第34話 イントゥ・ザ・サンズリバー

「スズ、なあ」

「横になったら少し楽になったかも……なに?」

「ここを出たら俺の担当になるようカコさんに言ってくれないか? 俺からはフレンズを選べないからスズから言ってほしいんだ」

「その話、今すること?」


 力なく微むと、思わず俺も笑えてきた。


 というか真っ白いサラサラの前髪の向こうに見える瞳が綺麗すぎてそっちでも笑えてくる。まるで宝石だ。


 なんとなくだが、この短期間で顔つきが大人っぽくなった気がする。考えが変わったせいだろうか?



「俺の元で勉強して試験に受かったら何をしたい? 夢は出来たか?」

「幸せになりたい。昔の記憶を夢で見たの。私誰かにここのことを教えてもらって、幸せになるって約束した」

「じゃあ、どうすれば幸せになると思う?」

「えっ、え? ううん……美味しいものを食べるとか、友達とか家族を作るとか」

「そう思うならそれが正解だ。俺はちゃちゃっと試験をパスして飼育員になるから、全力で手助けすることを約束する。ジャパリパークの飼育員は誰よりもフレンズに寄り添って、この場所で何不自由なく生きられるよう助けるのが仕事だ」


 五人がカシャリ、とカートリッジを銃にセットしその銃口を俺に向けた。



「素晴らしい。こうやって男女セットになってると、大抵こうやっていい雰囲気になるものです。ハハハ、今までこうして10組ほど廃人にしてきましたが、そのうち7組はキスをしていましたよ。彼らは幸せになったと思います」

「発展途上国じゃぁこういうことは未だに刃物でじっくりやっているそうだ。お前らは人道的な方法で処理してもらってよかったなぁ」

「さっさとやらない? 顔見たくないんだけど」

「おっおっ、やっぱ可愛いなぁ。交尾しておきたかったなぁ」

「イヒイィwww」


 今度こそやる気だ。最初に俺だけ消し、スズはどこか人目につかないところに放置する気だろうか?


 そんなことは絶対にさせないが。



「ああ、遺体はどう処理されたいですか? 宇宙? 海? それとも墓地? もちろん内臓は有効活用しますけど」

「俺を消せたら、スズはどうする気だ」

「ハルピュイアは回収する予定でしたが、この状態では治すだけ無駄なので放置します」

「そうか。それを聞けたら十分だ」

「なんだてめぇ、もうくたばるってのに偉そうな口を」



「この世界のどこかにつくられた超巨大総合動物園ジャパリパーク」

「あ?」

「なんのつもりです?」

「そこでは神秘の物質サンドスターの力で、動物たちが次々とヒトの姿をしたアニマルガールへと変身!」

「おいおい、おかしくなったぞ」

「訪れた人々は彼女たちのことを“フレンズ”と呼び、賑やかに夢のひと時を楽しむようになりました!」


「今は夢のひとときか? いいや違う、少なくともスズはそうじゃない。フレンズでもセルリアンでも客でもないお前らはただの害虫だ。俺は歓迎しない。皆も歓迎しないし、誰もお前らを望んでない。むしろ一人のフレンズを心がボロボロになるまで追い込んだお前らを俺は絶対にッッッ!」



 破裂音とともに五人の拳銃が一斉に発射され、その全てが俺に命中した。


 腹に付着したどす黒い液体はウネウネと動きながら俺の体へ染み込んでいき、衝撃が体を駆け巡った。


 不思議と痛みはない。しかし、あきらかにすぐそこに死があることが分かった。記憶も思い出も感情も全てが真っ黒に染まっていく。



「ヒデ! いやぁぁぁあああ!! ヒデ! 嘘……お願い返事して……」

「これは効く……くそ……寒い…………交尾……フレンズ…………」



 言葉が出ない。脳みそが動かない。


 何かが見えている気がする。でも何が見えているかは分からない。



「スズ…………」

「嘘よ、嘘……信じたくないこんなのっ……」

「明日……寿司……食う……試験……受かる……幸せ……交尾」



 ごめん、スズ。


 最後の言葉は言えなかった。



「起きてよ、起きてよおおおおおおお!!」



 ____________





 目が覚めると意識がはっきりしていて、同時にここがこの世でないとすぐに分かった。


 もちろんスズは居ない。


 空は変な色をしていて、空気も温かいのか冷たいのかよく分からない。



「……すまん」


 老人にぶつかられ謝られた。よく見ると周りの人たちが死んだ目をしながら一方向に歩いており、老人に続いて何人もの人が俺にぶつかってきた。


「これはもしや」


 流れに沿って歩いていると見えてきた、信じられないほど大きな川。アマゾン川と比べ物にならない。おそらく幅だけでも琵琶湖くらいあるんじゃないかというくらい大きな川が俺の前を流れていた。


「三途の川……」

「おしゃべりな亡者ですね!」

「何だお前」


 声をする方を見ると、ここに似つかわしくない笑顔の男?女?が立っていた。中性的と言ったほうが良いだろうか。美しくはないが。


 しかし怖い。紙に書いて貼り付けたような笑顔は俺を本気で恐怖させた。


「お前の顔キモいな」

「本当におしゃべり」

「で、何なんだよお前は。こっちは未練残して死んでイライラしてんだよヘラヘラしてると頃すぞ」

「私は鬼です。早く渡ってください。亡者が渋滞します」


 たしかに俺に人がぶつかりまくって混雑している。そういえばこいつらは亡者か。老人に混じって中年も居るし、子供もちらほらと見える。人種はバラバラで、我ら黄色人種も黒人も白人も混ざって行進していた。


「人って死んだら全員三途の川なのか? 他の宗教入ってる人に配慮はないのか」

「それぞれ見方が違います。雲の上で黄金の建物に囲まれているように見えている人もいれば、ガンジス川が見えている人も居ます。早く渡ってください」

「スズはどうなったのか分かるか?」

「早く渡ってください」

「ああ分かったよ、クソ!」


 暫く歩くとすぐに橋の袂まで着いた。鬼は俺に着いてきている。


 しかし橋に足をかけた瞬間、霧のように消えて真下の川へ顔からダイブした。



「ぐはぁ!?」

「あなたは橋を渡れません」

「黙れ! この川どんくらいの幅だよ!」

「あなたくらいなら5日くらいで渡れると思います」

「五日!? 馬鹿じゃないのか! ムカつくから戻るわ!」


 そういえば川岸に何故か子供が多い。


 ……賽の河原の積石か。親に先立った子供はここで石の塔を建て親の供養をする。


 すると俺を追いかけていた鬼が完成間近の石の塔に向かって走っていった。



「させるかクソが! おい! やめろ!」

「壊します! 苦痛を与えます!」


「壊します! 仕事です!」



 別の鬼が、石の塔を蹴飛ばして崩してしまった。



「てめぇ! 可哀想だろうが! 人の心がないのか!」

「私は鬼です」


「壊します! 壊します!」



 きりがない。


「なあお前、俺は本当に渡らなきゃいけないのか?」

「早く渡ってください」

「渡らなかったらどうなる? ていうかスズと話はできないのか?」

「悲しいことになります。あなたは亡者なのでこの世の存在にはもう干渉できません」

「なんか……写真立て落とすとか頭に直接語りかけるとか……幽霊にはなれないのか?」

「亡くなったことに気づかず幽霊として過ごす方も居ますが、あなたは手遅れです。渡ってください」



 しょうがないので俺は渡ることにした。



 その後なんやかんやあって五日くらい経っただろうか。不思議と眠気はせず、疲れもないので一度も眠ることはせず、川の浅瀬を歩き続けてきた。


 いきなり周りの人が濁流に飲み込まれて流されたりしていたのでビクビクしていたが、俺は何故か一度も濁流に襲われることはなく来ることが出来た。



「見えてきましたよ。あそこまで着けばあなたは無事成仏できます」

「やっぱりまだ仏にはなりたくないな。やっぱりスズと話したい。生き返らせてくれ」

「早く渡ってください」

「断る。戻るぞ」


「ここには7日しか滞在できません。引き返すことは認めません」

「知るかそんなん」



 踵を返して再び川に……川に……?


 何故か進めない。戻れないという方が正しいか。それどころか謎の力によってどんどん押され、当初の目的だった向こう側の川岸に進まされている。



「時間切れです。強制的に進んでもらいます」

「いいや、まだっ……!」



 絶対に帰ると強く願うと、気持ち押される力が弱まった気がした。俺はその場で本気で踏ん張ると、今度は完全に停止した。


 しかしこれでは帰れない。もっと踏ん張って押し返さないと。



「抵抗しないでください」

「おい何だお前……その姿は」


 先程まで中性的な笑顔を貼り付けた不気味なやつだったはずの鬼は、今は牙と角を生やして先ほどとうってかわって鬼の形相をしていた。


「地獄に落とすぞさっさと進め」

「断る。俺は絶対に生き返る」

「どっちにしろ引き返した所で亡者は亡者だ。無駄に仕事を増やさないでほしいものだな」



 なんと踏ん張っている俺に襲いかかってきた。いつの間にか手に金棒を持っていて、さきほど俺が居た地面が大きくえぐれている。


 鬼はさらに金棒を振ってきたが、単調で動きも遅いのですぐに躱し足元の石を使って腹を切り裂いた。浅くはない傷のはずだが血は一滴も流れず、傷もすぐにふさがった。


「この場所に鬼はいくらでも居る。100人ほど呼んでみようか」


 鬼が叫ぶと言葉通り続々と鬼たちが集まってきて、次々と角と牙を生やしながら俺に襲いかかってきた。


「分かった、分かったっ! 渡り切るから、成仏するから勘弁してくれ!」


 俺は今三途の川でリアル鬼ごっこをしている。それも一対数百の。


 こればかりは恐ろしくてたまらないので全力で走り、俺はなんとか鬼の攻撃の手をかいくぐりつつ、対岸まで着くことが出来た。



「なあ、お前。ヒデ。まだそっちには行くなよ」

「今度はなんだ!」


 後ろから声がした。同時に首を掴まれて後ろ向きに倒され、声の主の顔を見ることが出来た。


「……俺? いや、鬼だな。そうに決まってる」

「俺は鬼じゃねぇ。もうひとりのお前だ」

「は?」


 ただもう一人の俺と言われて否定しきる事ができなかった。声は同じだし顔も同じ。体格も同じで、年齢と服装だけが俺と違った。相手の方は30代くらいで口元に髭を蓄え、服装はこの場所に似合わないスーツを着ている。


「ハルピュイアは元気か?」


 どうしてスズのことを? しかもハルピュイアと呼ぶのはスズのことを知っていてなおかつシコルスキーの仲間である証拠。


「何なんだよ、お前……」

「まあ混乱もするよな。あいつは、元気か?」


 するとそいつは母の実名を出してきた。


「俺はお前だし、お前は俺だ。俺はすこーし先に死んじまったがな」

「分からないな。同一人物なのにどうしてお前は先に死んでるんだ?」

「もっともだな。だがそれは話すと長くなる」


「じゃあスズについて知ってることを教えてくれ。少し先に死んだってことは、おそらく俺が生まれる前にこの世で生きてたってことだろう? それなら色々知ってるはずだ」

「ヒデ。お前は飼育員か?」


 質問を質問で返すなと言いたいのを飲み込みつつ、俺は首を横に振った。スズを助けたことでとりあえず研究助手になったことを伝えると、笑い飛ばしてきやがった。


「お前ならなれるだろ。俺だからな。実は俺もハル……スズの世話をしてたんだ」

「飼育員だったのか? スズは前にも来てたのか?」

「いいや。別の場所でだ。そこらへんの詳細な記憶はあの薬を使われた反動で消し飛んじまったが、俺はそこで教育係として世話……というか洗脳に手を貸してしまっていた」

「シコルスキーか」

「そうだ。あいつは長年の研究の末に人工的にサンドスターを生成することに成功し、同時にシロオオタカの人工フレンズを生んだんだ。寿命を強制的に縮めて外にも出さず、シコルスキーの研究所で実験を繰り返しながら精神を蝕んで服従させた」


「クソが」


 怒りで手が震える。何だこの理不尽は。スズはあいつの私利私欲のために心をズタボロにしたのか。



「そして俺はな。好きになっちまったんだ。世話するうちに優しさに気づいちまって、本気で惚れた。だがそれが原因で俺はあの世行きだ。シコルスキーはな、手のつけられないカスどもの揺り籠として押さえつけられた暴力団をほぼ全て傘下に入れてるんだ。技術力も兵力も小国並の規模を持っている」

「目的は何なんだ? それさえわかればなんとかなりそうな気もするが」

「なんとかならねえよ。言ったろ。勢力が桁違いだ。だからお前もここに来たんだろうが。俺はスズの世話係に任命されるくらいの信用は得ていたが、それでも目的までは掴めなかった。徹底的に隠してやがるんだ」


「ていうか、なあ。シコルスキーの仲間とか……暴力団とか……」


「ああ? 言ってなかったな。俺は暴力団員だった」

「反社かよ。嫌な前世だ。何人やったんだお前」

「勘違いするなよ俺はそんなことはしない。女子供はもちろんオッサン相手でも殴るようなことも防衛以外じゃしてねえよ」

「じゃあ何してたんだ? 無知な老人相手に詐欺か? 貧困家庭に空き巣か? 恐喝か?」

「高級住宅街の金持ちと政治家しか狙わねえよ。そもそもそんな奴らにリスク犯すなんぞ馬鹿のすることだ。リターンはないし胸糞悪い。お前犯罪者の才能ねえなあ」


 偉そうに鼻を鳴らしているがスズの世話をしていたとは言え犯罪者に説教はされたくないものだ。


「スズの話を聞けたから十分だ。俺はもう行く」

「なにする気だ? 今行った所で鬼に捕まって成仏させられるだけだ」

「これ以上犯罪者と一緒に居たくない」

「お前は頑張って試験突破して入った中学高校を親の独断で退学させられたりしたか? 高卒認定貰ってやっと入った大学も退学させられて、クソみたいな店を継がされたりしたのか?」

「何言ってるんだ??」

「誰かに縛られて生き方を強制された者の気持ちをお前なら分かるはずだ。もっとも道を踏み外す事を選んだのは俺自身だが、スズはそうじゃない。優しい。誰よりも強い。救う価値がある。だから頼む。俺が代わりに成仏してやるから、お前はあいつを幸せにしてやってくれ。頼む。このとおりだ」


「いきなりなんだよ……」


「頼む俺は時間がないんだ。死んでからここに居すぎて体が崩壊し始めてる。それに俺が生き返った所でカネと欲にまみれた俺の手じゃかえって汚しちまう」


 頭を下げやがったので首を掴んで元の体勢に戻した。それは困る。


「待てよ。お前スズのことが好きなんだろ。一緒に来いよ」

「ダメだ。魂が分裂しようと一つの体には一つの命だ。そもそもお前スズを守ろうとして死んだんならお前が戻らなきゃ救えないぞ。俺が戻ったら別の場所に出るらしいからな」

「確かに俺はスズを守ろうとしていた」


「じゃあお前が戻れよ!! お前が行くしかない! おい!!!! うおおお!!」



 男は飛び出すと、大声で鬼を呼びながら走り出した。周りの鬼たちが気づき、目の前で鬼ごっこが始まった。


 男はすぐに一番向こうまで到着した。



「おら馬鹿鬼ども!! こっちだ!」

「そこまでついたなら仕事は終わりだ。それよりもうひとり亡者が潜んでるはずだが」

「そうかっ! おい、逃げろヒデ! 俺が消える前にこっちまで連れてこられたら二人共成仏しちまうぞ!」

「ありがとう! もう一人の俺!」

「その前にこれを受け取れ!」


 何かを投げてきた。光の玉?


 なんとかキャッチして鷲掴みにしてみると光が俺の体に吸い込まれていった。


 記憶だ。それだけではない。犯罪や格闘のノウハウまで、まるでずっと繰り返したきたかのように理解できた。



「俺のすべてを託す! お前なら使える! 使え! 最後の伝言も込めておいた!」

「俺を信じろ! もう一人の俺! 俺はやるぞ!」

「任せた!」


 鬼に捕まったがもう一人の自分の体が光になって消え始め、ついに完全に消え去った。


 それと同時に俺の体が引っ張られ、賽の河原の果ての果てまで飛ばされた。


 だんだんと意識が薄れて……いや違う逆だ。


 俺は生き返る。


 そしてスズを助ける。




 _________



『もう一人の俺。ヒデ。これが最後の伝言だ。実はスズはある男と愛して愛して愛し合って、結婚することを誓いあった。だがその男もシコルスキーによって処刑され、指輪を交換する日は来なかった。これはその相手からの伝言ということになる。もし、もし君がこれから結婚したいと思えるくらい素晴らしい男に出会ったならその時の幸せを優先して欲しい。過去の俺には構わないで欲しい。私は全てを許そう』

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古びた鈴 ペロ2 @bide114514

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