第5話 サブト・・・・・・


 既に兵達の協力で、モンロー艦長以下の『デンバー』の搭乗員の遺体は運びだされ、港近くの倉庫に運び込まれていた。だが、この炎天下である。腐敗が進み、死臭を放つようになるのはすぐである。だからウッディーは、


「それじゃムッシュウ・ゴルティエ頼みます。嘗て私の部下だった者もいる。彼等の遺体を埋葬する迄の間、そのままにしておく事は出来ない」


「わかった」


 ゴルティエは一先ず遺体を包む袋を縫う為、ダルクスの命で此所にいる監視役のシーファに依頼して借りた港近くの服飾店に向う。ゴルティエが文句を言ったあの店だ。


「マドモヮゼル・アトキンソン。少しショックだろうが、あなたには世話を頼みたい男がいるのだが、協力して貰いたい」


「ええ、私に出来る事であれば」と快く承諾したサンドラは、「……だけど、あの人に監視役を付けて下さいね」と、ウッディーに耳打ちした。


「あッ、え、ええ、ああ! わかりましたよ。(フーッ、やれやれだな……)」


「セイジ、マドモヮゼルをトムの所に案内してやってくれ。あの状態で飲み食い出来るかわからんが、取り敢えず差し入れを持ってな」


 ゴルティエの後ろ姿を見つめるサンドラは、政治に伴われて原潜の中に入った。


 ウッディーはシーファと共に向うゴルティエを見送りながら、甲板の上で言った。

「それじゃ、間違いなく四隻の原潜を使ったタイムワープ実験が行われたのだな」

「はい、ボールドウィン大佐」と、カール=ヘンドリックス航海士は云った。

「その大佐というのは止めてくれ。俺は退役したんだ。それで、作戦に参加したのは、この『シカゴ』『カンサス』『デンバー』、それに『サタネル』で間違いないな?」

「そうです。2031年7月22日、グリニッジ標準時10:00、北緯25度・東経124度の地点でタイムワープ実験を開始しました」

「タイムワープの目的の年代は?」

「いえ。艦長以外の我々には知らされておりません。タイムワープした先で総点検を済ませた後、元の時間軸にテレポートしてしまう予定と聞かされていました」

「だが、実験は失敗した……。だから、四隻同時に現れなかった。何故だ」

「それが、私にもわかりません。実験中潜望鏡は上げられませんでした。外部で何が起きたのか知る事はできませんでした」

「しかし、『デンバー』はタイムワープに成功したんだ。システムそのものは作動したと考えられるだろう? それに他の原潜がどうなったのかが問題だ。我々が現代に戻れるかどうかが掛かっているのだから……」と言って、ウッディーは顎に手をやった。

「テレポート完了後、セイルに出て海域を見回しましたが、艦影は確認出来ず、水中電話での通信も試みましたが応答なく、ピンガーでも探知出来ませんでした」

「別の場所に投げ出されたか、あるいは別の時間軸にトリップしたか……」

「ですが、私に一番疑問なのは、どうして大佐達が此所におられるのかという事です」

 ウッディーは、そのカールの言葉を聞いて互いに顔を見合わせた。そして、実験海域近海を航行中の『サン・ファン・バウティスタ号』に『サタネル』がテレポートして大惨事を引き起こした事、その『サタネル』が再びテレポートした時、自分達が脱出に使った遊覧潜水艇も一緒に実験海域にテレポートしたようだと説明し、『デンバー』の側に係留されている『The Madonna's snow』号の純白の船体を指差した。

「しかし、それにしても何故大佐達は全員無事にいられたのですか? 見たところ強化ガラスも割れ、タイムテレポートに耐えられる代物には見えませんが」


「俺もそれについてずっと考えてきた……。が、わからんとしか言いようがない」

「そうですか……。大佐。ところで此所は何処なんです?」

 そのカールの問に、ウッディーと議員先生は口を揃えて、

「ようこそ、ムーに」


「だけど、この子どうして潜水艦になんか乗っていたのかな」と、アイシーが言った。

「キャプテン何も言わなかったからわからないけど、兎に角助かって良かったわよ」

 マリエルがそう云って、差し入れされた果物を手で弄んでいる。

「そうね。けどこのままじゃ……」と言って、シーツにくるまる少女を見るココ。

ちゅちゅ

「ほら! この子に服着せるから部屋出てって!」と言い、美々チュチュが小次郎を押し出す。


「ヘイヘイ」と言いながら、小次郎は部屋を出された。


 城砦ミズルハに帰った美々やマリエル達は、今度はまともな部屋を宛がわれる。

 この城砦は軍事基地として接収される前はこの地方有数の大領主の住む城であり、余計な装飾品が取り外されても、指揮官用に豪華な内装の部屋が幾つか残されていた。先程とはうって変わった待遇である。

 しかしその裏には、あの『オグ』、即ちロス級原潜『デンバー』を軍事兵器として利用したいという思惑が彼等にある事は明かだった。

 西の海に浮かぶ大国から軍事援助を受ける反乱軍と皇帝軍では、数的には圧倒的に皇帝軍が勝っていても、一度に何十もの兵を殺傷する能力のある兵器を手にした反乱軍とでは、戦力的に天と地もの差があった。

 奈何せん皇帝軍は軟弱者の集団と云っても良かった。何せ平和ボケした国家の、貴族を中心とした正規軍などたかが知れている。

 だが反乱軍は、謂わば戦闘のプロの集団である。人間と亜人種のハーフであるラ・ヴァルゼ将軍は、野獣将軍の異名を持ち、亜人種、即ち、強靭な体を持つドワーフやオーガー等をその指揮下に置き、マストドンを手懐け、戦闘獣としたマストドン部隊の通った跡は、木々や家々が踏み倒される。その上、人々が目を背ける程にグロテスクな狂獣が、遊び惚けた民衆を襲うのだ。戦局がどちらに有利かは火を見るより明かだった。

 その戦局を打開する為に原潜を利用する。狭い海峡を利用した運河が、現在反乱軍との勢力範囲の境になっており、その運河に潜航して前線の敵軍を殱滅したい。決してラ・ナスが進言した訳ではない。あの黒鯨の報告を受けた各軍団長の考えだった。


 扉の外に出た小次郎は、大柄で髭面の熊の様な兵士と目が合った。

 お互いニコッと笑った。小次郎は自分の股間に手を当て、小便をする真似をした。そして、指でアッチ?コッチ?と示すと、ハハ~ン、ウン、ウンと頷いた熊男は、こっちに来いという仕草をした。


「ねえ皆。この子の服、これでいいかな」と言いながら、美々が服を皆に見せた。


 美々の前には、きらびやかな衣装がたくさん並べられている。これらは、ラ・ナスの配慮により運ばれたものである。ラ・ナスは持って来る時、あまり兵を刺激したくないのでな、と現実的な理由を述べて、服を着る事をレオタード組に勧めた。

 ベッドにはあの謎の少女がまだ全裸で横たわっている。勿論シーツは掛けられている。

 長い黒髪、きめ細かい褐色の肌。一見するとインド人の様でもあった。

「ダメよ。ヒノナ、これ趣味悪いわ。こっちの方が似合うんじゃない?」と、マリエル。

「何これ?! こんなデザインの服は、パンクの人だって着ないわよね」

 と、アイシー。

「このドレス素敵ねえ! そうだ! ルルシェさんなんか似合うんじゃない?」

 と、ココ。

「……」無言のルルシェ。

「じ、じゃあ、チュチュ、着てみない?」

 と、淡いピンク色のドレスを差し出した。

「えッ! 私が?!」

「そうだよ、チュチュ!着てみなよ!」

 と、マリエルがピアノを弾く様に手を動かす。

「ち、ちょっと……! キャッハハッ! 止めてくすぐったいわッ!」

 マリエルやココ達に服を脱がされそうになる美々だった。


「どういう気なんだ! あの黒鯨を戦争に使うというのか!」

 円卓を囲んだ軍議の席でラ・ナスがテーブルを叩いて叫んだ。『黒鯨』の事で、皆が舌論火を吐き、その紛議がかれこれ一時間以上も続いていた。

 石造りの部屋で、天井も高い。壁には剣やラ・ムーの紋章型の盾、同じラ・ムーの紋章を模様にした大きなタペストリーが掛けられている。

 午後の日差しが窓から差し込んでいるせいだろうか。異様な熱気に包まれている。

 創傷を負った兵、前線から早馬で遣された兵が側に控えている。

「タホ平原が突破された今、明日にでも反乱軍はヒラニプラに攻め込んでくるのですぞ!」

 騎馬軍団長ハーモン=レイが論鉾鋭くラ・ナスに迫る。参謀のシュートス=バクルも、

「恐れながら申し上げる。いかにあなた様がラ・ムーの御子であっても、単なるナーカルにこの軍議の決定権はありませんぞ。このままでは、総大将である弟君、ラ・ナク様の命が危なくなる! あなたはご自分の弟君を助けたくはないのですか!」と、叫んだ。何れも四十近い年令だ。


「……」


 ラ・ナスは言句に詰った。するとラ・ナスと同い年のダルクスが庇う様に、

「ハーモン卿言い過ぎです。ラ・ナス様とて殿下の御命を護りたいという心は当然お有りの筈。ですが、ナーカルとしての生き方がラ・ナス様の行動を制約せざるを得ないのです」

「『為すがままに受け入れよ。為されるがままに受け入れよ。太陽の光を浴びるが如く』そんな事を言っておるから反乱軍の思う様にされるのだ! 後生大事にその教えを守り、ムーが滅ぼされてもいいというのか!」

 と、掲言したのは歩兵軍団長のセイ=チカカだ。

「それは聞き捨てなりませんぞ! 貴公はラ・ムーの教えを否定するのか!」

「では、世界を支配するこのム帝国が一夜にして海中に没するという予言を完全に受け入れられると言うのか!」

「貴公らは問題をすり替えておられる! 問題はあの鯨をどうすべきかです! あれがどう戦力になるのか、あの者達だけで動かせるのか、という事です!」

 などと、他の軍団長達も蛙鳴蝉噪、皆自分の言いたい事を口にしていた。

 ラ・ナスは、黙ってその聚訟の紛議を聞いていたが、 

「……そのお主らの心こそが、僅か十四歳の弟に剣を取らせたのだよ……」と、言い残し、ダルクス達の視線の中席を立った。そして自分の部屋に戻ったラ・ナスは、

「弟よ……。腑甲斐無いこの兄を許してくれ……」と呟き、泣き崩れた。

(……父上、ラ・ムーよ。我々は一体何処へ向おうとしているのでしょうか……。海の中へ……。再び人は海の中へ……。『アムラー』と共に……)



「……どう、似合うかな……」と、恥じらいながら美々が俯きかげんで言った。

 淡いピンクのビスチェタイプのドレス。肩から胸元までが大きく露となり、バックに巻きバラのコサージュがあしらわれている。スカートはパニエでふくらませたみたいにフンワリとし、まるで妖精の様なドレス。いや、そのドレスを纏った美々が妖精そのものだった。はにかむ笑顔が、キュートで透明感のある美々の顔をより可愛らしくしていた。


「ワォ……。フェアリーみたいだ、チュチュ……。素敵!」

 と、マリエルが溜め息。


「エヘヘッ……。そうかな」と、照れ笑いの美々。


「まるでシビリアみたいなjolie filleね」と、ココが手を組んで言った。

「何よ、ココ。そのシビリアって」と、アイシーが尋ねる。

「『優しい妖精の乙女』って意味よ。グランメール(祖母)がよく云っていたわ。私の家は『エルフィン(妖精の国)の女王』の家系なのよ。あなたも優しい妖精の様にならなくってはダメよ、って」と、おばあちゃんの口真似。

「へえ」と、アイシーが呟き、更に「ココはどれ着るの? コジロウ君に気に入られる服を選んだ方がいいんじゃない?」と、冷やかし半分で言う。

「もうアイシー!」と、ココがプーッと膨れた後、

「……ねえチュチュ。……小次郎君に、petite amie、つまり、恋人いるの……かな?」

「ココ、もしかして小次郎の事……。あんな奴、ゲームオタクでスケベでそんでもって……、と、兎に角最低の奴よ? あなたにキスしたんだって下心がきっとあったのよ! 野犬に噛まれたと思って忘れた方が……」

「そのキスが問題なのよねえ? チュチュ、ココはね。あるアメリカ映画を『バウティスタ号』の中で見て、とっても感激したって訳よ。その映画の主人公が云ったセリフがねー」 アイシーがそう言った時、「ううん……」という声を洩らし、少女が目を覚ました。


「サンドラさん。信じられない光景かもしれませんが、決して驚かないように願います」「え、ええ」と、ゴクリと唾を呑み、心を落ち着かせるサンドラ。

 政治を先頭にして、果物と水を持ったサンドラが続き、魚雷格納庫に入った。

「トマスさん。大丈夫ですか。水と食べ物を持ってきましたが……」

「お……、すまねえな」という弱った声が聞こえてくる。サンドラはまだトマスの姿を見ていない。サンドラの果物と水を持つ手が震えている。そして、サンドラは遂に見る。「キャッ!」という短い悲鳴を上げ、サンドラは手に持っていたものを落とした。

 魚雷に埋め込まれたというより、直径三0cmあまりの魚雷を腹に刺した人間の姿。

「セイジ。か、彼は生きてる……の?」

「ええ、信じられない事ですが」

「お迎えが来たようだな……。マリア様が目の前に現れたぜ……。俺を天国に連れて行ってくれるのかい……。なら、なるべく早く頼まぁ……、エッ!」

 サンドラを見たトムが驚きの声を上げると、サンドラも「エッ?」と一歩を身を引く。「ア、アンタ、もしかしてスーパーモデルだったサンドラ=アトキンソンかい! こいつぁ驚いたぜ! まあ、ムサイ所だが、ささ、座ってくれ!」

 突然明るい口調で喋り出すトムに、政治とサンドラは顔を見合わせキョトンとした。


「ハァ~ッ……。極楽だ~。ねえ、サブト」と言ってニタリと笑う小次郎。

 城砦の城壁の上で、あの熊男の兵士と連れションをしていた。その熊男、サブトも、小次郎のモノと自分のモノを見比べて、フフ~ンッといった感じでニタリと笑った。

 眼下の右には白亜の住居が建ち並び、少し遠くに港が見える。黒鯨こと『デンバー』の姿も何となく看取出来る。左には鬱蒼とした森が茂っていた。

 サブトは、ゴツイ顔のわりに中々愛敬のある男で、城砦の中、兵士の溜り場や、夕食を準備する太目の炊き出し女達の所に連れて行き、あれが俺のイイ女だと手で教えたりと、小次郎に城砦内を案内してくれた。小次郎はサブトがすっかり気に入ってしまった。


 その時、空気を切り裂くピュンッ!という音がした。


「今の何だ?」と、小次郎が云った時、ドスンッ! という倒れる音がした。小次郎が横を向くとサブトがモノを出したままの姿でひっくり返っていた。小次郎は側に駆け寄った。「サブトさん?どうしたのさ」と云って、小次郎はサブトの体を揺すった。

「これ血、血じゃないか……。・・・ねえ、・・・サブトさん起きてよ。ねえってば    」


 半泣きで叫ぶ小次郎に向って手を差し伸べるサブトの手が、バタリと落ちる。


       「サブトさん? 死、死んじゃったのかい?嘘だろ……。




               何でだよ~ッ!」






 サブトにすがり泣き叫ぶ小次郎を、兵の一人が引き離し、サブトの名を呼び続ける小次郎を城砦内部に引き摺り入れた。サブトの命を奪ったのは、銃弾だった。

 城砦の左後方、『永遠の森』と呼ばれる樹海の中から、突如マストドン部隊が木を踏み倒して現れた。その後に続いて銃火器を手にした歩兵部隊、オーガーなどの亜人種部隊、まるで遺伝子操作で造られた生物の様な、キマイラ等が怒涛の如く押し寄せたのだ。





「敵襲ッ!敵襲だ~ッ!」という叫びが城砦内部で連呼した。

「敵襲だとッ!?」と、ダルクスは叫んだ。円卓の騎士全てが立ち上がった。

「バ、バカなッ!早過ぎるぞ!然も夜襲ではなく何故こんな時間に!」

「そんな事を云っている場合ではないッ!各軍団長殿は急ぎ応戦体制を!」

「近衛の若造に云われんでもッ!」と唾を飛ばすハーモンに続いて、各軍団長は持ち場に走った。が、夕食待ちだった兵達の対応は遅れていた。

 城攻めには、篭城する兵の十倍の兵力が必要だと云う。だが、それは人間同志、同等レベルの兵器を互いに持っている時の話だ。化け物相手の戦ではそんなセオリーが通じるものではない。まず、マストドン部隊が城壁に体当たりを敢行している。城壁は次第に崩されている。そして、歩兵部隊が城砦内部にバズーカ砲を撃ち込み、突入部隊がマシンガンを乱射しながら、マストドンが崩した城壁から侵入し始めた。

「目が覚めたのね!」と云って、ヒノナがその謎の少女の側に寄った。

「そうか。まだ裸だったね。いいわ、取り敢えず私のジーンズとTシャツ着ていいよ」

 そう云って、ヒノナが自分の服を取り、その少女に渡そうとする。

「アッ!ちょっと待って……」と呟き、ジーンズのポッケをまさぐるヒノナ。

「……あれッ!無い!小瓶が無い!」と、ヒノナは叫んだ。ヒノナが云っているのは、父ジェームスから貰った、新種の生命体が入っているあの小瓶である。

「潜水艇……。そうよ、あそこに落としたんだわ!」と、ヒノナが思い出した時、

「……ダ、ダメッ!此所は危ない!」と、少女が叫んだ。

「どういう事?」とマリエルが尋ねた時、今まで黙っていたルルシェが、

「ん?皆静かに!……何か変よ。外が騒がしいわ」と冷静に云った。

 アイシーが扉を開けると、甲冑を着た将兵が声を上げて走り回っていた。

「何か起きたんだわ!」と叫び、アイシーが扉を締める。

「ねえ、どうしよう!?」と叫ぶココ、いや皆が狼狽している。そんな少女達に、

「私について来てッ!」と叫び、どうすべきかの道を示したのは、あの少女である。既に起きて、ヒノナの服に着替えた少女が走り出すと、ヒノナ達も彼女に従って部屋を出た。「どうしたのこれッ!」とマリエルが叫ぶ。通路には負傷した兵で溢れ返っている。

 ドーンッ!という砲撃の音が、城砦内部に谺している。

「反乱軍とかいう奴等が攻めて来たのよきっと!」と、ルルシェが走りながら叫ぶ。

 六人の少女は、反対方向に走る将兵達とすれ違いながら走っている。臨戦している将兵が向う方向と逆方向に走っているのだ。なるほど、そうすれば安全な所に出られるという判断だと皆が思った通りに、先頭を走る少女が判断していたのかどうかは分からない。

 ヒノナは、慣れない格好の為に思う様に走れない。こんな時小次郎なら誰よりも早く逃げ出すだろうと、ふとヒノナが思った時、


「ハッ!?小次郎?そうだ!アイツは未だこの城の中に!」と叫び、その足を止めた。

「どうしたのヒノナ!」とマリエが叫ぶ。

「小次郎がいないの!」と云うが早いか、ココが元居た部屋の方に向って走り出した。

「ココ~ッ!」という皆の叫び声を背に、ココは兵達でゴッタ返す中に消えて行く。

「どうしよう!」とアイシーが泣きそうに叫ぶと、

「大丈夫!彼女も男の子も無事だから早くこっちに!」と少女が叫ぶ。

「アンタ何でそんな事がわかるのよ!」と云うマリエルに、

「二人は大丈夫……。だけど……・」と、声のトーンを落として云った。

 その時、前方から甲冑姿で剣を持ったダルクスが走って来た。

「君達!この城砦はもう陥落する!兵達に護衛させる!早く城外へ、港に向うんだ!」


「ヒノナ!この人何て云ってるの!」と、ルルシェ。

「わかんないよ私にだって!」と云って、ヒノナが泣きだしそうになった時、あの少女がダルクスの手に触れ、黙って瞳を見つめた。すると、

「わかった。あの少年と女の子がいないんだな。私がこの命と引き換えにでも港に連れて行く!だから君達は心配しないでいい!」

 そのダルクスの言葉を聞きながら、少女はその大きな瞳に涙を浮かべた。コクッと二人は頷きあい、ダルクスは走り出す。

「あの人が、必ず二人を連れて行くから大丈夫だって!信じて私を!」

 涙ながら訴える少女。ルルシェやマリエル、アイシーは目線を合わせ、最後にヒノナを見た。唇を噛み締めながらヒノナはゆっくりと頷いた。


「ダメだ!そんな縫い方じゃ!」と、通じないフランス語をぶつけるゴルティエ。

 袋を縫う為に集められた、何れも肥えたオバサン連中が、わからないのにウン、ウンと頷く。だが、そのオバサン連中が俄にざわつき始めた。

 突如ファロンの市街は騒然となった。反乱軍の奇襲攻撃を受け、民衆は逃げ惑い、原潜の外で監視、または遺体搬送の手伝いをしていた兵達が急ぎ城砦に向い始めている。

「キャプテン!反乱軍が奇襲してきたと兵は云ってる!」

 議員先生が甲板から後部ハッチに首を突っ込んで怒鳴った。

 原子炉や各電気系統、油圧系統のチェックを行っていたウッディーは、急ぎカールと共に発令所に上り、潜望鏡を上げた。そして、ウッディーが見たのは、城砦に火の手が上がっている光景だった。

 城砦の上を見た事も無い化け物、獅子の頭に雌山羊の後半身、蛇の様な尻尾を持ち、龍の翼で空を飛ぶ、所謂キマイラが数匹飛び回り、反乱軍の砲撃が城砦を破壊していた。

「ヒノナ達が危ない!」と、ウッディーは叫んだが、今のウッディーにはどうする事も出来ない。パラシュート投下型魚雷(水中発射後に、一旦海面に出て空中を飛行してから目的の海域に投下されるタイプの魚雷を使えば、反乱軍を攻撃出来る可能性もあるが、桟橋に係留されている状態ではそれは無理だし、第一ヒノナ達がまだいると思っている城砦近くへの攻撃をウッディーが出来る筈がない。


「くそッ!どうしたらいいんだ!」と叫んで、ウッディーは拳を潜望鏡にぶつけた。

 カーンという音が原潜内部に響いた。潜望鏡を叩いた音……ではなかった。


「た、大佐ッ! ピンガー(探信音)ですッ!」


「な、何だとッ!」ウッディーは驚愕した。


 ピンガーとは、潜水艦が他の潜水艦や水上艦船の位置を正確に測る為に、海面下に向けて発生させる音波の事である。音波は平均的には三六0°に広がりながら海底に沈んでいくが、海中や海面に艦船や鯨などが存在すれば、音波はそれに反射して谺の様に跳ね返ってくる。この返ってきた音波の形から相手の正体を判別する。この様にして相手を探る方式をアクティブ式というが、欠点は自艦の位置の方も相手にわかってしまう事である。

 そのピンガーが、今「サンタフェ」の存在を別の原潜に知らせたのである。

 まずこのピンガーは、ウッディーに次の様な事実を理解させた。まず、「サンタフェ」以外の二隻のロス級、もしくはサターン級「サタネル」何れか一隻は無事だという事だ。「カール!パッシブソナーで音紋の解析データを取れ!」

 パッシブソナーとは、こちらからは何も音を出さず、相手の出すエンジン音等の音源を捉えて、相手の艦種、艦名までを識別する方式である。

 カールはソナー室に走り、ヘッドフォンを耳に掛ける。

 このパッシブソナーで識別されるべきなのは、ロス級「タクト」「トレド」、そしてサターン級「サタネル」の何れかでなければならない筈だ。しかし、


「音紋データ、コンピューターの何れのデータとも照合しません! 未確認艦は、距離二千マイル、深度三00を速力五0ノットで進路2ー0ー5に向っています!」

 というカールの声が、マイクを通して発令所のウッディーに。


「五0ノットだと!ば、馬鹿な!そんな艦はアメリカに存在せん!」


 現在最も速い速力を誇るのは、ロシア海軍のA(アルファ)級で、その速力は四0ノットである。因みに五0ノットを出す為には、液体摩擦係数を四0%にするか、十二万馬力にするかだという。

「大佐!高速スクリュー音!フ、フィッシュ(魚雷)です! 雷速五0ノットで接近中!」


「敵なのか!? クッ!どういう事だ!?考えろ、ウッディー……。どうすればいい!」


<こちらの音紋データにない艦なのだ。米原潜だと仮定した場合……>


「……その仮定が導く結論は一つ。あの原潜は我々がタイムワープした後に建造された新型原潜。そいつが同じ様にタイムワープしてきたものか……」

「だとしても何故我々が僚艦に攻撃されねばならないんですか!?」

「そんな事は生き延びてから考えろ! こっちに相手の音紋データは無くてもこっちのものは向うのコンピューターに登録されている筈だ!」

「こっちがエンジン停止の今、エンジン音セットの自動追尾ホーミングでなく、このフィッシュは直線セットです! 大佐ッ! 各系統の故障箇所はありません! 非常用バッテリーでエンジン始動して下さい! 後進全速をかければギリギリでかわせますッ!」


「バカヤローッ! 貴様死にたいのかッ! そう見せ掛けておいてのこいつはエンジン音セットのホーミングだ! エンジンを始動させればこいつのドテッ腹に風穴が開いちまう!」


「だったらどうするんですッ!?」


「このままだ、このまま……」


「後二十秒で命中ッ!」


<……俺の判断は間違っていない筈だ……。俺は『南海のオルカ』の異名を持つウッディー=ボールドウィンだ!>


「くたばれフィッシュ!」


「ジーザスッ!」と叫んで、ヘッドフォンを外すカール。


「………………・」 


 耳に痛い程の沈黙が続く。ウッディーとカールの顔には脂汗が滲んでいる。


 ピン!

 ピン!

 ピン! 


 という魚雷が出す探信音。ウッディーの読み通りこれは最初から「サンタフェ」のエンジン音をセットしたホーミングだった。今、目標物を捕捉出来なかった魚雷が、食らわせる相手を探し迷走していた。


「フーッ……。流石『南海のオルカ』と呼ばれた大佐だ! 見事な判断ですね!」


「まだ安心出来んぞ!ピンガーで敵潜水艦の位置を測るんだ!」

 ウッディーは額の汗を拭うと、息吐く暇なく叫んだ。

「アイサーッ!」と云って、カールが探信音のボタンを押すと、埠頭に停泊している軍艦に跳ね返った音が乱反射して「サンタフェ」に返って来た。しかし、


「大佐!目標艦消えました! ロ、ロスト(失探)です!」


「何だと!」と叫ぶウッディーに、

「目標艦が消えたんです!」とカールが云った。

「変温層に潜ったんじゃないのか!」

 変温層とは海中に出来る温度差によって発生する温度層の事で、ピンガーを打ってもその変温層で音波は屈折し、シャドウゾーン(不感帯)を作る。このシャドウゾーンに潜水艦がいる場合、探知不能となるのだ


「何処だ? やつは何処にいるんだ!」

 と、ウッディーは叫んだ。



「コジロウ! ドコイッタ! コジロウ!?」と、拙い日本語で叫ぶココ。


 ココは、反乱軍の奇襲で混乱する城砦の通路を、叫びながら走っていた。

 城砦ミズルハは陥落寸前だった。五万もいた兵達は半数が死傷し、遁走する兵もいた。「怯まず戦え!」と叫ぶのは、中庭に侵入したオーガー部隊と交戦中のハーモンである。「ハーモン殿!ラ・ナス様のお姿が見当たりませんが!」

「腰抜けのナーカルなど放っておけッ!貴様も……・チッ!情けない者どもめッ!」

 ハーモンに報告した兵が、オーガーのバトルアックスの餌食となった。

 ハーモンがグレートソードを振り上げてオーガー部隊の中に突っ込み、オーガーにひけを取らぬ体驅のハーモンが繰り出す剣の轟音が二、三匹のオーガーの悲鳴を城砦に響かせた。その時、城壁を占拠したマシンガンを持つ歩兵部隊の一斉射撃がハーモンを襲った。

「これ以上お前らの好き勝手にさせてたまる……ゴワッ!……か……」

 ハーモンの巨驅がドオッと倒れ、煙が上がった。


「此所も全滅か!」と、城の上部にある回廊で中庭での戦闘の状況を見た参謀のシュートス=バクルが叫ぶ。すると、十数人の部下の兵を伴ったダルクスが駆けて来た。


「シュートス卿! 此所におられたか!もう城は陥落寸前!ここは兵を港まで撤退させ、軍艦からの砲撃で反乱軍を攻撃した方が宜しかろう!」


「城を捨てよと云うのか! 我々はこのファロンを死守する事を殿下に誓ったのだ!私は殿下不在の間の指揮権を委諾されている! 近衛の貴様に云われる筋合いはない!」


「ならば城を護る為にファロンの民全てを肝脳地に塗れさせても宜しいの申されるのか! 殿下が護れと云われたのはこの城ではない! ファロンの民を護れと云われたのだ!」


「グムゥッ……」と、参謀のシュートスは奥歯を噛み締めて唸った。


「シュートス卿。例え城を護り通しても、五万もの兵全て失っては、再び攻められた時に持ちはすまい。しかし、まだ半数の兵力がある今なら城の奪還は可能なのですぞ」


「……」


 暫沈黙していたシュートスは、「……わかった」と一言だけ呟いた。

 ダルクスは「全軍に撤退命令だ!」と号令すると、伝令を走らせた。

「後は彼等を……」


 「サンタフェ」に発射された魚雷は、ウッディーに次の様な事実を認識させる事となった。まず相手はこの艦が「サンタフェ」である事を知っていた事。それは音紋を取る事もなく、エンジン音セットで魚雷をブッ放した事からわかる。だが、何故だ?それがウッディーの疑問である。カールの話によればタイムワープ直前原子炉スクラムさせて以降、タイムワープ後も一度たりとエンジンを始動させた事はないと云った。ならばパッシブソナーで艦名を識別された訳ではない。艦体ナンバーから「サンタフェ」と確認されたと考えると、潜望鏡深度にその艦は浮上していなければならないが、ならばカールが打ったピンガーで探知されていた筈だ。

 変温層に隠れていたから探知不能だったと考えると、潜望鏡で「サンタフェ」を確認する事も出来ない。また水中電話を傍受され、その存在を確認されたとしても、何故その時に敵艦は攻撃しなかったのかという疑問も生じてくる。


「そうだ! 大佐、この目標艦は『タクト』『トレド』『サタネル』の何れでもありません!『サンタフェ』を含め、全艦甲板に磁力線発生装置がある以上は潜航出来んのです!」

「なら一体やつは何だと云うんだ!」と、ウッディーが叫んだ時だ。


「た、大佐! コンタクトです! ま、真下に何かいます! ふ、浮上してきます!」


「何ッ!」


 ヒノナ達はダルクスの命で護衛する兵達と共に、城砦から抜け出る地下道を通り、市街に出た。だが兵に案内されるまでもなく、まるでそれを知っているかの様に、

『サンタフェ』に乗船していたあの少女が、ヒナノ達を誘導していた。


「そっちはダメ!ヒノナ!こっちよ!」


「う、うん! ……小次郎……。ココ……」


 市民らが、恐怖で逃げ惑う中を、ヒノナ達は港に辿り着いた。


「アッ!議員先生よ!」と、マリエルが叫んだ。ヒノナ達を心配していた議員先生は「サンタフェ」の前を右往左往していた。

「お、お前達無事だったのか!心配したぞ!」

「キャプテン達は何処ですか!?」とヒノナが叫んだ。

「潜水艦の中だ!ん?それより、あの小僧とフランス代表はどうした!」

「まだ城の中なの!」と、アイシーが泣きながら喚いた。

「何だと!」と、議員先生が叫んだ時だ。


 「サンタフェ」の近くの海面が突如盛り上がり、巨大な生物が姿を現したのだ。

「デ、デビルフィッシュ!」とマリエルが叫ぶ。そう、その巨大な生物は、体長三0mはあろうかという巨大蛸だった。その巨大蛸が「サンタフェ」に覆い被さり、その吸盤が「サンタフェ」の高張力綱の艦体にへばり付いている。



「ウッ!ヒグッ!ウウッ……」

 小次郎は、サブトの遺体の前でまだ蹲っていた。此所の城壁はまだ持ち堪えているようだ。他の城壁はマストドン部隊に破壊され、此所だけが孤立してしまっており、撤退命令も此所には届いておらず、下から城壁を這上がってくる反乱軍と死闘を繰り広げていた。


「ウグッ!ヒッ!グッ!ウワッ……」


『……何メソメソと何時までも泣いてやがんだこの小僧!』


「?!」





第5話 了

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その日の名は…… 飯沼孝行 ペンネーム 篁石碁 @Takamura-ishigo-chu-2-chu-gumi

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