第8話「馬鹿と言う奴が馬鹿」理論を否定したいけどこんな馬鹿らしいことを考察してる時点で既に馬鹿っぽいと気が付いた




「……時間だ。いくぞ!」


 鋼太郎からの合図が掛かった。作戦開始である。


 半身の構えから、右膝を抱え込むように持ち上げてタメを作る。左足踵を扉に向けて、指に力を入れると地面からピシリと音が鳴った。

 しっかりとコンクリートをいる。軸足の固定は上々だ。


「フッ!」


 短く息を吐いて、タメた右脚を鉄ドア上部に叩きつけた。


 通常、蹴り技の威力というものは自身の体重を乗せた方が強く働く。しかし膂力が跳ね上がる練体通を用いた場合、最も威力が出るのは「蹴り上げ」だ。


 左の軸足を地面に固定して、水平より上の角度で思いっきり突き上げる。股関節を目一杯開き、横蹴り上段の要領。インパクトの瞬間は軸足全体にも力を込めて、地面から身体を押し出すようにするのがコツである。

 自重を全く利用しない殆ど膂力頼りの力技だが、これが下手に体重に頼るよりも遥かに破壊力を生むのだ。「練体通」の膂力向上とはそれ程凄まじいものである。


 バキンッと大きな音を立てて、鉄製の扉は一撃で蝶番とドア枠から解放された。歪な碗型に拉げたそれは、倉庫内にガランガランと転がっていく。

 蹴りを終えた後も練体通を解かず、素早く倉庫内に侵入した。


 さて、蹂躙開始だ。ロリコンヤクザ(もうそれで良いや)には地獄を見て貰おう。


「オラオラァ!! 邪魔すんぞコラァ!?!!」


 カチコミよろしく威勢の良い台詞を吐きながら突入する。

 様になっているかは分からないし、相手はヤクザだ。慟哭ぐらいでビビってくれるとは思えないが、もしも固まってくれたら儲け物である。扉を派手に吹き飛ばしたのもその為の演出なんだし。

 まぁぶっちゃけ、気分でそうしたかったというのもあるんだけれど。


 弘香が人質に取られる前にチャチャっと片付けてしまおう。そう思いながら倉庫内を見回したのだが……


「……ってあれ?」


 果たして固まってしまったのは俺の方だった。


 というのも、明かりが照らされた倉庫内はガランとしていて、人影が全く無いのだ。弘香どころか、ロリコンヤクザすら居無かった。

 荷物らしき段ボール箱はいくつか置いてあったが、人が入れるような大きさではないだろう。死角らしい死角も無い。

 どないなってんねん、と混乱していると俺はあるものを発見する。


 この時点で、突入作戦は失敗したと悟った。

 

 倉庫内から聞こえていた声。その正体は段ボールの上に置かれたポータブルタイプのDVDプレーヤーからだった。流れているのは、BGM無しの映画のワンシーン。

 道理で声に聞き覚えがあるわけだ。俺の知ってる俳優じゃないか。

 しかもプレーヤーはご丁寧に大きめのスピーカーと繋がっていて、音質も上げられていた。生の声と聞き分け出来ないほどである。

 つまりこれは……


「鋼太郎! フェイクだ!! この倉庫じゃねえぞ!!」


 慌てて鋼太郎に叫んだ。……というか、奴は何をやってるんだ?

 突入して既に十数秒、倉庫内は未だ俺1人だった。同時に突入するんじゃなかったのか。

 そう思って俺が入ってきた裏口の対面側。鋼太郎が突入する予定だった正面シャッターを見てみると、俺は言葉を失った。



「くっそ! 抜けねぇ……!!」


 片耳に付けたヘッドセットからは、鋼太郎の焦った声が聞こえていた。


 …………。

 一体何が抜けないのか、それは俺の位置からでも一目瞭然だった。正面シャッターの中央部、大体俺の頭の高さくらいの位置から「脚」が一本生えている。

 恐らく、俺と同じように脚で蹴破ろうとしたのだろう。だが奴の蹴りの威力が強すぎたのか、はたまたシャッターが鉄ドアより脆かったのが原因か。鋼太郎の脚はシャッターを吹っ飛ばすことなく、貫通させてしまったのだ。

 おまけに突き破った時に出来たに引っ掛かって、脚が抜けなくなったらしい。体勢が悪過ぎて、練体通を使ってもパワーが出せないのだろう。


 なんともシュール……否、間抜けな光景である。

 とりあえず俺はスマホの通話を切ってカメラを起動した。


 パシャリ。

 


「……おい鋼太郎、遊んでる場合か」

「わかってる! ちょっと抜くの手伝ってくれ! 奴らが逃げちまう!!」


 どうやらカメラのシャッター音には気付いていない様子だった。それだけ焦っているのだろう。


 正直さっき突き落とされた恨みもあるので、このまま放置してやりたかった。しかし今は、そうも言っていられない。奴の脚と穴の隙間に指を突っ込んで、練体パワーで無理矢理穴を広げてやった。

 ついでに俺も外に出る為に、人ひとり通れるサイズになるまでメキメキと押し広げる。本来の倉庫の持ち主には悪いが、今更だ。


 広げた穴から這い出ると、既に脚を解放された鋼太郎は敷地の外に向かって駆け出していた。

 間抜けだった姿を弄ってやろうと思っていたのだが、逃げられてしまったようだ。先程の珍プレーは無かった事にしたいらしい。


 残念ながらその珍百景は、俺のスマホのフォルダにばっちり保存されているのだが。


「とか考えてる場合じゃないな」


 隣の倉庫を見ると、先ほど閉まっていた筈の正面シャッターが開いている。中を覗くが此方ももぬけの殻だった。

 しかし俺達が隣に突入する少し前までは、弘香含め犯人連中が潜んでいたのだろう。で、突入騒ぎの音を聞きつけて脱出を図ったと。

 スマホを操作し、再び鋼太郎に通話を入れる。ワンコールで繋がった。


「よう。結局、中央側が正解だったな」

「ああくそ! あいつら、俺の目の前を車で悠々と去りやがった! 舐めやがって!!」


 お前がY字バランスをとってる間にな。


「捕捉は出来てんの?」

「まだ車は見えねえけど、マップで追える! GPS様々だ! 最初から信じときゃよかった!」


 全くだ。過ぎたことを嘆いても仕方ないが、今回の空回りは悔やまれる。二人揃って間抜けもいいところだった。いや、デコイを用意していた奴らが一枚上手だったと言うべきか。


 ともかく俺も、練体通で脚力を強化してから奴らの追跡を開始する。道路は一本道なので、方向さえ分かれば迷う心配もない。



 こんな時だが、久々の練体通ありきの全力疾走は結構気持ち良かった。

 だんだんスピードに乗るにつれて、歩幅と脚の回転数がギャグみたいに上昇する。車並みの速度に達するには訳なかった。顔に掛かる風圧が半端ないが、練体のおかげで目もしっかり開けられる。


 幸いにも夜間のおかげで人通りどころか車通りも全く無い。田舎で助かった。コレが街中だったら、スマホやドライブレコーダーで撮られてネットの餌食になっていただろう。

 通力をガンガン練り上げて、速度を更に上昇させていく。


「お、いたいた」


 速度を上げ始めて割とすぐに、鋼太郎の背中を捕らえることが出来た。元々そんなに離れていなかったとは言え、意外と早く追いつけそうだ。


「なんかお前遅くね?」

「うっせ、革靴で滑るんだよ」

「いや、なら靴脱げよ。練体通なら裸足でも関係ないだろ」


 つーか、なんで荒事になると解ってて革靴履いてきたんだよ。ミリタリーブーツまでとは言わんが、せめてスニーカーぐらい用意するだろ普通。


「それにしても、何で気付かれたんだろうな?予め囮を備えてたにしても、脱出のタイミングが絶妙過ぎだったろ。俺らの接近がバレてたとしか思えないんだが……」


 敷地に入ってからはかなり慎重に行動したつもりだ。物音をたてるようなヘマはしてない筈。


「知るかよ。大方、外に暗視カメラでも仕込んでたんじゃねえの?」

「ざっと見た感じそんなもん無かったけどなぁ」

「ざっと見て分かんねえように仕込んだんだろ」


 まあ、確かにプロが本気で仕掛ける隠しカメラは、素人が気付けるような代物ではないだろう。

 以前見た情報番組で防犯特集か何かをやっていたのだが、最近は火災報知器型やハンガー型……中には親指サイズの超小型なんてのも普通に出回ってるらしい。

 俺達が気付けなかっただけの可能性は十分あり得る。だけど、どうにも何か違和感があった。


「自分名義の車で拉致るような、間抜けな奴らにしては周到すぎねえか? なんかこう、チグハグというか……」

「実際、その間抜け共にこうして出し抜かれてるだろ」

「まぁそうなんだけど……あ、もしかして他のチームの誰かが早まって先に突入したとか? そんで連絡取られてバレたとか」

「だったら俺らが接近する前にトンズラしてるだろ。それに、そんな迂闊なことする奴は作戦に参加してねえ筈…………いや、待て!」


 ズザザザ、と鋼太郎は急ブレーキを掛けて脚を止めた。


 訳が分からず俺も走るのを一旦辞めるが、今はタイムロスをしている暇はない。どうしたんだと聞こうとしたら、シッと口元に人差し指を当てるジェスチャーしてきた。


 何か音がするのか? と耳を澄ましてみると、風音に混じって遠くの方から微かにパタパタパタ……という連続音が聞こえてくる。ヘリローターの風切り音だ。まだ近くにいるらしい。



「……ひょっとして、俺らが乗って来たヘリの音で接近がバレたんじゃねえか?」

「…………oh」


 絶対にそれだ。間抜けは連中ではなく、俺達だった。

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