第2話 地方から出てきた大学生はあまり地元の話をしたくない
流石にスタンガンで攻撃されるのは勘弁してほしい。もっと安全な競技はないかと片岡に聞いていると、隣で談笑していた雛川先輩から声を掛けられた。
「そういえば戸塚、あんた賞金いくらだったの?」
「……え? ……あー、どうでしたっけ?」
言われてから気付いたが、全く確認していなかった。
仕方なかろう。まさか自分が賞を取るとは夢にも思って無かったのだ。形だけでも写真部らしいことをしようと考えての投稿だったから、賞品どころか何処の団体によるコンテストだったかも把握していない。
応募の時に確認したのは募集テーマと送付先のアドレスだけだった。
「戸塚ってお金に無頓着なのねー……ひょっとして実家はお金持ち?」
俺のお金に対する執着心は人並みだと思っているんだけどな。……今もタダ酒に有り難くありついている訳なんだし。
ただ実家が金持ちかって話はあまり否定出来ないし、正直触れて欲しくない。
「今から確認します」
流すことにした。スマホを取り出しメールの履歴を読み返す。
お目当ての「おめでとうございます、貴方の作品が大賞に選ばれました!」と書かれたタイトルが見つかったので、これをタップした。
……これタイトルだけだとスパムメールにしか見えないんだよな、最初普通に無視していたわ。
そもそもフォトコンのグランプリの褒賞が現金と決まってる訳ではないのだ。主催者と縁のある景品を贈呈とか、ホームページに掲載やパネル展示のみなんてものも普通にある。
寧ろ下手に百万円とか当ててしまったら、今後の飲み会が全て俺の奢りにされかねない。きっと今日の奢りも無しになるのだろう。
とかなんとか考えながらメールに添付されていたURLを開いてみると、某鉄道会社のホームページにたどり着いた。どうやらこの会社が今回のフォトコンの主催者らしい。
ページをスクロールするとフォトコンに関する項目が出てきたので、そこをタップする。
「あー、温泉旅館の宿泊券ですね。現金じゃないです」
どこかホッとしつつそう報告する。これで今日は心置きなく飲む事が出来る、と思っていたが雛川先輩は食い付いてきた。
「おおー! いいね、いいね!! いつ行く? あたし全然予定空いてるよー!」
テンション高めにそう言ってくる。普通について来る気のようだった。
確かに宿泊券は四名様までと書かれているので、俺以外にも呼べるのだが……行く面子の決定権は普通、俺にあるよな?
「楽しみですね、温泉なんて久しぶりです」
おまけに片岡も被せてきた。お前も来るんかい……いや、まあ良いんだけどね?
女子と一緒に温泉旅行とか、なんかリア充みたいだし。
「それでそれで? 何処の旅館??」
と、雛川先輩は聞いてきた。
この時の俺は完全に油断していた。否、間抜けだったと言っていい。
最初から確認さえしていれば回避できた事だった。知っていれば間違ってもこのフォトコンには参加しなかっただろうし、この後の失態も回避できただろう。
憧れていた大学生活を満喫する内に、危機感が知らず知らずと抜け落ちていたのかもしれない。
山白村温泉旅館「善寿庵」
スマホに写し出されたその文字を読み上げ、思わずボソリと呟いてしまった。
「地元じゃねーか……」
まさかの偶然に思わずガクリと項垂れる。その後、ハッとすぐ自分の失態に気が付いたがもう既に遅かった。
ガバリと顔を上げて片岡と雛川先輩を見ると、二人とも目を丸くして固まっている。俺が何か言おうと口を開きかけた所で、二人が堰を切ったように言葉を紡いだ。
「山白村ってあの山白村ですか? 戸塚君、すごい所の出身だったんですね」
「へえー! 実家が『ソガミ教』の聖地って確かに凄いわ。あたしの友達にも信者いるよ」
「私のおばあちゃんも熱心な信者ですよ。知り合いに絶対一人はいますよね、ソガミ教徒って」
……やっぱり食いつかれてしまった。
そりゃそうだ。今の日本で、どころか世界的に見ても「山白村」と「ソガミ教」を知らない人間なんてそうはいない。
なんとか誤魔化したい所だが、女子二人の会話はもう既に弾んでいる。他のサークルメンバーもその声が聞こえていたのか、チラチラとこちらに注目しているようだった。
どうしたもんかと悩んでいると片岡から話を振られてしまう。
「やっぱり戸塚君のお家もソガミ教なんでしょうか?」
「そりゃそうでしょうよ、山白に住んでるんなら絶対教徒だって!」
雛川先輩なんか身を乗り出す勢いでこちらに問いかけてくる。流石に、これは逃げられないなと悟った。
こういう時は切り替えが肝心なのだろう。内心で溜息をつきながら、素っ惚けるのは諦めて会話に乗ることにした。
「よく勘違いしている人いますけど、俺の実家……山白村の住民にソガミ教徒は殆どいませんよ。確かに『聖地』なんて呼ばれてますけど、ソガミ教の本部は山白とは別の場所にあります」
二人とも顔に「?」と書かれている。
まあ確かに、信者でなければ知らなくても不思議ではない。
「山白村に住んでいるのは『
ぐびり、とビールを一口飲む。一息ついてから俺は二人に改めてソガミ教、そして彼らが信仰している承和上衆について詳しい説明を始める。
一応、地元民だからそこいらの人間よりは詳しいつもりだ。
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ソガミ教。
信者数は国内外合わせて二千五百万人を超える日本由来の巨大新興宗教。海外にも多数の支部があり、その名は世界中で知られている。
設立は明治時代らしいが有名になったのは割と最近で、ここ三十年程で一気に成長したらしい。今では国内最大規模の新宗教団体となり、基盤とする政党も設立されている程だ。
この宗教が他と違う最大の特徴。それは、信仰対象が神や仏ではなく「人間」だということ。正確にはある特定の人々を指して信仰している。
否、信仰というよりは崇拝という言い方の方が正しいかもしれない。
その対象が先程述べた「
神通力と言えば、如来や菩薩が扱えたとされる六神通などが有名だろう。しかし承和上衆が使う力は、仏教やその他に出てくる神通力とは全く関係がない。
彼らが使用する奇跡の御業。それを見た世間の人々が、神通力と勝手に呼んだことから名付けられたらしい。
Q. では、その神通力とやらは具体的にどんな力なのか。
A. あらゆる病気や怪我を立ち所に治す「癒しの力」。RPGをやったことのある人には、ヒーラーが放つ回復魔法と言えば分かりやすい。
……改めて字面にすると胡散臭い話だが、その力が本物であることは既に周知の事実だ。しかも、彼らは何でも完璧に治してしまう。
明確な治療法が見つかっていない難病。
一生残る筈の怪我の後遺症。
果ては先天性の機能障害に至るまで。
有史以来、先人達がコツコツと築き上げてきた現代の医療技術、その研鑽がまるで無意味だと言わんばかりの力である。
完治率は百パーセント。死亡さえしていなければ、承和上衆に治せないものなど存在しなかった。
諸説あるが、「山白村」の語源は「病い知らず」から来ているそうだ。よくヤマシロ村と呼ばれているが、正確にはヤマシラ村と読むらしい。
最近ではSNSや動画投稿サイトにも、彼らが治療する様子がよく投稿されている。
中でも話題になったのは、パラリンピック選手(T42クラス)の欠損していた両脚を復元させるという動画だった。
切断面からモリモリと新しい脚が生えてくる様は非常にセンセーショナルではあったが、よく出来たCGにしか見えなかったのだろう。当時は流石にフェイク動画ではないかと物議を呼んだらしい。
しかし数年後、その選手が新しい両脚でオリンピックの方に出場したものだから、世界中が驚くことになるのであった。
「陸上のコニー・ダグラス選手ですよね。彼は元々クリスチャンでしたけど、今では改宗してソガミ教の布教に尽力しているそうです」
と片岡が補足する。流石は元陸上部。
とまあ、そんな奇跡と言える事例を承和上衆は昔からポンポンと生み出しているのだ。治療を受けて感謝した人々が、彼らを崇拝して祀り上げるようになったのは自然な流れだったのかもしれない。
崇拝が高じて、宗教団体まで作ってしまったのも無理からぬ話だろう。
一方で山白村の村民は、世間に知られるよりずっと昔から承和上衆に怪我や病気の世話になっていた。もちろん彼等にはとても感謝はしていたが、当たり前過ぎて普通に村医者のような感覚だったらしい。
だから、改めて宗教に入って承和上衆を崇拝しようとする村民はあまり居ないのだ。先の片岡の質問に対する答えがこれである。勿論、俺の実家もソガミ教では無い。
「あたし、ソガミ教の上層部的な人達が承和上衆って呼ばれてるんだと認識してたわ。勘違いだったのねー」
雛川先輩も理解出来たようで、枝豆をもぐもぐ食べながらしきりに頷いていた。まあ、元々縁も興味も無かったらそういう勘違いもあるか。
見ていたら俺も食べたくなったのでひとつ貰う。
「確かに、組織としてよく一緒にされがちって話は聞きますね。だけどソガミ教と承和上衆は全くの別団体。承和上衆からすればソガミ教は、村の外で勝手に出来上がった集団ですからね」
名前が似ているのも勘違いされる原因だったりするんだろう。似てるというか、これもソガミ教側が勝手に寄せてるんだろうけど。
言い方悪いですけどね、と言いながら再びビールを煽る。たくさん喋ったから喉がめちゃくちゃ渇いていた。
グラスが空になったのでもう一杯頼もうとしていると、先輩からまたも困った質問をされてしまう。
「あ、それでさ! 戸塚は神通力で治療してもらったことってあるの? 地元の人はタダで治して貰えるんだよね?」
キラキラした目で聞いてきた。
どんなものかと問われても、ネットで出回っている動画の通りだろうに。
……正直あんまり答えたくないんだよなぁ。というか色々喋っておいて今更だが、この話題早く終わんねえかなと思う。会話に乗ったのはやっぱり不味かったかもしれない。
どう誤魔化そうかと考えながら、俺はテーブルの上の呼び出しボタンを押した。
間を繋ぐ店員を召喚しよう。
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