第4話 思惑
獄卒に殴られ大人しくなった少女が連れていかれる様を、裁判の間の扉が閉まっていく隙間から見送り、とうとう外界への視界が閉じられて彼は大きくため息をついた。
「付き合わせて悪かったな。」
そんな彼の時を見計らったように、重々しい声がかけられる。
「いえ……大王のご意思とあれば……」
彼は自分達を支配する王の謝罪に軽く目を伏せる事で己の意思を示した。
閉まった扉を見つめていたままであった大王の眼差しが、ちろりと隣の彼の姿を見下ろす。
「アレにここで判決を下したのは“二度目”よ。そう言う意味は分かるな?」
それを聞いた彼の表情は、途端に苦々しげに歪んだ。
「はい。アレにはあそこまでとは言わぬものの、前世の片鱗を感じました。」
「儂もだ。今まで何億という人間を裁いてきたが、その中でも記憶に残った一人だ。アレからはその前世の様子が様々と思い起こされた。アレは……」
大王はそこで言葉を切ると記憶を思い出すために瞼を閉じ、手を組んでその上に顎を乗せ、深くため息をついた。
「つい十五年前に刑罰を終え、転生して行った魂だった。儂としては悔い改めるには充分であろうと判断し、判決を下した罰であった。更に転生するにあたり、前世の記憶を消して新しい命として別の世界で生まれたというのに、アレは……前世の生涯と似た道筋を辿ろうとしていた。」
大王がぽつりぽつりと話し出したその内容に、彼は悔しく思った。
「それは大王の責ではありません。私から見ても妥当な罰でありました。」
「同じ罪を犯そうとしたのなら、それは判決を下した儂の責なのだ、了慶(りょうけい)よ。」
まるでタダをこねる子供を諌めるかのような優しげな口調で、大王は彼の名を口にした。
「しかし、こんな事を言っては被害者に申し訳ないが、もっと大きな事を起こす前に儂の手元に来てくれて良かった。同じ魂とはいえ、記憶を無くし生まれ変わればそれはまた別の人間と言えよう。アレであればまだ──やり直せる。」
「一体アレを手元に戻して、いかが致すつもりなのですか?」
大王の言葉に何かを感じた彼、了慶は怪訝な顔をして大王を伺う。
「同じ事の繰り返しではいけないのだ、我等も。いくら刑罰を繰り返そうとも、その心が悔い改まることが無ければ。」
そう言って大王は、じっと、閉まった扉の先を見つめていた。
******
あれからどのくらい経ったのだろう。
何時間?何日?何年?
分からない。
頭がぼうとしてよく考えられない。何度も泣いて、叫んで、なけなしの体力を削り続ける日々に疲れてしまった。
地獄の野犬の吠え声が届く。近い。
反射的に動こうとするが、両足がちぎれているせいで歩くことすらできない。両腕は焼けた黒縄で縛られたせいで皮膚が溶けてつながってしまっている。
崖から突き落とされて本物の剣が立ち並ぶ『剣山』に落ちたことで、鋭い刃で肉を削がれ、落下の衝撃で骨は粉々に砕け、出血多量で意識が朦朧としている私ができることは身じろぎで這い進む事しかなかった。
地獄では死ぬほどの重傷を負っても回復する。しかしそれは救いではない。死ぬような痛みがあっても死ねない。いつまでも苦しみは続くのだ。
いつになったら終わるんだろう。20年なんてもう過ぎ去ってしまったような気持ちだ。いつまで、いつまでこの地獄を──
突如
地面から伝わる振動が私を揉めくちゃにした。
何?!今までこんな事──鬼達が新しい刑罰でも思いついたの?!
と一瞬思ったけれど違った。鬼達も予想外の出来事らしくて、注意を促す叫び声がしたから。
ドゴォンとまた衝撃が地面を走った。傾く地面。それに合わせて身体が浮き、私は抵抗することも出来ず斜面をゴロゴロと転がった。そしてついに土の感触が無くなり、ふわりと私は宙を飛んだ。
いや、落ちた。
地面が裂けて現れた亀裂に私はそのまま落下したのだ。
あぁこのまま潰れて死ぬのかな。いやもう死ねないんだったか。
もうどうでもいい。この地獄から逃れられるなら。誰か私をどこかへ連れて行って。
途端、私の思いに答えるかのように、落下先から白い光が差し込む。
驚く暇もなく一気に光は私を覆い尽くし、眩しさに目を細める先には、酷く懐かしい植物の緑が見えた。
「なんで……?」
しかし、その疑問に答えるものはなく、私の意識も真っ白に塗りつぶされた。
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