チャリガス爆発(転)
暮井の死は、大学のメールで知らされた。本校の学生が、爆発に巻き込まれて死亡した、と。さすがに名前は伏せられていたが、翌日のキャンパス内での噂話などから、それが暮井だと察するには十分だった。
そしてそのニュースは、彼の元にも届いていたのである。
「眠っている間に、色々と事態が悪化したらしい。これからのことについて話がしたいから、どこかのタイミングで病院に来てくれないか。ケガはもう大したことないから、普通に面会できるよ」
オリバー氏からの、メッセージ。今回の事件について、彼は予期していたのだろうか。そして、これからのことというのは、いったいどういうことだろう。これからもまた、似たような事件が起きるかもしれないということか。犯人に心当たりがありそうな雰囲気だったが、実際のところはどうなのだろう。僕の予想では暮井が爆弾魔だったのだが、その暮井が爆死したのであれば推理は間違っていたことになる。いったいどこの誰が、自分の作った爆弾で自分を爆発させるだろうか。
あるいは、自らの罪を暴かれないための自害だったのかもしれない。ボスの素性をバラさないために、部下が舌を噛み切って死ぬというような展開は、マンガやアニメでよく見られるものだ。しかし、暮井がそんな人物であるとは思えない。そもそも、彼の裏に巨大な組織が潜んでいるとは考えられないし、仮にそうだとしても、小物くさい暮井は、どちらかというと命欲しさに秘密を漏らして組織に消される側の人間だろう。
女性の看護師さんたちが何人か彼の部屋をちらほらと覗いていたので、僕はまるで、横断歩道を無視して道路を横切ろうとする歩行者の気分になっていた。色男が火傷をして入院してきたら、年齢問わず女性たちはきゃいのきゃいのするのだろうか。まるでマンガだ。
「見苦しい姿ですまないね」
ベッドに横たわっていた体を起こして、織羽くんが片手をあげてあいさつする。頬に1枚ガーゼが貼られていたが、美男子ぶりは変わらない。むしろ、最後にしっかり彼の顔を見たのは暗い夜道だったので、その整いぶりを病院の白い光のせいでしっかりと認識せざるをえず、僕は勝手に落ち込んでいた。
「看護師さんたち、落ち着きがないですね」
僕はぽそりと、嫌味のように言う。
「俺の友人に、俺なんかよりもキラキラした美青年がいるから、あいつが入院してきたらもっと大変だな」
入院中の織羽くんは、まるで自転車の爆発などなかったかのような――スポーツの試合でケガをしたかのようなさわやかさを全身に帯びている。
そして、彼が入院している間に少し調査を進めていた僕には、彼のいう「友人」に心当たりがあった。
「それは、南くんのことですか?」
僕の口から南くんの名前が出たことに、織羽くんは少し目を見開いてから考えるような仕草をして、ベッドの横の小さなイスを指差す。僕はそこに腰かけると、昨日の出来事について話し始めた。
「なるほど。暮井と南に会ったんだね」
僕の報告を受けた織羽くんは、少しだけ緊張した様子で呟く。頬のガーゼをとんとんと叩く。本当だったら、頬を掻きたいところなのだろう。
僕は他の患者さんに聞こえないよう、声をひそめて彼に聞いた。
「織羽くんは、これからも自転車の爆発事件が起きると思いますか?」
無差別爆破事件なら、ほぼ間違いなく次の被害者が出てしまうだろう。特定の人物を狙ったものなら、ターゲット全員を爆破すれば事件は終わる。言い方が悪いが、無差別の場合、被害が続く間は推理が進みやすい。単純に事件の数だけ、犯人の痕跡を見つける可能性が高まるからだ。しかしターゲットが決まっている場合は、犯行の回数に限度があるために、途中から新たな手がかりを得るのが難しくなってしまう。
織羽くんは枕をさわった。
「いや、これで終わりだと思うよ」
彼は、歯を食いしばっているようだ。事態が悪化したという言葉から、彼は2度目の事件を食い止めようとしていたことが窺える。彼には、犯人の心当たりがあるからだ。そしてその犯人を守るため、僕に自転車のことを秘密にするよう頼み、きっと回復したら彼自身の手で説得するつもりだったのだろう。
しかし、それは叶わなかった。彼が目覚める前日の夜に、2回目の事件が起きてしまったのだ。そして、暮井の乗っていた自転車は爆発した。
「ええと、名前はなんて読むのかな」
さらに質問しようとしていたところ、自分が尋ねられて僕は驚く。
「カワラバ、です」
「河童場くん。やはり俺のこのケガのことや自転車のことは、これからも伏せていて欲しいんだ。痛みはもうないけど、消毒なり何なりをしっかりしなきゃいけないみたいだから、俺はまだ退院できない。だけど退院したら、この件は俺の手ではっきりさせる。犯人の心当たりはある。でもそれを君にいうつもりはない。何せ俺のプライベート――正確には、俺のじゃないんだけど、まあとにかく、誰かのデリケートな部分に関係する話だから、迂闊に君に関与させるわけにはいかないんだ」
「秘密にするのは、未来永劫?」
「ああ、そういうことになる。なんなら、俺たちと出会ったことをすっかり忘れてくれてかまわない」
それはまた、随分と自分勝手だな。声には出さない。
何か事情があるのだろうことはわかる。しかし、僕は彼の自転車爆発に巻き込まれた身であるわけで、このまま忘れろというのも無理な話だ。あわや僕も入院していたのだから、犯人の顔を見るくらい許されるはずだろう。
しかし、僕は織羽くんの言葉にこくりと頷いて――従ったフリをして、諦めたように別の質問をしてみる。
「もし、目が覚めるのが早かったら、織羽くんは僕に、どんな指示を出す予定だった? それくらいは、教えてくれてもいいと思うんだけど」
しばらく、見つめ合う。
「自転車が爆発したってことは、自転車に仕掛けが施されていたのでほぼ間違いないだろう。自転車が爆発するとしたら、その部分は限られてくるわけで、そこを重点的に調べていけばどうにでもなるんじゃないかな。そして爆弾の正体に気づけば、俺はさらに指示を出して、2回目の爆弾を取り除かせた、かもしれない」
となると。僕は爆弾処理をさせられていたのかもしれないのか。暮井には悪いが、織羽くんの目覚めが遅れて助かったかもしれない。暮井の爆発を食いとめるために、どうして僕が命を張らなければならないのか。織羽くんや南くんのためなら、まだやる気が出るものの。
「もう少し、聞きたいことがあるんだけど」
僕の言葉に、織羽くんは頷いた。
「土曜日の勤務のあと、暮井くんとの共有自転車はどうしたのかな。それと、日曜日に織羽くんが何をしていたのかも」
ため息混じりに、彼は笑う。呆れているのか、おかしいのか。
「暮井の乗り方が悪かったのか、自転車がパンクしててね。土曜の夜はひとまず自転車を押して家まで帰ったんだよ。いやぁ、大変だった。で、日曜の朝に駅の近くの自転車屋でパンクを直してもらって、それを大学に置いてきた。火曜に暮井の代わりに出勤することになっていたからね。で、日曜の夜は暮井の合コンに付き合って、月曜は塾が休み。火曜日、替わりに出勤したら、バイトおわりに自転車が爆発してこのザマさ」
自転車に細工をするとしたら、いつが可能だろうか。
もちろん、暮井や織羽くんが塾で勤務している間、自転車は外で無防備な状態で駐輪されているので、ここが最高のタイミングだろう。あるいは、自転車が大学内に置かれている間。ああ、そうだ。織羽くんは自転車を今回自宅まで1度運んでいるのか。ともかく、誰かが自転車に乗っている間は、絶対に爆弾は仕掛けられない。
同じ土曜日の勤務でも、暮井と織羽くんの勤務時間はズレている。金曜日に織羽くんは、バイトを終えて大学に自転車を停めた。そして暮井はそれに乗って、土曜の昼のシフトで働く。たぶん自転車は塾に置き去りで、織羽くんは週に1度だけ電車を使って夕方までに塾へ行く。入れ替わりで暮井が電車を使って帰宅し、バイト終わりの織羽くんは、塾に停めてある自転車で帰る。これなら交通費はそれぞれ1回の乗車分で済む。きちんと痛み分けができているというわけだ。
2回目の爆発はさておき、織羽くんの巻き込まれた爆発の分について考えると、近いところで爆弾を仕掛けられそうなタイミングは、織羽くんがバイトを終えて駐輪した金曜の夜がひとつ。次に、暮井が塾で駐輪していた土曜の昼。織羽くんがパンクした自転車を家に駐輪したのが土曜の夜。パンクを直して大学に置いたのが日曜日。爆発したのは火曜の夜だが、まさか火曜の昼に堂々と自転車に爆弾を仕掛けるわけにはいかないだろう。すると、日曜の夜のうちが細工するにはちょうどいい。……いや、金曜の夜はありえないかもしれない。もし金曜の夜に爆弾が仕掛けられていたなら、土曜のうちに爆発していたかもしれないのだ。しかも土曜はふたりが自転車に乗るから、関係ない方を爆破してしまうかもしれない。
だが、しかし……。
爆弾だの細工だの言っているが、仮にそんなものが仕掛けられたら気づくんじゃないだろうか。頭があまりよくなさそうな暮井はともかく、鋭い織羽くんならきっと、何か変なものが自転車についていれば気づくだろう。
というか、自転車が爆発するっていうのは、いったいどういうことだ。爆弾などという物騒な言葉を使っているものの、事故を装った事件ということだってありうる。それこそ、例えば僕が織羽くんの顔に熱々のテンプラ油を浴びせたとしても、揚げ物の最中に油が爆発したと僕が証言すれば、僕の悪意は「事故」のシールで覆い隠せてしまう。もちろんその場合は、織羽くんの唇がひどく爛れて真実を語れなくなっているというのが大前提ではあるけれど。
いったい誰が、何のために。その推理はもちろん必要だし、状況によってはこっちを調べた方が早期の事件解決に繋がることもあるが、僕は好奇心から、「なぜ自転車が爆発したのか」という問題から取りかかることにした。
「まさかここで会えるとは思わなかったよ。昨日ぶりだね」
自転車のことは、自転車屋が一番詳しいだろう。僕は病院から駅に戻ってくると、おそらくは織羽くんがパンクを直してもらったであろう自転車屋さんに向かった。自転車屋さんというと狭苦しいイメージであったが、最近できたばかりのこの自転車屋さんは、普通はショッピングモールに入っているような大きな店で、豊富な品揃えを誇りにしている。
そしてそこで、光り輝く店員さん――まさかの、南くんと遭遇したのだ。
黒のTシャツに、黒いパンツ。そして紺のエプロンを身につけて、まるで本屋の店員のような格好をしている南くんは、まあどういうわけかその服装も似合っていた。きっと、何を着ても似合うのだろう。というよりは、何を着ても顔の綺麗さが打ち勝ってしまうので、服が多少違和を帯びていても気にならないといった方が正しいかもしれない。
南くんは店に入ったばかりの僕を見てきょろきょろとしたあと、一度店の外に出た。しばらくして戻ってくると、さわやかな笑顔で接客――友人との普通の会話のように応対してくれる。
「自転車は見当たらなかったから、修理とかじゃないんだね。どんな用件かな?」
「いえ、今日はただ見て回るだけというか、買い替えのための下見的なやつでして……」
もちろん僕には、自転車を買い換える予定はない。買い換えるどころか、そもそも自転車は持っていなかった。実家に、高校時代使っていたものが眠っているが、それも今では埃を被っており、僕はしばらく自転車のサドルを跨ぐようなことをしていない。
南くんは僕の言葉を受けてにこやかに頷くと「ごゆっくりどうぞ」と言ってからどこかの誰かの自転車の修理に取りかかった。こんなところで、アルバイトをしていたのか。それこそ、塾とかの方が子どもに――主に、女の子に人気が出そうなものだけれど。いや、人気過ぎてそれはそれで問題になるのかもしれない。
折りたたみ自転車。ママチャリ。電動アシスト。反射板。チャイルドシート。5分ほどかけて店の中を見て回る。当たり前だが「カッコよく爆発します!」なんて商品はなかった。いったい自転車の、どこが爆発するというのか。
期待していたような成果は得られなかったため、僕は修理待ちの客のためのイスに腰かけて、しばらく南くんの仕事振りを見ていた。自転車の修理は、黒く汚れるイメージがあるが、大丈夫なのだろうか。あまり汚れるような仕事をしない方がいいような気がする。あれだけ、美しいと。
しかし、昨日出会ったばかりの、彼に比べれば随分と見劣りするパッとしない男子大学生に、あれだけ快く話しかけてくれるとは、本当に彼は性格がいいんだなと思う。僕は先ほど、織羽くんに対してペラペラと色々なことを聞いていたが、あれは推理小説を読み過ぎた結果培われた好奇心のようなものが背中を押したからで、僕が「話しかけられる」のは得意ではない。しかし、ついさっき南くんから声をかけてもらえたときは、不思議と気分は悪くなかった。さぞ日頃の接客やキャンパスライフは円滑なのだろうなと憧れてしまう。
などと考えていると、彼の仕事がどうやら落ち着いたらしく、どこかの誰かの自転車を直し終えて立ち上がった瞬間、ぱちりと目があった。目を逸らすのも失礼な気がして――かといって、ウインクするような気も起きなかったが――しばらくふたりで見つめ合う。向こうから手を振ってくれて、ようやく僕もぎこちなく手を振り返すと、まるで長年の友人のような気分になって安心する。
「どうかな、いいものは見つかった?」
汚れた手袋をポケットに突っ込みながら歩いてきた南くんが、家庭に居場所のないサラリーマンのようにイスに座る僕に話しかける。
「色々と、まだ考えてるところです」
これは嘘ではない。まだ僕の中で、推理は全く進んでいないからだ。
そして、いい質問相手がいるじゃないかと気づいてからの僕は――好奇心に支配された僕は、相手が美青年だろうと気にもせず、淡々と質問することにしたのである。
「南くん。自転車が爆発するとしたら、原因は何だと思いますか?」
これがまずかった。いきなり素っ頓狂な質問をしたために、南くんはぽかんと口を開けたまましばらく動かなくなったのである。僕は急いで補足した。
「というのも、僕は飛行機に乗れば、目的地に着くまで墜落やハイジャックの心配をして、電車に乗れば、目的地に着くまで脱線の心配をしてしまうほどの小心者なんです。自転車の事故は、ある程度注意していれば巻き込まれないし起こさない。だけど、ハイジャックや脱線のように、自分ではどうにもならない出来事が僕は苦手なので、急に自転車が爆発したらどうしようかと、今不安になってるんです」
バカみたいな補足だったが、僕が必死に話している様子が妙に説得力を増したのか、南くんはくすくすと笑う。おそらくは、警戒されずに済んだだろう。先の言葉ほどではないにしても、僕が小心者なのは事実だし。
「急に自転車が爆発するようなことは、ありえないと思うよ。普通の自転車なら、ね。でも、あえて挙げるとすれば、バッテリーを積んでいた場合、自転車が爆発――というか、発火する可能性がありうるよ。っていうのも、実際に電動アシスト自転車のバッテリーが発火したというケースは過去にあったみたいだし、同じように、内臓バッテリーで動く自転車のライトも、家の中で燃え始めたという報告があるくらいなんだ。逆を言えば、電動アシストを買わず、自転車のライトはモーター式――ペダルを漕ぐと点灯するものにしておけば、まず爆発する必要はないと思うよ」
バッテリーの場合、発火の可能性がある。これかもしれない。そんなことができるのかはさておき、何かの細工をして、バッテリーを発火寸前に持ち込めれば、急に自転車を爆発させることも可能だろう。
そうなると、織羽くんが電動アシスト自転車、あるいはバッテリー内臓のライトを使っていたかどうかが重要になる。店を出て、彼にメッセージを送ってみよう。
「ありがとうございました。すみません、間抜けな質問をしてしまって」
「いや、いいんだよ。かわいい一面を見れて、僕も嬉しかったし」
かわいい一面。
ははぁ、そんな口説き文句があるんだな。参考にしなければ。いったいいつ、そんなフレーズを僕が使えるかはわからないけど。
自転車が爆発する可能性についてはある程度明らかになった。次はお待ちかねの、犯人探しだ。塾や大学の駐輪場に出没した人物全員のアリバイを探るのは無理があるので、僕が調べるべきは「殺意」であった。
織羽くん自身がどのように推理しているのかはわからないが、可能性としては次のいくつかのパターンが考えられる。まず、彼が否定していた「無差別爆破」の可能性。この場合非常に厄介で、殺意の対象がないために犯人の特定が困難だ。それこそ、キャンパス内にある「自転車のバッテリー」全てに細工されている可能性がある。
次に、織羽くんと暮井に対する殺意から来る犯行という可能性だ。この場合、ふたりが関わったことのある人物全てが疑わしくなるが、実はこれの方が、次のパターンよりも範囲が狭くなる。というのも、織羽くんと暮井「両方と」関わったことのある人物に限られるからだ。
これの問題点は、織羽くんへの殺意を探るのが大変、ということだろう。繰り返すように、暮井は各所で恨みを買う男であったが、織羽くんはかなりの好青年で、誰かを怒らせるようなことがなさそうだからである。逆を言えば、彼を恨む人間がそもそもレアなので、もし見つけることができればほぼ確定したようなものなのだが、本当にそんな人がいるのかどうかが疑わしい。あったとしても、彼の人のよさや顔のよさを恨めしく思った嫉妬から来るものだろう。嫉妬の場合、恨みより身近な感情なので、これまた追跡するのが難しくなる。殺したくなるほど彼を羨ましいと感じている誰か……。僕だって犯人の範囲に入ってしまう。殺そうとまでは考えないが、彼に憧れがあるのは確かだからである。
そうなると、僕が一番ありえそうだと感じているのは「暮井への殺意」だけのパターン。つまり織羽くんは「暮井を仕留めるつもりが、犯人の把握していないシフト変更により巻き込まれただけ」の、完全なる被害者という可能性だ。これならば織羽くんへの恨みや嫉妬のことは一切考えずに済む。それに――僕自身、彼が誰かの恨みを買ったとは思いたくないからである。美形への憧れが引き起こした盲目的な推理かもしれないが、疑いたくないことを後回しにすること自体はそこまで問題ではないだろう。暮井への殺意だけで調べるのが無理だとわかれば、諦めて切り替えればいいだけのことだ。
というわけで、僕は織羽くんの自転車を確認するより先に、無計画に大学へ戻ってきた。今日は授業がないため来る予定はなかったのだが、たまには「自分が見るはずのない景色」を見るのも悪くないだろう。などといったものの、あまり普段の光景と変わりないのだが。
さて、どこから手をつけたものか。
暮井が恨みを買ったとすれば、合コン関係の可能性が高い。だが、合コン参加者全員を探り当てるのがなかなか難しい。暮井に聞けば一番早いのだが、死人に口はない。織羽くんもたまに参加していたようだが、彼は付き合いで参加していたのであって、わざわざ女の子と連絡先を交換するようなことはしなかったんじゃないかと思う。つまり、暮井について聞き出そうにも、その女の子たちと接触する術が、僕にはないのである。
「詰んだかもしれないな……」
僕の狭い交友関係が祟ってしまった。これでは何も進まないではないか。暮井は死んだ。織羽くんは入院中。南くんは自転車屋さんでアルバイト。ああ、これ以上暮井に関係しそうな人物を僕は知らない。織羽くんと南くんの知り合いから聞き出そうにも、僕は彼らと出会ったばかりで、彼らの交友関係は把握できていなかった。偶然、誰かが話しかけてくれないものだろうか。
あたりを見回す。知り合いはどこだ。そもそも、僕に知り合いはいるのか。いるわけがないだろう。そういえば手紙を書いてない。愛しの彼女に事件の報告をしようにも、進捗がよくない。何もすることがないではないか。
とりあえず、構内の自転車にバッテリーを積んだものがないか探して歩こうか。いったいそれが何になるのかはわからない。けれど、家のWi-Fiにつないでだらだらと動画配信サイトに時間を喰われるよりはいいだろう。いや、自分の研究をそろそろ進めなければいけないのではないか? 来年は、卒論を書かなければならないのだ。書けるのか? 書くことは決まっていても、調べは今のうちに進めないといけないのでは……。
などと思いながらキャンパス内を歩いていると――ああ、なんという偶然。数少ない知り合いに遭遇したのだ。いや、知り合いと呼ぶにはやや抵抗がある。というのも、僕たちは全く言葉を交わしていないし、向こうが僕を覚えているのかはわからないからだ。いや、覚えているはずがない。だって彼女の関心はあのとき、彼に向いていたはずだから……。
「あのっ」
いいや、迷っている場合ではない。今できることは、これしかないのだ。
昨日初めて南くんと会ったとき、彼と一緒に歩いていた女の子。美青年に関心が持っていかれたものの、不思議と彼女の顔も覚えている。もしかすると、僕の数少ない長所のひとつは、記憶力がいいことかもしれない。推理に関することしか覚えられないのは、タマにキズではあるけれど。
食べもしないのに、話をするためだけに学食に来ている。久しぶりに、女の人とふたりで話をしているのではなかろうか。かといって、何もトキメキはない。彼女が僕に色々と話をしてくれるのは、僕が南くんに、彼女の印象がよくなるような話をしたり、恋人に向いてるんじゃないなどと吹き込むことを約束したからだ。
彼女――沢辺さんという女性は、南くんが一度参加した合コンでどうにか連絡先を交換して、友達付き合いを始めている真っ最中だという。なんとその期間、1年以上。告白をして、フラれて、友達から始めて、1年が経過しても進展なし。よくもまあ、それで挫けないものだ。
「でもね。そういう人、結構いるみたいよ。私だけじゃない。南くんの女友達はみんな、彼と付き合うために近づいてる。でも交際まで発展した人は誰もいないみたい。何人かは諦めて、それこそ織羽くんに鞍替えしているみたいだけど」
「暮井くんに乗り換えるような人は?」
沢辺さんが首を振る。
「彼は、ないわね。今の合コン参加者は全員、織羽くんとのつながりを求めているのよ。いつか彼に会えるかもしれないと、確率の低いガチャを引いているような感じ。本気の娘は、暮井と肉体関係を持ってまで、織羽くんに近づこうとしてる。私は南くん一筋だから、もうこれ以上暮井に近づこうとは思わないけど」
まあ、近づこうにも、もう死んでるんだけどね。彼女はそう付け足した。
随分と、生々しい話になってきたな。暮井に気に入られれば、織羽くんと近づけるかもしれない。だから合コンに参加するし、彼の持ち帰りにも何度か応じる。酒のせいで連れて行かれることもあれば、織羽くんに近づけることを期待して抱かれに行くこともあるのだ。
どんどん、犯人の特定が難しくなってきた。恨みの線は濃厚だが、酒の勢いで関係を持った女性からの恨み。その彼氏などからの恨み。いつまでも織羽くんに近づけない、恋する女の子からの恨み。可能性が広すぎる。順序をつけるのも難しい。どこから探りを入れたものか。
「ところで、南くんは私のこと何か言ってた?」
僕の質問に答えると、待ちきれないように沢辺さんから聞いてきた。
僕は首を振る。そもそも僕は彼と出会ったばかりで、先ほどは自転車屋さんで話をしただけなのだ。恋バナをするような関係でもないし、環境にもなかった。
僕が首を振ったのに少しがっかりした表情を浮かべてから、沢辺さんは頬杖をついて、ひとりごとのように漏らす。
「彼、SNSやってないし、全然プライベートのことわからないのよ。親しい友人も、織羽くんと暮井くらいしかいないみたいだし。あなたみたいな話しやすい人が新しい友達になって、本当によかったわ。南くんのことを聞こうにも、織羽くん相手じゃ緊張しちゃうし、暮井とは関わり合いになりたくないし。ふたり以外は、南くん女友達ばかりで――いうなれば全員、ライバルだし。あなたはちょうどいいわね。暮井みたいな下心はなさそうだし、緊張しないで済むし」
褒められてるのか、貶されているのか。
「SNS、やってないんですか? ミスコンに出てたんなら、そのアカウントとかありそうですけど……」
「ミスコンのアカウントは、2年前から止まってるわよ。それに、チヤホヤされたりが苦手みたいでね。あまり恋愛とか好きじゃないんだって。だからこそ、私も距離の取り方に気をつけなきゃなって思ってるんだけど」
美男子は美男子で、美男子なりの悩みがあるというわけだ。顔の直接見えないSNSなら、心ない誹謗中傷などもあっただろう。
「沢辺さんのお友達に、織羽くん狙いの人はいますか?」
僕は少し、切り口を変えてみる。
「ええ、ひとり」
「日曜日、織羽くんが珍しく合コンに行ったみたいですけど、そこには?」
「ああ、行ったみたいよ。ただ、あまり気分はよくなかったみたいね」
「それはまた、どうして?」
沢辺さんは周囲を見回してから、少し前のめりになった。シャンプーの香りがする。誰かに聞かれることのないように、声をひそめた。
「合コンの途中で、織羽くんと暮井が少しモメたらしいの」
「モメた?」
「なんでも、暮井の知り合いにLGBTの人がいて、それを気安く合コンの話題にしようとしたから、織羽くんが怒ったみたいなのよ。すぐ場の空気に気づいて落ち着いたみたいなんだけど、それっきり織羽くんの機嫌がよくなかったらしくて」
織羽くん目当てで参加した合コンで、織羽くんが機嫌悪くなったら、そりゃ女の子も気分悪くなるだろうな。
しかし、LGBTか。同性愛者など、自らの性と社会の風潮とのギャップに苦しむ人々。たしかに、いくら話題に困ったとしても、気安く人に話していいようなことではない。本当に、文句のつけようがないダメ男だな。
その、沢辺さんの知り合いの女の子とコンタクトを取ろうかとも考えたが、あまり有益な情報は引き出せないだろうと思い、話をするのは止めた。女の子たちは、僕と話をするのに緊張せずに済むかもしれないが、僕の方はかなりドギマギしてしまうのだ。これ以上、下手に女の子の知り合いは増やしたくなかったし、これ以上は暮井と織羽くんのトラブルのことしか引き出せそうにない。自転車のこととは無関係の、週刊誌が好みそうな話しか得られなそうだ。
僕はスキャンダルを楽しむ趣味はない。僕の興味関心は、ミステリーと江戸川乱歩だけなのだ。ああ、卒論のために乱歩の小説の分析をしないと……。
さて、自宅に戻った僕は、ちょうど返ってきた織羽くんからのメッセージに怯んでしまった。予想が、外れたのである。彼の自転車は電動アシストでもなければ、バッテリーを内蔵したライトを搭載しているわけでもなかった。普通の、ペダルを漕ぐとモーターが回って光るタイプのライトだ。これでは、南くんの教えてくれた「爆発の条件」が揃わない。
駐輪場に停めてあった、彼の自転車をまじまじと観察する。フレームが歪んでいるが、ホイールが回らないこともない。しかし、自転車の後方部よりも前の方が損傷がひどく、爆発は前で起きたのだろうということが予想される。
「うん?」
ライトが、なかった。爆発の衝撃で、取れてしまったのだろうか。いいや、よく見るとライトがあったであろう場所が一番歪んでいて、そこから遠くなるほど被害は軽微になっていた。そうなると、やはり爆発したのはライトなのだ。ライト自体が爆弾になっていたなら、ライトがなくてもおかしくない。
そして僕は、ここでひとつの重大な事実に気づく。爆発が起きたのは2回。1回目は、織羽くんの自転車。爆発に巻き込まれた彼は、火傷を負ったものの命に別状はなかった。そして2回目は、暮井。噂によれば彼は即死に近かったらしく、事故現場の被害もかなりのものだったらしい。
爆弾は、2回目で破壊力を増したのだ。
何のために?
暮井を、確実に殺すためではないだろうか。
(結に続く)
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