おときばなし

@soutaro47

第1話

―雨は、まだ止みそうにない。

スマホに目を落とし、新着メッセージの来ないやり取りの画面を眺める。


待ち合わせに指定されたカフェの窓に面したカウンター席。

行き交う人々は皆一様に傘の花を広げ、足早に歩いていく。


……コレで何度目の無言ドタキャンなんだろう。

既に待ち合わせの時刻からは50分を過ぎている。


――諦めよう。

所詮30手前というだけでもはや相手にはされない事など散々これまでのドタキャンで判りきっていたけど。

それでもこの彼なら、と思って待った。

そして己のバカさ加減にほとほと呆れ、

「こんなことなら部屋でのんびりしてた方がマシだったよな」と思う。


カフェを出て、店の傘立てを見てもう一度溜め息を吐く。

―傘が、無くなっている。

まだやられたか……


少し走れば駅まではすぐだ。

何も躊躇うことはなかった。


信号が変わるのを待ち、走り出す。

叩きつけるような雨だった。

当然のように全身ずぶ濡れになったけど、もうどうでも良かった。


改札へ向かう。

ポケットの中の財布がないことに気づく。

こんなに何もかも上手くいかない日もあるんだな……。

今からまたこの雨の中を戻るのも気は進まなかったが、財布がなければどうしようも無いので仕方なく来た道を戻ろうとしたときだった。


「―あの?」

と声をかけられる。

振り向いた先に見た顔に驚く。


たまにクラブイベントで見かける顔。

いつもそれなりの人数の取り巻きにかこまれ、その中心で笑っている人気者。


付き合わされてやや渋々ながらにきていた自分にとっては「永遠に憧れだけの存在」で、向こうもこちらの事など「気にもならない存在」だとばかり思っていた。


その彼が今、目の前にいる。

「この財布、“ たーちゃん”のだよね?」

たーちゃん―。

自分がイベントに顔を出した時に皆から呼ばれていた自分の名前。

その名前と自分の顔を覚えていてくれた事だけでも嬉しかったのに、こうして間近にいることを未だ信じられなかった。


「あ…どうもありがとうございます……」

自分でも顔が赤くなるのがわかる。

「待ち合わせ?」

こちらの顔色など気にすることなく明るく話しかけてきてくれる彼。

「ええ……また無言ドタキャンされましたけど」

「え?」


彼の表情が変わる。

さっきまでの笑顔がたちどころに消える。

「あ、気にしないでください。こうやってドタキャンされることなんて慣れっこですから、アハハ…」

「…それって最低だよな」

「え?」

「だってそうだろ?“ たーちゃん”はわざわざ時間作って待ち合わせしてたのにそれを平気で無断でドタキャンってとことんバカにしてるんだぞ?」

ここまで真顔で話す彼を見るのはもちろん初めてだった。

戸惑う自分を見て、ふと言葉を止める彼。


「あ…ゴメンな、ついムキになって」

「いえ、いいんです。むしろそこまで親身になってくださってすみません、って感じで……」

「とりあえず、俺の家、駅の反対側だからちょっと寄っていってよ。全身ずぶ濡れだし、そのままじゃ風邪ひくぞ?」

……なんの安い恋愛小説的展開なんだ、と思いつつ、誘われるがままに後をついて行った。

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