第6話 最低十五万円くらいで体験できるアトラクション



「所で、あと二十分も掛からない内に現場に着く訳だが……」


 ヘリに乗る機会なんぞ中々ない。というか乗るの初めてだったので、窓から見える夜景を楽しんでいると鋼太郎から声が掛かった。


「お前、腕の方は鈍ってないよな?」


 言われて気がついたが、そういえば大学に入ってから神通力の「じ」の字も使っていない。俺が承和上衆であることは当然隠して生活しているので、使う機会が全く無かったのだ。


 確かにこれから向かう先では絶対荒事になる。本番前に少し動作確認をした方がいいかもしれない。

 ……尤も一日サボれば取り戻すのに3日掛かるという、昔の部活言葉みたいな代物では無い筈だが。まあ一応念の為だ、準備運動はしておこう。


「ちょっと通力つうりょく練ってみるわ」


 そう言って意識を集中した。


 ──通力。

 少しややこしいのだが、神通力の略語、通力つうりきとはまた意味が少し違う。

 ニュアンスとしては神通力を「魔法」と表現するのならば、通力は「魔力」だ。代々、承和上衆の血族のみに受け継がれている神通力の根源と言って良い。


 常に体内に流れるこれを知覚し、操り、重ね、練り上げ、表へと展開する。この感覚を口で説明するのは難しいが、神通力を使うプロセスはそんな所だ。


 久しぶりに自分の中にある通力を弄ってみる。

 丹田から全身へ、それを再び丹田へ。集まったそれを腕へ脚へ頭へと順番に移動させ、今度は「粘り」を出す為によくかき混ぜ、よく捏ねる。


 ……捏ねると言えば、今日の片岡のマッサージを思い出す。結局俺にやってもらうことはなかったが、傍から見てもあの腕前は実に見事だった。

 あの光景をイメージの参考にして丁寧に通力を練り上げていく。


「うん、問題無さそう」


 一度乗れるようになった自転車は何年経っても乗り方を忘れないアレと同じ感覚だった。潜在記憶と言うんだっけか。


 というか、久々だというのに前より良い感じで通力を練れている気がするんだが。……アレか? 片岡マッサージのイメージが良かったのか?

 今度マジで片岡にマッサージしてもらおう。もしかしたら神通力の新しい境地に立つヒントになるかもしれない。


「問題ないなら、結構結構。仮にもしお前が通力練れないってなってたら、何の為にお前を待ってヘリまで用意させたのかって話だからな」


 と言う鋼太郎はヘラヘラ笑っていた。まあ確かにこのタイミングで通力使えねえ、ってなったらそら俺でも怒るんだけどさ。

 もうヘリ云々に関しては少し執拗い気がする。一応こっちも謝ったんだし、そろそろ弄らないで欲しい。


「……で? 突入に具体的な作戦とか立ててんのか?」


 露骨な話題転換ではあるが、これも今のうちに聞かなければならないことだ。


 鋼太郎は懐からタブレットを取り出して、写ってる画像を俺に見せてきた。どうやら現場の貸し倉庫の見取り図らしい。

 見取り図と言っても、倉庫と思われる同じ大きさの長方形が3つずつ2列に並んだシンプルなものだった。


「見ての通り、現場は四百坪の敷地内に六つの倉庫が密集している。このどれかに弘香はいるんだが、GPSも精度は完璧じゃない。一応北側の真ん中の倉庫を示しているんだが、あくまで参考程度に留めておいてくれ。」


 意外と知られていないが、GPSはモノにもよるが、しばしば細かい誤差を表示する事がある。大きいものだと百メートルずれる事もあるらしい。確かに余りアテにするのは怖いだろう。


「……となると、作戦開始前にどの倉庫にいるか確実に絞る必要があるな。この倉庫の大きさなら車ごと隠してる可能性は高い。ならヒントになるのは轍や足跡。あと、明かりの隙間漏れや物音か」


 俺もそう意見を述べた。

 今回は突入作戦だから初動がものを言う。もしも見当違いの所に突入してまごついてしまったら、最悪人質共々逃げられかねない。


「入り口に見張りを立たせるような間抜けな連中だったらこっちも助かるんだがな。探す手間が省ける。で、一つの倉庫に絞り込めたら、二手に別れて同時に突入する。どの倉庫も造りは同じだ。正面のシャッターと裏口の扉。窓は無いからこの二つを押さえたら逃げられる心配もない」


「もし一つに絞り込めなかったら?」

「GPSを信じて北側真ん中を叩く。……もし中を確認して誰もいなかったら、そのまま二手に別れて素早く他を確認するしかねえ」


 まあ、仕方ないだろう。向こうも此方の接近には気付いていないだろうから、油断している筈だ。そう素早くは動けまい。……たぶん。


「となると、あとは連中の人数だな。目算は?」

「女のガキ一人を見張るのに五人、十人もいらねえだろ。精々二、三人ってところだろうな」



 ……そう言えば、弘香は確かまだ小学生だったな。


 一応彼女も承和上衆の生まれではあるが、所詮まだ子どもだ。神通力に関してはまだ基本的な通力操作ぐらいしか出来なかった筈。

 つまり、そこら辺にいる普通の小学生と何ら違いは無いのだ。


 そんな子どもを拉致、そして監禁。


 到底許される所業ではない。極道の仁義とやらはいったい何処にいったのか。

 今更ながら、犯人に対する怒りが沸沸と湧いてきた。……湧いてくるのだが、同時にフッとある疑問が浮かび上がった。


「なあ、今回の作戦に鞠香まりかさんと漆香うるかさんは参加しないのか? あの二人なら絶対に救出おれらのチームに入ろうとするだろ?」


 菜々瀬鞠香と菜々瀬漆香は承和上衆、菜々瀬家三姉妹の長女と次女だ。この二人は俺達よりも年上で、つまり菜々瀬弘香とはだいぶ年の離れた姉にあたる。

 二人共まだ幼い妹のことを溺愛しているから、今回の件で黙っている筈がないのだ。


「実行犯、及びその組織には動機等、裏事情を聞き出す必要がある。だから生け捕りは必須だ。……あの2人なら殺しかねない」


 納得行く説明だった。確かに二人なら犯人に事情を聞き出す前に殺しかねない。弘香の事になると性格変わるからな。

 きっと簀巻きにして引き摺り回した後、陵遅刑に処すのだろう。大袈裟ではなく、奴らなら絶対やる。


 鞠香と漆香は上からの命令で、今作戦には参加出来なかったらしい。今頃、気が気ではないだろう。


「当たり前だが、失敗は許されねえ。もう一度言うが、最優先は弘香の救出。もし失敗したら俺達は姉二人に殺されると思っとけ」


 まあ、言われるまでもない。弘香は絶対に助けるし、俺も殺されたくはない。


 そう決意を固めた所でヘリの操縦士から声が掛かった。そろそろ現場上空らしい。


 それを聞いた鋼太郎はうし、行くか!と言って、自分の席のシートベルトを外した。

 まだフライト中である。迅る気持ちは分かるが、ベルトを外すのは着陸してからで良かろうに。

 とか思いながら見ていると、奴は何故か俺のベルトにも手を掛けた。


「おら、お前もボケッとしてないで飛び降りる準備しろ」



 …………飛び降りるだと?


「待て待て待て待て、なんだそれは? 聞いてないぞ?」


 鋼太郎は止める間もなく俺のシートベルトを外すと、今度はヘリの扉に手を掛けガチャリと開いた。途端、ヘリ内部に強風が舞い込んでくる。

 外の様子は夜なので確認し辛いが、確実にまだ千メートル以上の高度はありそうだった。

 

 おい、閉めろ。危ないだろ。


「離陸前に確認したんだが、現場の周囲五キロ以内にヘリが安全に着陸できそうなスペースが無かったんだ。しゃーないから装備ねえけどスカイダイブで降りる」


 ……しゃーなくねえよ! 他に方法あんだろ!? なんだ装備が無いって!!


「パラシュートは!?」

「ねえよ、あっても使い方わかんねえだろ」

「ロープ! ロープ降下は!?」

「ねえよ、あっても降り方わかんねえだろ」


 面倒くさそうに同じレスで返してんじゃねえええ!!


 頭を抱えた俺を無視して、鋼太郎は俺が付けていたヘッドセットを無理矢理はずした。後は流れるような展開だった。


「おら、さっさと通力練り直せ。あと十秒で突き落とす」

「だから待てって! 話せばわかる! せめてもっと高度を落とせよ!!」

「時間ねえんだよ……はい、十秒」


 げしっ


 そんな間抜けな効果音が聞こえてきそうな蹴り方で、奴は俺をヘリから突き落とした。



--



 さて、俺こと戸塚恭介はご存知の通り山に囲まれた辺境のド田舎出身である。恥ずかしながら大学に通うまで、碌に村の中から出た事はない。

 初めて都会に出てきた時は、お登りさんよろしくポカンと高層ビルを見上げていたものだ。


 仕方ないだろ。なんせ承和上衆の子どもは、高校卒業まで一人で村の外に出るのは許されて無いのだ。

 俺達は神通力という秘匿性の高い能力を親から受け継いで生まれている。もし村外で不用意に使って正体がバレたら、どんなトラブルに会うのか分かったものではない。村の中であれば大人達が守ってくれるから比較的安全だったのだ。

 無論、四六時中という訳では無いので、今回は誘拐事件を許してしまったが、これは例外と言って良いだろう。普通は滅多に起こらない。


 まあとにかく、そんな訳で映画館もボウリングもゲーセンも水族館も動物園も。レジャー施設と呼ばれる所に遊びに行った経験なんて、俺には殆ど無いのだ。


 だから去年初めて遊園地に行った時はすごくテンションが上がった。

 そこは絶叫系のアトラクションが売りで、大学の友人らと馬鹿みたい騒ぎながら幾つも梯子したのを覚えている。

 どのアトラクションも面白かったが、中でも一番気に入ったのはフリーフォール系だった。垂直にゆっくり上がって、一気に急降下するアレだ。

 お尻に掛かっていた重力が一瞬で消えるあのフワッとした浮遊感。その後にくる強烈なスピード落下。何故か俺のツボに刺さり、少なくとも3回以上同じ奴に乗った気がする。

 最初頂上に登って停止した時は結構ビビったりもしたが、その日の最後にはすっかり絶叫系の虜になっていた。


 いつかはバンジージャンプにも挑戦するか、とその時は呑気に考えていたものだ。


 


「イヤ嗚呼"嗚呼"あ"ああああアア!!!」


 あの日の俺に教えてやりたい。お前は近いうちにヒモ無しバンジーを……否、パラ無しスカイダイビングをやらされるのだと。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る