第6話 遭難


しかし、そうはいってもだ。



水場を探すにはどうしたら良いのだろうか?



水場と言って思い浮かべるのは河川だ。



川を下れば必ず麓に下りることができるし、人との遭遇率も高い。



じゃあそれはどこにある?



何か探すには高い所から見るんだっけ?



そう思ってそこらじゅうに沢山生えてる白い木を見上げる。



樹体は所々剥がれているような脆い皮で覆われ、私の背丈より遥か上に初めて枝が生え始めるような、細長い木だ。



木に登るといっても脆い樹皮に足を滑らせて落ちるかもしれないし、そもそも足をかける枝が無いが運動神経壊滅的な私が登れるだろうか。



これ……ほんとに登るの?



はぁと大きくため息をつくと少し不安が紛れる気がした。そのまま吐いた空気を取り戻す勢いで大きく息を吸って、また吐き出す。深呼吸を何度か繰り返してよし、と頬を叩いて気合いを入れた。



やるしかない!



気合いを入れた勢いのまま、周囲で1番高くて丈夫そうな木にしがみついた。そこではたと気がつく。



私スカートだよ。



……ええい、誰も見てない見てない!いや、誰か来たらこの状況から助かるんだろうけど、でもこのタイミングでは来ないでっ!



挫けそうになった心を再び奮い立たせ、僅かな出っ張りに爪を立てて掴み、太ももで木を挟むようにゆっくり登っていく。やはり樹皮は脆く、力をかける度にボロボロ崩れて樹体を挟んでいる足が滑りそうになるけれど、そこは掴んでいる手で支えながら気合いで持ち直す。



制服があっという間に毛羽立ち、木くずだらけになってしまった。爪の間にもゴミが詰まり隙間を圧迫して爪が剥がれそうだし、足も擦れて血が滲んでくる。



けれどこんなもの地獄の拷問に比べれば何でも無い。



過去の私だったらべそをかいていただろうけど、ここにきて自分が痛みに耐性が付いていることを自覚した。



ただ過去の自分を思い出すと蘇る映像。



こんな所を“アイツ”なんかに見られでもしたら……



『ぶはっ!ちょっと信じらんないっ皆見てよ!あんなブッサイクな絵面見た事無いわ』



かぁあと一気に羞恥がかけ登った。



忘れろ忘れろ!アイツはいない、いないんだ!



私は思い出してしまった声を脳裏からかき消すように一気に力を込めて登った。するとやっと枝が生え始める高さまでたどり着き、それに掴まって身体を持ち上げ、幹に縋り付きながら枝の上に立つことが出来た。



やっとついた……。手足がぷるぷるしている。



はやく、降りたい。とっとと川を探さなきゃ。



えーと。



身体を動かせる範囲で辺りを見渡すと、私が今登っている木の林は思ったより狭い範囲で途切れ、緑生い茂る森になっていた。そしてその森に線を引くように木が生えていない場所がある。



あの形は川なんじゃ?



やった!やっと見つけられた。



えーと方角を知るには太陽の位置を確認。多分今はお昼近くぐらいだと思うから、太陽があの位置にあるってことは……ちょうど南か。



よし!見たところちょっと遠いけど頑張ればたどり着けるだろう。行ってみよう!



*****



といざ意気込んでみたものの、そう上手くいくはずがなかった。



私は既に暗闇で塗りつぶされた景色の中で、木の根元に座り込み、膝を抱えて蹲っていた。



寒い。まるで土砂降りの雨に当たった後のように全身が冷えていて震えが止まらなかった。いくら腕を摩っても気休め程度にしかならない。



どうしてこんな状況になってるんだろうか。



私は半日前の事を振り返った。



まず、木から下りるのが大変だった。



木に登り、川らしきものを発見したまではいいけれど、そこから落下しないように下りるには相当な慎重さと筋力がいる事をこの時理解した。



森を見渡せる程の高さだ。いざ下りようと下を見たら思いがけない高さに、お腹の辺りがゾクリとした。



ここから下りるのかと考えると、足が痙攣して思うように力が入らない。しかもある程度の高さまで下りたら、足掛かりとなる枝もない。その高さも安全といえる高さじゃない事を考えると、どうやって下りるんだ?という疑問が真っ先に浮かび上がる。



むしろこのままヘリから見えやすい所にいれば救助されるのでは?という考えもチラリと浮かんだけれど、そもそも救助を要請しなきゃそんな都合よくヘリが来るわけない。



文字どうり着の身着のままの状態なのだから。



自分のどん詰まりの状況に腹を決め、ゆっくり、慎重に木を下りていく。枝がない高さまでくるとそこからは登りと同じように猿みたいに幹にしがみつき、今まで使った事ないような全身の筋肉を酷使しながら重力に逆らい、ゆっくり降りていった。



地獄では野犬から逃れるために体の自由が効かない状態でボロボロになりながら走り回っていたのに、現実の私はちっとも身体能力が向上していないことが情けなかった。



せめて動きやすいように膝丈のスカートは捲り上げると、剥き出しの肌に付いた擦り傷にさらに抉るように木くずが食い込む。



そんな感じでずり落ちるように下りていた私だけど、ある程度の高さまで下りてこられた。無事に下りられる……。そっと一息、ついてしまった。



力が抜けると一気にずるっとすべり落ちる。



ゴッ!



「いっ──!!」



尾てい骨を強打し、私は1分ほど悶絶した。



それから、まだふらつきながらも立ち上がった私は太陽の位置を確認。



既に太陽は中天から西に傾いていた。



うそ、もうこんな時間……。



ここから河川まで歩いて行かなければならない。日が暮れるまでにたどり着くんだろうか。



いや、まだ午後に入ったばかりだろう。3時間も歩けばギリギリ間に合う。



私は打ち付けて痛む患部を擦りながら、よろよろ歩き出した。当初確認した方角をしっかり再確認しないまま。



そして、現在。



「ここいったい何処よ……。」



すっかり日が暮れた森の中で、途方に暮れている。



あの白い木の林からは抜け出し、大きく枝を広げる広葉樹が立ち並ぶ区域に入り込み、暫く歩いた所にいるので、河に向かって進んではいると思う。……そう思いたい。



でもどうしよう。このままだと風邪を引くどころじゃ済まないんじゃないだろうか。



暖をとらなきゃいけないけれど、火を起こすものをもっていない。羽織るものもない。



……四の五の言ってる場合じゃないか。



私は地面に積もった枯葉を掻き分けて穴を掘る。血が滲んだ爪に土が入り込んで痛みを感じるが、我慢して掘る。



幸い腐葉土だったから土は柔らかく、丸まれば人ひとり入れそうな穴がすぐに出来上がる。私はそこに蹲ると、先程掘り出した枯葉を掻き集めて被った。



これならだいぶマシだろう。擦り傷だらけの足が地面に接していて、化膿しないか心配だけれど。



これでも暖かくなる訳じゃない。若干湿った土が体に張り付いて気持ち悪いし、冷たい。



「お布団が恋しい……。」



ため息混じりに呟くと私は目を閉じた。

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