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 蓮は今、スラム街を離れて下位区画に来ている。



 スラム街も下位区画も要塞の外部であるということは同じだが、両者の間には隔絶とした差がある。前者は南米の発展途上国のスラム街にある最底辺地区以下。対して、後者は戦前の都市部程度には綺麗に整備されている。



 なんといっても下位区画では魔獣の襲撃を受けることが滅多にない。スラム街では殺人はご法度だが、魔獣がスラム街の人間を食い荒らしても全く問題にされない。それでも都市近辺に設置されている防衛機構や討伐兵団のおかげで未開地よりはマシなのだ。それに対して下位区画にまで魔獣が侵入すれば大抵の場合は傭兵を抱えている契約会社が介入してくれる。



 そんな下位区画とスラム街の人間の差は、まともな職があるかどうかだけである。下位区画の住人である下層階級の人々も職を失うと晴れてスラム街の不可触民の仲間入り。だが、下位区画の人々は希望がある。もし飛び抜けて超有能な人間であれば、要塞の中で生活できる中産階級の仲間入りを果たすことができるのだ。



 なので下層階級の人間は不可触民を大いに見下している。そしてもし下層階級の人間によって蓮が不可触民であると断定されればまともに取り合ってもらえる可能性は極めて低い。



 そこでティナに頼んで服を浄化の魔法である程度綺麗にしてもらっている。こうすれば下位区画を門前払いされることはないだろう。



『ここで合ってるのか?』

『うん、オッケーだよ』



 そこにあるのは前時代的な屠殺業とさつぎょうを営む食肉加工店である。ティナがこの店のことを知っていたわけではない。ただ、防腐処理された死体が索敵に引っかかったから食肉加工店だろう、と推測してるだけに過ぎないが。


 ここに来たのは魔獣の死体を換金できないか交渉するためだ。



 ヒヤリハットの法則によれば、十回のヒヤリとした出来事やハッとした出来事があれば一回の軽度な事故が起きる。三十回の軽度な事故があれば一回の重度な事故が起きるという。蓮はもう二、三回ぐらい死にかけたのだ。このヒヤリとした出来事やハッとした出来事を累積していくと冗談抜きでいつか死ぬ。



 この情勢を打開するには情報が必要不可欠だ。そして情報を得るためには金が必要だ。ビタミンC欠乏症も心配だ。栄養源が魔獣一種類だけであるというのは非常に悪い。情報も経済も栄養も一つに依存するとロクな結果にならないのだ。他にも魔獣の脅威にかすんでしまうが、病気の問題もある。それに宿泊できる場所も欲しい。現代人としての願いだ。



 しかし金を得るためにまともな方法が思いつかない。



 例えば教師になって金を稼ぐこと。蓮の頭脳があればその程度簡単だろう。だが、教師になるために必要な信頼が存在しない。誰にも信頼されてない人を教師としてしたうなんて無理だろう。それにどうやって信頼を得ればいいのか分からない。そもそも信頼という概念を知っていても、理解できない。



 稀代きだいの天才とはいえ所詮は社会経験ゼロの引きこもりだ。実務経験も生活力もゼロなのがここにきてわざわいした。



「こんにちは」



 店内を見渡すといくつかの文字が書かれていた。ほとんどの文字の意味は知っていたが、知らないものもあった。蓮は無条件でこの世界の言語がわかるわけではないらしい。



「見ない顔だな。なんの用だ?」

「魔獣の死体を持ってきたので買い取り査定をお願いしにきました」



 店番のおじさんの顔が少し険しくなる。



「すまんが、正規の販売ルートじゃないものは取り扱ってない。よそを当たれ」

「そこをなんとかできませんか?魔獣を倒したらすぐに防腐処理と浄化処理しときましたので」



 そうして提示された値段だが、適正価格なのかどうかわからない。安く買い叩かれているのは予想できるが。中世ヨーロッパの商人は仕入れた香辛料を一万倍の値段で売りさばいたときく。ここの文明レベルだったらその程度のことやりかねない。

 しかし、交渉で値段を釣り上げるなんて無理だ。蓮の知識は実務とは程遠い机の上の知識ばっかである。



 まだ魔獣との戦闘を続ける生活をしなければいけないようだ。生きるために戦うという選択肢以外が存在しないことにうんざりしていた。



『武器専門店に行くぞ』

『え?なんで?私がいるのになんで武器が必要なの?』

 ティナが少し嫉妬の混じった声できく。

『傭兵に登録する際に武器を何も携帯してなかったら変に思われるだろ?でもティナを武器として見せるわけにはいかない。ティナが強すぎて誰かに奪われても困るしな。だから適当な武器を見繕みつくろう』

『あーなるほどね!』



 もちろんこれは蓮の考えた嘘である。金を浪費ろうひする余裕なんてないのだから。



 武器屋にはとある可能性を検証しにきた。それは、ティナが勇者の剣であるというのは全くの嘘であるという可能性。



 蓮はこの世界の武器のスペックを知らない。魔獣がたくさんいるこの世界ならティナみたいなとんでもない武器が平気で売られている可能性がある。もしそうだとすればティナに特別な価値なんてなく、話の信憑性しんぴょうせいが低くなる。



 さて、この店は武器専門店と射撃練習所を兼ねているのでスラム街区画の未開地近くにある。



 しかもいつ魔獣が襲撃してきてもいいように貸し出し中でない武器は全てキャンピングカーの中にある。非常に用意周到だ。



 射撃練習場の男女比率は同じぐらいだった。おそらく魔法が存在するから、身体能力の男女差をそれほど気にする必要がないのだろう。この世界は超格差社会だが、女性の社会進出は進んでそうだ。



「新しい突撃銃アサルトライフルを購入したい。だからオススメの品を少し試し撃ちさせてほしい」

「おう。ところでここは初めてか?」

「はい」



「なら仕様の説明が必要だな。お前はもう知っているようだが、ここは銃火器販売店と射撃練習場を兼ねている。練習場は金を払った時間分だけ使える。気に入ったのがあれば即時決済も可能だ。あと、魔力弾丸を使うようなら無料だ。だが実弾演習をしたいようなら実弾を事前にここで購入しろ。説明は以上だ」



 魔力弾丸とは自身が保有する魔力を使って構成される弾丸である。実弾は魔力弾丸よりも威力が高い。だが、あまりにも威力の高すぎる実弾を使うことはできない。身体強化魔法で追いつかないレベルの実弾を使えば銃撃の反動で身体が粉砕する可能性があるからだ。狙撃銃スナイパーライフルなど一撃必殺の場合は結界を身体の周りに展開して反動を和らげるという手もある。



 蓮は銃に関しては門外漢だ。なので直感で選ぶしかない。適当な突撃銃アサルトライフルを手にとって構える。反動に備えて身体組織を強くして目標物に向かって発砲。



 身体強化のおかげで反動によるズレが起きず、入門者にしては非常に正確な一撃を叩き出すことに成功。



 その威力を生で感じた感想。悪狼イービルウォルフならばなんとか倒せるかもしれないが、蟠蛇スパイラルスネークにダメージを与えることは無理だろう。あるいは弱点を正確に狙えば倒せるかもしれないが。どちらにせよ、ティナの武器としての性能にははるかに及ばない。



 だが、地球の小銃よりは明らかに強い。蓮は銃に関しては無知なので詳しいことは言えないが、もし生身でこの銃を扱ってたら肉塊になってただろう。少なくとも個人用の武器の攻撃力の範疇はんちゅうではない。



『ティナって銃火器に変身することはできないのか?』

『できるよ』

『できるのか!?』

『でも、剣より威力がちーさくなるよ』

『別にそれは構わない。だからさ、これから魔獣との戦闘の時には小銃とか銃火器の姿になってくれない?』



 遠距離攻撃ができるというのは蓮にとって何にも代えがたい価値である。蓮はリスクを取るよりも安全を最優先にするべきだという信条をもっている。実際にそうすることで幾多のハッカーによる追跡をかわしてきた。いくらティナは光刃で中距離攻撃ができるとはいえ、ある程度の距離以上離れると威力が激減してしまう。そんな蓮にとって遠距離攻撃できる兵器というのは非常に魅力的だ。



『やりたくない』

『やりたくないってどうして?』

『なんかやだ』

『わかった。やりたくないなら仕方ないな』



 無理強いするつもりはない。人に強制されることへの嫌悪感は蓮が一番知っている。もしティナに強要した結果、彼女のモチベーションが下がって性能が落ちたら元も子もない。

 武器を変えて試し撃ちを繰り返すと、不意に声をかけられた。



「それって実弾だと思ってたけど、魔弾だったのかしら?三級相当の威力ってこの辺じゃ見たことないからすごいびっくりしたわ」



 それは、装備に身を包んだ三十歳前の女性だった。全身を装備で固めているのに地味ではない。むしろとてもセンスあふれる魅力的なファッションに仕上がっている。



 蓮は即座に警戒レベルを上げる。この女性のが蓮に話しかけてきた意図がわからないからだ。なんの利益を蓮に見出したというのか。さしあたり、銃に関して初心者である蓮を知識格差を使ってはめようとしているのだろう。入門者としては良い射撃だったと自己評価しているが、他人から見ればそうではない可能性がある。



 そして女性の言葉の真意を知るために未知の単語の説明を求める。



『級って一体何?』

『うーん、なんだろ』

『わかんないのか』

『銃は魔法や剣と違って変化が激しいからじょーしきがいつの間にか書き換わっちゃってることとかあるの』

『老人みたいなこというなよ』



 怪しまれるよりも無知をそのままにした方がまずいと考えて正直に聞くことにした。



「級って一体何?」

「え?」

「これまで武器は鹵獲品ろかくひんを使ってたからそういうの気にしたことなかったんだ」



 女性は目を開かせて驚いた。



「へえ、遺跡に残ってる武器でも使ってるの?そんなことできるなんてとっても強いのね。天才肌なのかしら。級数ていうのは、重金属が決めた弾薬の威力を表す指標のことね。最低が0級で、1級上がるごとに弾薬の威力は4倍になるの。それで、3級っていうのは滅多にお目にかかれないぐらいの強さを持ってるの」



 まだわからない単語が出てきたが、これ以上不審がられても良くないと思う聞き流すことにした。



 どうやらこの世界では弾丸が銃の威力を決めるらしい。もっとも、列車砲とか固定砲台とか口径が明らかに違う場合は別だろうが。



 この女性の話が正しければ3級は0級の64倍の威力があるということになる。そして3級の魔力弾薬は目の前の女性の反応を見るに、皆無ではないようだが希少らしい。


 実際に、この銃身が魔力弾丸の威力で破壊されなかったのも3級弾薬の使用を想定されていたからこそだろう。破壊されたらそれはそれで困るが。なんせ蓮は無一文同然だ。



『ティナ、なんで俺ってそれなりに魔法が強いんだろう?魔法と出会ってから数日しかたってないのにこの世界基準でそれなりに強い部類に入るようだけど』

『もちろん勇者だからだよ』



 ティナの回答は相変わらず要領を得ない。



「そういえば、名乗ってなかったわね。私はカルテン。どうぞよろしく」

「ああ。ところでこの辺の銃火器よりも強い武器はどうやって手に入れられるんだ?」

「防壁の近くの店か、それこそ要塞の中の企業にでも頼むしかないわね。あるいはおこぼれをもらうっていう手もあるわね。あと車に取り付けたいとかならもっと強い武器もあるわよ。あるいは戦車が欲しいとか」

「戦車はいらないからいいです」

「そう。私はこのぐらいでおいとまさせていただくわ。あと、気に入ったからこれあげる」



 といって渡されたのは細かな魔法陣が全身に描かれた弾薬。



「防壁の外じゃ出回ってない非売品よ。魔法陣が美しいでしょう?ホント見惚れちゃうぐらい。でも美しいだけじゃないの。すっごく強い。すでに発動してあるから権限委譲しなくても狙撃銃スナイパーライフルに詰め込むだけで使えるわ。それこそ戦車の結界と装甲にさえ効くぐらい強いから使うときはちゃんと結界を張るのよ?じゃなきゃ悲惨なことになっちゃうから」



 結界と装甲の違いは戦闘中に修理可能か否かである。結界ならば魔法で張り直せるが、装甲は戦闘が終わるまで修理できない。



「それはいいんだけど、こんなのもらってもいいのか?」

「ええ、いいのよ」



 人の感情の機微を見ることが苦手な蓮は、この女性の判断に困惑するばかりだ。美味しい話には裏がある、ということで女性の話には何か裏があるのだろう。だが何が裏に当たるのか見当もつかなかった。


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