第10話 宴会

「遅いよ、お前くんたち。村田さんに迷惑かけてたんだろ、どうせ。あぁそれとも。お前くんは時計も見れないのかな?」

「おいおい雄ちゃん。そんな言い方……」

「そうですよぅ、長瀬さぁん!」

食堂の扉を開けてすぐに目に飛び込んできたのは、夕食でも厨房で働く人々の様子でもなく、鬼の首でもとったのかような顔をした長瀬だった。

一々癪に触ることを言わないと死ぬ呪いでも背負ってるのかコイツは。

「いや、いいんです2人とも。……遅れて悪かったよ長瀬くん」

「さっさと席につきなよ、皆が揃わないせいで食べれないよ」


長瀬が首をしゃくった方を見ると、7人全員が座ってもなお座席が余るくらいの長テーブルの上に、所狭しと料理が並んでいた。熱を逃がさないためか、お皿の上には覆いがされていてどんな料理かはわからないが、ほのかに香る香辛料やソースの香りが食欲を掻き立てる。壁際には給仕係と思われるエプロン姿のメイドたちが立っており、部屋の中央にはソレが立っていた。映画の世界に迷い込んだみたいにワクワクしてくる。

……惜しむらくは、長瀬とこちらを殺意たっぷりの目で睨みつけている二ノ宮がいることか。


「ねぇ。君さもしかして耳悪いの? 早く座ってくんないかな」

「あ、ごめん」

「席は指定されてるから。そこ座って」

言われるがまま急いで指定された席へと急いだ。最悪なことに紗和城さんの正面の席で……挙句長瀬の隣か。

「えっとこんばんわ、貴方さん」

「どうも」

席に着くや否や、紗和城さんが苦笑いをしながら挨拶をしてきた。それに反応するかのように、紗和城さんの隣座っている二ノ宮が手慰みに弄っていたのであろうフォークの先を僕に向けてきた。”紗和城さんに何かしたら殺す“という意思表示だろうか。生きた心地がしない。


「あの、その。わ、私。紗和城 姫って言います。よろしくお願いします。さっきはその、

ちゃんと挨拶できなかったので」

「こちらこそよろしくお願いします、紗和城さん」

改めて近くで紗和城さんを見ると、たしかに庇護欲を誘う何かがある。京子も庇護欲を誘うような見た目だが、紗和城さんのは本物、筋金入りだ。朧げな美人、という言葉が似合いそうな顔立ちに、吹けば飛んでしまいそうな華奢な雰囲気。なるほど、たしかにカッコつけたがりな長瀬なんかは守りたくなるだろう。ただまぁ僕に言わせればこんな八方美人いい子ちゃんなんて興味はない。


「えー皆様お揃いのようですので、夕餉にいたしましょう。今宵は最後の候補生が揃った記念すべき日。存分に食べ呑んで、明日への英気を養ってくださいませ」

食堂の中央、よく目立つところで立っていたソレが、音頭を取る。なるほど、候補生が揃った記念日か。一体どんな料理が食べれるのか、楽しみだ。

「えーですがその前に皆様方の講師団の代表者、ケェル・メラセム第一騎士団長様よりお言葉をいただきます」

そういうとソレは奇妙な動きで手足を震わせて、歪な機械音を発し始めた。数十秒ほど続いた後、恐らく先ほど紹介されたのであろう、騎士団長とやらの声が聞こえ始めた。

『………はじめまして候補生諸君。私は明日より君たちの講師を担当させてもらう講師団の一人、ケェル・メラセムだ。訳あってこの場に馳せ参じることができない無礼を許して欲しい』

よく通る低い声が食堂に響く。声質からして30代くらいだろうか。静かだが、どこか威圧感がある。いや、威圧感というよりは、威厳があると言った方が正しいか。


「ふん、謝罪するくらいなら都合つけてでも来ればいいのに」

『………第5候補生のナガセ ユウスケ。非礼は詫びよう。だが……君は親御さんから人が話している最中に、それも年長者に対して皮肉を口にしていいと教わったのかね?』

「……っ」

『話を続ける』

騎士団長の言葉に長瀬は何も言い返せずうなだれた。気まずい雰囲気が漂い始めるが、そんなことは御構い無しと言いたげに騎士団長は話を続ける。これで長瀬の他人の神経を逆撫でする言い方を反省してくれればいいのだが、まぁどうせコイツには無理だろう。


『明日から候補生としての訓練を開始する。しかしだ。講義に参加するか、しないかは。全て諸君らの自由だ。また講義に終業時間はない。

いつ学ぶか、いつまで学ぶか。その全ては諸君ら自身で決めてほしい。……1週間後、共に戦場で魔王軍と戦える日を心待ちにしている。以上だ』

「はい、という事でございました。さぁー!! 皆さま御賞味あれ!!」


そう言ってソレが壁際の引っ込むと、メイドたちが料理にされた覆いを外していく。こんもりと溜まっていた湯気が広がり、食欲をそそる匂いが色濃く広がっていく。甘辛い香りのする大きな七面鳥のような焼き料理に、たっぷりとハーブを染み込ませて蒸し焼きにした魚料理。他にも元いた世界では見たことのない料理が姿を現していく。

それらを全員が楽しめるように、メイドたちが丁寧に少しずつ切り分けて皿にのせると、あっと言う間に色とりどりの料理の山が出来上がっていく。

それぞれ会話を楽しみながら食事を始めたが、僕は一人黙々と食事を口に運んだ。

確かに料理はどれも美味しいが、物珍しさという色眼鏡を外せば、味そのものは元の世界の食べ物と変わらないし、騒がしく食べるほどのものじゃない。


「……あれ?」

ふと気がついて人数を数えた。京子、村田、二ノ宮、紗和城さん、長瀬。そして僕。

そう、6人しかいないのだ。山本は一体どこへ行ったのだろうか。別に山本と友達になりたい訳じゃないが、なんだか気になってしまう。

僕は皆に、特に京子に気づかれないようにそっとソレの所へと向かった。


「おや、オマエアナタさん殿。如何なされましたかな?」

壁際に直立不動で立っていたソレに話しかけると。不思議そうに小首を傾げてきた。

「オマエアナタさんって……まぁいや。山本の姿が見えなかったからちょっと気になって」

「ムォォォォォォォ!? なんという慧眼!? 私お見それいたしました……」

「はいはい。で、山本は?」

「厨房におられます!! さぁ!!」

「え!?」

何処にいるかと聞いただけなのに、ソレは僕の腕を掴むと、ズルズルと僕を厨房へと引いていこうとする。全力で抵抗してみたがビクともしない。

観念して厨房に行くしかなくなった。こんなことになるなら、山本のことなんて気にせず食べていればよかった。後の祭り、とはこのことだ。


「ヤマモト殿、ご友人がお見えでございますぞ!!」

ソレの中では僕と山本は友人らしい。厨房の扉を蹴り開けるように開いて開口一番にそういう。僕としては山本と友達になった覚えもなるつもりも一切ない。殺人鬼と友人になりたいなんて奴がいるのか。仮にいたとしても少なくとも僕はそういう手合いではない。


「ご友人? あぁお前か」

「や、やぁ」

「………」

「………」

沈黙が痛い。ソレに何か話題を出して貰おうかと振り返ったが、すでにいなくなっていた。殺人鬼と二人きり。そしてこの重苦しい雰囲気。

何を話せばいいのか分からない。ただ山本の咀嚼音が厨房に響くだけだ。


「おい」

「はい?」

「トモダチ登録、しようぜ」

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