第35話 青春
「お別れだね。もっと伊織とお喋りしたかったけれど。」
「私もです。でも美紗紀さんのかっこいい姿が見られて、とっても感動しましたし、そのおかげで特別な祭日を過ごせました。」
黄弦を出る門の側で、逸見へと戻る耀日様と美紗紀さん、再び諸国を回る行命様と私は、お互い別れの言葉を交わしていた。
私は美紗紀さんと対面していたけれど、行命様と耀日様は少し離れた所で何か話している。
「そう?結局一番にはなれなかったけれど……まぁ初めて参加したような神官の奉納が許されるようなら、逆に神威を貶めかねないか。改めて先達の偉大さを噛み締めたよ。あたしもまだまだ頑張らないとね。」
私の言葉に照れくさそうに返事する彼女に、あの時悔しさに泣いていた雰囲気は微塵も感じられない。
彼女はあの場で自分の気持ちにきっちりと折り合いをつけ、次を向いている。そんな希望や勇気に満ちた気持ちの良い雰囲気を眩しく思えて私は目を細めた。
「前に、美紗紀さんは私の名前をかっこいいと言ってくれましたけど……。」
「ん?」
「美紗紀さんこそかっこ良すぎますよ。どうしたらそうなれますか?」
すると彼女はぱぁと表情を輝かせて満面の笑みを見せた。
「そう?そう?!嬉しいなぁ!そう言ってくれると教えたくなっちゃうじゃないか。じゃあまずは──」
そこで言葉を切ると美紗紀さんは私の両の頬をつまんで横に引っ張った。
「へ?ふぇええぇ?!」
目を白黒させる私をしてやったりと得意げに笑いかけて彼女はすぐに手を放した。
「あたしに対する敬語はやめること!!」
「美紗紀さんに……ですか。」
「はい、さん付けも駄目ー!!」
ポカンと頬を押さえて呆ける私に彼女は口の前に人差し指で×を作って更に言い寄る。
「お互いの師匠も近しい間柄だって分かった事だし、あたしはこれまでのやりとりで伊織とは仲良くなれたと思ってるよ。それなのにあんたに敬語使われてたじゃ距離を感じちゃうよ。」
「あ、ごめんなさい。今まで行命様と話す事が殆どで敬語に慣れちゃってて……。それに美紗紀、さんは年上で神官様だし。」
そうか、美紗紀さんはそんな風に思ってたんだ。少し気まずくてしどろもどろになってる私を見つめて、彼女は可愛らしく唇を尖らせた。
「そりゃ年上や神職に対する敬意ってのは必要な事だろうけどさ。あたしと伊織は三つしか歳が違わないんだし、あたしなんてつい最近見習いから神官になったばかりの新参者だよ。周囲の認識は見習いとそう変わんないさ。」
そう言って不満げに腕を組んで彼女は口を閉ざし、じぃと私を見つめる。私が喋り出すのを待っているのだ。改めてタメ口で喋ろと言われると何だか照れる。
「あ、あの……じゃあ美紗紀って呼んでも良いで──良い、かな?」
私は所々つっかえながらもじもじと喋ると、美紗紀さん……いや美紗紀はにっこりと笑った。
「良い良い!!よくできましたー!!」
「わぁっ!」
彼女は私を仔犬のように褒めながら頭をわしゃわしゃと撫でる。頭をぼさぼさにしてまた目を白黒させた私だが、途端に美紗紀はすっと優し気な笑みを浮かべた。
「あたし等まだ十代よ?世間から見ればまだまだ若者なんだから、周りに合わせて大人になり過ぎる事はないよ。」
「──!」
ちらりと行命様と耀日様の二人を見遣った視線に私ははっと息を呑む。
「凄い人が師匠になってくれて、あたしもああなりたいなって、その人に恥じないようにしっかりしなきゃって思う気持ちは分かるよ。でもね、今の師匠の姿は悲しい時にはちゃんと悲しんで、嬉しい時には精一杯喜んで、自分の気持ちと真っ正面から向き合ったから到達出来た姿だと思うの。そして今のあたし達はその自分の気持ちと向き合う時期なんじゃないかな。」
そう……なのだろうか。行命様にも人並みに泣いたり無邪気に喜んだりした時期があったのだろうか。
想像するとちょっと可笑しくてふっと口元が綻んだ。
「あんたの脚、義足が付いたみたいだね。それでも長旅だと大変に思う事はあるだろう?気を使っちゃう事もあるかもしれない。でも、だからこそ師匠には甘えなきゃ! 行儀よくしようとして自分の気持ちを何でもかんでも押し込んだら、のっぺらぼうのお人形さんになっちゃう。あたし達には師匠に甘える権利があるの。そしてお師匠様もそれを待ってる所もあるんじゃないかな。」
ぺちぺちと軽く頬を叩いて両手を放し、それが伊織の質問への返答です、と締めて彼女はにっこりと笑った。それにつられるように私も笑う。
「流石神官様のお言葉は違うね。」
「ふふん、どんなもんだい!」
得意げに胸を張る彼女を見てとうとうこらえきれずに吹き出した。美紗紀も一緒に笑いだして、私達はひとしきりくすくすと笑う。
思い返してみれば私が声を上げて笑ったのは随分久し振りの事だったんじゃないだろうか。
ふと行命様が言った言葉が蘇る。
『清濁併せて己の中で昇華するからこそ魂は成長して奥拉も洗練される。』
……そうですね行命様。今はその時なんですね。
「行くぞ、伊織。挨拶は済んだか。」
その時、行命様から声を掛けられる。私達は互いに顔を見合わせて頷くと、美紗紀は耀日様の元へ、私は行命様と向き合った。
「はい。行命様は耀日様とはもうよろしいのですか?」
「奴とはそう言葉もいらん。」
面倒くさそうに鼻息をつく彼に思わずくすりと笑う。さっきの余韻が残ってたみたいだ。
「おい、生臭坊主にお嬢ちゃん!」
その時、耀日様から声を掛けられる。
「逸見に“無事に”来れたら面倒見てやっても良いよ。」
そう言って彼女はウィンクを投げかけた。
あぁ、そうか美紗紀のウィンクは耀日様譲りか。あの時行命様が苦い顔したのは、あれで耀日様との関係に気付いたからなんだね。
ってそれより彼女の言葉の意味がちょっと引っ掛かる。無事にってなんだろう。逸見に寄れば歓迎するって意味で良いんだろうか?
内心首を傾げながら行命様を見上げると、彼は少し嬉しそうに口端を釣り上げた。
「あぁ、頼む。」
そのやり取りで、彼らにしか分からない意味が含まれていたんだろうなと分かる。
けれどそれを詮索するのは無粋な気がした。
結局、私達はそのやり取りを最後にして黄弦を旅立った。
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