第7話 理不尽な目にあったからと言って他人に当たるのは良くないが犯罪者相手なら別にいいか




「鋼太郎おおおお! てめえええええ!!!!」



 ヘリから空中に投げ出された俺は、姿勢制御もままならず不格好な体勢のまま落下していた。


 スカイダイビングの姿勢の取り方なんぞ習ったことないし、そもそもどっちが空でどっちが地面なのかも分からない。これが昼間だったらまだ判断出来たのかも知れないが、今は夜だ。首をどっちに回しても真っ暗で解りようがない。

 一応、月明かりや町の灯りはあるのだろうが、その程度の光源を見つける余裕なんぞ今の俺にはなかった。


 いや、というか姿勢がどうとか関係ないのだ。このままだと俺はどんな体勢を取ろうと百パーセント確実に死ぬ。

 なんせパラシュートが無いのだ。千メートルの高さから五点着地をしろとでも言うのか。


「……あああっちっくしょう!! 練体通れんたいつう!!!」


 もうこれしか無いと必死で通力を練って自分の身体に展開させる。別に叫ぶ必要はないのだが、叫ばずにはいられない。


 そして着地……いや、激突の瞬間は唐突だった。


 ズバン!


「ぇぶっっ!!」


 時間にして約二十秒。体感的にはもっと長く感じたと思う。

 結局、最後の最後まで地面を把握出来なかった。来るタイミングが分からないまま、不意に訪れた途轍もない衝撃。肺にあった空気が全部抜けたと思う。


 スカイダイビングで事故が発生することは偶にある。パラシュートが開かなかったり、開いても旋回してスピードが出てしまったり。

 死傷者は度々出るが、中には奇跡的に助かった事例もあるらしい。その多くが柔らかい土や雪の上だったとか、或いは木がクッションになって助かったという例もある。

 俺みたいにアスファルトに激突して助かった奴はいないだろうが。


「はぁはぁはぁはぁはぁはぁ……」


 ダイブが終わって、落下中の緊張と焦りが抜けても恐怖心は未だ抜けていなかった。寧ろ時間が経つに連れて、だんだんと強くなっている気がする。心臓のバクバクも止まらず、呼吸は粗いままだった。


 これはアカン、駄目な奴だ。遊園地のアトラクションとは全く違う。純粋な「死の恐怖」から来るスリルだった。


 なんとか気持ちを落ち着かせようと深呼吸していると、背後でドスンッという鈍い衝撃音が響く。振り返ると、少し離れた位置で俺を突き落とした糞野郎がしゃがんだ姿勢で固まっていた。

 どうやら両脚で着地に成功したみたいだが、落下地点が道路脇の土の上だったらしい。足首あたりまで地面にめり込んでいる。


「……くっそ、靴が汚れた」


 悪態を吐きながら引っこ抜いているが、文句を言いたいのはこっちだ。


「──っお前、殺す気か! せめて十分に通力練れたかちゃんと確認しろって!」


「あん? どんなに鈍ってたとしても、最低限死なない程度に『練体』するなら一秒も掛からねえだろ。即死さえ免れたら後は『反転』で治しゃ良い」


 どうやらコイツは俺が大怪我を負って痛い思いをしても、神通力で治せばチャラだと思って突き落としたらしい。


 コイツ、無茶苦茶すぎる。

 完璧に治るにしても、その前の痛みと恐怖を無視してやがった。


 鋼太郎は未だ倒れ込んでいる俺をまじまじと観察して「でも無傷なのは流石だな」とニヤリと笑った。



 そう、確かに幸いなことに俺の身体は全くの無傷だ。肺の空気が抜けたなんて言ったが、内臓自体にも影響は無い。一方で、ぶつかった道路には蜘蛛の巣状にヒビが入っていた。

 どうやら、あの状況でも「練体通」はちゃんと展開出来たようだった。この分だと「反転通はんてんつう」を自分に掛ける必要は無いだろう。



 もうお判りだろうが、承和上衆の神通力は治癒能力だけではない。一般的には伏せられているが、神通力の機能性は世間の認識よりずっと深く広範囲に及んでいる。

 でなければ、そもそも俺達がヤクザ相手に喧嘩なんて買える筈ないだろう。


 身体を強化する「練体通」もその内のひとつ。

 膂力や心肺機能を上昇させる技だが、展開中はついでに身体の耐久力も飛躍的に向上する。

 骨や筋肉だけではない。眼球や喉元、睾丸といった本来鍛えようのない急所から、脳を含む内臓に至るまでだ。

 極めれば全身が世界一頑強な物質になると言っても決して過言では無い。


 ……だからと言って、いきなりの千メートルダイブが怖くない訳が無いだろう。鋼太郎バカに常識を問いたかった。

 因みに「反転通」とは世間が既知する治癒能力のことである。


「さて、もう余りグズグズしてられねえ。目的地はすぐそこだ。ちゃっちゃと潜入しようぜ」


 そう言って鋼太郎は自分の後方を指差した。どうやらそっちに件の貸し倉庫があるらしい。

 文句は全然言い足りないが、時間が無いのもまた事実。「おのれ、覚えておけよ」と念を込めながら立ち上がった。




 奴曰く、現場は郊外にあると言っていたが本当に町外れもいいところだ。

 俺達が今立っている場所は道路を挟んで片側は杉林、もう片側は田畑が延々と続いている。最早郊外と言うより完全な田舎だった。

 田畑側にはポツポツと家は建っていたが、その間隔は結構広い。灯りといえばその家々の電灯か、等間隔に並ぶ道路照明くらいだ。もし月明かりが無かったら道路以外の情報を得られなかっただろう。

 

 そして鋼太郎が示す先、落下地点から道路を百メートル程行った所にその貸し倉庫は設営されていた。田畑側ではなく杉林側にそのスペースが切開かれており、見取り図通りに全六棟が三棟ずつ二列に並んでいる。

 一つひとつがコンビニくらいの面積で、外観はコンテナ倉庫をそのまま大きくしたようなシンプルなものだった。


 何故こんな立地の悪い所で貸し倉庫が運営されてるかは謎だったが、こと監禁場所としては最適に見える。ここなら人通りも殆どないから、バレる心配が無いのだろう。


「使い方、分かるか?」

「多分な」


 敷地に入る一歩手前。鋼太郎から手渡されたのはワイヤレスタイプのヘッドセットである。先程ヘリで使っていたゴツい奴ではなく、片耳に装着する小さいタイプだ。

 今回は二手に別れて挟撃するので、連携では確かに役に立つ。奴にしては準備が良い。手早く設定し、スマホの通話をオンにする。

 俺と鋼太郎は互いに頷くとそそくさと敷地の中に侵入した。



 さて、ここからは犯人に気付かれないよう、音を立てず慎重に行動しなくてはならない。その上でどの倉庫に弘香が監禁されているのか、時間が許す限り探る必要がある。


 期待はしていなかったが、やはり外に見張りは立っていないし、車も表には出ていなかった。

 地面はコンクリで出来ていたが、一応タイヤ跡らしきものは確認できる。しかし、いくつも入り乱れておりどれが犯人のものか判別は難しい。


 耳を澄まして音も探るが、怪しい物音は聞こえなかった。ザワザワと風に揺れる杉林の音と、田んぼ側から鳴いている蛙の鳴き声しか聞こえない。

 ……いや、遠くの方で連続して聞こえてくる音がもう一つ。だがアレは俺達が乗ってきたヘリの音だ。今は関係無い。

 残る手掛かりは明かり漏れなのだが、それも少し見た限りではわからなかった。窓も無い上に正面のシャッターは全て隙間なくピッチリと閉まっている。これでは確認しようが無い。


 これはどうしたもんかと頭を悩ませた。もう作戦開始まで五分を切っている。こうなっては一か八か、GPSを信じて北側中央の倉庫に突入するしかないだろう。

 それを最終確認しようと鋼太郎に視線を送るが、奴は少し離れた位置で一点をじっと見つめていて、俺の視線には気付いていなかった。

 何やってんだ? と睨んでいると此方を振り返り、来い来いと手招きしてくる。

 近づいてみると、奴はスッとある場所を指差した。

 ……あれは、ダクトの排気口?

 

「おお……」


 小声ではあるが、思わず声が漏れる。排気口の隙間から僅かだが、明かりが漏れているのがハッキリと分かったからだ。

 そこはGPS が示した北側中央では無く、ひとつ隣の倉庫。俺達が進入した道路側から見て、最も奥に位置する倉庫だった。

 そっと近づいて耳をそば立てると、中からボソボソと男声の会話が聞こえる。少なくとも2人以上はいるようだ。言っている内容までは聞き取れないが、この中に人がいることはまず間違いないだろう。


「決まりだな……連中はこの中だ。もしかしたら弘香だけ中央側に閉じ込められてる可能性もあるが、先に叩くべきはこっちだろ」


 鋼太郎は通話越しに小声でそう言った。俺もその意見に同意する。

 第一目標が救出とはいえ、不安要素を先に叩くのは理にかなっている。というか、弘香が犯人と一緒にこっちの倉庫にいる可能性も十分有り得るのだ。ここは決心すべき所であろう。

 どうやらギリギリで特定が間に合ったようだった。


「俺が正面シャッター行くからお前は裏口の扉に回れ。時間と同時に俺が合図を出すから派手に突入しろ」

「了解」

「相手はいたいけな少女を拉致るロリコンどもだ。遠慮せず死なない程度にやれ。」

「あいよ」


 敵が本当にロリコンかどうかはともかく、遠慮する気は更々無い。相手はヤクザ屋なので銃器ぐらいは所持しているだろうが、そんなもの練体した肉体の前では豆鉄砲に等しいだろう。

 まあ、服に穴が空くのは嫌なので当たってやるつもりも無いのだが。


 一番気を付けなければならないのは、弘香が人質に取られるパターンだろう。だから気付かれないうちに派手に突入して、相手が混乱している数秒で制圧してしまうのが最良だ。

 裏口の前に忍び寄って改めて通力を練る。練体している間も男達の会話は続いていた。


 相変わらず何を話しているのかまでは聞き取れないが、ここでふとある違和感が沸いた。急いで通信で鋼太郎に伝える。


「なあ、こいつらの声、なんか聞き覚えあんだけど」

「あん? お前反社に知り合いでもいたのか?」

「いや、そんな筈ないんだけど……つーか、聞き覚えがあるだけで、誰の声か思い出せないんだよな」

「……突入すりゃわかるだろ。もう後二十秒だ。もし知り合いだったとしても、躊躇うんじゃねえぞ」


 鋼太郎の言っている事は尤もだった。こんな土壇場で集中を欠くのは危険に繋がるかもしれない。どちらにせよ突入するしか無いのだ。


「まぁ気にはなるけど、入ってからのお楽しみだな」


 そう気持ちを切り替えることにした。

 左脚を少し引き、半身に構えて腰を落とす。そして足の裏で地面のコンクリをギュッと身体を固定させた。

 

 通力は十分練れている。今の俺はT-8◯◯だ。

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