チャリガス爆発(結)

 次の日、僕は同じ自転車屋さんへ行った。南くんに会いに、というわけではない。単なる情報収集のためである。もし昨日勤務していた人が僕に気づいたとしても、自転車購入を検討中の客が2日連続で来ることは不自然ではないはずだ。

 店長らしい雰囲気の――つまりは、昨日南くんがつけていた名札とは少し形や色の違うものをつけている男性がいたので、彼に声をかけることにした。中年の男性で、若々しさはないけれど、でっぷりと太っているというわけではない。それこそ、普段から自転車に乗って移動をしているために、太りすぎるというようなことはないのかもしれない。

 壊れきった織羽くんの自転車を押したまま店内に入ったため、男性は振り返るとすぐに驚いた表情を浮かべた。これはいったい、どうしたのか。そう言われることは間違いなかったので、僕は先手を打つことにする。

「少し前、僕の知り合いの男性が、こちらでこの自転車を修理しに来たと思うんですが、心当たりはありますか?」

 ふと視線を落とすと、名札には店長という言葉が書いてあった。店長で、間違いないらしい。

 これで店長が、織羽くんが自転車を修理しに来たというその日に勤務してなかったら話はここで終わりだ。別の従業員に声をかけるか、別の日にまた来なければならないだろう。

 店長は歪みきった自転車が気になるようで、僕の質問が聞き取れているのかもわからない。メガネのフレーム越しに見える瞳は、明らかに僕には向いていなかった。ダメ押しのように、僕はひとつ情報を付け加える。

「やたら美形の男の人なんですが……」

 美形という言葉に、店長は記憶を蘇らせたらしい。

「ああ、美形の男の子ですか! 南くんの知り合いの! いやぁ、彼らが話をしている光景は、一種の宗教画のようでした!」

 そう言って店長は、再び視線を自転車に落とす。なるほどたしかに、美男子本人ではない誰かが、こんな状態の自転車を持ってきたら、美男子に何かあったと考えるのが筋である。

 素直に話して情報を引き出したいところだが、爆発の話は伏せておくという織羽くんとの約束を守るべく、僕はここでも自分の気持ちに嘘をつく必要があった。嘘をつかなければならないというのは、厄介だなと思う。二度とこんな、妙な事件とは関わり合いになりたくないものだ。

 だが、関わり合いになるのを止める前に、僕はこの一件を解決させなければ気が済まないでいる。乱歩を読みすぎたのだろう。事件が起きると、首を突っ込まないではいられない体になってきているのだ。

「この自転車を修理してくれたのは、店長さんですか?」

 店長はコクリと頷いた。

「最初から、最後まで?」

 僕は追いうちをかけるように、店長へ尋ねる。やや勢いが強すぎたのか、店長は少しビクリとしたようだった。

 自転車に細工するならば、ある程度自転車に精通している人物が関わっているのではないだろうか。素人が爆弾を自転車に隠そうとすれば、自転車の仕組みをよくわかっていないために、十分に隠すことができないだろう。

 織羽くんがここで修理をしてもらい、数日後に自転車が急に爆発したのであれば、この店で何者かが自転車に手を加えた可能性も高い。織羽くんは「無差別ではない」と言い切ったが、従業員の誰かが悪意を持って修理に携われば、人知れず犯罪行為を楽しむことができるのである。

 店長は少し記憶を辿ってから、ぽんと手を叩いた。

「そういえば、南くんがライトの交換をしていましたよ」

「ライト?」

「ええ。なんでも、ライトが壊れかけていたということで、無償で交換したそうです。無償といっても、彼の給料からライトの代金を天引きして、プレゼントしたというような形にはなりますが」

 この店で、ライトの入れ替わりがあったのだ。

 南くんが、ライトを入れ替えた。

 嫌な予感がする。これは、僕があえて考えようともしなかった可能性だ。

「それは、どんな形状のライトでしたか?」

 僕がそういうと、店長は商品の方へと歩いて行き、僕はひとり取り残される。しばらくして店長が戻ってくると、彼の手には自転車のライトが握られていた。

「こちらですね」

 問題は、ここからだ。

「これは、バッテリーを内蔵していますか?」

 爆発の条件。内蔵バッテリーの有無。

 僕の推測は外れたようで、店長はふるふると首を振った。

「いえ、これはホイールの回転によって点灯するタイプです」

 バッテリーじゃ、ない?

「では、自然に発火するようなことは?」

「発火ですか? ないと思いますよ」

「交換された、壊れたライトの方はどこに?」

「それは、わかりませんね。南くん自身で持ち帰ったかと」

「その日の他に、彼がそのライトを買ったことはありましたか?」

 店長は考える。

「たしか、水曜の夕方頃だったかと」

 僕と南くんが喫茶店で話をした後、ということか。

 いったい、何のために?


 さて、僕が今まで考えないようにしていた可能性というのは、南くんが自分の自転車に爆弾を仕掛けて、それを暮井に貸した、というものである。火曜夜の織羽くんの事件についてはさておき、水曜の夜に暮井の乗っていた自転車が爆発したのなら、爆発した自転車とは南くんが暮井に貸したものであり、細工ができそうなのも南くんだからだ。

 そして実際に、店長の証言では、南くんは最初に爆発した共有自転車にライトを取りつけて、似たようなライトを購入していったということである。これが爆弾だったなら、自分の自転車に取りつけて貸し出し、暮井を始末することができるのだ。

 しかし、その可能性はなくなった。自転車を爆発させるにはバッテリーが必要になる。しかし南くんがつけたのは、ペダルの回転とモーターを連動させたライトなのだ。爆発するはずがない。

 南くんが犯人ではないとわかり安心したが、同時にややこしくなった。早い話、南くんが犯人だった方が辻褄が合うからだ。もちろん、僕はそんな結末を望んではいないのだけれど……。

 むしろ、こう考えることもできるのではないだろうか。南くんは、織羽くんの持ってきた自転車に爆弾ライトが設置されているのに気づいた。そして彼は織羽くんのために、爆発しない普通のライトの取り替えたのだ。しかし犯人はそれに気づき、織羽くんの勤務中にこっそりと自転車に再度細工をして、織羽くんは帰り道爆発に巻き込まれた……。

 これが一番、ありえそうだ。南くんは「自転車が爆発すること」を知っていて、それを防ぐために「爆発するはずのないライト」を取りつけたのだ。もちろん、不自然さは残る。犯人は南くんの「爆弾解除」を知っていて、爆発する「バッテリー式のライト」をつけ直すことになるからだ。1回目の爆発については、南くんが「爆弾解除」したのが日曜の昼で、実際に織羽くんが怪我をしたのが火曜の夜だから、取り替える時間がないこともない。

 だが、2回目の爆発についてはどうだろうか。僕と南くんが喫茶店デートをしたのが水曜の昼から夕方。そのあと南くんは暮井に自転車を貸そうとしたが、自転車に爆弾が仕掛けられているのに気づき、自分のバイト先でライトを購入して爆弾解除。しかしそのあと出勤した暮井は、帰り道爆発に巻き込まれて死亡する……。

 やろうと思えばできないこともないだろうが、あまりにも迅速な行動すぎやしないだろうか。それに、この考えでいくと、なぜか南くんの自転車には爆弾がセットされていたということになる。もし南くんを狙ったのだとすれば、自転車は直接暮井に貸し出されているはずなので、爆弾を再設置する必要が全くない。逆に暮井を狙ったのであれば、わざわざ南くんの自転車に爆弾ライトを取りつける必要がなくなる。南くんが暮井に自転車を貸し出すことを前提にしなければならないからだ。

 南くんが取りつけたライトは、爆発しないもの。しかしその線で考えれば考えるほど、矛盾が出てきてしまう。いったい、爆弾は誰が仕掛けたものなのだろうか。あるいは、自転車が実は関係なく、シンプルにリュックなどの荷物に爆弾が仕掛けられていたのだろうか。いや、それだと、自転車の損傷がライトに近いほど大きかったことの説明がつかない。ライトの位置で何かが爆発したのは間違いないのだ。しかし、ライトは爆発しえないモーター式……。

 埒が明かなくなってきた。これはもう一度、現場での調査を行う必要がありそうだ。




 さて、織羽くんの予想通り、病院の入口で待ち合わせをしていた南くんと一緒にロビーを歩き、エントランスで面会の話をすると、女性の看護師や患者さんたちが彼を見て声をひそめて喜びを共有し始めた。

「見世物じゃないんだけどね」

 彼が小さく呟いた。口角は上がっており、怒りの表情は見受けられない。代わりに、開いた瞳には寂しさのような色が浮かんでいた。

「すみません、面会に連れてきてしまって……」

 こうなることは予想できていたのに、とまでは言わない。

「いいんだよ。僕も織羽くんに会いたかったしね。何度か会いにいこうか迷ってたんだけど、いかんせん病院がどこかも知らないし……。まず、入院してること自体、秘密なんだもん。僕から急に病院の話をされたら、驚いてしまうだろうし」

 結局、一緒に見舞いに行くという話をした段階で、織羽くんにはバレてしまったわけだけど。

 僕の独自調査――という名の自己満足――が一通り解決してから、僕は織羽くんに見舞いの相談をしたのだった。僕は南くんの連絡先を知らないから、彼と連絡を取るにはどうしても織羽くんに話を通しておく必要があったのである。画面越しだったので表情は見えなかったが、織羽くんは僕が南くんに入院の話をしたことを咎めることなく、すんなりと病院と南くんに話を通してくれた。

 病室に、織羽くん以外でベッドを利用している人はいない。3人だけの空間を作り出すことができた。大きな声を出せば廊下に聞こえてしまうかもしれないし、織羽くんや南くんの虜になった女性たちが会話を盗み聞きしているかもしれないから、油断はできないけれど。

「よう、久しぶりだな」

「元気そうで、なによりだよ」

 ふたりがにこやかに会話する。僕だけ、仲間外れの感が強い。主に、ビジュアル面で。

 だが、ルックスの良し悪しというだけでなく、本当に僕は、仲間外れなのだ。彼らふたりは、親友ともいえるほど交流があるのに対し、僕は彼らと出会って1週間も経過していないのである。

 それなのに、僕がこうしてこの面会をセッティングしたのには、ワケがあるのだ。そしてふたりは、おそらくその理由に気づいている。気づいた上で、織羽くんも南くんも、僕の「自己満足」に付き合ってくれたのだ。

「それで、河童場くん? 僕たちに話っていうのは、いったい何かな?」

 南くんが椅子に腰かける。織羽くんは上体をベッドから起こした。座ると気が抜けてしまいそうで、僕は南くんが差し出してくれた椅子を無視して、膝が震えないよう踏ん張って立っている。

 僕は、南くんがお見舞いに持ってきたフルーツに視線を落とし、これは誰が皮を剥いてくれるのかという、どうでもいい疑問を口に出したい気持ちでいっぱいになった。

 心臓に悪い。

 息を大きく吸って、ゆっくりと吐き出す。

「まず、織羽くんのこのケガは、乗っていた自転車が急に爆発したからで――僕は織羽くんから、このことを秘密にするようにと言われていて、だけど好奇心から、独自に色々と調査を――つまり、犯人探しをしていたんです」

「まさか、探偵を巻き込んでしまうとはね」

 織羽くんが苦笑する。南くんは、微笑を浮かべたままだった。

「自転車爆発事件の最初の被害者は織羽くん。僕はたまたまその爆発に巻き込まれて、織羽くんと知り合った。本来であれば織羽くんは、バイトのシフトではない火曜日。その夜に事件は起きた。塾の帰り道、自転車を漕いでいたら、ドカン」

 織羽くんは、頬のガーゼに手を当てる。

「まるで、趣味の悪いギャグ漫画かバラエティ番組だ。面白いかどうかの判断がつかない、センスのない事件だよ」

 そのガーゼに目線を向けて、南くんがやんわりと尋ねる。

「そんなことされるような、心当たりはあるかい?」

「ないよ、俺にはね」

 織羽くんが強調して言った。声のない笑いが、ふたりの顔に浮かんだ。

「カモフラージュのために交換した連絡先の情報からどうにか織羽くんのSNSアカウントを特定し、暮井――くんのアカウントまで行き着きました。大学内で彼と接触すると、バイトのシフトは織羽くんと入れ替えてもらったものだと教えてくれた。僕は彼を疑っていました。彼は自分が狙われているのを知っていて、織羽くんとすり替わったのだと。けど話しているうちにわかったのは、彼はそんなに賢いタイプの人じゃない、ということです。そして彼はあっけなく、水曜の夜に爆発しました。織羽くんの時よりも殺傷力の高い爆弾によって、命を落としたんです」

 ふたりとも、僕の言葉を待っているようだった。怒るでも悲しむでも、怯えるでもなく。……赤の他人の受験結果を聞いているかのように、静かに待っていた。

「そしてその爆弾は、君が仕掛けたもの……ですよね」

 僕はゆっくりと彼の方を見る。僕の方が、悲しんでいるようだ。彼は穏やかに、ただ微笑んでいるだけだった。

 柔らかな金髪が、病室のクーラーの風に揺れる。彼がこくりと頷くと、しゃらりと綺麗な音がした――ような気がした。


「推理小説の基本かもしれませんが、犯行には動機があります。もちろん、無差別殺人的なものだったり、誰でもいいから殺してみたかったというようなパターンもありえますが、だいたいの場合犯人には被害者との間に殺人を実行させるほどのトラブルがあるのです。つまり、事件が起こる前だけ見ると、被害者こそ加害者であることが往々にしてあります。言い方はなんですが、命を狙われても仕方のないような人間だったりするのです。そしてそれが、事件の悲劇性を高めています。

 そしてこういう動機から、事件解決の糸口を掴んでいくということもありえます。これはたしか、シャーロック・ホームズあたりも言っていた――はずです。非実在の人物のことを挙げるのは、やや不適当かもしれませんが……。被害者の身辺調査を進めていくのは、いつ、どこで、誰と、どんなトラブルがあったのかを探るためです。殺されなければならなかった理由を探していけば、犯人が何となく見えてくるからです。もちろん、これが無差別なもの――殺すことそれ自体が目的だった場合、話は変わってきますけれど。

 さて、僕は例によってこの手法で――つまり、暮井くんがなぜ殺されなければならなかったのかという点について調査をしようと思ったのです。南くんや、その他の方から情報を拾っていくと、困ったことに、彼は様々な人から恨みを買っているではありませんか。僕は酷く迷いました。

 というのも、最初に狙われたのは織羽くんなので、犯人は織羽くんと暮井くんの双方に恨みを持つ人物だと考えたのです。だから僕は、織羽くんとトラブルがあった人物と、暮井くんと揉めた人物のリストをつくりたかった。共通部分を見つければ、高確率でその共通部分に犯人がいるからです。もちろんこれは、ふたつの犯行が同一人物によるもの、という場合に限られますが……。

 しかし僕には、織羽くんが誰かから恨みを買うような人物ではないように思えたのです。そうなると、織羽くんは暮井くんと間違われたのではないかと考えるのが妥当でしょう。そしてもしかすると犯人にとって、最初に間違えて織羽くんを爆発させたのは、正解だったのかもしれません。

 繰り返しになりますが、暮井くんが命を落とした2回目の爆発は、1回目のものよりも威力が高かったのです。これは、1回目の爆弾は殺傷力に欠けるということを、犯人が把握していたということになります。つまり、1回目の爆弾の被害者――織羽くんが爆弾の被害に遭ったこと、死んでいないこと、そのどちらもわかっていることが条件になります。僕は水曜日の昼に暮井くんに会いましたが、彼は前者の条件を満たしていませんでした。彼は本当に、どうして織羽くんと連絡が取れないのか、およびなぜ自転車がキャンパス内に駐輪されていないのかを不思議がっていました。

 さて、ここで南くんの話に移ります。僕が南くんと出会ったのは、同じ水曜の昼――暮井くんと出会った、数分後のことでした。水曜日、南くんが暮井くんに振った最初の話題は、昨日のバイトはどうだったのか、というものでした。織羽くんは当事者だから、わざわざ言わなくてもという感じかもしれないですが――今思えば、ここが重要なポイントのひとつだったのです。そもそも僕が暮井くんのことを知ったのは、織羽くんのSNSの発信からでした。火曜の夕方頃の投稿――暮井くんの代わりに出勤することになったという旨の投稿です。そこから僕は暮井くんという人物の存在を知ったわけですが、もし犯人がこの投稿を見ていた場合、いったいどうしていたでしょうか。

 もちろん犯人が、織羽くんと暮井くんが自転車を共有していることを知らなかったり、そのことは知っていてもSNSまでチェックしていなかったとなればそれまでですが、そもそもSNSを嫌っている場合もありえます。南くんは、まさにそれです。ミスコン時代にアカウントを作成したものの、南くんはそれっきりそういったコンテンツに関わることを辞めていました。もし南くんが織羽くんのアカウントと繋がっていて、もしその投稿を見ていたなら、最初の爆発は起きなかったかもしれません。無関係な織羽くんが、爆弾の仕掛けられた自転車に乗ることになるのですから。

 ところで、僕は織羽くんから口止めされていたので、暮井くんには爆発の話はしていませんでした。けれど、僕がついうっかり、織羽くんが病院にいることを漏らしてしまった相手がひとりだけいます。それが、南くんです。仮に南くんがくれいくんの命を狙った犯人だとしたら、水曜の昼に彼がピンピンしていることは問題になります。死んだはずなのに、爆発したはずなのに、と。だから彼は、前の晩の動向を探ったのです。バイトはどうだったの、という質問は、バイトに行ったのかどうかを確認するための話題だったわけです。

 そして南くんは、織羽くんが代わりに出勤したことを知り――誤って彼を爆殺したのではないかと考えます。もちろん、爆弾が起動したのかどうかもわからないわけですが。しかし、まさか織羽くんに、昨日の爆発で死んじゃったかな? なんてメッセージを送信したって、死人に口なしなので意味がありません。織羽くんと連絡が取れないとなると、爆弾が起動した可能性が高くなります。けれど、南くんの本当の狙いが暮井くんだったなら、再度彼を仕留めようとするので、織羽くんの被害状況が重要になってくるのです。つまり織羽くんが死んでなければ、爆弾の威力を強化する必要が生じてくるわけですから。

 織羽くん本人に聞く術はない。さて、誰に聞くべきだろうか。そう南くんは考え、絶好の相手が目の前にいるのに気づきました。いきなり出てきた見知らぬ男。

織羽くんのことを探っているような不審な男。まあ、僕なんですけど。そして僕は南くんに、爆発のことは伏せつつ、織羽くんが病院にいることを教えてしまった。これによって南くんは、爆弾を強化する必要性に気づき、改良された爆弾を搭載した自転車を、暮井くんに貸したのです。二度と会うことのない相手に、二度と使うことのない自転車を。

 さて、問題は爆弾です。もしこれが、スイッチを起動すると爆発するタイプのものであれば、遠隔で操作しつつ、暮井くんが爆発するのを確認することができます。しかしこれは、やや現実的ではありません。自転車に、暮井くんが乗っていることを確認してからでないと意味がないからです。適当なタイミングで押してしまうと、駐輪場でひとり寂しく自転車が爆発することになりますから。爆弾の仕掛けられた自転車を陰から覗いて、暮井くんが乗るのを待機するわけにもいきません。仮にもしそれが可能だとしても、スイッチを押す前に、自転車を使っているのが織羽くんだと気づくことにもなりますから、誤って織羽くんを巻き込んでしまったという前提が成り立たないことにもなります。もちろん、織羽くんへの殺意もあったなら、話は変わってくるのですが、僕は何となく、これを信じたくなかった。

 そうなると爆弾でダメージを与えるには――当たり前のことですが、乗っている間に爆発させなければならないのです。例えば、サドルに体重がかかるとスイッチが押されて爆発する、などの工夫です。それならば、間違いなく相手を始末することができるのです。そしてこの場合スイッチいらずなので、その日の自転車の使用者を確認する必要もなくなりますから、シフト交換という予期せぬアクシデントにも対応できないので、前提をクリアすることができます。

 しかしこのシステムだと、サドルに腰かけた瞬間爆発してしまうので、火曜の夜や水曜の夜――つまり、織羽くんと暮井くんのバイト帰りに爆弾が起動したという事実と矛盾します。もしサドルがスイッチとなっていたなら、出勤するべく自転車に乗った瞬間――キャンパスの駐輪場で爆発するはずですから。そうなると、ある種の時限爆弾的なシステムが必要になるのです。自転車に乗っている間――さらに言えば、ペダルを漕いでいる間にしか爆弾が起動しえないような環境を整備する必要があるんです。

 この場合、電動自転車のバッテリーか、ライトのバッテリーが発火するのを駆使するのが賢明でしょう。そしてこれは、自転車屋さんで南くんが僕に教えてくれたことです。自転車が爆発するとしたら、このふたつしかないのだと。今思えばこの情報は、事件を嗅ぎ回っている僕に対する、南くんの仕掛けたミスリードだったのかもしれません。

 さて、織羽くんと暮井くんの共有自転車は、電動自転車ではありませんでした。バッテリーを爆弾にしようにも、さすがに前までなかった謎のバッテリーが搭載されていれば誰だって気づきます。こうなると、爆弾として適切なのはバッテリー内蔵のライトに限られてきます。ライトならば、爆発したのが夜という事実とも矛盾しません。明るいうちには点けなくとも、帰り道には使用する可能性があるわけですから。

 さて、店長さんの証言によれば、修理に出された自転車のライトを南くんが交換したというのです。これがもし、バッテリー内蔵のものであったなら話が簡単だったのですが、どうやら南くんが取りつけたのは普通のライト――ホイールの動きと連動して点灯するタイプのものだったのです。僕は混乱しました。これではむしろ、南くんが爆弾に気づいて、普通のライトと交換したようではありませんか。

 これはあまり本題と関係ないのですが、僕は気になってバッテリーの爆発について調べてみたんです。すると、作動していない間に発火したという報告が見られました。そうなると、やはりバッテリーの発火を狙った爆弾も、あまりうまくいかないような気がしたのです。意図しないタイミングで爆発する可能性があるわけですから。

 1回目の爆弾は、2回目に比べて威力は小さく、これは暮井くんに比べてダメージの小さかった織羽くんを見ればわかります。ですが、何も被害を受けたのは人間だけではありません。自転車そのものも、爆弾による損傷を受けています。僕は織羽くんからの、自転車を破棄しろという指示に半分逆らい、共有自転車を自分の家の駐輪場に隠しています。フレームの歪み等はあれど、ダメージは自転車前部の方が大きかった。これは爆弾が前方につけられていたということを意味しています。やはり、爆弾はライトなのでしょう。しかしライトは見当たりません。爆弾そのものだったなら、爆発の衝撃で粉微塵になっていてもおかしくはありませんから。しかし、ライトはバッテリー内蔵じゃないので爆発しえない。南くんの言葉から、僕はそう信じ切っていました。

 けれど気になって、1回目の事件現場を再度訪ねて、色々と調べてみたのです。すると、最初に自転車を隠した自動販売機の近くに、ライトの残骸が転がっているのに気づきました。爆発するはずのない、ごく普通のライト。しかし、爆発したからこそ損傷しているのであるから、これには何かしらの秘密があるはずだと、僕はその残骸を持ち帰りました。

 さて、この残骸はもはやライトと呼ぶには抵抗があるほどに壊れていまして、おかげで分解する手間が省けました。特にライトの部分――まあ、光る部分はしっかりと割れたり溶けたりして、全く使い物にならないどころか推理の材料にもならないような有り様です。

 それでも、ライト全体に注目してみると、より損傷が大きいのは車輪側ではなく、このライト側なんです。つまりこの爆発は、自転車のライトを点灯させるための電気が、何かしらの物質と反応して爆発を起こしたもの、ということです。まあこれは、僕はライトが点灯する仕組みについて調べてみたからこそ、わかったことなんですけどね。賢い織羽くんなら知ってるかもしれませんが、あえて説明させてください。

 ええと、説明が下手なので、かなり想像力を働かせてもらうことになるかもしれません。イメージしてほしいのは、筋トレに使うようなバーベルです。細長い棒の両端に、円盤のようなものの中心部がくっついている――横から見れば、アルファベットのIのような形をしているものを考えてください。

 この円盤の片方は磁石になっており、回転によって磁場の変化、および電流が発生します。もう一方の円盤は自転車のホイールに接触していて、運転と共に回転します。ペダルを漕ぐとホイールが回転し、ホイールに接している部分も合わせて回る。これが回れば当然、反対側についている磁石も回って、電流が起こるというわけです。そして当たり前のことですが、この仕組みは外から見えないように――正確には、雨水等が侵入しないように、ケースのようなもので覆われています。

 その細長い棒――正確には軸の部分に、違和感がありました。妙な枝分かれがあったのです。磁石側に、回転軸とほぼ垂直になるような形で、謎の棒状のパーツがくっついていました。もちろん、僕が見たときには割れていましたが。

 さて、ライト内部の仕組み全体はケースに包まれています。このまま自転車を漕ぐと、飛び出した部分が軸の回転と共にケースの内側にカリカリとぶつかることになります。おそらくこの突起はカプセルのように空洞になっていて、何か火薬のようなものが仕込まれていたのでしょう。夜になってライトを点灯すると、軸の回転に合わせてカプセルはケースの内側とぶつかって削れていき、割れて中身がこぼれる。磁場の変化によって発生している電流がこの火薬に引火して、爆発を起こしたのだと思います。

 破損していたので、実際の仕組みはわかりません。ほとんど想像力にのみ支えられた推理です。けれど、詳細な点についてはさておいて、だいたい合っているような気がします。

 爆弾の威力を上げたのは、最初の被害者が死ななかったことを知っている人物だから。織羽くんが爆発の事実を伏せてかばうようにしていたのは、織羽くんと親しい人物だから。そして自転車に細工ができたのは、自転車やそれに付随するアイテムの仕組みに詳しかったから。僕には、南くんしか思いつきませんでした。確たる証拠があるわけではないし、僕も認めたくないくらいです。

 だけど、南くんに行き着いてしまった。だからどうか、否定してほしいんです。さっきは首を縦に振っていましたが、僕はそれでも信じたくない。僕は人を殺すような人じゃないんだと、どうか言ってください」


 僕の推理を聴いても、南くんは変わらず微笑んでいた。いや、むしろその慈しみの表情は、より温かいものになっていたような気さえする。

 織羽くんはといえば、じっと目を瞑って――しかしやや眉を下げて、静かに悲しむような顔をしていた。火傷の痛みを堪えているようにも見える。

 南くんはそんな織羽くんに目を向けて、彼が何も言わないのを見ると、まるで既に死んでしまったペットの思い出話をするかのような穏やかさで言った。

「河童場くんの、推理通りだよ。僕は暮井くんを殺そうとして、シフト変更を知らなかったために織羽くんを巻き込んでしまった。爆弾はライトに細工をしたもので、仕掛けについてもほとんど合っている。

 1回目の爆発は威力が小さかったから、痕跡が残ってしまったんだね。織羽くんは僕のために、自転車を隠すよう言ったようだけど、もしかすると隠さないで警察が調べても、ここまでの推理はできなかったかもしれないね。君は名探偵だよ、河童場くん」

 否定は、してもらえなかった。

 犯人は、南くんだったのだ。

「ああ、それとね」

 南くんが続ける。織羽くんが目を少しだけ開いた。

「君は、僕が勘違いを引き起こすようにライトの話をしたと考えているようだけど、実際は逆だよ。君が僕を怪しむことができるように、あえて目眩ましのヴェールをはためかせたんだよ。変な話だけど――僕はね、親友ともいえる織羽くんではなく、君に暴いて欲しかったんだ。僕の罪を、僕の穢れた部分を」

「――それはまた、どうして?」

 南くんは少しだけ恥ずかしそうにする。

「一目惚れした、とでも言うべきかな?」


「僕はいわゆる、同性愛者なんだ。とはいっても、実際の男性に心惹かれるようなことはなかったというか、それこそテレビに映る俳優さんとかをカッコいいなと思うことはあっても、クラスメイトの男の子を好きになる、なんてことは一度もなかったね。大学に入ってから、美男子である織羽くんと出会っても、残念ながら彼に恋するようなことはなかった。

 ただ、実際にちゃんとした恋愛感情のようなものを抱いたことがあるわけじゃなかったから、どちらかというと性愛感情のない、アセクシャルだと思っていたんだよね。中学生くらいから、なんとなく男の子と関わるのが嫌になって、女の子と交友関係を深めることが多くなった。でもこれは、僕にとっては普通なんだ。一般的な男の子が、小学校の前半は男女問わず遊べたのに、思春期にさしかかって恋愛対象の性別と距離を取るなら、僕のもまさにそれなんだ。変に意識しないで済む相手と、仲良くしようと思っていたんだよ。

 けどまあ、これがどうやら思わせぶりってやつらしくて、友達だと思っていた女の子はほぼ全員、僕を恋愛対象として見ていたようなんだ。これは今でも、似たようなもんだね。つまり僕は、男性でありながら男性を好きになるように生まれ落ち、しかし実際には片想いすらしたことがなく、挙句の果てには友達を期待させて裏切り続けてきた、罪深い存在だということさ。

 さて、中学高校とそんな感じで、男の子とはほとんど交流を持たず女の子とばかり話している、パッと見たところ女好きの男として6年間を過ごし、大学でも似たような状況になるんだろうかと考えた。でもここで、僕は少し考えを改めることにしたんだ。いつまでも自分の立場の弱さから逃げているわけにもいかないだろう、と。そこで勇気を出して――というのも変な話だけど、何年振りかに、自分から男の人に声をかけたんだ。それが、この織羽くんというわけ。彼は僕と同じ臭いがしたというか、本当に恋愛とかに興味がなさそうだったから、話しかけやすかったのかもしれないね。そして僕は、彼と本当にいい関係性を築くことができた。

 さて、こういう言い方をすると、死屍ししに鞭打つみたいであまりよくないんだけど、僕はこのたった1回の成功で調子に乗ってしまい、友とすべきではなかった男の子とも、交友関係を持つことになってしまったんだ。なんとなくわかるとおもうけど、これは暮井くんのことだ。最初の頃はまだ、暮井くんもその魂の汚さを露呈するようなことがあまりなかったから、織羽くんとも仲がよくて、それこそ自転車の共有を始めたのもこの頃からだね。つまり暮井くんは、僕にとって友達の友達で、僕は迂闊にも彼を信用してしまっていた。彼の主催する合コンについていったりもした。参加したところで、僕にいい出会いなどありうるはずもないのに。

 さて、大学でも性的マイノリティだのどうのこうのと講義を受けるようなことがあったわけだから、僕はこれを機に、親友ふたりに自分の話をすることにしたんだ。この頃はまだ、暮井くんを含めた3人で時間を過ごすことが多かったからね。さて、これは僕にとって人生最大の失敗で、ある意味では今回の事件の起点とも言えるのかもしれない。

 暮井くんは、男の子と話をするのが苦手な僕とも明るく話をしてくれるいい人だと、最初の頃は思っていた。けれど実際は、彼はいい人なんかじゃなくて、行動原理が損得勘定に偏っているだけの人だったんだ。僕をミスコンに推薦したのも彼だけど――つまり暮井くんは、僕と織羽くんが女の子から人気であるということを利用していたんだと思う。僕らは女の子を吸い寄せるためのエサで、僕たちとの関係は通過点に過ぎないというわけだね。

 長らく男の人と関わったことがなかったからか、僕は人間の本質を見抜こうとする目を曇らせてしまっていたんだ。自分の立場の弱さを告白する相手を、間違えてしまったんだね。なんとなく織羽くんは、そのときから既に暮井くんの本性を見抜いていたようだから、僕の秘密を誰にも言わないようにと、彼にかなり釘を刺してくれたんだ。もしそんなことをすれば、縁を切るとでもいわんばかりの勢いでね。もちろん暮井くんは、僕たちとの縁が切れることを望んでいたわけではないから――縁というより、僕たちは釣り糸だったのかもしれないね。釣り糸が切れれば魚が釣れない。僕たちというエサがなければ、女の子たちをおびき寄せることができないというわけ。

 さて、2年生になって20歳を過ぎると、遠慮なく酒を飲めるようになる。そのあたりから、暮井くんの素行は酷くなっていった。既に話しているように、女の子に対する、ある種の暴力だ。その頃から僕は暮井くんとは疎遠になっていって、織羽くんも最初の頃ほど彼と一緒にいるようなことはなくなった。合コンに呼ばれたらたまに付き合うとか、その程度の関係性だね。それこそ織羽くんの興味関心は、どうしようもないかつての友人よりも、ディケンズを原書で読むことの方にシフトしていったというわけ。

 暮井くんに失望した僕はというと、以前と同じように、女の子ばかりと関わるようになっていった。嫌味に聞こえるかもしれないけど、ぼうっとしてても女の子の方からちょっかいを出してくるからね。例えそれが、最終的には恋人の座に居座ろうという下心から来るものであっても、僕は女の子たちを拒むことはなかったし、むしろ利用しているような自覚さえ持つようになっていった。

 もしアプローチしてくる女の子のひとりと交際したなら、僕の周りにいる女の子たちはどうなるだろうか。横取りしようと更に目を光らせる娘もいるだろうけど、たいていが僕から離れていってしまうはずだ。僕に近づくのは僕と恋人になりたいからであって、友人として付き合っているわけじゃないから。

 不思議なもので、女の子が勇気を振り絞って僕に告白して、それを断っても、彼女たちは僕との交友関係を続けようとするんだ。浮気や不倫に対してのバッシングと比べれば、諦めない片想いの方がよほど聞こえがいいからね。

 ここで重要なのは、僕の女友達はみんな、僕が同性愛者であることを知らない、ということだ。彼女たちが僕に近づくのは何故か。それは、いつか自分に振り向いてくれるかもしれないから。しかし、僕の性的指向を知ったとき、彼女たちはいったいどういう反応をするだろうか。自分で言うのも心苦しいけれど、彼女たちは僕のことを友達としては一切見ちゃいない。それは、話をしているときの目の色を見ればわかる。つまり僕が女性を愛せないと知れば、彼女たちはみんないなくなり、僕はひとりぼっちになる、というわけ。

 僕は、ずるくて、醜い。女友達と僕が呼んでいる女の子たちの好意――いわば、弱みにつけこんで孤独を紛らせている。そのくせ、自分の最大の弱みを話す気にはならないんだ。これは人によるだろうけれど、本当の姿をさらけ出して一生孤独なのと、仮面を被ってでも人に囲まれているのとだったら、僕は後者を選ぶよ。何でも話せるのが友達だという意見もあるだろうけど、僕にはそれが、ひどく綺麗事のように聞こえる。その点でいえば、僕の本当の友達というのは、僕の秘密を知っていて、それを自分が気に留めることなく、それでいて周囲の目を気にかけてくれる、織羽くんだけなのかもしれない。

 だが、彼には本がある。僕と一緒にいないとき、織羽くんのそばにはディケンズが立っているんだ。それに比べて、僕はどうだろう。僕は織羽くんがいなくなったら、寄り添ってくれる魂などどこにも見つけられないんだ。恋すらしたことのない僕は、ただ物質的にそばにいてくれる『オトモダチ』でしか、恐ろしく白い空っぽな時間を埋めることができないんだ。

 やや、話が逸れてしまったかもしれない。本題に戻そうか。

 ほんの、数週間前のことになる。ある日『オトモダチ』のひとりから、僕が同性愛者なのか尋ねるメッセージが送信されてきた。僕は一瞬頭が空っぽになったけど、取り繕ってそれを否定しつつ、なぜそんなことを聞くのかと逆に聞き返した。すると、『オトモダチ』のさらに友達の女の子が、暮井くんの開いた合コンに参加して、酔った暮井くんからそんなこと話を聞いたらしい。又聞きというやつだ。

 さて、暮井くんは2~3年も女の子漁りをしているわけだけど、おそらくは飲み会での話題が尽きてきたんだろうね。ついに禁断の――僕の秘密について話をすることになったんだ。

 まずいことになったと、まず織羽くんに相談したよ。そうしたら彼は、これからは嫌々でも、可能な限り合コンに参加して、暮井くんが余計なことを話さないように監視していくからと約束してくれた。そしてこの間の日曜に開かれた合コンに、アタリとして参加してくれたんだ。

 けど、僕は考えた。いっそのこと、誰にもバレないように暮井くんを仕留めてしまった方が、僕は孤独にならずに済むし、織羽くんが僕のために時間を割いて合コンに行く必要もなくなるんじゃないか、と。

 僕はすぐに自転車を爆発させる方法を考えて、理学部や工学部、バイト先など利用できるものはなんでも利用しながら、火薬入りライトの軸を完成させた。あとは自転車に取りつけるだけ。でも、元々のライトを外してから設置するわけだから、きちんと時間を取った方がいいと考えた。駐輪中の自転車をいじっていたら、さすがに怪しまれてしまうからね。

 僕は織羽くんと暮井くんのシフト、および自転車共有のルールを随分前から詩っていたし、それが変わっていないことは織羽くんから聞いていたから、土曜の夜のうちに、ふたりのバイト先に停めてある自転車のタイヤをパンクさせておいた。ライトの交換に比べれば、パンクさせる方がよほど簡単だからね。これで自転車を修理に出す必要性、つまりは僕が細工できる機会が生まれたというわけ。翌日、僕は親切心を装って、持ち込んでいた細工済みのライトを取りつけた。これだと交換したライトの出所がわからないから、ちゃんとカモフラージュのためにライトを店で購入してある。

 修理の後、織羽くんはすぐに大学に自転車を置きにいった。昼間だったからライトは必要ない。爆発の心配もない。日曜の夜には合コンがあって、それはやや不安だったけど、塾が休みの月曜が明けて、暮井くんの出勤日の火曜が来た。これで安心できる。

 しかし水曜の昼、僕は衝撃を受けた。暮井くんが、生きているどころかピンピンしていたからだ。いったい爆弾はどうなったのか。そして、それを知っていそうな――怪しい男の子を見つけた。

 正直、暮井くんが生きていることよりも、君に出会ったことの方が衝撃的だったかもしれない。21年の人生の中で、一度も目の前の男性にときめくことのなかったこの胸が、君を一目見たときにとくんと高鳴った。人を殺そうとしておいて――親友を巻き込んでおいて、僕は恋をしてしまったんだ。河童場くん、君にね。

 繰り返すように、僕は君に真実を暴いてほしくなった。だから僕は、今度こそ確実に暮井くんを殺そうと思った。君の目の前で、彼に自転車を貸す約束をした。そしてその自転車が爆発すれば、君が僕を疑うのは目に見えている。ただ、すぐにバレてしまうのでは面白みがないし――こういう言い方はずるいのかもしれないけど、僕を疑うことに対して、君が罪悪感のようなものを抱いてくれたらなと、思ったんだ。南くんがそんなことをするはずがないと思ってもらえたなら本望だった。

 そして、君は今、とても悲しそうだ。こんなに嬉しいことはない。ほとんど初対面の男性――初恋の男性に、僕のことで悲しんでもらえるなんて」


 南くんは僕より先に病室を出た。近くの交番で自首するつもりらしい。

「やはり、推理小説は俺の体質に合わないな……。心臓に悪いよ」

 さっきまで人が座っていたイスを見下ろしながら、織羽くんが言った。悲しみと怒りとが混じった表情が、少し引きつった顔に浮かんでいる。

「ディケンズの小説は、なんというか――メロドラマなんだ。これは悪い意味で、だね。ご都合主義っていうのかな。悪いやつは徹底的に叩きのめされるし、いい人が途中で死ぬことはあるけど、主人公は最後にしっかりと幸せを掴んでいる。人を殺すのは悪いやつで――いや、そうとも言いきれないのか。マグウィッチなんかは、実のところ善人だったのかもしれない。知らない君に話しても仕方がないね。今度『大いなる遺産』を貸すことにしよう」

「悔しそう、ですね」

 気を紛らすように喋り続ける彼の言葉を、僕は遮った。

「まるで、自分が暮井くんを殺せばよかったとでも、思っているかのような……」

 織羽くんは、驚いたような様子を見せる。そして小さく、くくっと喉の奥を鳴らした。

「南から、暮井がアウティングしたかもしれないと聞いて――ああ、これは同性愛者だとカミングアウトを受けた相手が、勝手にそれを他の人に広めることなんだが――俺はあいつの合コンについていくことにしたんだ。それが、この間の日曜日の夜だ。そして案の定、やつは南の話を持ち出そうとした。南の名前が出る前に、俺は公衆の面前で暮井を怒ったんだよ。正直、合コンそれ自体には興味がなかったから、気まずくなろうがなんだろうが、知ったこっちゃなかった」

 これは、沢辺さんから聞いた話のことだろう。

 彼女は、南くんが同性愛者だと知ったら、いったいどういう顔をするだろうか。南くんの憶測通りに、望み薄だとわかって彼との交流を断つのかもしれない。

「そして俺はその夜から――南がいなくなったからあえて言うけど、暮井を殺してしまった方がいいんじゃないかと考えたんだ」

 その言葉に、僕は目を見開く。織羽くんの表情は穏やかだが、本当の想いは目に見えない。

「殺したいほど暮井を憎んでいるやつは山ほどいる。だから俺は、どうやって暮井を殺せば、誰かに罪をなすりつけることができるだろうかと考えたんだ。俺がやったと、南にバレるわけにはいかなかったからだ。親友が自分のために殺人を犯したとしたら、どれだけ悲しくなるだろうか。

 一番不自然じゃないのは、やっぱり女絡みだった。自分の恋人にちょっかいを出された男が逆上して暮井を殺害、なんてのはどうだろう。さて、人間関係を少し洗い出す必要があるな。DVの気質がある男がちょうどいいんじゃないだろうか……。そんな物騒なことを考えながら――おかしな話だ。俺は暮井が合コンに行くためにバイトのシフトを替わったのに、その暮井をどうやって殺そうかと、ペダルを回しながらバイトの帰り道で考えてたんだ。

 そしたら、自転車が急に爆発した。何が起きたのか一瞬わからなかったが、なぜか俺には南の顔が浮かんだ。そしてこれは、あいつが暮井を殺そうとしたものなんだと考えた。

 先を越されたんだ。あいつのために暮井を殺そうとしたのに、あいつはもう、自分の手を汚し始めていた。どうにかしないといけない。暮井が無事だと知ったら、南は今度こそあいつを殺してしまうだろう。

 そうしたら、ちょうど君がいたんだ。俺は君に賭けた。動けない俺の代わりに、証拠を押さえて、南が殺人を犯すのを止めさせたかった。けれど、俺が自転車爆発の答えを出すよりも先に――暮井は死んだ。俺がやらなきゃいけなかったのに」

 クーラーの音が少しだけ小さくなる。室温が設定温度まで下がってきたために、風の勢いを弱めたのだ。

 自分ではない誰かのために人を殺そうという感覚は、僕には理解できるものではなかった。母親が脅される前に相手を殺すとか、友人の秘密がこれ以上バラされる前に殺そうとするとか、世の中にはそういった、愛情と倫理が衝突し、前者が打ち勝つパターンがどうやら存在するらしい。

「――親友が自分のために殺人を犯したとしたら、どれだけ悲しくなるだろうか」

 僕は織羽くんの言葉を反復する。

「織羽くんは、自転車が爆発するという、キテレツでバカバカしく聞こえてしまうような事件に巻き込まれても、すぐにそれが南くんによるものだとわかりました。どれだけ南くんが計画を綿密に立てていても、たぶん織羽くんにはバレていたと思うし、それは逆も言えるんじゃないでしょうか。たとえ織羽くんが完全犯罪を思いついて暮井くんを殺したとしても、きっと南くんは直感的に、織羽くんが自分のためにやったのだと、気づいてしまったと思います。そしたら南くんは、必ず後悔したでしょう。ああ、自分が先に殺しておけばよかったって。結局同じことです。両想いといってもいいかもしれません。どちらも、殺してしまった暮井くんのことなんか気にも留めず、別の人のことを考えてしまう。……少し暮井くんがかわいそうな気もしますけど」

 しばらく、空調の音だけが室内に響いていた。

 織羽くんは疲れたようにベッドに寝転がって、天井を見つめている。

「君は何というか――不思議な力を持っているんじゃないかな。俺も南も、いらんことを――黙っていればいいことを君に話してしまった。いや、俺は南のように、君に恋をしているとかいうわけではないんだが……。そうだな、逃亡中の脱獄犯が、通りすがりの警官からタバコをもらったときに、なぜか自分の罪を告白してしまった、みたいな感じだ。そういうことが実際にあったらしいよ。

 ……ああ、ともかく。嘘をつけないというと少し違うけど、君を前にすると、罪人は自分の罪を告白してしまうんだろう。実に探偵向けの資質じゃないか。ある程度証拠を掴んで問い詰めれば、あとは犯人の方から、まるでお祈りでもするかのように、調査では明らかにならなかった犯行の動機なんかまで君に告白するんだ。そしてきっと、罪の告白を聞いてくれた君に、ある種の愛情のようなものを抱くんだと思う。……なんというべきかな。君は罪人から愛される体質なんだと思うよ。

 これは決して嫌味なんかではなく、本心だ。感謝をしているんだよ、君に。南は普段からにこやかにしているが、さっき君に話をしていたときほど、穏やかな表情をしたことはなかった。願わくば君には、罪を償った後の南を支えて欲しいくらいだよ。人生の伴侶としてね」

 最後のはさすがに冗談だとしても、贖罪を済ませた彼のそばに誰かが必要なのは確かだった。

 僕はため息混じりに言う。

「そうしたいところだけど、僕は南くんを尊敬することはあっても、恋人としては見ることができないだろうし、一応僕には、その、既に恋人のような女性がいるからさ」

 今回の事件についてまとめた手紙を、彼女の元へ送らなければ。

 織羽くんがからかうように言う。

「まさか、その彼女も罪人だなんて言わないよね?」

 南くんがお見舞いに持って来たフルーツの中からリンゴをひとつ掴んで、僕はそれを見つめながら、照れ隠しのように言った。

「実は、そうなんだ」

 僕の告白に、織羽くんが笑う。




 土日が終わり、翌週の月曜日。

 暮井が死んだことよりも、その犯人が南くんだったということの方が、学校中の話題となっていた。

 しかし彼の人柄のよさから――南くんの女友達の誰かが暮井の被害に遭ったに違いない。そしてそれが許せなくて、友達の代わりに復讐したのだろう。そう解釈された。よくも悪くも、誰も南くんの言葉など信じないのだ。彼に対するイメージが固定化されていない、出会ったばかりの僕や、本当の友達といえる織羽くんだけが、真実を知っているし、信じている。彼は神聖化したくなるほどの美青年で、人柄もいいが――実際には、悩みや孤独に苦しむ、ひとりの人間だった。

 そしてもうひとり、真実を知って欲しい人がいる。キャンパス内で偶然見かけることができたから、僕は彼女に声をかけて、前と同じように学食で話をすることにした。例によって、何かを食べるわけではない。

「――同性愛者、ねぇ」

 まるでテレビの占いに今日の運勢は最悪だと宣告されたかのように、沢辺さんは鼻から深く息を吐き出す。

 僕に恋をしていたということだけは伏せることにして、僕は事件の顛末を、彼女に話したのだった。

「このことがバレたら誰も僕に近づかなくなるって、南くんは言ってたけど――それについて、沢辺さんはどう思うかな?」

 彼女なら、きっと彼の味方になってくれるだろうと考えたからだ。もちろん、保証はない。僕たちは出会ったばかりもいいところだし、南くんに言い寄る数多くの女性たちの中で、僕が彼女しか知らなかっただけだ。でも、駐輪場の近くで初めて出会ったとき、南くんが奇跡的に僕に一目惚れしたというのなら、その時にたまたま――数多くの女友達の中からたまたま、沢辺さんがそこに居合わせたというのにも、何か意味があると思っている。思うことに、したかった。

「まあたしかに、南くんが同性愛者だと知ったら、近づく人は少なくなるんじゃないかな。これは決して、同性愛者に対しての差別というわけではなくて――むしろうちの大学は、そのあたりのことはしっかりと配慮するようにとしつこく言ってくるから、からかったりするのはそれこそ暮井くらいよ。

 ……で、ともかく。差別意識から遠ざかるのではなく、南くんの予想通り、期待できない、望み薄だということから、手を引くという可能性はありうるわね。絶対に自分を好きになってくれない人と一緒にいるのって、相当な苦労が必要だと思うから。

 まあ実際は、いきなり関係を断とうとするのが少々、それでも! いつかきっと! と少し粘って諦めるのが大半、って感じかな。でも彼の悩みはいつまでだって続くし、初対面の人は彼のことなんか知りもしないで近づくから、社会人になっても、どこにいても、彼の孤独感は強まっていくだけだと思う。そしてそれに拍車をかけるのは、彼がとってもモテるということ。彼の場合は、同性愛者という立場の弱さと孤独感がセットになってるからややこしいのね。同性愛者でも、理解してくれる友人が少しでもいたなら、幾分かその負担は軽くなるんだろうけど、彼の場合は純粋な友達がつくれない。モテてしまうから」

 期待していたような、肯定的な意見は出てこないようだ。

 僕がバレないようにため息をつくと、それを吹き飛ばすように沢辺さんが言った。

「だから私が、彼のそばにいないとね」

「……自分を好きになってくれない人と一緒にいるのはつらいって、ついさっき自分で言ってたと思うんですが」

「それは、私以外の女の子についての一般論よ。もちろん、私だってつらくないわけじゃないだろうけど、彼がこっちを絶対見ないのはわかってたことだし」

「それは、同性愛者だと気づいていたってことですか?」

「似たようなもんかも」

 似たようなもん、とは。

「彼にとって一番大きな存在っていうのは、間違いなく織羽くんなのよね。彼ほど南くんのことをわかっている人って、いないんだと思う。悔しいけど、私なんか全然、足元にも及ばない。

 そしてその織羽くんの日頃の生活は、南くんと過ごす時間か本を読んでる時間かそれ以外か、に分けられるのよね。それくらい織羽くんにとっても、南くんの存在は大きい。

 けれど南くんは、織羽くんとの時間か、それ以外かのふたつにしか分けられない。残念ながら私も、それ以外の方に入れられていると思う。南くんにとって織羽くんと過ごす時間以外が『孤独』なんじゃないかな。誰といたって、複数人に囲まれたって、それが織羽くんじゃなければ、南くんは孤独なの。

 例えば私とあなたが結婚したとして――例えばの話よ? そして、ものすごくラブラブだったとするでしょう? そうすると河童場くんにとって人生は、愛する妻との時間かそれ以外かに分けられるのよね。あなたが働くのは、決して楽しいからではなくって、あくまでも私との生活のためなの。だから結局、それ以外って言っても、私の存在が頭の片隅にあるってわけ。

 けれどもし、あなたが仕事熱心かつ、仕事が大好きだったとしたらどうなるか。あなたにとって人生は、私との時間と、仕事と、それ以外とで分けることができるの。あくまでも気持ち的に、ね。

 なんていうのかな。南くんは自分で、織羽くんを好きになったことはないと言ってたみたいだけど、ふたりの関係は、円満だけど不安定な夫婦に似てるのよね。織羽くんは仕事人間で――この場合、仕事ってのは読書だけど。織羽くんは仕事それ自体を自分の楽しみにしている。もちろん妻のこと――南くんのことも大事。だけど本を読んでいる間、織羽くんの頭に南くんはほとんど消えかかっている。対して南くんは、織羽くんとの時間以外に幸せを見出せないの。私と仕事どっちが大事なのよって、いつか爆発するかもしれないわね。

 そんなわけで、今更織羽くんに適うわけないの。だから私の目的は――今、南くんの時間の50パーセントずつ、織羽くんとそれ以外で構成されているなら、それをこう――50パーセント織羽くん、1パーセント私、49パーセントその他、みたいな状況にすること。恋人だの同性愛だの、そんなことはどうでもいい」

「1パーセントだと、その他の次になっちゃうじゃないですか」

「その他はどれだけ数が大きくてもランキングでは最下位にするって、小学校だか中学校だかで習わなかった?」

 ああ、たしかに。そんなこともあったような気がする。多い順に3番目まで書きましょうって問題に、その他を書いてバツをもらった記憶が蘇る。社会の――中学校の、地理のあたりじゃなかったかな。あれはそういう意味だったのかと、僕は感心する。

「さあ、そういうわけだから、連絡先を教えなさい」

「えっ」

 どういうわけなのだ。

「悔しいから言わなかったけど、実際もう既に数パーセント分、あなたは南くんの中に住んでると思うの」

「……どうして、そう思うの?」

 まさか、彼が僕を好きなことに、気づいてしまったのだろうか。

 沢辺さんはスマホを取り出して何やら操作し始める。

「自分の罪を告白した相手よ? ちっぽけな存在感なわけがないでしょ」

「……それとこれとが、いったいどう関係しているんでしょうか」

 差し出されたQRコード。話しながら僕はそれを読み取る。沢辺さわべ莉依那りいなさんが友達に追加されました。そうか、僕たちは友達だったのか。

「そんな存在感のあなただから、罪を償った後、彼は必ず連絡するはず。私なんかまだ1パーセントも占めてないから、私の存在はきっとなかったことにされる。毎日メッセージを送ったところで、スルーされるのが関の山よ。だからあなたを頼りにする。彼から何か連絡があったらすぐに教えて。何ならデートの場をセッティングしてちょうだい。感動の再会で、あなたは司会進行役というわけ」

 ますます、彼が僕のことを好きなんだと、言えなくなってしまった。

 というか、そんな会を開いたら三角関係になってしまうではないか。誰かもうひとりくらいいないと空気が悪くなってしまう。そうだ、織羽くんあたりはどうだろう。……いや、もっとダメだ。

 そういえば。期待されてる中で申し訳ないが、僕は南くんの連絡先を知らないじゃないか。この間のお見舞いだって、織羽くんにセッティングしてもらったようなものだ。

「たぶん、そんなにお役に立てることはないと思うけど……」

 なんとなく、あらかじめ言い訳をしておく。

「バカね。友達は別に役に立たなくたっていいのよ。私は、南くんに告白をさせたあなたのことを、リスペクトしてるわけ。少しだけね。司会進行とか言ったのは、照れ隠しみたいなもんよ。冗談が通じないのね。……さてはあなた、友達いないでしょ?」

 急に痛いところを突いてきた。思わず「はい」と即答する。

「じゃなかったら、役に立てるかどうかなんか気にしないもの。友達がいないから、友達がどういうものか知らないわけ。利害関係が一致してないといけない、なんて思ってるから友達ができないのよ。

 いい? 役に立つからって理由だけで一緒にいるとしたら、それは友達なんかじゃないわ。そうね――ヤクダチ! ヤクダチよ! トモダチじゃなくて、ヤクダチ!」

 なかなかうまいことを言うものだなと、僕は笑った。




 ややこしい事件だったような気がする。手紙にまとめるのが大変だ。

 とはいえ、事件それ自体は「自転車が2回爆発した」程度のもので、そこまで入り組んじゃいない。織羽くんに説明するときとは違って、彼女とは手紙でやりとりできるわけだから、下手くそな自転車のライトの図を描けば容易に伝わるはずだ。

 それなのに「ややこしい」と評する理由は、僕自身に関わることが多かったからかもしれない。織羽くんという、ディケンズ好きの知り合いができたこと。そしてその知り合いから、罪人に好かれる体質かもしれないという、物騒な推測がなされたこと。

 そしてそれを証明するかのように、今回の「犯人」である美青年から、好意を抱かれたこと。ついでに、なぜか女の子の友達ができたこと。

 いや、最後のふたつについては、報告する必要はないかもしれない。南くんが僕のことを好きだということは、事件の解明にはある程度関係しているけど、事件そのものには全く関係がないからだ。沢辺さんについては事件にすら関係ない。

 あえてこれらのことを報告すれば、彼女を嫉妬させることができるかもしれないけれど、僕はその必要を感じなかった。だってそれじゃあ、自己満足のために他人を利用しているようではないか。それこそ、利害のために関わりを持っているような――そう、沢辺さんの言葉を借りれば、ヤクダチだ。南くんも沢辺さんも、僕の友達であって、ヤクダチではない。




 気合を入れて買ったものの、出すことのなかった星空の便箋は、いつか彼女との生活が始まったときに、笑いのネタにしてやろう。

 とにかく僕は、自分の気持ちをストレートに書けばいいのだ。事件の顛末などオマケみたいなものだし、オシャレな便箋なんて、それこそ何の役にも立たない。僕には女心はわからないけど、怖がってたって仕方がない。素直な気持ちを文字に起こせば、きっと彼女はもっと、僕のことを考えてくれるようになるはずだから。


























 と言いつつ不安になって、結局沢辺さんにチェックしてもらったのは秘密だ。


(おわり)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

チャリガス爆発 柿尊慈 @kaki_sonji

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ