第32話 PIPとリハーサル

「後で話したいことがあるんだ」


 いつもの練習の後にイワビーに呼び出され、部屋に向かうと狂ったようにドラムセットで演奏するイワビーが待っていた。


 部屋に入るとイワビーが手元の太鼓をドカドカと物凄い音量で鳴らしながら、満面の笑みで歌っていた。



「まっ! て! た! ぞ! スズ!」ドゥルルルルルルルル

「うるさくて声がよく聞こえない」

「おお悪かった悪かった! なあ最近本当にロックだな! こう、最高に、ロック! 特に声がロックだし顔もロック! イエエエエ」


 テンションが高すぎてついていけない。


「じゃあロックしようぜ! ほら!」

「話したかったことってこれだったの……ていうか、イワビーのと違くない?」


 イワビーの持っているのは金属製で弦の数も多いギターだが、渡されたものは木製で弦の数も少なかった。イワビーのみたいにコードを刺せそうでもないし、明らかに違うものを渡された。


 しょうがないので試しに弾いてみると、音も全く違う。


「なんか音が違うなぁ」

「おそらくだけどこれ、イワビーみたいにロックに弾きながら叫ぶ楽器じゃないと思う。音も小さいし」


「イワビー! マーゲイが呼んでいるよ」

「今行くぞー! じゃあちょっと言ってくるからロックにセッションできるように練習しとけよ~」

「いや、だからそういう楽器じゃないって」


 イワビーはコウテイに呼ばれてどこかに行ってしまった。


 部屋に一人残されてしまったがこのギターは一体どうすれば良いのか。せめて最低限教えてから行ってほしかった。


 イワビーの部屋を見回すとギター以外にもいろいろな楽器が置いてあって、何かのラッパやバイオリンのようなものも置いてあった。イワビーかPIPの備品なのだろうが、PIPの備品ならば説明書がどこかにあってもおかしくない。



「なにか困っているのかな」

「びっくりした」

「……どうしてそのギターを?」


 いきなりコウテイが喋りながら横に出てきて少し驚いてしまい、謝ってきたのでこっちも申し訳なくなってきた。


 しかしコウテイならこれの使い方を知ってそう。


「イワビーがこれでロックやろうって渡してきたんだけど、イワビーのと全然違うの。これの使い方わかる? 私楽器弾いたことないから」

「そういうことか。これはアコスティックギター……弾き語りとかに使う。もちろんロックもできなくはないし、いろんな事ができるけどイワビーの言うようなロックには向いていないかな。そもそもこれは新しい曲を書いた時にパイセンが弾いていたものなんだ」


 パイセンは「でも」と言うと話を続けた。


「これは君に向いてるよ。スズ。君の優しくて可愛い声はギターの音色とよく合うだろうな」

「私パイセンのピアノでしか歌ったことない。楽器なんて触ったこともないし、弾きながら歌うなんてことできるの?」

「ああできるとも。一ヶ月近くで歌を覚えたスズならできる。もちろん難しいだろうから最初は私が練習を手伝ってあげよう」

「ありがとうコウテイ」


 するとコウテイはギターのホコリを丁寧に拭き取ってからなんとその場で歌を歌ってくれた。ギターは一定の間隔で鳴らされていただけだったが、歌と一緒に聞くと不思議な気持ちになって本当に幸せな気持ちになれた。


 シコルスキーの研究所で音楽など聴いたことがなかったせいもあり、初めて聞いた本物のアイドルの生歌で感動しすぎて、思わず



「これで終わりだよ。どうだっ……大丈夫かい? もしかして感動してくれたのかな? アハハ、涙脆い子だね」

「……うん。とっても良かった」




 ____________




「さあ、ライブまで後少しだ! 頑張って、いくぞー!!」

「「「「おおーーー!!!」」」」


 パイセンの掛け声で、PIPのメンバーたちが円陣を組んで答えるように叫んだ。


 メンバーたちは更に真剣にダンスと歌の練習を重ね、レッスン中は近くによることすら憚れる程の覇気を纏っている。もちろん練習後は変わらない優しさで喋りかけてくれるけども。



「さて!」


 ミトンのような手でパン、と打ち鳴らした音が背後から響き、振り向くとパイセンがぐっと顔を近づけてきた。


「君も例外じゃないよ」

「本当に私が出るの!? 私ダンスなんてできないし……!」

「もちろんPIPに混ざってもらうことはできないよ。彼女たちだって前からすごくすごく頑張ってるからね。だから君にはライブの前にステージに立ってもらうんだ。緊張するだろうけど実はね、こういうの君が初めてじゃないんだよ~~!」

「どういうこと?」


 パイセンは数枚の写真を差し出してきた。


「個人的に気になった子を誘って、こうやってライブ前にステージに立ってもらってるんだ。もちろん引き立て役なんかじゃなくて、全力で飾り付けて照明もこだわって最高のステージにする。グッズとかブロマイドも出すんだよ? ハハハ」


 写真には会ったことはないがどれもキラキラしたフレンズたちが写っていた。ギターを持って静かに歌っている猫のフレンズや、PIPみたいにきれいな衣装を身にまとって踊りながら歌う白鳥?のフレンズなど、魅入ってしまうほど魅力的に感じる。



「明日はリハーサルだけど、準備できてる?」

「練習はしてるわ。コウテイが毎晩付き合ってくれてるから」

「へぇ。……その背中のギターを使うのかな! 楽しみ楽しみっ!」

「イワビーがくれたの。でもこれ、パイセンのギターかもしれないってコウテイが」

「ッハーーー!! いーのいーの! 新曲出すときだけ使うよりカワイイ子の弾き語りに使われる方が楽器も喜ぶって!」



「スズ!」


 コウテイがストレッチをしながらやってきた。既に別の通し練習をしてきたようで、少し息が上がっている。


「ねぇ、私本当にあの曲でいいの? 本当はPIPの曲なんじゃ」

「大丈夫だよ。たしかに最初はPIPの曲にするはずだったんだけど、誰にも歌えなかったんだ」

「誰にも? PIPなのに?」

「そう。だよね? パイセン。覚えてるかな」

「……あれかー。そうだね。結局誰もできなくて埃かぶっちゃってたんだ」



 _______



「新曲ができたよ! じゃあこの曲はフルルに歌ってもらうよ」

「フルルがー?」

「そう。PIPは明るい曲が多いけどたまにはうるうる系?のやつをやろうと思って頼んでたのができたんだ。少し聞いてみたけど切ないけどとっても綺麗で、きっといいライブになりそう!」

「分かった。フルルがんばるー」



 それでフルルに歌ってもらったんだけど、フルル途中で歌うのやめちゃったんだよね。フルルには歌えないって言って、しょうがなく他のメンバーに代わってもらったけど結局誰も歌えなかったんだ。


「私、がんばります!」


 ジェーンは可愛すぎて歌のイメージが壊れて


「ロックにいくぜー!」


 イワビーは別の曲になって


「私がやってみせよう」


 コウテイは惜しかったけど、やっぱり違った。


 もちろん曲のイメージをそのまま伝えて練習してもらうこともできるけど、それは違うと思ったんだよね。PIPの個性と合わない曲を強引に歌わせてもそれはPIPじゃない。ライブでお客さんに聞いて貰えるとはどうしても思えなかった。



 _______



「確かに君なら、スズなら出来るかも知れない。あの歌は繊細さが必要で、感情を込めて歌わないとダメなんだ。あの可愛い声と性格なら大成功するかも」

「だからパイセン。あの曲をスズにあげようと思うんだ」

「……むしろ私からお願いするよ、スズ。あの曲を完成させてくれないかな」


 いきなり二人から頼み込まれてしまった。


 それほどの信頼を得ているとは思っていなかったが、なぜだかこの時は自信に溢れていて、無意識に即答した。



「やる。私にやらせて。お願い」

「良かった。強くなったね、スズ」

「強く?」

「なんでもないよっと! それじゃ、明日はリハだからさっさと寝ちゃいな!」

「うん。おやすみ」



 _______



 夕飯を取った後はすぐに寝ることにした。


 夕飯は今日も魚とジャパリまんで、最近ずっと魚な気がするがペンギンと一緒に暮らす以上仕方ない。それに材料は一緒だが味付けは違うので意外と飽きない。


 そんな事を考えているとすぐに睡魔に襲われて、あっという間に意識が闇の底へ吸い込まれていった。




「今日は抗生物質の投薬実験だハルピュイア。昨日免疫機能に異常が見つかったからな。治療も兼ねている」

「嫌だ。あれ痛いし、気持ち悪くなる」

「ハルピュイアのためだ。それに人類の未来のためでもある。大丈夫だ少しの辛抱だ」


 気持ち悪い笑顔。思い出すだけで寒気がする。


「しかし本当に美しくできたよ。ここまで上手くいくとは思っていなかった。ああ可愛い。素晴らしい。あまりにも素晴らしすぎる。私の宝だ」


 そのまま抱きつかれて首筋に吸い付いてきた。


 ちなみに前思い切り平手打ちを浴びせたら3日ほど懲罰房に入れられたので、悲しいことに今は我慢するしかない。


 たまに野生のケモノのように自分を狙うような視線を感じることがあるが、何を考えているんだろうか。


「ッ!」

「そんなに嫌がらないでくれ。お前はいずれ……私の……




 最悪な夢を見た。夢というより正しくは記憶だが。


 それでも最近はこれにも慣れて、すぐ切り替えが効くようになった。確かに記憶の内容は事実だが、目の前にやつは居ない。今は優しいPIPのメンバーやヒデみたいな比較的まともなヒトがそばに居てくれる。


 着替えた後歯を磨いてお風呂に入り、パイセンに貰った保湿クリームを使ってみた。パイセン曰く「女の子ならお肌に気をつけるんだよ!」だそう。今まで一度もそういったことを意識したことがなかったが、なんとなく良さそうな気がするので朝のルーティンに取り入れることにした。


 そういえば、歯磨きも風呂も意識しなければ必要ないらしい。ただ意識してしまうと角質等がサンドスターに分解されずに残るらしいので洗わなければいけない。自分の体ながらとても面倒だと思う。



「おっはよーー! よく眠れた? 早速リハーサルの準備するからそのつもりで! じゃ!」

「お客さんはいない?」

「いないよ。まだリハーサルだからね。でも録画はするかな」


 それなら大丈夫。少し気分が落ち着いた。


「でももちろん、本番はたーっくさんのお客さんを入れるからね~。PIPのライブをいつも見てるお客さんだから、目が肥えてるよ」

「ええっ? そうなの……」

「なーに悲しそうな顔してんの? 笑って! スズなら大丈夫。コウテイから聞いたけどかなり完成してるみたいじゃん?」


「スズ!」

「ひあっ!?」


 いきなり後ろから抱きつかれ、大きなミトンのような手が視界に入ってきた。この感触と匂いはコウテイだ。


 ものすごく温かいし、大人っぽい体格をしているので色々柔らかくて心地いい。顔を近づけて耳元で喋ることだけは遠慮してほしいけど。


「頑張るんだよ。今まで通りやれば大丈夫。ね?」

「うん。私頑張る」

「よーしよし」


「まるで親子みたい。 でもちょっとその、恥ずかしいからやめてもらえないかな! もう時間だから! 時間! 行くよスズちゃん!」



 パイセンが顔を真赤にして手で覆っていたので、慌ててコウテイから離れた。コウテイは少し寂しそうな顔をしていたが、笑顔で手を振って見送ってくれた。



 _____



「すごい……! これがPIPのステージ!」

「へへーん。すごいっしょ」


 海の底のようなキレイなステージの真ん中には大きくPIPと書いてあり、ステージの端からは豪華な装飾がアーチのように天井を伝って会場全体を覆っていた。


 大きな照明やカメラも置いてあって、普段はこれでPIPを撮影しているのだと分かった。


 正面には自分から広がるようにこれまた大きな観客席があって、本番はここにヒトやフレンズが数百数千レベルで入ってくるらしい。



「本当にイス一個でいーの? まだ作れるよ?」


 私が使うのはその巨大なステージの真ん中にポツンと置いてあるイス。皆からさんざん装飾のアイデアを貰ったが、豪華なのは好きじゃないのでこれだけにした。


「スナネコちゃんの時は砂の城を作ったし、コハクチョウちゃんの時は噴水を用意したんだよね。イス一個は本当に初めてだよ。まあそれはそれとして、リハーサルやっちゃおっか。こっちは照明だけその場のノリでやるから、好きなタイミングで歌っちゃってね」

「ギターは?」

「イスのところに置いておくよ。だから何も持たずにステージ入って、歌って、終わり。これでいい?」

「十分よ」



 ________



 その後少しだけ準備をすると、PIPも準備が終わったようでリハーサルが始まった。


 そしてついにその時。


 息を整えてステージの端から堂々と歩いていき、ギターを取って真ん中のイスに座った。観客もBGMもないので足音とギターを触る音だけが響いて集中させてくれる。


 後はいつものようにペグギターの上についてる回すやつを調節してチューニングを終わらせると、カメラを構えているパイセンがミトンから親指をニュッと生やして微笑んだ。

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