第一章

第4話 同窓会で知らない奴から声を掛けられても取り敢えず知ってる風に話を合わせるが大概話が噛み合わない



 店の外に出ると何処かじめっとした空気が頬を撫でる。雨は降っていないようだが、梅雨明けはまだまだ先だろう。

 ただ、酒の酔いが感覚を鈍らせてくれてるお陰でそこまで不快とは感じなかった。


 解散はその場でとなったが、片岡と雛川先輩が電車組なので駅まで送ることにした。千鳥足とはいかなくても、二人共そこそこの量を飲んでいたから念の為だ。

 俺も酔いを覚ますのに丁度いいし、今日は奢られた立場だ。多少自宅まで遠回りになっても構わないだろう。


「戸塚くんのアパートは大学から近いんでしたっけ?」

「徒歩五分かな。最悪、始業十分前に起きてもギリギリ間に合う」

「なにそれ、めっちゃ寝れるじゃん」


 などと会話しながら駅へと向かっていた。三人共酔っている為か、途中で話は二転三転していくが気にしない。楽しければそれで良いのだ。


「……納豆炒飯なっとうチャーハン? 炒飯はパラパラしてるのが美味いんだろ。それにネバネバしたモン掛けてどうするよ? 炒飯への冒涜だろ」

「ですから、納豆もフライパンで一緒に炒めて水分を飛ばすんです。それでネバネバはしなくなりますから」

「納豆からネバネバを奪ったら納豆への冒涜よ」


 話題が納豆炒飯なる片岡お勧めレシピの話になったところで、ようやく駅へとたどり着く。

「日程の件、友達に確認取れたら連絡するね」

「送ってくれてありがとうございました」

 最後にそう言って二人は改札を抜けていった。

 

 二人が見えなくなるまで見送った所で無意識にフゥ、とため息が溢れる。


「なんか、疲れた……」

 ついでに言葉も溢れた。

 今日の飲み会では、触れられたく無い地元の話題が出て少し焦った。

 酒の席だったせいもあって、ひょっとすると余計な事まで喋ってしまったかもしれない。


 だがまあ、致命的なボロは出していないと思うので良しとしよう。旅行の件は今からでも不安に思うが、もう開き直るしかない。

 この際楽しんだ者勝ちだ。


 さて、コンビニにでも寄って帰るか。そう考えて踵を返そうとすると、横から突然声をかけられた。


「……で? お前はどっちを狙ってるんだ?」


 隣を見ると見知らぬ大男が立っていた。



--



「タイプはそれぞれ違うけど、二人とも結構可愛かったな」


 俺の隣でそう言ってるのは、190センチはあろう長身の男だ。

 髪型はツーブロックで夜なのにサングラス、おまけに耳にはピアスを開けている。厳つさとチャラさが混ざった、あまりお近づきになりたくないタイプだった。

 そいつは片岡と雛川先輩が消えていった改札の方を見ていたので、恐らく二人とは彼女らのことを言っているのだろう。


 なんだ? コイツ。


 普段だったら完全に無視して、とっととその場を去る状況だ。

 しかし、サークルの仲間に対して下卑た視線(もう二人の姿は見えないが)を向けているこの男に、多少カチンときてしまったのは仕方ないだろう。仕方なくない筈がない。


 まだ酔いが残っていたせいもあって、俺はその失礼な男に思いっ切りガンを飛ばしていた。


「そういや、恭介の好みはショートヘアだったよな。つーことは、狙ってんのは背の低い黒髪の方か。……俺はどっちかっつーと、茶髪の子の方が好みかな」


 男の顔はまだ改札の方を向いていて、俺のガン睨みには気付いていない様子だった。


 呑気に自分の好みまで語ってやがる。恐らく黒髪の方とは片岡のことで、茶髪の子とは先輩を指しているのだろう。

 なんか他人(俺)の好みについても知った気でいる様だが、俺は別に女性の髪型に好きなタイプ云々なんて物はそもそも持って無い。その人に似合っている髪型が一番だと思っている。

 確かに昔好きだった女の子はショートヘアだったが、それはその子の一番似合う髪型がショートヘアだったからに過ぎない…………


 ……というか、なんでコイツ俺の下の名前を知ってんだ?


 この男が駅へ向かう俺達の跡をつけていて、会話を盗み聞きされた可能性は確かにある。

 だが、片岡も先輩も俺のことは苗字で呼ぶのだ。恭介という、俺の下の名前を知るタイミングなんてある筈がない。


 ひょっとして俺が忘れているだけで、実は知り合いだとか。……いやいや、ないないない。こんなデカくて濃い奴が知人だったら、忘れる訳ないだろう。


 取り敢えず「ガン睨み」を「観察」に切り替えて、男の横顔を見ていると、とある人物の顔が俺の頭に浮かんだ。記憶の中にあるソイツの声も、目の前にいるこの男とよく似ている。


「あ、お前鋼太郎か」

「いや、気づくの遅えよ」


 チャラ厳つい男の正体は中学・高校時代の同級生、丹生鋼太郎にぶこうたろうだった。鋼太郎はグラサンを外してニッと俺に笑いかける。確かにこうして見てみると、その顔は昔馴染みのツレのまんまだった。


 いや、だとしても普通気付けと言われる方が無理あるだろう。なにせ高校時代とキャラが違うし、当時背も俺と同じくらいだった筈だ。


「久しぶりだな、てか身長伸びすぎだろ。今何センチ?」

「187。高卒以来だな」


 190あろうは言い過ぎだったか。それにしたって伸びすぎだ。俺の方は当時と変わらず175のままだぞ、なんだこの差は。


「それで、狙ってんのはどっちなんだ? やっぱ黒髪の子か?」


 鋼太郎はニヤニヤしながら再び同じ質問を聞いて来た。ホントにコイツ、キャラ変わったな。昔はもっと硬派だったろうに。あれか、失恋してグレたのか?


「二人とは大学のサークル仲間ってだけだ。そんな目では見てねーよ」


 取り敢えずそう答えるが、「と、言いつつ本当はぁ?」と言って促してくる。どうしよう、再会早々昔のツレがかなりウザい。


「てか、携帯に気付けよ。めっちゃ掛けたんだけど……あれか、女子との会話に夢中で気が付きませんでしたってか?」


 今度は、はぁやれやれと言わんばかりの仕草で俺をなじってきた。スマホの履歴を確認すると、鋼太郎からの着信が上から下までズラリと並んでいる。

 いや、掛けすぎだろ。気付かない俺も悪いけど。


 女子との会話に夢中というくだりは、あながち間違いでは無いってことか。


「すまん、サークルで飲み会だったんだ」


 とりあえず謝っておいた。

 フーーン、楽しそうなキャンパスライフですなぁ、と鼻息を鳴らしている。勿論これも皮肉だろう。


「まあ、見つかったから良いや。ちょっと急用があるからこっちまで来たんだ。お前にも手伝って欲しくてな、詳しい事情は移動しながら説明する」


 そう気を取り直して、鋼太郎は駅のロータリーを指差した。

 見ると黒塗りのセダンが一台停車している。車高が無駄に低くて厳つい車だった。あれに乗れ、と言っているのだろう。


「今からか? 俺、結構呑んでるんだけど」


 急用とやらが何かは知らないが、久しぶりに会った早々に持ち掛けられても正直困る。もうすでに二十一時を回っているのだ。待たせといて悪いが、どこまでも遠慮したい。

 そう断ろうとしたが、鋼太郎によって遮られてしまった。


「酔ってんなら、治せばいいだろ……ホレ」

「っ! ちょっまてまて!」


 そう言って奴はこちらに手をかざす。何をする気か分かった俺は慌てて止めようとするが、もう既に遅かった。


 鋼太郎の手から出た見えない「何か」が俺の全身を包むと、一瞬フワリと身体が軽くなる。


 次の瞬間、俺の脳は完全に覚醒していた。まるでしっかりと休眠をとった後のように目が冴えて、素面に戻ったことがはっきりと分かった。


 神通力だ。


「……お前な」


 抗議の目で鋼太郎を睨む。せっかく飲み会で奢ってもらった酒が一瞬で消し飛んだ気分だ。台無しになったと言っても過言ではない。

 そんな俺の睨みをやった本人は全く気にせず、どこ吹く風といった感じだった。


「すまんな、だけど本当に時間がないんだ。上からの命令でもあるし付き合ってもらうぞ」


 そう言って、鋼太郎は車の方へと歩いていく。どうやら断れる雰囲気では無さそうだった。仕方ないので俺もついて行くことにする。


「それで、急用って何なんだ?」

「車で移動しながら話すっつったろ」

「うるせー、概要だけでも今話せ」


 これで大した用事でなかったら、そのグラサン叩き割ってやろうと心に決めた。そして後で大量に酒を奢らせてやる。

 お酒の恨みはお洒落より重いのだ。



「……はぁ、わーったよ」


 鋼太郎はポケットからキーを取り出して、クルクル回しながら車の前で足を止めた。


「五時間前に承和上衆の一角『菜々瀬家』の三女。弘香が何者かに誘拐された」


「…………あ?」


「事態の収拾は警察にではなく、承和上衆自らが動くことで決定済みだ。俺とお前に課せられたミッションは弘香の救出と実行犯の確保……」


 ドアをガチャリと開けて奴は此方に振り返った。その顔からはさっきまでのチャラついた雰囲気が一切抜けている。


「仕事して貰うぞ、戸塚恭介。てめえも承和上衆の一員なんだからな」



 ……どうでもいいが、急にキャラを昔に戻すなよ。

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