第5話 最低十五万円くらいから始まる移動方法



 


 地元の人はタダで治して貰えるんだよね?


 雛川先輩は山白村の治療についてそう質問していたが、それは少し間違いだ。

 承和上衆は村外から来た患者に対しても治療費を請求したりしない。村民、それ以外関係なく全て無料で治療を施している。


 では承和上衆は非営利団体なのかと問われると、それは否だ。村に宿泊施設や商業施設を建てた企業連から、ちゃっかり収入の一部を受け取る契約を交わしている。

 承和上衆の神通力あっての儲けなのだから、当然といえば当然の権利だ。


 今尚来訪者は増え続けているので、それに比例するように新たに参入する企業と施設の建設も増加している。

 収入源が尚も増えている為、今の承和上衆の一世帯あたりの収入は一般家庭のそれとは比較にならないだろう。



「……だからと言って、直接な営利目的の誘拐とは考えにくいだろうな」


 と、鋼太郎はやたら排気音が煩い車を運転しながらそう呟いた。

 その意見には俺も同意だ。単純に金が欲しいのなら、普通に金持ちの子どもを誘拐する方がまだ安全だろう。

 なにせ承和上衆に手を出すということは、ソガミ教の逆鱗に触れると同義だ。一時の大金欲しさに宗教団体を敵に回す奴なんてよっぽどの馬鹿としか言いようがない。


「となると犯人の目的は怨恨か、もしくは神通力の秘密そのものってところか」


 今となっては大抵の人からには感謝と評価を得ている承和上衆だが、もちろん恨みを買っているケースも多々あるのだ。

 顧客を減らされた医療関係者や保険業者。ソガミ教の対立宗教。中には治療の行使が間に合わずに亡くなった、患者遺族からの逆恨みなんてのもあるかも知れない。


 もう一つの「神通力の秘密が目的」というのは、もっと解りやすい理由だろう。

 承和上衆の奇跡の力に興味を持つ連中なんぞ、今や世界中の何処にでもいる。中には荒っぽい方法を使ってでも、神通力を手に入れたい輩がいても不思議ではない。


「犯人の目星は?」

「ついて無い。なんせ候補が多すぎるからな」


 まあそうだろうな、と溢した俺に鋼太郎は意外にもこう続けた。


「……と最初は思ってたんだけどな、一つ候補に上がってる連中がいるんだ。弘香に着けていたGPSのお陰で発覚した」

「GPS? 備えてたのか?」

「ああ、良くも悪くもウチは有名になり過ぎたからな。自衛手段がない奴の万が一に備えて、上が用意してたんだよ。最近な」


 靴底内部に仕込まれたそれは未だ犯人側にバレていないらしく、今もリアルタイムで追跡中である。俺達が今向かっている場所もGPSが示しているポイントだった。

 弘香は今、森澤市郊外にある貸し倉庫に監禁中らしい。


「ウチの親父は警察に顔が効くからな。問い合わせたら、過去にその場所を取り引きに利用していたヤー公がいたんだと」


 4代目木戸川会。森澤市に事務所を構えている、一本独鈷を貫く小規模の暴力団だそうだ。

 今回の犯行はそいつらが絡んでる可能性が高いと言う。


「……普通、警察が把握してる場所に監禁なんてするか? 貸し倉庫なら今は全く関係ない奴らが利用してる可能性もあるだろ」

「一応、犯行時刻に村の監視カメラに映ってた車も大至急で警察に照会させたんだ。その中に連中の物とおぼしき車もあったらしい」

「おぼしき?」

「ナンバーは違った。だが偽造プレートなんて結構簡単に作れるからな。調べたら案の定、本来登録されてないナンバーだったらしい。まあ、車種が一致しただけでも疑いは十分だ」


 それだと話はわかるが、事実だとすればまた疑問が浮上する。


「GPSに気付いてないのはともかく、組名義の車で拉致るのは少し間抜け過ぎるだろ。曲がりなりでもプロなら別の車を用意するんじゃないのか?」


 素人の俺でも思いつくのだ。後ろ暗い行動に慣れてる連中の犯行にしては、お粗末としか言えない。まるでバレても構わないと言いたげだ。


「疑問はごもっとも、何かウラがある可能性は高い。だから犯人の生け捕りは必須だ。動機含めて色々吐かせる」


 もちろん弘香の救出が最優先だけどな、と鋼太郎は付け加えた。



 それにしても、何故俺まで駆り出されてるのだろうか。

 承和上衆の人員は実は百人以上いるのだ。中には戦えない者や明日の通常勤務に備える者もいるのだろうが、それを差し引いても少なくとも20人くらいは動かせる筈だ。

 人質救出には充分過ぎる。わざわざ村を離れている俺が出張る必要はない。


「ついでに木戸川会の所有する全ての施設も同時に襲撃するって話だ。憂いを断つ為に徹底的に洗うんだと。クロであれシロであれ、木戸川会は今夜で終わりだな」


 ハッハッハと鋼太郎は笑う。どうやらそっちに人数を割いているらしい。件の貸し倉庫に向かっているのは俺達だけだそうだ。

 ……まあ、俺達二人だけでも充分と言えば充分か。


「相変わらず身内の事になると過激だなぁ、親父たち世代が裏でイロイロ繋がるようになってからか……」


 そのお陰で今の承和上衆は警察等、公的機関にもかなり口が効くらしい。今回みたいな無茶も後で揉み消してくれるそうだ。

 少しやり過ぎな感は否めないんだが。


「神通力が有名になり過ぎたんだ、それなりの対策は必要だったんだろ。お陰で今回の対応もスムーズに進んでいるしな……っと、そろそろ着くぜ」


 そう言うと鋼太郎はウインカーを出して、車を道の端に寄せようとする。窓の外を見ると、其処は百貨店などが建ち並ぶ繁華街のど真ん中だった。俺も何度か足を運んだ事がある場所である。


 どう見ても目的地とは違うだろう。そもそもここは森澤市のある県ですらない。


「いや、着いたって……まだまだずっと先じゃねえか。寄り道してる暇無いんだろ?」


 と言ってる間に車は完全に停止していた。止まったそばのビルを見てみると、一階のテナントには某有名ハンバーガーチェーン店が収まっていた。入り口には象徴の黄色いMの字がデカデカと掲げられている。


「……せめてドライブスルーあるとこ探せよ、この店には無いぞ?」

「何バカ言ってんだ、行くのはこのビルの屋上だっつの」


 親指でくいっと屋上を指しながら鋼太郎は呆れた顔をしていた。

 

 ……屋上とな?


「言ったろ、同時襲撃だって。作戦開始の時間は決まってんだよ。連絡取られて逃げられたらコトだろ」

「……まさか」


「もう森澤市まで車で行っても間に合わねえから、ヘリを用意させたんだ。そもそもお前がもっと早く電話に出ていれば、こんなギリギリにはならなかったんだっつーの」

「あーー、……なんかすんません」


 ヘリについてツッコミたかったが、俺のせいで用意させたのなら飲み込むしか無かった。

 いや、でもヘリて。


 



 屋上に到着すると、其処には小型のヘリコプターがエンジンを始動している状態でスタンバイされていた。

 地上と比べてビルのてっぺんはかなり強い風が吹いており、ビュウビュウと風の音が煩い筈だがそれ以上にヘリの音の方がだいぶ煩い。

 既に操縦席に座ってるパイロットの他にスーツ姿の男が一人、ヘリのすぐ側でこちらに向かって手招きしていた。

 何かを叫んでいたがうまく聞き取れない。恐らく早く来い的な事を言っているのだろう。鋼太郎と駆け足でヘリに近づく。


「急に用意させるから焦りましたよ! しかもビルの屋上にですよ!? 事後処理大変なの分かってますよね!?」


 近づくなり彼は鋼太郎に向かって文句を言って来た。大声なのはヘリの駆動音が煩いからだけではないのだろう。かなり感情を含んだ叫びだった。


 まあ、当然だろう。日本のビルのヘリポートは火災やテロ等の緊急時にしか使用が許されていない。よく映画とかでヘリがビルから飛び立つシーンがあるが、それが出来るのは海外だけである。

 チャーターに関しても、事前に必要な手続きを諸々すっ飛ばした筈だ。完全に違法行為、というか普通なら実現不可能である。


「文句ならコイツに言ってくれ。女と酒を飲んで遅れたからこの方法しかなくなったんだ」


 鋼太郎は俺を顎で指しながら言い訳していた。酷い言われようだが、事実も含む。スーツの男には謝っておいた方がいいだろう。最敬礼、45度でお辞儀しておく。


「すぐ飛べるか?」

「風が強いですけどなんとか飛べます。作戦開始まであと三十分です」


 どうやら本当にギリギリらしかった。ここから森澤市までは百キロメートル以上ある。確かに車では絶対に間に合っていなかった。

 急いで二人してヘリに乗り込む。


「あと悪いけど、俺の車回収しといてくれ。ビルの前に停めちまったから、切符切られる前に頼む」


 そう言って鋼太郎は車のキーを彼に渡した。すんごく嫌そうな顔をしている。普段からこき使われているのかもしれない。


「扉閉めます! 救出、絶対成功させてくださいよ!」


 スーツ男は最後にそう叫んでバンッと扉を閉めた。彼が離れたのが確認されてから、ヘリはゆっくりと上昇を開始する。




「承和上衆の外部交渉担当なんだ、あの人。普段は村の外で働いてるから顔見たことなかっただろ?」


 ヘッドセットを装着していると、マイク越しに鋼太郎が説明してきた。というか、そんな役職がある事すら俺は知らなかったのだが。

 まあ、公機関とのコネがあるんだから有って当然っちゃ当然か。


「お前も大学出たら本格的にウチで働くんだ、ああいう人達に世話になる機会も必ず出てくる。顔、覚えて置けよな」


 世話になるって言ってる割には使い方荒らそうだったけどな。

 というか鋼太郎はさっきから先輩面してるが、お前普通に俺とタメだろ。受験した大学全て落ちて、泣く泣く先に承和上衆に入ったんだろがい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る