第17話 そもそも、悪いのは全部コイツらだし

※視点がクルクル〜




「責任転嫁」


 本来自分が負うべき責任や罪科を他者になすりつける行為。

 上手く使うことが出来れば処世術として大変便利な手法であるが、その本質は自分勝手な言い訳に過ぎず、本人の性格や知性、モラルなどが疑われやすくなる諸刃の剣である。結果的に失敗することが殆どであり、転嫁された相手から恨まれ、周りからも信用を失う愚かな行為と言えよう。

 よく責任「転換」と表現される場合があるが、誤用である為注意されたし。



 さて、


「つまりだな。俺がヘリをチャーターした時点で、上の連中は注告しなきゃならなかったんだ。音でバレるかも知れねえってな」

「…………」

「確かに俺の考えも甘かった。それは認める。だけど上の連中のサポートが杜撰ずさん過ぎたってのも、今回のミスの一因と思わねえか?」

「…………」

「いや、一因って言うより、原因の殆どだと言って良いだろう。俺やお前にも責任はあるかもだが、その比率はかなり低い。対比で言えば8:1:1くらいの割合じゃねえか? 勿論、8が作戦本部の上の連中だ」


「……鋼太郎」

「なんだ?」


「まったくもってその通りだ」


 先程から鋼太郎によって展開されている責任転嫁の弁。

 俺はそれに全力で乗っかる事にした。


 転嫁されている作戦本部の人間はこの場に居ない。であるので、ある種の言いたい放題ではあるのだがそれで良い。ここには原告も裁判官も居ないのだ。

 自分のミスに対する言い訳は自己精神の安定に大変良い薬になる。用量・用法を守って正しく使用しよう。


 「責任転嫁」 大変甘美な言葉である。



「まあ、冗談は置いといて此れからどうするよ?」


 前置きの遊びはこのくらいにして、俺達は現実と向き合わなくてはならなかった。


 荒ぶる姉神、菜々瀬鞠香からの最終通告という名の脅しを受け、俺と鋼太郎は獅子に追われるインパラが如く全力で走った。

 無情に突きつけられた、余りに短いタイムリミット。それまでに弘香を送り届けなければ、俺も鋼太郎も親より早く自分の家の墓に骨を埋めることになる。残りの通力の出し惜しみはせず、ただひたすら脚を動かした。

 時速120キロは叩き出しただろう。


 しかし悲しい事に、すぐに追い付けるのには叶わなかった。

 原因は二つ。一つは鋼太郎と喧嘩漫才をして時間を取られ過ぎた事。完全な自業自得であるが、これによって逃走する誘拐犯と距離がだいぶ開いてしまった。

 相手側も追跡を警戒しているのか、かなりのスピードで移動している。いくら練体通で人外の速度が出せるとしても、そう簡単に距離を縮めることは出来なかった。


 おまけに。原因の二つ目、それは時折すれ違う対向車だ。

 こんな時間の田舎道とは言え、暫く走っていれば来る時には来る。その度に道路脇の林に飛び込んで過ぎ去るのを待ってやり過ごすのだが、これがえらくタイムロスになった。

 昨今は事故や煽り運転を警戒して、ドライブレコーダーを常備する輩が増えている。何かあればSNSに公開して、非がある者がいれば注目を集めて叩かれまくるのがお約束だ。

 そんな中、変態的な超スピードで夜道を駆ける謎の男が映像に残ったとしよう。たとえ出会でくわしたのがネットに疎いご老人だとしても、謎の使命感に駆られて、その映像を公開する為だけにSNSに登録しようとするに違いない。

 もし投稿慣れしていなければ、映った顔の画像処理なんて気の利いたことはやってくれないだろう。こんな形でバズって身元が特定されるのだけは心底御免だった。


 弘香に取り付けたGPSが健在だった為、奴らを見失う心配はなかった。追おうと思えば何処までも追跡は可能だろう。

 しかし、こうも止まっては追い掛けてを繰り返していたら、追い付くまで相当な時間を食ってしまうのが問題だ。

 我々に残された時間は少ない。何か手を打つ必要があった。


「──という訳で、お前はヘリを呼び戻してそれに乗って奴らを追い掛けろ。どうせ村に帰るのに必要になるんだ。使える物は利用していこう」


 三台目の対向車をやり過ごした林の中。俺の提案に鋼太郎は頷きながも首を捻らせた。


「恭介は乗らねえのか?」

「俺はこのまま地上から行く。下と上、二手に分かれて攻めればどちらかが不測の事態に陥っても、もう片方が対処出来る」

貸し倉庫さっきは二手に別れても失敗したじゃねーか」

「お前が言うな! 攻め方としては間違ってなかっただろ!」


 ササッと鋼太郎のタブレットを操作してマップを開く。弘香のGPSと連動しており、奴らの移動するルートもバッチリ確認出来た。


「見ろよ。ルートのだいぶ先にだが、長いトンネルがある。鋼太郎はヘリでピッタリ貼りついて奴らにプレッシャーを与えろ。執拗にだ。追い立てれば十中八九、奴らはこのトンネル内で車を乗り捨てようとする筈」


 つつつ、と奴らが辿るであろう道筋を指で示しながら説明する。

 ヘリからの追跡を逃れるにはこのトンネルを利用するしか手はないだろう。だが、これで奴らの脚は止まったも同然だ。山中に隠れようが弘香のGPSがある限り逃れることは出来ない。


「俺はトンネルの入り口に向かって林の中を直線に突っ切る。……だいぶショートカットになるから、もしかしたら奴らがトンネルに入る前に合流出来るかもしれない。その場合は即確保に移ろう」

「トンネル手前でか? 脚が止まってからでも良いんじゃね?」

「かなり奴らを追い詰める形になるからな。もしかしたら車と一緒に弘香を捨てる可能性がある。そうなったら犯人を追うのが難しくなるだろ。忘れてねーよな? 犯人確保も任務の一つだってこと」

「……わーった、時間もねえんだ。それで行こうや」



 …………良し。


 何とか言いくるめた。

 本当は俺もヘリに乗り、奴らに追い付いたら飛び降りるという手段で良いのだが。正直、またヘリから飛び降りるというのは御免だったのだ。


 ヘリで追うのはかなりの有効手段なのだが、たとえ低空飛行でもそんな作戦、俺はやりたくない。

 トラウマを植え付けられたのはさっきの今だ。せめて今日はもう勘弁して欲しい。鋼太郎に上手く押し付けれたのは幸いだった。






 ──で、現在。


 先程まで往生際悪くアクセルを踏み続けていた犯人だが、どう足掻いても車を動かせないと悟ったのだろう。ようやく空回りしていたタイヤを止めてくれていた。予想以上にタイヤからの煙が凄かったから地味に助かる。

 今の所、車から犯人が飛び出してくる事はないようだ。中でボソボソと会話しているようだが、上手く聞き取れない。

 とりあえず、弘香が無事かどうかの確認も必要だ。中の様子は全面に貼られたスモークガラスによって見る事が出来なかった。


 通力を練って神通力を展開。人差し指をリアゲートのガラスに押し当て、クルリと丸く円を描く。


 追跡中、俺がリアゲートに激突するアクシデントもあったが、それでも無事だったガラスだ。ヤクザ御用達の車だし、もしかしたら防弾仕様なのかもしれない。

 まあ、それでも人外のチカラの前では無力だったと言えよう。

 無傷だった筈のガラスは描いた円の形に沿って、音も無く切れた。切り取られたガラスは重力に従ってコロリと地面に落下。その切り口は周囲にヒビが入ることも無く、綺麗に切り抜かれている。


 承和上衆が扱う「練体通」「反転通」と並ぶ神通力の一種、念導通ねんどうつう。早い話が念力による物理干渉である。その応用技の「じん」を使用した。

 まあ、分かりやすく言うならば「見えない刀」と言って良い。


 切り取った穴から車内を確認。すぐに後部座席に寝かされている弘香を見つける事ができた。同時に助手席から振り向いた若い男と目が合ったが、とりあえずこっちはスルー。


「弘香を確認。息はしているが眠らされている。目立った外傷は無し。ついでに着衣の乱れも無し」

「そりゃ重畳だな。俺達も首の皮一枚繋がった訳だ」


 フロント側にいる鋼太郎の声も満足そうだった。


「犯人共の様子はどうなんだ?」

「流石に観念したみたいだぜ。そっちからも見えるだろ、完全にホールドアップだ」


 再び中を覗くと、確かにフロント席にいる二人は手を挙げた状態で固まっていた。

 多事多難な今回の事件。紆余曲折を経たが取り敢えずの解決と言って良いだろう。



 いやぁ疲れた! マジで。

 なんか今日は一日が凄おぉぉく長かった気がする。これだけの濃い出来事があったのだから当然なのかも知れないが、とにかく長く感じた。この数時間の出来事を書き起これば、短編小説くらいは書けるんじゃなかろうか。

 早く家に帰って風呂に入って寝たい。鋼太郎に酒を奢らせようと考えていたが、今日はもういい。さっさとベッドに入りたい。


 着ている服もいつの間にかボロボロになっていた。林の中を突っ切った時にあちこち引っ掛けたらしい。その他にもヘリから1000mダイブをしたり、先程も車と激突して地面を転がったりしたので当然と言えば当然である。全く、誰に損害請求すればいいんだこん畜生。


「で、これからどうするよ?」

「取り敢えず、この車を道路から移動させるぞ。このまま此処に居たんじゃ一般人に見られかねん」


 そう言って鋼太郎は車の前方部をグイッと持ち上げた。それによって車内の犯人二人はギャアギャアとまた騒いでいたが、鋼太郎はお構い無しである。


「おい、お前もそっちの端を持てよ」

「……? いや、このくらい鋼太郎一人で運べるだろ」

「バランス悪いんだよ、万が一にも落とせねーだろが。弘香も乗ってんだぞ」

「ああ、さいで」


 仕方ないので俺も運ぶのを手伝った。

 二人してわっせわっせとワンボックスカーを林の奥へと運び込む。

 丁度いい塩梅に車の全長と同じくらいの間隔で立っている二本の杉の木を発見。その間に放り込んだ。

 目論見通り、車は二本杉の間にピッチリと収まる。これでもう動かすのは無理だろう。



「あれ? そういやヘリはどこ行ったんだよ?」

「ああ、それなんだが……引き返しちまった」

「……は? 何で!? それじゃどうやって弘香を帰らせるんだよ!」

「燃料がもうギリギリなんだとよ。僻地の山白村まで寄る余裕は無えから真っ直ぐ空港に帰っちまった。代わりを急いで手配するらしい」


 ──確かに、今回あのヘリはあちこち飛び回って大活躍だった。そりゃ燃料切れになるのも頷ける。

 けど、マジか。


「間に合うのかよ?」


 忘れてはならない。我々にはタイムリミットがある事を。

 俺の問いに鋼太郎は呑気に肩を竦めた。


「ここまで来たら、もう成るように成るしかないだろ。……まあ、代わりが到着するまで暇な訳だし」


 ゴキリっと指を鳴らして車に近付いて行く。


「お仕置きタイムと行こうじゃねーか」

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