもケジメ取る時、指を詰めるだろ。それと一緒だろーが」
「一緒な訳ねえだろ! 指と手足全部じゃレベルが全然違えわ!!」
「治るんだから、こっちの方がまだ気が楽だろがい」
鋼太郎もだんだん面倒臭くなって来たのか、少し投げやり気味だった。もう無理矢理押さえ付けてヤってしまえば良い、とか考えてそう。
まあ、恐らく最終的にはそうなるのだろうが。
イヤイヤ期の子供とそれにウンザリする父親。……いや、その例えはちょっと無理があるか。絵面的に。
「はい、ちょっと提案とか良いでしょうか?」
下らない事を考えてたら、青年の方から声が掛かった。見ると奴はまるで授業中に質問するかのように、右手をピンと天高く挙げている。
まるでワザと空気を読んでないかのような脳天気な姿勢。俺も鋼太郎も、おまけに仲間の筈の金髪男も一緒になってポカンとしてしまった。見た目は普通だけど、この青年も結構ズレているらしい。
なんだ、突然。
「僕らと取り引きしませんか?」
そう宣って彼はニコリと笑った。
何を言い出すのかと思ったら……どうやら本当に空気が読めていないのか。冷静に見えるが、彼もまだまだ状況を理解出来ていないようだ。
どう見ても取り引きなんて持ちかけられる立場ではあるまいに。鋼太郎も呆れ顔になっていた。
「アホか、そんなもんする訳ないだろ。俺達の役割はテメエらの移送だけだ。やりたきゃ収監先で取り調べの時にでもやってろ」
「それだと間に合わないかもしれないんです。話だけでも今聞いてくれませんか?」
「NOだ。聞く耳は持たねえ」
「あなた方にも凄く理のある話なんです。でなければ『取り引き』とは言いません。そして、本当に時間もありません。……黒幕を捕らえるチャンスを提示します」
黒幕ときたか。
確かに、今回の犯行の裏には木戸川会以外の存在が懸念されていた。
一本独鈷と言えば聞こえは良いが、要は何の後ろ盾もない弱小組織。失礼だが、全国二千五百万人の信者が崇拝する組織に手を出すには、少々役者が不足している。
木戸川会は利用されていただけという話はあり得なくもない。何者かは知らないが、黒幕とやらがいても不思議ではないだろう。
そして青年曰く、もしその黒幕を捕らえるのなら「チャンス」まで時間がないらしい。
「我々の正体は最初から見抜かれていた。今事務所と連絡が取れないのも、あなた方承和上衆の仕業でしょう?」
その質問に俺も鋼太郎も答えなかったが、沈黙を肯定と受け取ったのだろう。青年は話を続ける。
「その対応の迅速さと徹底ぶりから見て、黒幕の存在は無視出来ないと受け取れます。我々『木戸川会』はただの運び屋。……今思えば、失敗した時の為の『蜥蜴の尻尾』でもあったんでしょう」
「……で、その黒幕を差し出す代わりに自分達を見逃して欲しいと?」
「端的に言うとそうです。我々はそもそも、承和上衆に興味なんて無かった。とある取り引きの際に、その黒幕から唆された……いや、脅されたと言っていいでしょう。あなた方を真に狙っているのはその人物です。木戸川会では無い」
どうしますか? と言わんばかりに青年は両手を広げた。
聞く耳持たぬと宣言した鋼太郎もこれには少し考えざるを得ないといった様子だ。
確かにこの話が事実なら、承和上衆としては無視は出来ない。
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