第12話 事前に逃走プランを練るのはいいが、大体思い通りにいかないから軽くイメージする程度で留めとけ




 聞く所によると、これからの予定は明日までこの倉庫で待機。朝になったら木戸川会の幹部が合流して、引き渡し場所まで行くという流れらしいのだが……

 ここから先、それこそ僕の力は必要ない筈だ。子どもを見張る人員が欲しいなら、組員の誰かを寄こして貰えば良い話である。


 にも関わらず、師匠からは「今回の件、最後まで見届けろ」と少し前に謎のお達しがあった。

 その時は軽く受け流していたが、今思うと酷く意味深に聞こえる。


 ひょっとして、師匠は何か事情を知っているんじゃないだろうか。


 ゾクリと何かが背中を駆け巡った。どうやら今回の仕事は、久々に退屈せずに済みそうである。


「多分ですけど、これから先は一筋縄にはいかないと思います」

「これからって……引き渡しの時に何か起こるって言いたいのか?」


 菊谷さんには、いまいちピンと来ていないようだった。

 僕も明確な根拠を持っている訳ではない。だからこれは唯の憶測だ。


「勘かよ」

「月並でもプロの勘です。これが結構当たっちゃうんですよ」




 そんな台詞を口にしたのが原因か、会話に混ざって何か異音が聞こえてきた。まだ遠くてハッキリとは聞こえないが、間違いなくヘリの音である。

 菊谷さんは顰めっ面で此方を睨んできた。


「テメエがフラグなんて立てるから……」

「まさか、こんなに早く来るとは僕も思いませんでした」


 ヘリの音は少しずつ大きくなっている。確実に此方に向かって来ているようだった。


警察サツか?」

「警察だったら、誘拐犯の追跡にヘリなんて飛ばさないでしょう。こうしてバレたら先に逃げられる可能性がありますから」


「いや、でも既に囲まれてるかも知れねえだろ」

「それも無いですね。此方に気付かれないまま包囲が完了出来てたのなら、察知される前にさっさと突入していますよ。下手に立て篭られたら、人質に危険が及ぶと分かってる筈です」


 実際、この倉庫の敷地内には菊谷さんと攫ってきた女の子以外の気配は全く無い。職業柄、こういう感覚は一般人より鋭いつもりだ。


 菊谷さんの制止を無視して、裏口の扉をガチャリと開く。軽く倉庫周りを一周して、やはり誰も居ないことを確認した。


「先ずは落ち着きましょう。脱出はいつでも出来そうですから」

「お前な……」

「こんな夜景にもならないド田舎に、遊覧飛行をしている民間ヘリはまず居ないでしょう。警察でも無いとすると、ドクターヘリか消防ヘリとも考えられます。でも一応最悪の可能性を考慮して、追手が来たと考えて行動しましょうか」


 目に付けたのは先程まで菊谷さんが視聴していたDVDプレイヤー。気休め程度だが、意外と使えるかも知れない。

 やれる事はやっおくスタイルで行こう。


「菊谷さん、そのプレイヤーとディスク……あとスピーカーも。全部で幾らくらいしました?この場で買い取らせて下さい」

「あん? ……何に使うのか知らねえけど、別に欲しけりゃタダでくれてやるよ。どうせ全部中古品だ」


「っアハハは! やっぱあんた良い人だ!」

「ぐっ……黙れ、マジで殺すぞ……!」




 隣の倉庫の鍵も菊谷さんが持っていた。

 6つある貸し倉庫の内、半分を木戸川会(名義は変えている)が契約しているらしい。一応、3倉庫とも鍵を預かっていたそうだ。最悪ピッキングで開けようかと考えていたので、これも結構助かった。


 照明を点けて手早くプレイヤーをセットする。元いた倉庫の方はブレーカーを落として、菊谷さんと一緒に車に乗り込んだ。

 運転席は菊谷さん、助手席が僕。倉庫のシャッターを開ける作業が残っているので、助手席側のドアはまだ閉めない。


「……で? なんで今直ぐに脱出しねえんだ? 隣を囮にするのもいいが、あんなショボい奴だと大した足留めにもならないだろ」


 電気を落とした為、視界は完全な闇に包まれている。故に菊谷さんの表情を窺い知ることは出来ないが、きっと渋顔で唸っているのだろう。

 まだ短い付き合いだが、今の彼の声色からそれを察することは出来た。


「仮に近付いて来てるヘリが本当に追手だった場合、僕達はだいぶ後手に回ってる事になります。ただ闇雲に逃げるのは危険だと思いました」


 流石に真っ暗過ぎるので、車の室内灯を点ける。この程度の明かりなら倉庫から漏れることはない筈だ。

 菊谷さんの顔を確認すると、予想通りの渋顔である。


「この状況ではアドバンテージを覆すのは難しいでしょう。だから、すれ違いざまの一瞬でも良い……せめて追手の顔だけでも確認したいんです。装備や人数を少しでも把握できれば対策は取りやすいですし、相手が何者か推測出来るかも知れません」


「……そのすれ違いざまに捕まらないといいがな」

「そこはドライバーの腕に掛かっています」

「ヘリ相手にどうしろってんだ」


 そこはもう、出たとこ勝負で行くしかないだろう。ヘリから逃げ切るのが難しいのは百も承知。

 幸いにも、この周辺の道路を走った先に幾つかトンネルがある。最悪トンネル内で車の乗り捨て、非常口から脱出。山林に隠れるのもひとつの手だ。


 ところが……


「あー、乗り捨てんのは拙いかもな。つーか拙い。この車、ウチの名義なんだ。身バレしちまう」


 脳内で逃走プランを練っていたら、菊谷さんがとんでもない事をぶっ込んできた。


「……え? これ事件モノ車とかじゃ?」

「用意していた車が今朝、盗難に遭ったんだ。他の使える車も出払っていたから、急遽動かせるのが組の奴しか無かった」


 流石に絶句した。なんという間抜けな。


 「荷物」受け渡しの指定日は明日の朝一。「仕入れ」の時間を考えると、替えの車を用意する余裕は無かったらしい。

 一応、ナンバーは偽造のものに変えたそうだ。だが、映像を精査されれば身元が特定される可能性はあるだろう。Nシステムは躱したそうだが(ナンバー偽造ならやる意味なくね?)、山白村のカメラには映りこんでいる筈。

 安心とはとても言えない。……というか、


「身バレも何も、それって最初から狙い撃ちされてませんか? 何かしらに嵌められてるようにしか見えないんですけど」

「……俺も今、自分で言っててそう思った」


 まったく、キナ臭すぎてしょうがない。退屈嫌いの僕としては大歓迎な香りだけど。


「まあ一応、車を捨てるとなったら徹底的に油を撒いて燃やしてみましょうか。それで誤魔化せるかは判らないですけど」

「無理だ。車台番号(ナンバープレートとは別の識別番号)は打刻されてるから、燃やしても残る。削って消すには時間も、おまけに工具も無え」

「あー、なら乗り捨ては諦めますか。となると、逃走難易度が跳ね上がりますね」

「……いやいや待て待て、その前に。狙い撃ちだの嵌められてるだの言ったが、誰が何の為に、どう嵌めてんだって話だろ」


 菊谷さんはそう言いながら、煙草を取り出した。そして思い直したのか、それを再び懐にしまう。

 今はエンジンを掛けられないから換気もつかない。ドアが開いているとはいえ、車内に煙は篭るだろう。

 だから気を使ったのだろうか?僕は気にしないのに。というか、さっきは普通に吸っていたのに……


 ……あ、後ろの女の子に気を配ったのか。どこまで優しいんだよ。


 女の子は相変わらず、シートでぐっすりと眠っている。薬が良く効いているようだ。



「んーまあ……普通に考えると、"誰が"の第一候補はやっぱり密輸ルートの競合相手じゃないですか?競合というか、あなた方が勝手に割り込もうとしている訳ですけど」

「尚のこと、動機としては十分ってか」

「段ボール一箱分のスペースを巡って鎬を削るような連中なんでしょ? 裏でこっそり業者に取り入る奴が現れたともし知ったら、そりゃ邪魔に入りますよ」

「……自分で言うのもなんだが、向こうの連中からしたら俺らの組は小物同然だ。わざわざ嵌めるような周りくどい真似しなくても、直接潰せばいい話だろ」

「一応、業者の顔を立てようとしてるんじゃないですか?」


 話を聞いた感じだと、大手の連中より密輸業者の方がパワーバランスが上に見える。今回、業者と木戸川会の取り引きは成立しているのだから、大っぴらに叩く訳にはいかないのだろう。


 まあ、全て憶測の話だ。ここで考えても結論は出ない。


「あー、辞めだ辞め! まだあのヘリが追手と決まった訳じゃねえんだ。……大体、ヘリで来る追手なんていやしねえよ! 承和上衆がPMC(民間軍事会社)でも雇ったってのか?」

「まあ、考えにくいですよね。でも、危ない橋を渡っている事には変わりありません。今からでも石橋は叩いときましょうよ」


 「危ない橋」なのだから「石橋」を叩いてというのは、表現として不適切かも知れないが。


「そう言ってるが、お前気付いているか? ヘリの音、コレどんどん遠ざかっているだろ。普通に通過してんじゃねーか」



 確かに菊谷さんと会話をしているうちに、音は少しずつ小さくなっていたようだ。旋回している様子もなく、普通に通過した感じである。

 敷地の真上を通過した時も、地上に近付いた様子はない。降下したならもっと爆音が響いていた筈だ。


 やはり僕の考え過ぎだったのだろうか……いや、まだ少しだけど違和感はある。


「念の為、もう少しこのまま待機しましょう」


 接近してきた時の音と今離れていく音、この2つが直線で繋がっていないのだ。恐らくヘリは、ここの上空を通過してから方向転換をしている。

 今夜の森澤市は梅雨の時期にしては珍しく、雲一つない快晴だった筈。避ける雲も無ければ、方向転換する理由は限られてくるだろう。


 そのまま数分、沈黙が続いた時だった。


「なあ、そろそろ煙草吸いてえんだけど。一旦、車から降りてゥグ……!」

「シッ!!」


 僕は慌てて菊谷さんの口を塞いだ。



 音はしない、けど間違いない。


 外に何かいる。

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