第4話 イー・・・・・・

 


その席で一通りの自己紹介が為され、暫の団欒の時間が過ぎていった。しかしウッディーは、自分達が何処から来たのかという事は曖昧にラ・ナスに話した。

 因みにその昼食の席で、ゴルティエが給仕のメイドにマジックハンドを使用して、テーブルの下でサンドラの蹴りを弁慶の泣きどころに食らったという事を記しておこう。


「ユルヌ様! 第三、第五歩兵大隊、及び第二騎兵隊までもが壊滅ですッ! このままでは本陣まで攻め込まれますッ!」


「わかっているッ!」


 槍を持ちプレートメイルを纏った、反乱鎮圧軍総指令ユルキ=ヌウが馬上で吠えた。此所は首都ヒラニプラから五0ベブル離れたサホ平原、反乱軍との戦闘の最前線だ。辺りは肝脳血に塗れた者達で一杯になっていた。

 ユルキ自身も深い傷を負っていた。


「最早これまで! よしッ! これより全軍突撃を敢行する! 皇帝に弓引くラ・メムレーを討つべしッ! 続け~ッ!」


 兜の面を下ろし、槍を構え、愛馬セトを走らせて敵陣に突撃するユルキ。彼に容赦なく敵陣からマシンガンの弾が飛び、プレートメイルに当たる。

 マシンガン?! そうである。反乱軍が使用している銃火器は、正しく現代の銃火器類だったのだ。バズーカ砲が愛馬セトの足下で炸裂! それがユルヌ=キウの最後だった。 このサホ平原を突破した反乱軍は怒涛の進撃を開始し、一両日中にもヒラニプラに迫る勢いだった。甲冑を纏い、銃火器等で武装する歩兵部隊、そして、巨人や小人、亜人種、モンスターで形成される反乱軍の進軍の様子は、百鬼夜行と云ってもよい程だった。




 人口6400万人、10の人種から成る『ムー帝国』は、最高神官ラ・ムーを皇帝に戴く国家である。

 ラ・ムーは民主主義的に民によって選出される。帝国は合衆国形態で大きく四つに行政区分されている。透明の宮殿と呼ばれる王宮のある首都ヒラニプラは別にして、大陸の西方ニライ地方、南方ポリスカンダル地方、東方イーダルトとカロン地方である。

 その各地方を統治するのが将軍であり、将軍には、皇帝親族と同様、太陽を意味する「ラー」の称号を付ける事が許されている。ニライ地方にはラ・カイロ=ド=ディラ将軍、ポリスカンダル地方にラ・シリス=ティーア将軍。そして反乱を起こしたラ・ヴァルゼ=ダムス将軍とラ・メムレー=ウル将軍は、イーダルト、カロンの各統治者だった。

 現在帝位にあるのが、ラ・ムー・スメラス=ミグト四世である。ニライの太陽神官から皇帝に選出され、在位は20年足らず。大規模な治水事業や人種間紛争の調停など幅広く活躍し、賢帝の誉れ高き至高者だった。

 その皇帝ラ・ムーに、何れもムー大陸東方を統べる二人の将軍が反旗を翻したのは三年前の事である。元々前皇帝派だったラ・ヴァルゼ将軍とラ・メムレー将軍が、皇帝ラ・ムーの打ち出した政策に反対、人間や、特に亜人種を煽動、反乱軍を組織し、ムー全土に侵攻を開始したのだ。

 その反乱軍に軍事援助しているのが、20年前突如として西の海、即ち大西洋に出現した軍事国家だという情報もあった。

 そのラ・ムーの行った政策とは何か? それは移民政策だった。


「遠からずしてこのムーは海中に没する! それまでに我々は新天地を築き上げよう!」 

 最高神官の予知能力を信じていた者は、その政策に異を唱える事はなかった。

 しかしそのラ・ムーの政策を、ラ・ヴァルゼ将軍側は「それは亜人種をムーから追放する為の口実に過ぎない!」と主張し、自ら再び前皇帝を帝位に就かせてしまったのだ。そして卑劣にもその皇帝を暗殺、それをラ・ムー側による凶行として発表したのである。

 元老院は二つに割れた。そしてムー帝国も二つに割れてしまったのである。


 再びファロン港である。最初はこのファロンの町並みをじっくり観察する事もなかったが、美々達が街頭で売られている品や、人々の服や生活の様子、住居の様相などを興味深く眺めているのも自分達の心に余裕が出てきた証拠だった。

美々は、マリエルやココ、アイシー達と既に打ち解け、街頭で売られていたローブなどの服やアクセサリー関係に目を奪われている。

 ゴルティエはと云うと、その服を手に取り、裁縫がなってないだの、デザインがどうのこうのと、通じない筈のフランス語で店のおばちゃん相手に話し掛け、

「わしのデザインした服を此所で売れ!」と叫んでいた。


 このファロン港を外港に持つ、ムー帝国首都ヒラニプラは、緯度で云えば北緯二五度前後、沖縄八重山諸島と同じ位である。亜熱帯林地域で、榕樹・楠・蘇鉄・檳榔といった常緑樹の深く強い光沢を持つ緑が、多くの白亜の建物の中で映えている。

 どうやら計画的に造られた街で、街の中心にある小高い丘に建てられた神殿、これはストーンサークルの様に屋根のない石の柱だけが立つものだが、規模は直径百mもある。その神殿を中心に、石畳の道路が放射状に伸びていた。最も幅の広い道の一方は城砦ミズルハに通じ、その反対方向に進むとファロン港があった。


「今、軍艦をあるだけ繰り出して、『黒い鯨』を沖から曳航させているのだ」


 ラ・ナスが側にいるウッディーに云った。側には勿論赤城政則、議員先生がいる。

 監視兵付きだが、ウィンドウショッピングを楽しむ美々やマリエル、そしてサンドラにゴルティエ以外の、ウッディーや議員先生、政治に小次郎、そして意外にもルルシェも、港で『黒い鯨』が入港するのを待っていた。


「ラ・ナス様! 見えてきました!」と兵の一人が言ったのを聞き、ウッディーはポケットから小型双眼鏡を取り出して、肉眼では黒い塊にしか見えないそれを覗いた。


「ロ、ロス級! SSN、攻撃型原子力潜水艦だ!」と、ウッディーは叫んだ。


 水中排水量6927t。全長110.3m×幅10.1m×深さ9.9m。速力32kt。21inの魚雷発射管四門を備え、核弾頭装備のトマホーク12基を搭載。乗員123名。アメリカネイビーの主力原潜である。

 そのロス級の巨体が、銛を撃ち込まれた鯨の様に、多くの軍艦に曳航されていた。


「どうやら知っているようだな」と、ラ・ナスが云った。


「キャプテン。アンタの云った事はどうやら本当の事のようだ」

 ウッディーから双眼鏡を渡され、覗きながら議員先生が云った。


「だけど、その原潜はサターン級『サタネル』の筈では?」と、政治が言った。


「いや。タイムワープシステムは原潜四隻で行う予定だった。三隻の原潜がトライアングルを描き、中心の『サタネル』に磁力線を照射する。このシステムを取れば、巨大なエネルギーさえあれば、トライアングルを拡大し、その内部にある物体をもタイムワープさせる事が出来る。恐らく我々はそのトライアングルに入り込んでしまったのだろう。一隻だけではそうはいかん」


「なるほど。ならばあの鯨の他に二隻のロス級、そしてサターン級SSBNがなければならないのですか……。あのロス級の乗員は無事でしょうか?」


「わからんな。恐らく実験は何らかの失敗があって巧くいかなかったのだろう。そうでなければ、四隻とも、同時刻に同じ場所に出現する筈だ。フィラデルフィア実験、そして過去行われた実験では、人間は鋼鉄や他の物体の中に埋め込まれたよ……。君達の目の前で半透明化した原潜に人間が埋め込まれていった様にな。もし乗員が生きているならすんなり彼等に拿捕される訳はない。そして放射能漏れの可能性も……」


 そのウッディーの言葉の後、『黒い鯨』が入港する迄誰も口を開かなかった。

 鉄で覆われた鯨『オグ』、原潜の巨体が、曳航されゆっくりと入港してくる。港にいる兵達は、その異様な獲物の姿を見ると、凱の声を発した。

 入港したロス級を見上げている小次郎。ウッディー達は、ラ・ナスやダルクスの腹心シーファ他の将兵を伴って原潜の甲板に上り始めた。桟橋には槍を持った兵士が今まで見た事もないものに恐れ戦き、太陽神に祈りを捧げる者もいた。

「見ろ。こいつがテスラコイル。そして後部甲板にあるのが磁力線発生装置だろう」

 ウッディーは甲板に立って、細長い円錐状のテスラコイルを拳でコンコンと叩いた。

「よし。中に乗り込む。どうするね? 中は放射能で汚染されているかもしれんぞ」

 ウッディーは、議員先生と政治を正視して言った。暫の沈黙が続く。


「……わしは行くぞ。政治、お前は残っとれ」

「父さん! 冗談じゃない! 年寄をそんな危険な場所に行かせられません!」

「何だと! この若造が! わしは防衛庁長官として視察の為に乗り込むのだ!それに、わしはまだピンピンしとる!」

「だからタネ切れじゃないから心配なんですよ! 愛人囲えなくなってもいいんですか!」

「バ、バカな理屈を!」と、議員先生が叫ぶ。そして、

「プッ!ウワッハハハ!」

 議員先生が突然笑いだすと、ウッディーも政治も大声で笑い始めた。

「ねえ小次郎。どうしたの大人三人あんな所でバカ笑いして」

 ウィンドウショッピングを終えた美々が、小次郎に言った。

「君は少し此所で待っていてくれ。き・け・ん、わかる?」

「わかります。ウッディー殿。兵達が必要ならば言って下さい」

「……ラ・ナス。君は云わば聖職者だろ? その君が……」と、ウッディーが言う。

「まあ、事情は何処の国でもあるもんですよ。政治家のアカギさんならわかるでしょ?」

「う、うむ、む、む。まあッ、そのお~ッ、そんなもんだな」

 ウッディーは、やや呆れ顔で、帽子を被り直した。

 ウッディー達は後部ハッチから中に入ろうとしたが、勿論ハッチは閉じられていた。ウッディーは、ラ・ナスに言って兵の持つ剣を借りると、金属製のその柄でハッチを叩き始めた。これはモールスである。


 ワレ アメリカジン。セイゾンシャハイルカ。ホウシャノウモレハシテナイカ。


 ウッディーはそうモールスを叩いて、耳をハッチに当てた。反応がない。

「どうだ?」と議員先生がると、ウッディーは、シーッと口に手を当てた。

「……聞こえる。ハッチが開くぞッ!」と、ウッディーが叫ぶ。息を呑む政治達。

 ガチャッという音がしてハッチが開いた。そこにいたのは二七、八歳位の水兵だった。

「おいッ! 放射能は大丈夫かッ!」と、ウッディーが真っ先に尋ねる。

「は、はい、大丈……。あ、あなたはボールドウィン大佐! ど、どうしてあなたが!」

「それより他の乗員はどうしたッ!?

 そのやり取りを、甲板のラ・ナス、そして、桟橋の小次郎、美々達が不安そうに聞いている。しかし、そのドルフィンは何も答えなかった。そして、その意味を悟ったウッディーも、小声で「……助かったのはお前だけか?」としか聞かなかった。


「はい。この『デンバー』乗員では私ともう一人だけです。それと、もう一人……」


「一人出て来たけど、後の人はどうしちゃったのだろうね」と、ココが言った。


「でも、本当に私達過去にタイムトリップしたのかしら? だって、潜水艦があるんだよ。もしかしたら此所は現代で、何処かの国なんじゃないのかな。ねえ、チュチュ。あなたどう思う?」と、マリエルが言った。


「私は……」と美々が云おうとした時、美々達と距離を置いていたルルシェが、


「この潜水艦に乗っていたあの人に聞けばはっきりする事よ。まあ、アメリカが悪魔みたいな計画を実行したなんて信じたくないのは、あなたにすれば当然だけど」と、言った。


「アンタ、何よ! 気に障る言い方して!」


「ちょっと止め為さいよ! ほら、キャプテン達が潜水艦の中に入るわ!」

 いつも、米・露対決の仲裁役の英国代表アイシーが指差して叫んだ。

 ウッディーは、議員先生と政治、十人の兵を伴ったラ・ナスと原潜に入って行った。

 生き残った水兵はカール・ヘンドリックスと名乗った。階級章から下士官だとわかる。


「キャプテン。あの水兵はアンタの事を知ってるようだが……」


「……俺は、三年前まで第七艦隊のロス級SSN『ニューヨーク』の艦長だったからな」


 ウッディーは、階段を降りながら議員先生に云った。


「これは一体どういうものなんです……。鯨の中に入れるとは……」


「水に潜って敵を攻撃するものです」


 という政治の言葉を、ラ・ナスは大体理解した。

 ダルクスの命でこの調査に同行しているシーファは目を光らせる。


「こ、こいつあ……」と云って、ウッディーは十字を切った。

「ウゲエッ!」と吐く政治。彼等が発令所で見たものは、多くの屍体だった。エルドリッジ号の甲板に出ていた水兵は焼死体だったが、此所に倒れている兵は無傷のままだ。

「マイケル……」

 ウッディーは、目を見開いたままの、艦長マイケル=モンローの目を閉じた。

「この艦には何人乗っていた?」と、ウッディーはカールに尋ねた。

「四十名です。実験そのものに人数はそんなに必要なかったようですから」

「そいつは何よりだ。ラ・ナス。悪いがこの遺体を外に運びたいが、いいか?」

「え、ええ。それは構いませんが、それにしても一体……」

「事情は後で説明する。それにカール君。君にも聞きたい事が山程ある」

「ええ」と、カールは云うと、自分の他に生き残った人間の所に案内したが、それは生き地獄と云っていい程の光景が、魚雷格納庫に広がっていた。


「……カルか……。もうダ、ダメだ……」という瀕死の声がする。


「ト、トム? トムかッ!」


「か、艦長! その声はボールドウィン艦長でありますかッ!」

 そう叫んだ中年太りの男の体は、Mk48通常魚雷に体を埋め込まれていたのだ。生きているのが信じられない程だった。彼はトマス=サンダース。『デンバー』の魚雷士官で、嘗ては『ニューヨーク』でウッディーの部下だったドルフィンである。


「トム……」と言って声を詰らせたウッディーは、「少し待っていてくれ。きっとお前を救ってやるからな」と、深く帽子を被り直し、他の者から顔を見えないようにした。


「か、艦長……」



「随分出て来ないけど、中の人は全員助かったのかしら……」と、美々は呟く。

 空は澄み切って、太陽光を乱反射させるコバルトブルーの海が光彩陸離と輝いている。 遥か彼方は水天髣髴として、何処から海で、何処から空なのかわからない程だった。

 原潜の側に『The Madonna's snow』号の純白の船体が係留されている。


「一体、何故原潜に年端もいかない少女が乗っているんだ?」と、議員先生が云った。

 乗員居住区のベッドに、シーツを掛けられた裸の少女が横たわっていた。

「実験室に気絶して倒れていたのを私が此所に寝かせたのです」


「BOY……。どうやら彼女は超能力者のようだ」と、ウッディーが言った。

「エスパーだと? 何故そんな人間が此所に。第一、超能力者なんぞこの世にいるのか?」「俺は物理学者じゃないから詳しい理論は知らん。が、現代とは別の時間軸に、目的の時間軸を同調させる為に、ESP能力を持つ者が必要だという事だ。軍は全米からそんなESP能力者を集め『BOY』と名付けた。……兎に角、彼女は外に運ぼう。詳しく聞かねばならんからな。カール。君は遺体を運び出すのを手伝ってくれ」

「ただ、時間軸の同調は周波数をシンクロさせ、相手を意識に取り込もうとする化け物だ……。新興宗教が、他人の声を聞き、その周波数を同化させようとした結果、相手も自分もキマイラ合成魔獣とまで言える、化け物の遺伝子を体内に作ってしまう。昔は魔女がよくやった手だそうだ。惚れ薬ともいえる自分の性分泌腺を相手に飲ませ、そして相手を自分に振り向かせようとする黒魔術の魔女……」


「アッ! 出て来たよ! ラ・ナスさんと議員先生だ!」と、小次郎が叫んだ。


「お前達! お前達は城の方に戻っているんだ! ムッシュウ・ゴルティエとマドモァゼルは少々お手伝いを願いたい」と、議員先生が云った。


「どうかしたんですか!」

 と美々が言った時、白いシーツに包まれた少女がウッディーに担がれてハッチから現れた。そして議員先生の言葉を英語で訳した後、


「ではラ・ナス。この子を頼みます」と言って、謎の少女をラ・ナスに預けた。


「わかりました。私も彼女達を城砦に連れて行ったら戻ってきますよ。俺は神官ですからね。死者の埋葬に神官が必要なのは何処でも同じでしょうから」

 そう言って、少女を抱くラ・ナスが原潜の甲板を降りると、ウッディーは、


「一万二千年前では、牧師どころかキリストも誕生していないんだ。というより、天地創造の七千年も前なのだぞ今は。例えキリストでなくとも、死者の冥福を祈る神がいるだけましというところか……」


美々達は、謎の少女を抱いたラ・ナスと一緒に城砦ミズルハに向った。ルルシェは少し離れて歩き、ココは小次郎に寄り添って歩いている。だらしなさそうな小次郎の顔を、ヒノナは不愉快そうに見ながら、マリエルやアイシーと歩いていた。

「何とも目の遣り場に困るな」と、ラ・ナスは、自分の抱く少女と、ハイレグとまではいかないが、ピンクの蛍光色で際どいカットのレオタード姿のマリエル達を交互に見た。

 欧米の少女などは発育も速く、十四歳でも十代後半と云っても充分通じるし、何せ、未来のスーパーモデルを目指す少女達である。タイプはそれぞれ違うが、間違いなく美少女の中の美少女なのだ。そして、美々もその範疇に入れても遜色ない程の容姿である。

「この日差しだ。暑いのはわかるが、服を用意するからそれを着るといい」と、ラ・ナス。

「皆、服を着るかって言っているよ」

 と、小次郎。

「小次郎、ムーの言葉がわかるの?」と、ヒノナ。

「ムーの言葉って言ったって昔の日本語なんだぜ。少しはわかるよ。古文赤点の誰かさんとは違うさ」と、笑った。


 一瞬ムッとした美々だったが、


「あッそ。いいのよ私は。英語の出来ないアンタとココの会話の通訳してあげないから」

 と、恬然とした口調で言って、フフンと鼻で笑った。


「そんなあ!」


 そんなやり取りを、ラ・ナスは優しそうに見つめ、ルルシェは冷ややかに見ていた。


 嘗て遥か一万二千年前、太平洋に巨大な大陸があり、それはムー大陸と云った。

 大陸は運河として利用される狭い海峡によって三つに分断されており、東西五千マイル、南北に三千マイルに及ぶその大陸は、現代で云えば東南角がイースター島、南西角がトンガタブ島、北西角がランドローネス島で、北西角がハワイ島に当たるという。 

 温和な気候で、浜辺には椰子、山野には色鮮やかな草花が百花繚乱、所狭しと咲き乱れ、世界のあらゆる果樹の実が人々の喉を潤し、マストドンやその他今では絶滅した動物達も、此所では人間と共存し、穏やかな時間の中で草を食んでいた。

 ムーの民族構成は十種族、人口は六四百万人を数える。政治形態は、絶対君主として最高神官にして皇帝であるラ・ムーを戴く専制君主制だが、ラ・ムーは先王の道に倣い、聚斂する事もなく、先憂後楽、靖国の為にその身を犠牲としているから、民衆はラ・ムーの言葉を創造主たる太陽神の詔、金科玉条として従っていた。

 ラ・ムーを中心に纏まった帝国は、金甌無欠、その盤踞の範囲を世界全土に及ばせ、並ぶ事無き無類の殷賑を極め、特に七つの大都市には、石造りの巨大な宮殿や、屋根のない神殿、礼拝堂、僧院、貴族の大邸宅が建ち並び、人々は交易によって世界各地から集められた金・銀・宝石類で飾られた豪奢な衣類を纏い、優雅に歌や踊りに興じていたという。 特に、大陸の北西部にある首都ヒラニプラは、都市中央にピラミッドとして造成された丘の上にある白亜の大神殿が聳え、市街の建造物は金や銀で飾られ、水路が縦横無尽に張り巡らされていた。正にこのヒラニプラは、学問・文化の中心、世界の中心であり、此所の港から全世界に向けて、「ナーカル」、聖なる兄弟達、聖なる導士と呼ばれる伝道者が、太陽の教えを布教する為に旅立っていったという……。

 だが、このムー帝国の栄燿栄華の未来永劫を、ラ・ムーが約束した訳ではなかった。

 人々の嬌声は亡国の音だった。ラ・ムーの警告、予言。

「お前たちは財宝とともに滅びるだろうが、その灰の中からやがて新しい民族が生まれ出るだろう。また得るよりも与えることを忘れた人々の上にこそ、災厄は降りかかる」

                             (小泉源太郎訳) 

 人々は、余りに長い繁栄故に自分達の栄華が神の慈愛によるものだという事を忘れ、無為徒食に明け暮れ、神に感謝し祈る事を疎かにした。嘗ては人種差別などもないこの世の楽園だったにも関わらず、人間と亜人種の間に偏見が芽生え、何時内乱が起きるかわからない程、盤根錯節の危機が迫っていた。

 だが、社稷を憂えるラ・ムーの祈りはもはや天には通じなかった。

「恐ろしい地震が始まり、止む事なく続いた。地の丘の国ームー大陸は犠牲の運命にあった。大地は二度持ち上がり、夜のうちに消え失せた。地下の火の作用により、大地は絶え間なく打ち震え、各所で盛り上がり、また沈んだ。ついに地は割れ、六四百万の住民は、その国とともに陥没した……」                                                (小泉源太郎訳)


 それはラ・ムーが予言した、最後、最悪のカタストロフィーだった。

 まるでゲヘナの底が見える程に大地は裂け、天に向って吹き出す火の柱。空を覆った噴煙はやがて黒い雨となり、ムーの柳暗花明の大地に降り注ぎ、灰色の死の世界に変えた。

 灼熱の溶岩が山から、真っ黒な巨浪が海から白亜の街を襲い、その繁栄を根こそぎ奪い去ったのである。

 そしてその恐怖の一夜が明けた時、ムー大陸は太平洋の海中に没していたのである。


 これが、十九世紀のイギリス人陸軍将校ジェームス=チャーチワードが著した『失われたムー大陸』に描かれた、ムー大陸の全容である。

 一九三一年この本が発表されるやいなや、世界は衝撃に打ち震えた。プラトンが、『クリティアス』『ティマイオス』の中で、大西洋に失われた大陸、アトランティス大陸の伝説を記したが、チャーチワードは太平洋にも巨大な大陸が存在した!と発表したのだ。

 ではチャーチワードがそのムー大陸の存在をどのように知ったかというと、彼が駐屯していたインドで出逢ったヒンズー教寺院の院主だった高僧が秘匿していた一枚の粘度板からである。門外不出とされていたその粘度板は、『ナーカル文書』という名前だった。

 その高僧は、この『ナーカル文書』は一万五千年前に母なる国で記されたもので、インドに伝道に来たナーカルの手でもたらされたものだという。チャーチワードは問い詰める。母なる国とは何処なのかと。その老僧はチャーチワードの熱意に動かされた。そして、その母なる国の名を明かすのである。「Mu(ムー)」と……。

 チャーチワードは、その『ナーカル文書』を解読して、ムー大陸の姿を現代に蘇らせたという。その他典拠となったものには、火山活動により海中に没した大陸を記述したというマヤの文献から解読された『トロアノ文書』、チベット・ラサの古文献、ヒンズーのプラーナ(寓話的英雄神話)の『ラーマーヤナ』等がある。

 しかし現在では、チャーチワードのムーの全体像は彼の創造で補った部分が多く、大陸の位置、規模、解読方法まで客観的根拠がない故に、ムー大陸は彼の創作だったと見るのが定説となっている。それは、海底調査など科学的なメスが入れられた結果である。太平洋プレート上に想定されたムー大陸の位置には、現在海洋性地殻しか見当たらず、もし此所に大陸があったならば、花崗岩質層が乗っていなければならないのだ。

 それでも、人々のロマンを掻き立てるムーは猶も人々を魅了し、あの手この手の方法でムーの実在の可能性を研究者に提示させている。即ち、ガス・チェンバー現象。地殻内部に溜ったガスが火山活動によって連鎖反応的に爆発し、その結果ムーが沈んだという説も代表的なその一例である。

 だが、科学的にムーを証明する可能性がある調査結果が発見されなかった訳ではない。一九六四年にアメリカの地質学者メナルドが発見した、太平洋ツアモからメーシャル群島に至る海底にあった、全長千km、幅四千km、高さ二kmの海底の隆起地形が発見され、それは『ダーウィン・ライズ』と命名され、日本の地質学者が沖縄沖の海底に広がる『黒潮古大陸』を発見したが、その海底隆起地形が大陸だったとしても、何れも一億年以上も前だった事が判明したのだ。

 それでも、ムー大陸があった事を主張する研究者は絶えない。イースター島のモアイ像、ミクロネシアのポナペ島のナン=マタール遺跡、トンガタブ島の石門、トンガ諸島やオーストラル諸島、マルケサス諸島、ソシエテ諸島にハワイ諸島。ポリネシア、ミクロネシア、メラネシアの海域に浮かぶ多くの島々に巨石文明の痕跡が残っている事。イギリス人比較人類学者ジェームス=フレイザーが、『旧約聖書の民族学』の中で書くように、タヒチやリーワード諸島、ハワイ諸島、ツブアイ諸島等に大洪水伝承がある事。それらを理由に、嘗てあったムー大陸が大洪水で海中に没し、その一部が島となったのがイースター島やハワイ諸島だと主張する事は、客観的ではない。太平洋の島々なのだ。それは、環太平洋造山帯地域を震源とした大地震による津波が島々を襲った事は十分考えられるし、同じ巨石文明と思われる遺跡が広範囲に散らばっている事も、ポリネシア人の高い航海技術を単に実証する事だけなのかもしれない。

 しかし、それでも! ムーは自らの存在証明をせがむ様に、我々の心、取り分け日本人の心を惹きつけるのだ。明王玲司が、琉球古陸こそ、ムー大陸であると唱えたように!

 ムー帝国が滅びる前、世界各地にムーの民が残した文明。ラ・ムーの移民政策が身を結んだ文明の内、今でもラ・ムーの精神、血、言葉、文化を連綿と受け継いできた国、我々こそラ・ムーの子だと信ずる日本人の心に、時空を超え、ラ・ムーは呼び掛けるのだ。

陸に人間が現れたのは五万年だとムーの文献は伝えているが、田その当時より十の種族がいた訳ではなかった。ある古文献によれば、人間以外の亜人種、即ち、我々が云うところの、エルフやドワーフ、コボルドといったデミヒューマン、そして巨人族や小人が世界に現れたのは、西の大海に大陸が出現した時だと云う。それ以後、世界には奇妙な動物、所謂モンスターが出現するようになった。

 キメラ遺伝子。

 自己と非自己の遺伝子がそのまま増殖する。癌細胞としてではなく、他人に寄生する遺伝子として相手の細胞を乗っ取ろうとする寄生体。

 女悪魔の意識は、他人の侵食し、意中の相手を乗っ取ろうとする寄生体と化した時、悪魔の吐く二酸化炭素は、自分の呼吸法で倒す事が出来る。吐いた後、短く吸う。何回も小刻みに吐き、そして短く吸う事で、自分にとっての不要な二酸化炭素を自分の非自己の細胞への栄養素としない事で、体内から瞬時に追い出す事が出来る。

 非自己がリズムとする周期を崩す事で、自分を取り戻す事が出来るのだ。

 免疫で非自己を倒す呼吸法で、相手の意識さえ倒す事が出来る。

 呼気を小刻みに吐き、肺腑から悪魔の二酸化炭素、瘴気を出す事。タバコの煙さえ、相手の瘴気を倒す事が出来るなら、たばこの煙は自己を非自己から守る煙となるかもしれない。

 痴呆を治療するニコチン。自己を見失った意識を侵食する非自己の意識がニコチンと共に酸素を取り入れた脳細胞が、非自己を細胞内から排泄する事も説明つくかもしれない……。

 キメラ遺伝子が突然変異を繰り返す時、ミュータントは子々孫々まで存在する因子をその、女悪魔が作っている事に、その女悪魔は気付かずにいたなら、他人への同化を望む意識は、一族を潰すだろう……。

 変異遺伝子は、相手と同化しようとするキメラ遺伝子を作ってしまうからだ……。

 悪魔の遺伝子を滅亡させる神が、火か、水かで行おうとも、その神が非であるのか、ムーの民を守る事が正義なのか?

 キメラ遺伝子は誰も存在する。相手からの侵食と免疫で戦いながら、体内と言う心の中、他人からの心的凌辱を受け、我々は常にキメラ細胞と言う癌細胞へと腫瘍化するリズムを、同じバイオリズムで暮らす事で増幅させていた。

 相手とのリズムを崩す食生活、睡眠。

 侵食は回避出来るのだ。

 学生が同じ時間に昼食を取る12時。午後。正午。

 太陽が太陽神官として、朝、昼、夜の食事を命じた時、その太陽南中時の人々が同じ食事をする事を止めた日本。

 朝と夜だけの食事だった日本人。

 イエス・キリストが、荒野で絶食、水さえ飲まなかった生活は、同じ食事をした人間達とのシンクロを断つ為。

 キメラ遺伝子は健全な遺伝子を残す事が出来ない。

 群れから追い出された狼は、健全な遺伝子を他で残す事実。

 女悪魔のコミュニテイーから外れた孤高の狼は、北天で輝く事で、南のムーに対して、世界で一番高い輝きで、存在していた。

 あったのだ。

 南に無く、北に有る。

 またイギリスのチャーチワードが子午線を北上し、北磁極から南下した場所が、平穏な大陸。人がいない大陸。海として存在し、人がいない平和な世界が有った。

 平穏な海。

 パシフィコであるリーグに、自由な世界があった。

 距離の単位であるリーグ。リグ。

 キメラ遺伝子を遡源するタイムリープが、誰の遺伝子に遡源したか?

 意識を奪おうとする女悪魔が、ムーの何処に悪魔の龍として存在したか?

 嘗てアメリカが、ヒトラーが捕獲したという原種の人類を、ドイツ第三帝国崩壊の後、アメリカへ連れ去ったと言う。

 人肉を食らうがごとく、自分へ同化しようとする異性を求めるX人種のキメラ遺伝子のゲノム。

 TACGGGと言う不老長寿遺伝子のゲノムがターグとも言い、インド、サンスクリット語で如来を意味するタターガタだった時、7000回繰り返す遺伝子の尻尾は、突然変異を抑える因子となったが、キメラ遺伝子を作って同化した後の尻尾をつくる前に、そのキメラ遺伝子が倒さねばならないのだ。

 自分が死ぬ事で、遺伝子は絶える……。

 寄生体は、相手が死ぬ直前に離れる。

 火を見た鼠が逃げ出す。

 火の危険を孕んだ状況から、寄生体は逃げる。

 火を拝む事で、精神的な遅滞を伴う寄生体の意識が、相手の知能で高等化する前にだ……。

 熱いお茶。

 喉の同化が同じ振動を生む時、インドラ。

 戦争の神、雷神インドラ=帝釈天の喉が、「イー」」と言う種字を振動させる時、周波数振動の戦争は、インドラの勝ちとなるのだ。

 頭蓋骨振動を加味した音声は、耳を塞いだ状態を維持したまま「イー」という種字を唱える事は、声帯と母音の関係。

 沖縄、琉球古語である母音が「ア」「ウ}「エ」だった時、母音にない「イー」で合成を分離出来たなら……。

 神の名前を唱えて、神を呪詛する存在が繰り返し神の名前を唱える事を禁止したオーセの十戒に反した行いをする悪魔、神と寝ようとする女悪魔を撃退する為の母音が「イー」ならばだ……。 


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