第3話 一番参考にならない地域おこしの例




「俺は神通力の治療を受けたことはありませんね。大きな怪我や病気は今までなったこと無いですから」


 店員を呼び出して、他の人にも追加注文が無いか聞き、ビールのおかわりを頼んで、ついでとばかりにトイレに立って時間を稼いだ。

 その間に話題が切り替わっていたら助かったのだが、席に戻るなり「で、どうなの?」と先輩が促してきたので、諦めて口にしたのが先の台詞である。


「でも風邪くらい引いたことあるでしょ? あたしだったら二日酔いでも治して貰いに行くなぁ」


 近所ならね、と雛川先輩は笑いながら言った。確かに昔だったら、ちょっとした怪我や病気でも治して貰いに行っただろう。

 だが今はとある事情があって、たとえ山白の住民であってもそう簡単に治療を受けることは出来ないのだ。


「あ、私知ってます。確か有名になり過ぎて、訪問者がたくさん押し寄せるようになったんですよね」


 片岡が思い出したかのようにポンと手を叩いた。正解である。



 ネットやテレビで取り上げられるようになって、山白村の名前は全国的にも有名となった。

 しかし、最初は信じる人が少なかったらしい。映像の怪我が治っていくシーンも、トリックだと揶揄されることが多かった。


 当然と言えば当然である。たとえ自分の目の前で非現実的な事が起こったとしても、先ずは疑って掛かるのが現代人のあるべき姿だ。それが映像だとしたらCGだと思うのが普通である。

 それに、ただでさえ怪我や病気で弱っている人間を相手にしているのだ。これがペテン集団だとしたらたちが悪すぎるだろう。


 信じる、信じないの論争はワイドショーなどで連日報道されていたが、信じる派は圧倒的なマイノリティだった。


 それでも、少しづつ山白村を訪れる者は増えていったらしい。医者に匙をなげられた人間が、藁に縋る思いで向かったのだろう。

 そして結果が完全完治。本当に治ったという生の声が続々と上がり、人から人へとその評判は伝わっていった。


 今では国民の七十パーセント以上が、山白村の神通力の存在を認めているらしい。

 とあるテレビのコメンテーターは、山白村こそ日本医療の最後の砦だと豪語するほどだ。無論、そのコメントにも物議を呼んだのだが。


 そして連日連夜、救いを求めて人が押し寄せるようになったのだが、あるひとつ問題が発生した。


「元々が人口千五百人の小さな村でしたからね。周りは山ばっかりで、押し寄せる人を受け入れる建物が無かったんです。おまけに最寄りの駅まで、車で一時間以上掛かる僻地ですから。交通の便も最悪でした」


 神通力を扱える承和上衆は、基本的に村の外には出ない。理由は色々あるので、此処では省略するが『来るなら拒まないが、態々此方から出向いてやる義理はない』が彼らのスタンスだった。


 その結果、村はパンクした。

 これには当然村民も焦った。村へ通じる道は細い山道が一本のみ。そこへ向かう長い車の列が、完全に道を塞いでしまったのだ。これでは物資の調達すらままならない。

 おまけに夜になると、宿が無くて困った訪問者が泊めてくれと毎日のようにやってくるのだ。はっきり言って迷惑という騒ぎではない。


 困った村人は、村外の者の治療を止めてくれと承和上衆に嘆願するがもう遅かった。


 なにせ訪問者の中には、自分の命が掛かっている者もいるのだ。例え道を通行禁止にしたとしても、規制線のテープを無理矢理乗り越えてやって来るだろう。

 だからと言って村民は、承和上衆の人間に「村から出て行け」とは口が裂けても言えなかった。当たり前である。なにせ山白の村民こそが、先祖代々に渡り神通力の恩恵を受け続けてきたからだ。

 ヤマシラ村やまいしらずは承和上衆あってこそなのだから。


 結局、これは流石にマズいと承和上衆も立ち上がざるを得なかった。全国の企業に呼びかけ、地主から周辺山々の土地の購入と、宿泊施設や商業施設の建設を提案する。

 これに応えたのは、百を超える企業の参入表明だった。全く手付かずの土地に、世界中から人が押し寄せて来るのだ。こんなビジネスチャンスは中々無いので当然だろう。

 更に山白村は、承和上衆と参入企業との連名で、県と国に山道の拡張工事を促す嘆願書も提出した。


 以上の経緯をもって、山白村は「聖地」としての体裁と発展を保つことに成功したのだった。




 しかし、村の受け入れ態勢は何とか整ったが、また一つ問題が浮上した。

 承和上衆の人員不足である。来る者拒まず、と最初は言っていたが、村の受け入れ基盤が完成したせいで更に訪問者が増えたのだ。


「一度は動画で見たことあると思いますけど、承和上衆の神通力は一瞬で患者を治します。短時間で大量に捌くことは可能ですが、一方で一日の使用回数には限界があるそうです」

「なーるほどね。そんな中で重症患者を差し置いて、軽症の人を治す余裕は無くなったと」

「そういうことです。だから今、山白村で治療を受けるには医者からの診断書がいるそうですよ。現代医療で完治が難しい患者のみ、神通力の恩恵を受けられるんです」



 じゃあ、あたしの肩凝りは治して貰えないかなぁと雛川先輩は独りごちた。それは流石に無理だろう。

 だが実際にそんな患者も昔はいたらしい。虫刺されが痒くて我慢できないだとか、虫歯になったが歯医者が嫌いだから行きたくなかったとか。


 自身の肩をぐるぐる回す先輩に、片岡が「お揉みしましょう」と言いながら近づいていた。

 手がワキワキと動いているのが何故か不安を誘う。


「腕には自信ありますよ。去年、おばあちゃんから免許皆伝を頂きました」


 杞憂に過ぎなかったらしく、マッサージを受け始めた先輩は一瞬でトロトロになっていた。


 なるほど、免許皆伝と豪語するだけはあるようだ。片岡の手付きはプロのそれに見えた。いや、プロのマッサージなんて俺も受けたことないんだが。


 ……というか、マジで気持ち良さそうだな。頼んだら俺にもやってくれるだろうか?

 先輩の顔はまるで温泉にでも浸かってるかのような…………




 あ、温泉。


「あ、それで温泉旅行はいつ行きましょうか。というか良いですよね? 私たちもご一緒して」


 先輩を熟練の手付きで捏ねているパン職人(なんかそう見えてきた)も、何故か同時に思い出したようだ。


 そういえば、話の発端はそこだった。改めて自分の不運さと迂闊さを呪いたい。正直、地元以外の人間とは里帰りしたくないのだ。

 もしも「バレる」と絶対に面倒臭いことになる。


「それなんだけど、宿泊券は片岡と先輩にあげるよ。俺が行っても唯の里帰りだから」


 今年の正月にも一度帰省しているしな。と俺が提案していると、パン生地になっていた先輩が反論してきた。


「旅館に行くんだから、帰省とはまた違うでしょ? 別に地元だから案内しろなんて言わないわよ」

「そうですよ、それに賞を受けるのは戸塚くんなんですから。戸塚くんは行くべきです」


 片岡も同調してくる。

 しばらく三人で押し問答みたいになったが、結局俺が折れる事になった。本当は折れるべきでは無いのだが。

 まぁ確かに実家に寄らず、知り合いにも出会わなければ問題無いのかもしれない。善寿庵(旅館)にも知り合いはいるが、事前に口裏を合わせて貰えば大丈夫だろう。

 それになんだ、この二人と行く旅行は単純に楽しそうと思ったのだ。


 安請け合いしすぎたかと一瞬は後悔したが、もういいやと考えを放棄した。酒に酔っていたのもあって大分楽観的になっているのかも知れない。


「決まりね! あとはもう一人の面子なんだけど、どうする? あたしの友達で良かったら声かけとくけど」


 宿泊券は四人分と書かれている。確かにもう一人誘えるのだが、俺にはパッと思い浮かぶ人がいなかった。片岡も同じだったらしく、構いませんよーと了承する。

 その後、旅行の日程を話し合ってこの話題はお開きとなった。とは言っても確定日は、先輩の友達がその日に都合つくか確認してからだ。


 その間もパン生地(先輩)はずっとパン職人(片岡)に捏ねられていた。

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