第33話 限界

「歌とか歌わないのか? カラオケとかでさ。鳥だしハイトーンとか簡単に出そうだよな」

「出るかも知れないけどあれは声とは違うわよ」

「そもそもカラオケとか行くのか? タカ」

「ハヤブサに誘われてたま~に」

「意外だな! 二人共歌うのか?」

「絶対歌わないわ。オニオンリング美味しいからそれだけ食べてる」

「俺と一緒じゃん」



 タカと話しながら水辺を歩いていると、タカが何かを見つけた。俺はかすかにPIPの拠点が見えるだけだったが、タカにはそれ以上のなにかが見えているようだった。



「何だ?」

「フレンズが集まってるわ。それもたくさん」

「じゃあおそらくリハーサルだな。新曲が聞けるかもしれんぞ」

「でも私が出てることになってるんでしょ? だとしたら今歌ってるのは誰なの」

「ドッペルゲンガーとか」

「どっぺるげんがー? なにそれ」

「簡単に言うともう一人の自分だ。都市伝説みたいなもんで、オバケみたいなもんだな。ちなみに見たら死ぬぞ」

「……え?」

「大丈夫。守ってあげるよオオタカちゃん」



 ガン無視したタカが先に飛んでいってしまい、後から追いつくと本当にPIPの拠点近くに人……フレンズだかりができていた。


 そしてフレンズたちの話し声に混じってどこからかギターの音色と、歌声が聞こえてきた。まるで透き通るような、鼓膜を通さずに直接頭に響いてくるような、そんな声。


 よく聞くとそれは日本語ではなく英語だったが、何を言っているかは不思議と理解できた。


 しかし凄い……この感情は言葉では言い表せない。優しいと悲しいとその他のエモみを神のベールで包み込んでどうにかしてしまったような……


 気付けば話していたフレンズたちも黙り込んで、その誰かの弾き語りに聞き入っていた。



「すごいなこれ。心が洗われるよ」

「そうね。最高のドッペルゲンガーじゃない……」



 思わず夢中になってしまったが今は歌っているフレンズを突き止めなければいけない。


 もしかしたら、歌っているのはスズかも知れないからだ。


 俺は歌声とギターの音色が小さくなっていくのをこらえながら人混みを離れ、ジャイアントペンギンのパイセンを尋ねることにした。



「私も行くわ」

「タカはあれ聞いてて良いんだぞ」

「スズのほうが心配なの」


 タカと合流した後PIPの誰かに会えないかと思い探してみたが誰とも会えず、いつの間にか1時間ほど経ってしまっていた。


 すると今度はPIPの歌声。



「そうか……」

「え?」

「リハーサル中だから関係者は籠もってるんだ。弱ったな」


 近くで飼育員を見つけ、色々聞いてみたがPIPの内部事情は飼育員もあまり把握しておらずなんの収穫もなかった。


 せめてライブが始まる前に見つけないと時間がなくなってしまう。



「拠点に侵入する」

「はぁ!?」

「命がかかってるんだ。スズの命が! タカまで巻き込みたくないから入口で待っててくれないか」

「もし違ったら?」

「謝る」



 _____



 侵入……した。

 玄関を抜けてメンバーの練習部屋も通り抜け、ある部屋で足が止まった。


「この羽根は……明らかにスズ!」


 部屋はきれいに掃除してあって、ゴミ箱にスズの羽が落ちているのを見つけた。


 先程キレイな声で歌っていたのはスズだったのか。まさかPIPと一緒に歌っているとは思わなかったが、幸せそうで何よりだ。


 そうと決まったらこのことをタカに伝え、何が何でもスズに会って薬を渡さなければならない。



「ッ!? お前! 誰だ!」


 背後からの声。終わった。


「抵抗はしねえよ……」


 覚悟しながら振り返ると、そこには警備員ではなくガラの悪い五人組が並んでいた。


 左から痩せた金髪男と、黄ばんだシャツのデブと、顔中にピアスを付けた強面の男と、半分辮髪半分ポニーテイルの男、胸に卑猥な入れ墨を入れた女。



「久しぶりですね。ヒデさん」


 痩せた金髪がいかにも商業的な笑みを浮かべながら挨拶をしてきた。


「何をしに来た? PIPの着替えでも盗撮してばらまく気か?」


「それ滅茶苦茶興奮するお……おっおっおっ、じゃあついでに隠しカメラ置いていこうかお」

「余計なことをするな」


 黄ばんだシャツのデブ。名前はミジンコだったか? それに呆れた入れ墨女がすかさず噛み付いた。


「何をしに来たかは知っているだろう? 俺らもてめぇも、ハルピュイアを追ってここにやってきた。だがもう無理だ。アイツの寿命は持ってあと一週間。治そうにもボスが10年以上かけて作ったものを半年で作れるわけがなく、お前は手ぶら。どうだ図星だろうが。主席だかなんだか知らんが、永遠に無力感に苛まれて苦しむのがお似合いだな」


 顔中ピアスの男……アオミドロとかだった気がする。


 奴は懐から銃を取り出すと、銃口を俺に向けた。



「悪いが。俺は性格が悪ィんだよ! だから遺言も聞かずに片付けてやるわ、糞が!!」


 容赦なく引き金を引きやがった。


 だがここで死ぬわけにはいかない。俺はスズを治せるアンプルを持っている。



「……!? はぁ? 銃だぞ!?」


 火事場の馬鹿力というやつなのだろうか。俺は背中からサンドスターでコーティングした木刀を取り出し、放たれた弾丸を受け止めた。


 詳しくは弾丸と言うより液体で、ドス黒い液体はサンドスターに触れると一瞬で蒸発して消え去った。


 すぐにわかる。これは触ると即死する奴だ。液体なので簡単に受け止められる代わりに、一瞬でも気を抜くと一瞬で死に至る。


「ここはペンギンアイドルの練習場だ。銃なんか使うんじゃねぇ」

「お前が居ると研究の邪魔だとよ。だからハルピュイアを回収するついでにお前を処分してやるよ」

「ヤクザゲームのやりすぎか? 誘拐のついでに殺人とは犯罪三昧だな」


 男が喋りだそうと口を開けた瞬間、壁を蹴って飛び出し逆袈裟の要領で顎を下から打ち上げた。妙に感触が軽かったがそのまま腹を蹴飛ばし、壁に挟んで組み伏せた。


 残念ながらキックの練習などしてこなかったのでダメージは入らなかったが、顎を木刀で殴打して体幹を削ったおかげで顔中ピアスの男……アオミドロは頭を打ち付けて完全に動かなくなった。



「相手が生身の人間だったらどうしたの? ふふ、一生かけて慰謝料払うことになるわねぇ」


 首に冷たい感触がしたかと思えば、なんと他の四人が全員俺に銃口を突きつけていた。


 どこから出したのかわからないが卑猥な入れ墨の女……



「おいブス、お前の名前がはっ!!」

「随分と余裕じゃないですか」

「いーの。後で思い知らせるから。大切なスズちゃんを目の前で……」

「イカダモ、その名で呼ぶべきではありません」

「……危ない」


「この……黄泉醜女よもつしこめが……! 前見たときより太って……ぐあぁあー!?」

「まだ殺さないでください」

「いいや、いまやる。ここでやる。いますぐやる。この男の心臓に血が巡っているだけで腹が立つ」

「ご立腹……だな……煽られて冷静さ失うような奴は必要か……? なあ、金髪さんよ……」

「気絶させる程度なら良いでしょ? そもそもこれから人気のない場所に運び込むんだから意識飛ばさないと面倒なことになるじゃない」

「そ、その、本当に死んじゃうからやめたほうがいいお……」

「あ?」

「ひっ!」


「イヒヒヒヒヒヒヒヒ!!! イーヒヒヒヒヒ!!」



 唐突に部屋の端っこでカーテンを齧っていた半分辮髪でもう半分がポニーテイルの男が発狂し始めた。ちなみに細かく言うと右が赤く染めた辮髪で、左が緑色のポニーテイルになっている。2つのおさげ?が生えているもみあげ以外はすべて毛を刈っていて、服は汚い座布団のような一枚布を巻いてあるだけというハロウィンでも見ないような身なりをしている。



「まずいゾウリムシの発作がっ! 今日は一時間早い!」

「気持ち悪いお」

「おい抑えろ、色々噛みちぎられてもいいのかい?」


 命令されたシャツデブが渋々発狂している男……ゾウリムシを取り押さえるが、ミジンコの大きな体でも抑えきれず部屋の中で二人一緒になってのたうち回っていた。


 俺はコントを見せられているのか?


 だが逃げるチャンスだ。



「あっ……! 逃がすか! 地の果てまで追いかけて肉片にしてやる!」

「私が追います! ここで彼らの様子を見ていてください! あなたは女性ですから!」

「……しょうがないね」

「黄泉醜女!」

「おい」


「さっきから酷い言い方じゃ、ないですか!」


 痩せた金髪の、確かアメーバとか呼ばれてる男が殴りかかってきた。額で受けて骨折させてやろうと思ったが、思ったより威力が高くそのまま後方に吹っ飛ばされた。


 そのまま銃を撃ってきたのでイスで受け止め、背を向けて全力で駆け出した。


 さっきはイカダモを女性だからと庇っていたが、ガリのお前はもっと動けなさそうだな。


 次はライフルのような形状の銃で黒い液体を乱射してきたので横の部屋に逃げ込み、窓を蹴破って外に逃げ出した。そのまま近くの植え込みに飛び込んで様子を見ていると、アメーバは俺の横を通り過ぎて森の中へ走っていった。


 コードネーム通りの単細胞生物だな。



 ______



「スズ! スズどこだ居たら返事してくれ!」


「おおっ! ヒデ! ……ていうかバリバリ不法侵入してるじゃん? 事情があるなら聞いてあげてもいいけど」

「パイセン! 確かに不法侵入だがそのことは後で追求してくれ。今は火急の用事がある!」


 パイセンを見つけたことで興奮して肩を鷲掴みにしながら言いたいことを怒鳴ってしまい、


「スズを狙ってる悪い人間が五人侵入してる。一人は俺が倒して、もう一人は発狂して、一人は森に走ってった」

「鼻から血が出てるけど、大丈夫?」

「少し喧嘩しただけだ。それはともかく、PIPを避難させてくれ。それとスズの場所を教えてくれ、頼む!」


 その時パイセンの目から光が消えた。


「もしかしてスズちゃんの感情を殺したのは、ヒデなのかい? あの子がここに来た時笑っては居たけど本当に可愛そうな状態だった。もしかして今までこうやってヒト同士の争いに巻き込んでっ……!」


 いつもはフランクなパイセンが、その時は怒りに震えていた。


 きっとスズはタカのところからここに来て、放っておけずに招き入れたのだろう。そして大切に大切にして、あんなに素晴らしい歌を歌えるまでにしてくれた。PIPのメンバーも歓迎して優しくしてくれたんだろうな。



「パイセン。まずはありがとう。そんなにスズのこと大切にしてくれて。詳しく話すと長くなるが、スズがああなったのは俺じゃない。信じてくれるか」


 気圧されるほどの視線をさんざん向けられて、精神力が削られきった頃にパイセンは笑顔に戻った。


「ヒデ。君はやっぱり悪い人には見えないかな。疑ってごめん。あの子は私と一緒に来てるんだ。ねぇ? スズ」


「もう出てきていい?」



 声とともに扉が開き、見覚えのあるフレンズが部屋に入ってきた。


 スズは俺を見るなり動けなくなってしまったが、俺は構わず飛び出して抱き上げた。


「久しぶりだなぁ……なぁ? ん~~かわいい。滅茶苦茶いい匂いするなマジで。ああ、あはぁぁぁ~~~~」

「泣かないでよ。泣かないで、お願い」


 羽と髪の感触が懐かしい。実験続きで数ヶ月スズに会えず、会いたいという気持ちさえ忘れかけていた。



「急に居なくなってごめん……携帯は捨てたの。怖くなって……」

「気にすんなよ。外でタカが待ってるから会いに行こう? もちろん誰も怒っちゃいないよ」

「怒ってないって嘘でしょ? あんなにしてくれたのに」

「完璧な居場所を提供できなかったこっちが悪いし、居場所なんて自分に合わせて変えて良いんだ。恩とか金とかで縛り付けるのは最低だ」

「わ、私……」

「そういえばさっきのいい歌だったな。涙出ちゃったよ。思い出話も一緒に後で聞かせてくれないか」

「私……!」


「今スズの思っていることを当ててやろう。『シコルスキーの決めやがった寿命なんかかなぐり捨ててこの先もずっと生きたい。』図星か?」


「私はっ! ずっとここでみんなと居たい……! もうたくさん思い出できたから忘れたくないの! あんな奴の思い通りにこんな所で死んじゃうのは嫌だ!! うう、でも怖いの、ずっと我慢してきたけど生きたいって思ったら怖くなっちゃうから……シコルスキーでも私の研究を終えるのに何年もかけたのに……」



 中途半端に会いに行かなくてよかったと思った。


 スズはシコルスキーが決めた寿命が本当は嫌だったが、楽しい思い出を作ると未練が残るのでタカのところからも逃げ出して平凡に生きることを選んだ。


 しかしPIPとパイセンの圧倒的輝きに押され、恐怖を乗り越えてまで思い出を作ることを選んだ。



「私どうすればいいの? もう嫌だ、このままだと、私……あいつに頼めば、もしかしたら……」

「その考えは捨てろ。シコルスキーには関わらない。分かったか?」

「無責任なこといわないでよっ!」


 俺は薬の入ったアンプルをこれみよがしに取り出し、見せつけてやった。


「俺はあいつほど馬鹿じゃない。ほら、薬はここにある。半年間籠もって作ったんだ。丘もあいつも手伝ってくれて、できたんだ。スズの体のことはよく分からないが、理論上はこれで助かる」


 まさか助かると思っていなかったのだろう。


 スズは涙を流しながら声も出せずに俺に倒れ込んできた。お腹に顔を押し付けられて、しゃくりあげる声が伝わってくる。



「助かるんだよ。スズ!」

「う、嘘よ……半年でなんて」



 スズはアンプルを受け取るとフタを折り、不思議そうに見つめた。


 するとドス黒かった中身が虹色に変わり、見たこともない粒子を放出し始めた。サンドスタートもまた違う、スズの体を構成する人工のサンドスター。


 出来てしまった。


 今まで誰もなし得なかったサンドスターの再現ができてしまった。シコルスキーという先駆者は居るが、明らかにパークの中では初めてのことだ。



「本物。これ、これよ。なんで……ヒデが……できちゃうの……あいつが何年もかけてヒトもケモノもさんざん犠牲にして作ったものが……」

「それ本当か? あいつ馬鹿だな」

「フフ、なんだかおかしい。本当に馬鹿みたいね」


 ついにスズが口をつけた。


 同時に、薬の入っているアンプルが弾け飛んだ。



「え?」



 中身の薬もそのまま弾け飛び、虹色の蒸気となって消えた。


 半年の成果が。


 これは生成に少なくとも3週間はかかる。処理を加えたサンプルを何度も加工してできたものだからだ。



「ボスの祝福を解くことはあり得ない。この世の何者にもその権利はねぇ。約束は? 契約は? お前はボスに立ち向かおうとしたが無駄だ。そっちのお前も半年間ご苦労だったな」


 俺が殴り飛ばした後壁にぶつけて気絶させたアオミドロが、銃をこちらに向けて立っていた。


 同時にスズが膝をついて倒れ込んだ。



「スズ! ……お前、スズに何をした。答えろ」

「寿命なんだよ勝手なことをしないようにな。本人の口から散々聞いただろう? もう限界なんだよ。その様子じゃぁ無理をしたな。残り三日持てば良いほうだ。今のうちに線香供えといてやろうかぁ?」


「ごめん、ヒデ……限界だった」

「スズ! おい!」



 腕に力が入っていない。それに脈も弱い。


 今からでは薬は作れない。俺は薬以外に治療法を知らない。じゃあ何が出来る?


 もちろんアオミドロは後でこの世から消す。しかしそれより先にスズをどうにかしなければならない。信じたくはないがアオミドロの言葉は本当だ。本当に先がない。



「どうしてボスの言うとおりにしなかった。まあもう遅いがな。放って置いてもすぐにくたばるだろう」


「あーあ、あの子と一回交尾したかったお……ぎぁぁぁ!!」

「糞が、ムカつくやつしか居ないのかい」

「イヒィ……ハァハァ」

「ふう……やっと追いつきました」



 5人揃ってしまった。まずい。


 身の安全を確保しようにも、俺の体も限界が来たようだ。睡眠も食事も削って研究したしわ寄せが今になってきてしまった。頭も回らない。


 ブレる視界の中で、アオミドロがぶち壊したアンプルの破片が光った。


 パイセンは……居ない。おそらくPIPのメンバーを逃がしに行ったのだろう。

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