第11話 普段素行が悪い人が少し良いことすると抜群に好感度が上がるアレ、分かってても騙される
「ところでお菊……菊谷さん。ちょっとお聞きしたいんですけど」
「てめえ、空気読めてるか? 俺は映画に集中してえんだよ。話しかけるな!」
勿論、空気はバッチリ読めている。映画鑑賞中の人に話し掛けるという行動が、犯罪レベルの迷惑行為だということぐらい僕とて承知していた。
しかしこのままだと僕は退屈のあまりに死んでしまい、本当に異世界転生する羽目になりそうなのだ。敢えて無視してでも話題を振りたかったのである。
「まあまあ、そう言わずに……大体、今日限りの関係とはいえ、初対面の仕事仲間をほっぽいて一人で映画観てるとかあんまりじゃないですか。コミュニケーションとりましょうよ、コミュニケーション」
師匠が斡旋してくる仕事は何も殺しだけでは無い。治安のすこぶる良いこの日本で、そう毎日ポンポンと殺人の依頼が舞い込む訳ではないのだ。
今回の仕事も殺しでは無かった。なんでも、あの「承和上衆」から子どもを一人攫って来いという内容だ。
相手が有名組織故に各施設のセキュリティはそれなりだったが、難易度としてはベリーイージー。単純に施設外に一人で出ている子を攫ってしまえば済む話だった。だからこそ今は退屈なのだが、今回の仕事には幾つか疑問に思う所がある。
退屈凌ぎのついでにその疑問も解消したかった。木戸川会は今回のクライアント。菊谷さんは先方から送られてきた、引き渡し場所までの案内人兼、仕事の監視役である。使い走りとはいえ、多少の事情には詳しいだろう。
師匠は任務内容については最低限の情報しか教えてくれない。まあ、それはいつもの事なのだが。
「黙れ、殺されてえのか?」
「あっはっは、殺し屋相手にそんな台詞じゃ脅せませんって」
ピキリ、と彼の額から音が鳴った気がした。今の僕の発言は、空気を敢えて無視したのではなく、素の言葉である。確かに読めてないのかもしれない。
「クソ餓鬼が……そもそも、一人ほっぽいてとか抜かしてたが、てめえにも映画観せてやってるだろうが。誰の為にイヤホンじゃなくてスピーカー用意したと思ってんだ」
……スピーカーに繋いでいたのは僕の為だったのか。意外と、というかメッチャ良い人じゃないか。
誰だ、馬鹿なんじゃないかってほざいていたのは。僕しかいないか。これは反省しなければ成るまい。
「ごめんなさ……」
プツンッ
謝ろうとしたら、菊谷さんはプレイヤーの電源を落としていた。そして煙草に火を点けて一息入れた後、もう一本取り出して此方に差し出してくる。
「で? 何が聞きてえんだって?」
──やっぱり良い人じゃねえか!! そんな強面な顔しといてツンデレかよ! 僕がもし女だったら「ちょっとイイかも……」とか思ってしまう所でしょうが! いや、僕はノンケだけども!
でも、ゴメンなさい。僕、煙草は吸わないんです。
煙草は丁重にお断りして本題に入ることにした。
そもそも今回の依頼は入りからして妙だった。
まず
別に暴力団が堅気の人間を拉致るのは珍しい話ではない。
だがその場合は、彼ら筋者と金銭等のトラブルで問題を引き起こした本人……その当事者のみに「落とし前」をつけさせる為のパターンが殆どだ。
今回彼らが(実行犯は僕だが)誘拐したのは、社会的責務が皆無な小学生。当然、その子と金銭トラブルなどあろう筈がない。
仮にその子の親に何かしらの不義があったとしよう。しかしその責任を小学生の子どもにも押し付けるようであっては、彼らの「仁義」に反すのは当たり前の話だ。
曲がりなりでもそこは極道。それが事務所の看板に泥どころか"糞"を塗る行為である事は、本人達が一番良く分かっている筈である。
事前に軽く調べた限り、木戸川会という組織はその辺の分別がしっかりしている印象だったのだが。
……やはり、承和上衆の特殊性が起因しているのだろうか。
「本来、部外者のてめえには知る必要ねえんだけどな」
「そこを何とか」
ウチは結構マルチに
今回の質問は純粋な好奇心である。
菊谷さんは暫く黙っていたが、「まあ、いいか」と呟いて事情を説明してくれた。
「あー、纏めるとそうだな……新事業の開拓って奴だ。今じゃヤクザ稼業も楽じゃねえ、土地や金融だけだと先細りは目に見えているからな」
話してくれるのは良いが、いきなり纏めから入られてしまった。ざっくりし過ぎて説明になってない。
いや待て、事業目的で女児を誘拐ということは……
「まさか児童売しゅ……」
「違うに決まってんだろ、ボケ」
違ったらしい。いやだって、これだけの情報ならそう思うでしょ、普通。
まあ、承和上衆という名ブランドを拉致っといて、そんなしょーもない使い方をするわけ無いのはわかっていたが。
「事業ってのは普通に物販だっつの。モノは東南アジアで最近流行ってるダイエットサプリ……現地じゃ効果が高いって人気だが、日本だと規制に引っかかる成分が幾つか含まれてる奴だ」
「……話が見えてきませんね、それがどうして今回の誘拐に繋がるんです?」
菊谷さんは煙を吐いたあと、肩を竦めて話を続けた。最後まで聞けということか。
「密輸売買をすると簡単に言っても、そもそも安全なルートが無いと話にならねえ。で、ウチは長年その辺のツテと縁が遠避かってたんだ。イチから探す所から計画は始まった」
「ルートをイチからって……それはまた、気の長い計画ですね」
「俺も最初はそう思った」
アテが無いのなら何故そんな計画が持ち上がったのか。
なんでも、上の勝手な思い付きらしい。そうやって下が振り回されるのは裏社会でもよくある話のようだ。よくもまあ、今までやってこれたなと逆に感心する。
「だが、アテも全く無いわけじゃなかったらしい。実際にウチの幹部の一人が、知り合いの知り合いの知り合い……の紹介を経て、台湾経由のルートを持つデカい業者に何とか辿り着いたんだと」
「う、胡散臭ええ」
「俺も最初はそう思った」
そのデカい業者とやらは東南及び東アジア全域に密輸業の網を広げる大物で「海運裏の王」とか陰で呼ばれているらしい。……異名が無駄に格好良し。
なんでもこの日本において、コンテナひとつ分のみではあるが、保税地域を素通しに出来る特別な
「invisible box」と呼ばれているルートだそうだ。
「何を詰め込んでもお咎めなしの魔法の箱ってところだ。俺らからしたら夢のような話だな」
「……税関スルーとか聞いたことも無いんですけど。一般貨物に紛れさせるとかじゃなくてですか?」
「そのコンテナ自体、検閲がされねえんだ。それが罷り通るから"魔法"なんだよ。もちろん賄賂みたいな単純な手法じゃ無いらしい。俺も詳しくは知らねえが、とにかく安全なんだとよ」
大胆な奴らがいたものである。それもルート成立から10年以上経つのに、今まで表沙汰になって無いというのだから驚きだ。
だがしかし、上の無茶振りにも何とか応えてルートが見つかった迄は良かったものの、事はそう簡単には進まなかったらしい。一つ「当たり前」の問題が浮上したそうだ。
そこに参加出来るプレミアチケットは、既に他のアウトロー達からの人気が絶大に高かったという事。故に参加の競争が非常に激しく、新参の木戸川会には入り込む余地など最初から無かったのである。
invisible boxが到着するのは半月に一度。20ftのコンテナが一つのみ、密かに運び込まれる。
内積量33.1㎥の僅かな空間は毎度ピッチリと埋まっており、ネズミ一匹通れる隙間すら存在しない。段ボール一箱分のスペースを巡って、裏で抗争に発展するほどの状態だった。
そして、その利権を巡る抗争に真横から突っ込んでいくほど木戸川会は馬鹿では無い……というより、そんな度胸が無かったと言うべきだろう。
競合相手の殆どは全国各地に事務所を構える規模の指定暴力団。片や此方は田舎の地方都市で細々とやっている零細ヤクザだ。はじめから勝負にすらなっていない。
「なら別のルートを探す方が建設的じゃないですか? 家電とかの輸入品に仕込むとか、海上から漁船で直接受け取るとか……色々あるんでしょ? やり方って」
「"絶対安全な手"なんて言われちゃ逃したくないだろ。実際、先方は10年以上おもてに見つかって無いって実績がある。……お前が今言ったやり方だって、手口が公にバレてるし、毎年検挙されまくってるじゃねえか」
だから諦めきれず、木戸川会はダメ元で件の密輸業者と直接交渉をしてみたそうだ。其方の都合、という態で(図々しい)なんとかスペースを確保することは出来ないのかと。
勿論、可能だったとしても相応以上の見返りは要求されるだろう。しかし背に腹は変えられぬ状況の木戸川会は、多少無茶な要求をされたとしても、それに応えるつもりで交渉に臨んだ。
「ああ、話が見えてきました。ひょっとして、その業者が要求してきた見返りっていうのが……」
「今回のてめえの仕事って訳だ。連中がなんで承和上衆の人間を欲しがっているのかは知らねえがな」
まあ、碌でもない事には間違いないだろう。
菊谷さんはそう呟いて、倉庫内に停めてある大型のワンボックスカーをチラリと見た。そこのリアシートに今日攫ってきた女の子が薬で眠らされている。
何とも言えない表情で車を見つめる菊谷さんを見て、この人は裏稼業に向いていないんじゃないかと思えてきた。
なんだって彼はこんな世界に足を踏み入れたのか。アレか、映画を見て憧れたクチだろうか。そして今、理想と現実の違いに辟易していると。
だとしたら、その気持ちは僕にも良く分かる。
僕だって憧れを持って殺し屋の道を進もうと決意したのだ。そして、今はその仕事に少し嫌気が差している。まあ、僕の場合は単純に飽きてきたからなのだが。
しかし、飽き性のこの僕が、7年も持ったというのは逆に考えると凄い事なのかもしれない。それだけでも意義のある職業だったと言えるのだろう。
そう前向きに捉えて、次の生き方を探すのもアリだ。
「菊谷さん。今回のヤマが終わったら一緒に足を洗いませんか? 二人で別の仕事を探しましょうよ。例えば、冒険者とか」
「あーそうだな……って待て待て。てめえは突然ナニを言い出してんだ? あと何だ、その冒険者ってのは」
「異世界転生して冒険者になる道を考えてたんです。でも本当に転生出来るかの可能性を考えると、やっぱり現実味が薄いと思いまして。ならば一層のこと、こっちの現実世界で冒険者になろうかと」
「いや、何を言っているのかサッパリ分かんねえんだけど」
この世界でも探せばダンジョンの一つや二つ、見つかると思うんだけどなあ。
そうブツブツと呟く僕を、菊谷さんは苦虫を噛み潰したような顔で見ている気がするが、たぶん気のせいだろう。
「……殺し屋には変人が多いと聞いていたが、マジだったみたいだな」
気のせいでは無かったらしい。失礼な、これでも真剣に今後の人生プランを考えているのに。
ああでも、殺し屋を辞めるのをどう師匠に伝えるべきか。やはり黙って抜けたら追手を差し向けられるのだろうか?
……それはそれでスリリングだから有りだな。
「なんでこんな奴を組長は雇ったんだか、いくら紹介があったからって……」
ボソリと菊谷さんが呟いたのはその時だった。
追手のことを考えてワクワクしていた僕だが、その言葉を聞いて思考が一瞬停止する。
今、彼は何と言った?
「紹介を、受けたんですか? 誰から?」
「誰って、さっき言っただろ。密輸業者を仲介してくれた、幹部の知り合いの知り合いの知り合いの知り合いって奴」
「……知り合いが一個増えてません?」
「そうだったか? とにかく、そいつが忠告をしたらしいぜ。承和上衆に手を出すならプロを雇った方が良い、何ならそれもこっちで紹介するって」
業者との直接交渉の時にはその仲介人も立ち会っていたらしい。
「まさか殺し屋がやって来るとは思わなかったがな」
「ウチはマルチにやっているんで……いや、それよりも、どうして組長さんはその忠告に従ったんです?」
「どうしてって、そりゃ
「本当にそう思いましたか?」
「?どういう事だ」
今回の任務は、ぶっちゃけ拍子抜けするほど簡単過ぎた。
確かに承和上衆の施設の一つひとつは、しっかりセキュリティが施されていた。しかし、村全体の警備はハッキリ言ってザルだと言って良い。カメラの数は多かったが変装すればそれ程問題無いし、死角もそれなりに見受けられた。
都会から離れた僻地とはいえ、村の知名度は言わずもがな。人の出入りが常に激しく、余所者が彷徨いていたとしても不審に思われることはまず無いだろう。
隙を見て子どもを一人攫うことぐらい、素人でも出来る筈だ。
「素人でも出来るは言い過ぎじゃねえか? そりゃあ、お前からしたら簡単に思えたかも知れんが、バレずに誘拐って事自体、普通は難しいもんじゃねえの?」
「でも今日の僕の仕事を間近で見て、菊谷さんは思いませんでしたか? "これくらいなら俺にでも出来る"って」
「…………」
「本当に、誇張抜きで、それくらい簡単な仕事だったんですよ。今日のは」
正直、わざわざ僕に依頼しなくても木戸川会の人間だけで……なんならその辺のチンピラに頼んでも成功したと思う。
それに、ウチへの依頼料金は決して安い方では無い。仲介者がいたのなら、その手数料も発生しているだろう。
それらを踏まえると、その仲介者の助言は酷く不自然に見えないだろうか? 必要も無い筈の助っ人を態々紹介したのは何故なのか。
がめつく仲介料をせしめる為? 僕の中ではどうにもしっくり来ないと思った。
「これも菊谷さんにお聞きしたかった事なんですよね。なんで木戸川会は、こんな仕事にわざわざ外から別のプロを雇ったんだろうって」
「念には念を入れたって感じ……でも無さそうって言いてえのか?」
「違うと思いますか?」
「俺は考え過ぎだと思うがなあ」
「そもそも密輸業者だって今回の件、見返りの要求としては不自然ですよ。子どもの誘拐くらい、あなた方に頼らなくても自分達で出来ることじゃないですか」
「……」
それに、疑問に思う事はまだある。……というか、これが一番不自然なのだが。
僕にまだ待機命令が出ているという点だ。
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