第5話 脱出



「うっ……」



身体が硬い。



節々が痛んで直ぐに動けない。



肌に触れる空気は湿って肌寒さを感じ、うつ伏せに横たわる地面は柔らかかったり、チクチクしたり。鼻には濃厚な土と雨の匂いが飛び込んだ。



ここはどこなんだろう?真っ暗……じゃないや私のまぶたの裏なんだ。目を覚まさなきゃ。



糊でくっつけられたようになかなか開かない瞼をやっとの事で引き剥がし、真っ先に見えた色は鮮やかな緑だった。



観葉植物とかでたまに見るシダの葉が辺り一面に広がって、度々白くて細い木がニョッキリと上に向かって伸びているのが見える。



「ここ、どこ……?」



喉が張り付いて乾いた声が出た。私は長いこと倒れていたみたいで、着ているセーラー服は湿って身体に張り付いているのに、喉は乾きを訴えている。



とにかく、起き上がらなきゃ。



冷えて固まった身体を無理やり動かして肘をつき、上体を起こしてやっと自分がいる環境をしっかり見渡す事ができた。



「森?」



シダの葉に埋もれた私が見上げると、そこには夜明けたばかりの優しい太陽の光、薄い水色の空。等間隔に生えた白くて細長い木は枝も少なく、遠くの先まで見渡せるクリアな視界を与えてくれた。


と、言っても見渡す限りシダの草原が広がってるばかりで、道らしきものは見当たらないけれど。



どうしよう。



っていうか──え?



「私、生きてる?!」



私さっきまで、ぐちゃぐちゃの血みどろだったのに?!



恐る恐る自分の体を触ると、どこにも痛みを感じなかった。怪我どころか着てるものも直っている。──あぁ、そういえば、あの場所では怪我が治るだけじゃなくて着ている服も自動的に修復されていたっけ。完全に直る前にぐちゃぐちゃにされていたから殆ど確認出来なかったけれど。



あちらで治った瞬間にこちらへと来れたということだろうか。



もしあのまま治りきる前にここに来てしまったら、ここに逃げて来られたとしても生きていられたか分からない。



そう、私は逃げてきたんだ。



鬼達は慌てふためいていたから、これは仕組まれた事じゃない。あの場所で亀裂が起きて、偶然そこが私がいる所で、動けない私が転がり込む事ができた。しかもちょうど怪我が治ったタイミングで。本当に運が良かった。



もう一度辺りを見渡す。



鮮やかな、それでいて優しい色。



あの場所では決して見る事が叶わなかった、色。



私……出られた。



帰ってこられた。



もう、鬼達を見なくていい。殴られたり、切られたり、引きちぎられたり、血みどろになって這いずったり、泣き叫びすぎて枯れた声で助けを呼ばなくてもいい。



助かった。



「た、すかった……。」



縺れた舌でも声に出してしまえば、止まらなかった。ぽつりとシダの葉に新しい滴が落ちる。



「あ、あぁああ゛ッッ!!うわぁ゛あああぁあんッッ!!!」



私は茂みに崩れ落ちて、声の限り慟哭した。



*****



しばらくして気が済むまで泣ききった私は、強烈な乾きを覚えて体を起こす。ただでさえ喉が乾いていたのに、追い討ちをかけるように大泣きをしたから、身体中の水分を出し尽くしてしまった。



水場を探さなければ。



私はもう一度辺りを見渡す。



見渡す限りシダの草原と白い木が立ち並ぶ森。



川や湖ってどうやって探すの?



それに気付いた時、一気に私の血の気が引いた。



確か人間って3日水を飲まないと死亡するんじゃなかっただろうか?食糧もどこから調達すれば良いのか。人里に降りるにしてもこの森はどこまで続いてる?どこに向かえばいい?



私いきなり詰んでないだろうか?



……。



と、とりあえず濡れた制服をどうにかしよう!このまま歩いていたら風邪を引くし、最悪の場合凍死だ。



慌ててセーラー服を脱ごうとし、そこではたと気づいて服を掴んだ手が止まる。



濡れてるって事は水取れるんじゃない?



……いつから着てる制服よ、これ。



――えぇい、背に腹は変えられん!



私は制服を脱ぐと、せめてもの足掻きで張り付いたゴミを叩き落とし、口の上まで持ってきて思いっきり雑巾のように絞った。



思ったより多い水が口の中に落ちる。



うぇ、服の繊維の味……。



スカートも脱いで同じように水を絞る。水が出てこなくなると、パンパンと払ってシワを伸ばし、再び制服を着た。



そのおかげで服が張り付くような不快感は無くなる。味は最悪だったけど水も飲めた。



でもこんな量じゃ全然足りない。むしろ下手に水を飲んだせいか、喉の乾きを更に実感してしまった。



水場を探そう。まずはそれからだ。じゃないと私、3日どころか1日で脱水症状で死ぬかもしれない。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る