第10話 実行力のある厨二病ほど厄介な奴もいない


※視点がくるーり




 退屈な日常は嫌いだ。


 まあそんなもん好きな奴の方が少ないだろうが、僕ほどそれを疎んでいる奴はそうそう居ないと思う。それほど僕は退屈が嫌いだ。


 別に何かきっかけがあったという訳ではない。寧ろ何もきっかけが無かったから、毎日が平穏過ぎたから、こんな考えになったと言うべきだろうか。

 とにかく、物心がついた頃には既に平凡な日常が嫌いになっていた。これは最早憎悪と言ってもいい。


 毎日、毎日、毎日、毎日。

 勉強にしろ仕事にしろ、遊びにしたって似たような事の繰り返し。他の人はよくもまあ飽きないものだと逆に感心する。


「平穏が一番」と母さんは笑顔で語っていた。

 理解出来ない別の生き物に見えた。


 多分この感情は一生治らないだろう。このままでは僕は腐る。いや、もう既に腐りかけている。

 だから小学生の頃にはもう、自分の将来設計について真剣に考えるようになっていた。せっかく生まれたからには後悔しない人生を送りたい。

 平穏な日常が嫌いなのだ。だったら平穏じゃない日常に身を置けばいいじゃないか。

 となると、危険が伴う仕事に着くべきだろう。

 ダーティーワークだろうか? やはり。


 そう思って中学時の進路調査では、第一志望に「殺し屋」、第二志望に「傭兵」と書いた。担任からは巫山戯るなと怒られ、母さんからは呆れられた。

 周りからはよくある中学生特有のユニークな病気と勘違いされたらしい。だけど僕は真剣だった。


 いやまあ、真剣だからこそ立派な厨二病なのかも知れないけれど、僕の場合はその真剣度合いが違う。

 ちゃんと将来を見据えて行動できる。




「……あー、そこからなんで母親を刺そうって考えに至ったんだ?」


 自宅の台所。

 目の前には腰を抜かしてペタンと座り込んだ母さんと、見知らぬ壮年の男が立っている。


 僕の手には包丁があって、さっきはそれを炊事中の母さんに向けていた。後ろから刺そうとしたのだが、既の所で突如現れたこの男に邪魔されてしまったのだ。


 どっから現れたんだ、てか誰だこのオッサンは。


 男は包丁におくびれた様子もなく、それはもう執拗く理由を問くので、僕はそれに答えていた。でないと、抑え込まれている包丁から手を離してくれそうになかったのだ。

 ……痛くはないのだろうか? 刃の部分をがっちり握っているから、手から血がポタポタ垂れてるんだけど。


「えっと、実験です。僕がちゃんと人を殺せるかどうか確かめたくて……」

「だーかーらぁ、なんで殺す相手を母親にしようと思ったんだよ? 別に仲悪いってわけでも無いんだろ?」


 そう問われても少し困る。別に大した理由は無かったからだ。

 実験相手なんて誰でもいい。なんなら目の前にいるこの男でも全然構わなかった。


「ああでも、強いて言うなら一番大切な人だったからかな? 殺しの技術ではなく精神メンタルを問う実験だったので」

「……お前、さっき母ちゃんのことを理解出来ない別の生き物って言ってなかったか?」

「それとこれとは別ですよ。産んでくれたことに感謝してるし、考え方は僕とは全然違うけど、優しくて良い母さんでしたから」


 母さんを見るとポカンと口を開けて固まっていた。未だに情報の理解が追いついていないのか、それか余りのショックで脳がシャットダウンしてしまったのかも知れない。なんか目も焦点が合ってない感じだ。


 胸にチクリと何かが刺さった。何故かは判らないけれど、実験は失敗かもしれない。相変わらずおじさんは包丁から手を離してくれないし。


 多分、僕には殺し屋の才能が無いのだろう。


「うん、よく分かった。お前アレだな。馬鹿なんだろ」


 ガッカリしていた所におじさんはハッキリとそう言った。まあ丁度、僕もそうなんじゃないかと思っていた所だ。


「大体、こんな実験で殺し屋になれるか計れる訳ないだろ。計れるとしたら精々、人殺しになれるかどうかだ」

「……違うんですか? その二つって」

「違うわダァホ。お前、殺し屋に憧れてる癖にそんな事も知らねーのか」


 そんなこと言われても、それを教えてくれる人なんて僕の周りにはいなかった。

 例えばアパートの隣に牛乳好きの殺し屋が住んでいるわけじゃないし、父の友人にメカニックという渾名の殺し屋がいるわけでもない。


 生憎と普通で健康で退屈な環境で育ったんだ。殺し屋の家庭教師なんて存在、もしも近所にいたのならとっくの昔に供物を携え、五体投地しながら教えを乞いに行っただろう。


 殺し屋と人殺しの違い……いや、でもまあ何となくフンワリとした想像は付くんだけど。


「えと、アレですか? プロは不必要な殺しはやらない的な」

 

 僕の当てずっぽうな応えにおじさんは満足そうに頷いた。


「馬鹿でも一応、脳味噌は付いているようだな。その通り。ここでお前が母親を殺せたとしても、生まれるのは殺し屋じゃねえ、殺人鬼だ。依頼されて金貰ってなけりゃ、プロじゃなくてただの犯罪者なんだよ」


「プロも普通に犯罪者なんじゃ……」

「屁理屈言うな」


 屁理屈ではないと思うんだけど。

 ビシリ、と頭を手刀で叩かれた。めちゃくちゃ痛い。

 身悶えている間に包丁は奪われてしまった。


「犯罪者かどうかなんてお前にとっちゃ今更だろうが。俺が言いたいのは、プロになりてえならまず矜持きょうじを持てって話だ」


 矜持かぁ……矜恃ねぇ。殺し屋にもそういうのって本当にあるんだな。なんか漫画みたいだ。

 でも、そういう意識って本物になってから身に付けるもんだと思ってたんだけど。


「まあ、中にはプロを名乗っておきながら見境なく殺す奴もいるけどな。俺から言わせればアマチュア以下だ。ウ◯コだ、ウ◯コ」

「……おじさん、ひょっとして殺し屋なの?」

「元な、今は斡旋の方だ。街でお前を見かけた時、見込みありそうだと思ったんだ。跡をつけて正解だったよ」

 

 まさか、いきなり殺人シーンに出食わすとは思わなかったそうだが。それはさぞ驚いたことだろう。

 「最近のガキは怖えーなぁ」とか言いながら、おじさんは勝手に水道の蛇口を捻り、手の傷口を洗い始めた。

 ふと視線を見下ろすと、おじさんの血が結構たくさん床に散っている。掃除しとくか、と何となく思って僕はゆっくりと洗面所へ向かった。


 雑巾を絞って台所に戻ってきた時にはおじさんは手を洗い終えており、母さんに向かって何かを話掛けていた。母さんは相変わらずフリーズして反応無いままだったが。

 一応聞こえてる、ように見えた。


 濡れた雑巾でゴシゴシと床を擦る。もう既に乾き始めており、凝固して黒くなった部分が中々落とせない。血の汚れってこんなにしつこかったんだな。


「床の血を落とすなら、水じゃなくてコーラが一番良いぞ」


 悪戦苦闘しているとおじさんが今度は僕に声を掛けてきた。振り返るとまた勝手に、今度は冷蔵庫を漁っている。

 おじさん曰く、コーラは頑固な汚れや錆び取りに効く万能洗剤らしい。


「お前んちコーラ無いのかよ」

「炭酸苦手なんです」


 暫く頑張って掃除を続け、5分程で粗方拭き終えた。まだ少しこびり付いていたが、まあ良しとしよう。

 最後に僕が汚れた雑巾を捨てたのを確認して、おじさんは「さて」と声を上げる。


「お前、名前は?」

不和京司ふわきょうじです。」

「キョウジか……良い名前じゃねえか。京司キョウジには殺し屋の矜持キョウジって奴を教えてやろう」


 おじさんそう言ってクツクツと笑いだした。うん、駄洒落はスルーしておこう。


「えっと……弟子にしてくれるってことですか?」

「元々その為にお前ん家に上がり込んだんだ」


 そう答えておじさんは母さんに向き直る。


「という訳でコイツは俺が預かる。ここに居たら京司にとっても奥さんにとっても良くないしな。────あんたの育て方が悪かったんじゃない。偶に居るんだ。頭のネジが飛んだんじゃなくて、元から持たずに産まれてくる奴が」


 酷い言われをされた気がするが、今はそんな事どうでも良かった。

 本物の元プロが現れて弟子にしてくれるという、僕にとって願ったり叶ったりの話である。本当に漫画みたいな展開だ。都合が良すぎて詐欺なんじゃないかとさえ疑ってしまう。


「ホラ、行くぞ。どっちにしたって付いて来るんだろ?」


 そんな僕の思考を見透かしているかのように、おじさんはニヤリと嗤った。

 そうだ、この人が殺し屋だろうと詐欺師だろうと関係ない。どちらにせよ、付いて行けば僕が望んだ「平穏じゃない日常」に身を置けるのだから。悩む必要なんて最初から皆無じゃないか。


 僕は玄関に向かって歩き始めたおじさんを慌てて追いかけた。

 廊下に出る直前にチラリと母さんを振り返る。尚も呆然としたままだったけど、少しだけ右手がピクリと動いた気がする。無意識にこちらに手を伸ばそうとしたのかもしれない。


「……親不孝な息子でごめん。でもここに居たら僕は幸せになれないから」


 それに予感がするんだ。多分僕は大人になっても、今日のこの選択を後悔したりしないって。

 果たして大人になるまで生きているかは判らないけども。それでも、例え死ぬ瞬間が来たとしても後悔は残らないと思う。


 退屈な日常は嫌いだ。

 だから不穏な日常で僕は生きるよ。








「あーぁー……退屈だ」


 あれから七年。

 僕はとうとう裏社会にも飽きを感じ始めていた。


 ……畜生、予感だなんだと言っていた自分が恥ずかしいじゃないか。




--




「おかしい、こんな筈じゃなかったのに」


 実家と決別してからなんやかんやで早七年。僕はとうとう裏社会にも退屈を感じ始めている。


 いや、最初の数年はまだ楽しかった。知らない世界に知らない仕事、今まで会ったことのない強面の人達。覚えることは沢山あったし、師匠(あの時のおじさん)はスパルタだった。

 忙しかったけど退屈ではない。だから楽しかったのだ。


 師匠いわく、僕に才能があるらしい。何度か死にかけた事もあったけど、失敗らしい失敗は今まで一度も無かった。

 だからこそと言っていいのか。皮肉にもその成功の積み重ねが、飽きや退屈の蓄積に繋がってしまったのかもしれない。


 儘ならないものだ。ここ最近は師匠から新しい仕事を与えられても、以前のようなワクワク感やドキドキ感を全く感じないのだから。


「お、更新されてる」


 スマホを弄りながらそう溢す。

 最近の僕はもっぱらフィクションの世界に逃避していた。有名な小説投稿サイトを眺めて時間を潰すことが多くなっている。

 そして、小説に出て来る主人公達を見ながら只々羨ましく思うのだった。奇想奇天烈な物語で生きるのはさぞ楽しいことだろうと。

 中には理不尽な目に合う主人公もいるが、僕にとっては退屈するより百万倍マシだ。


 僕も死んだら異世界転生しないだろうか。剣と魔法の世界で殺伐と生きて、ゆくゆくはハーレムを形成したい。そんなことを考えながら溜め息をつくのだった。


「いっそ今から死んでワンチャン狙ってみるのもアリかな」


 七年前の予感は勘違いだったみたいだし。

 ああでも、よくある「チート能力授かった、俺TUEEEEE」みたいな展開は出来れば遠慮したい。あんなのあっても詰まらなくなるだけだ。



「おい、さっきから五月蝿えぞ! 映画に集中出来ねえだろうが!」


 僕がブツブツと独り言をしていると、気に障ったのか隣に座っていた男が突然キレた。


 暴力団「木戸川会」の下っ端、髪は金髪、名前は確か菊谷さん。彼は現在、自身が持ち込んだDVDプレイヤーで任侠映画の鑑賞中である。

 ヤクザでも任侠映画観るんだなぁ、などとどうでもいい感想を抱いたが、取り敢えず先に謝っておこう。


「すみません、お菊さん。気を付けます」

「俺を"お菊さん"って呼ぶんじゃねえ! ババアみてえだろ!」


 宥めるつもりが更に激昂させてしまった。


 いやだってあなた、上司の人から「お菊、お菊」と呼ばれていましたよね? その時はヘラヘラ笑っていたけど、内心では気に入ってなかったということか。


 というか、雑音が気になるのならイヤホンを使って鑑賞して欲しい。わざわざゴツいスピーカーまで用意して馬鹿なんじゃないかと思う。

 今が潜伏待機中ということを忘れてるんじゃなかろうか。



 目下、僕達二人は森澤市郊外のとある貸し倉庫でとある「荷物」の見張り中である。

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