第31話 荒療治と古びた記憶
ヒデが薬を完成させるけっこう前……
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「うう……んらぁぁ~~~~~~」
「良いね! もっと息吸って! お腹を膨らます感じでいっぱい吸って、もう一回」
「rrrrらあぁぁぁぁあああ(美声」
「神!」
結局ジャイアントペンギンのパイセンに強引に練習室に連れて行かれ、歌の練習をさせられている。
歌と楽器はシコルスキーの研究所で、私にふさわしい女になるためにとかそんな感じの理由で仕込まれたようなそんな気がする。あの時はロシア語だったけど、今は日本語なので色々と違って難しいし正直面倒くさい。
「どこみてんの~~? 集中!」
「う、うん。らああああ」
「ん~どうした、さっきのほうが良かったよ? 頑張って!」
パイセンがピアノを弾き続け、その後一時間ほど練習させられた。
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「スズいい声だよなー! 羨ましいぜー!」
「そうだな。君はPIPの誰にも出来ないことをできる。私達も頑張るから一緒に頑張ろう」
「声は喋るためのものだし、別にいいとは思わない」
「そういうの骨伝導っていうんだよね。自分が喋ってる声はみんなが聞いてる声と違うんだよ」
「フルルさんよくそんなこと知ってますね」
「明日も頑張ろう! 練習は毎日やるからねっ!」
PIPのメンバーは食事中にずっと喋り続けているし、私にものすごく絡んでくる。
特にコウテイペンギンのコウテイが絡んでくる。物理的にもハグしてきたり耳の近くで喋りかけてきたりするのがよく分からない。しかし頼りがいがあり皆コウテイのことを慕っているように見える。
イワトビペンギンのイワビーは元気がありすぎる。朝起きてから夜寝るまで常に100%で、声が大きい。コウテイとはまた違った面で仲間思いで優しい。
ジェンツーペンギンのジェーンは一番努力家に見える。気配りもできるし、なんだか一番アイドルらしい。
フンボルトペンギンのフルルはよく分からない。いきなり難しいことを言ったりする。私がここにいる原因になったフレンズ。
「皆のことよく見てるんだね。さすが猛禽類。で、どうようちの子達」
「悪いフレンズじゃなさそう」
「ふふふ、それ以上は聞かないけど分かってるよ。皆の凄さ、分かったでしょ。滅茶苦茶頑張ってるんだよ」
自分のことじゃないのに本当に誇らしげにパイセンは喋る。
「どうして私を歌わせるの」
「やっぱり気になった? だよねだよね、それ聞くと思ったよ。じゃあ逆になんで歌ってもらったか分かる?」
「知らない。お金?」
「ちょ、やめてよ~。あのね? んー……やっぱり、教えてあげない」
「……え?」
その日からも何故か歌の練習は続き、おそらく一ヶ月くらい続いたと思う。段々と感覚を掴んできて、ほぼPIPのメンバーと同じくらい歌えるようになったと思う。
「すごい。短期間でこんなに。で、何か気づいたことはある?」
「何もわからないわ。早く教えてよ、どうして私に歌わせるの」
「ん~~そうだな。じゃあ、笑ってみよ!」
頬を掴んで強引に口を伸ばしてきた。
「ふぎぎぎぎぎ」
「はいっ……! スマイル! スマイル! いい笑顔っ、だよ!」
「ああ、もう何するの!? 笑う必要なんて無いわよっ!」
「わーらーうーの!」
「な、何やってるんだパイセン!?」
「コウテイ! ちょっと手伝ってくれない? 今スズちゃん笑わせてるんだ」
「口を伸ばしても意味あるのだろうか? 他にあると思うんだが」
「へえ、例えばどんな」
「んーー、くすぐりとか」
「いいね。じゃあちょっと腕抑えてて」
「う、嘘、やめて、それだけは本当に」
「嫌がってるけど……」
「後で美味しいご飯おごったげるから、付き合って」
パイセンはミトンのような手袋を脱ぐと、五本の指を使って滅茶苦茶にくすぐってきた。
______
「ふへぇ」
「もう良いんじゃないか。なんというか、笑ってたな」
「それで良いんだよ~! 今どんな感じ? スッキリしたでしょ」
「滅茶苦茶睨んでるけど、嫌われちゃったんじゃ」
「だいじょぶだいじょうぶ! 加減したから! ね?」
絶対許さない。
「うぎゃーっ!? 噛まれたー!!」
「ああもう、パイセン! 強引すぎる!」
「がるるる」
「へへへへ、てい!!」
「がう!」
「ぎゃああああああ!! 血が!」
「パイセーン!!」
______
「スズちゃん! ちょっと来てよ」
またある日、練習後に呼び出された。またくすぐられるのかと思って野生解放し警戒心マックスでパイセンに付いていくと、PIPのメンバーが集っている部屋に案内された。
「ビデオを見よう!」
「ビデオ? ロックなやつか!? ロックか!? なあ!!」
「ロックじゃないよ。スズちゃんのために用意したやつだからねー」
「スズさんのために? どんな映像なんですか?」
「それはね~、見てのお楽しみ」
見た。
なにこれ、悲しすぎる。
微妙に希望があって優しい人に囲まれてるけど最終的に辛い運命をたどるヒトの映画を見させられた。
「ううう、うううう……」
「うう、でも……作戦は成功……うう……」
訳がわからない。とにかく悲しくてしょうがない。
______
「スズちゃん」
「今日は何? くすぐるの? 悲しい映画見るの?」
「スイーツの食べ放題のお店に行こう! もちろん皆で!」
今日も訳がわからないまま半ば強引にパイセンに連れられ、セントラルのお店に入った。建物のあちこちにお菓子の装飾がしてあって、とても可愛い。
お店の中にはかわいい服を着たヒトや、つがいっぽいヒトが溢れていて、話をしたりしながら楽しそうにご飯を食べていた。
「それ、勝手にとって良いの?」
「バイキングだからいーの! スズちゃんもなんか取らないと勿体ないよ! ホットケーキとかクレープは好き?」
「別に。お米でいいわ」
「米って。じゃあフルル・スペシャルで良い? はいオッケー! フルルスペシャル入ったよ、フルル!」
「私まだ何も言ってない」
「分かった。待っててねスズちゃん。フルル頑張るよ」
するとフルルが鼻息を荒くしながら、お店で一番大きい皿を持ってどこかに消えてしまった。
戻ってきたかと思えば、皿にとんでもない量のアイスやクリームやチョコやフルーツや……とにかく甘そうなものがフルルの顔の形に器用に盛られていた。周りのヒトが不思議そうにそれを見ているのから考えるに、フルルは変なことをしている。
目立ちたくないのに。
「さあ。アイス溶けちゃうよ」
「え、これを私が食べるの?」
「ん? そうだよ。フルル頑張って作ったから美味しく食べてね。えへ」
フルルスペシャルとやら、高さもものすごい。とりあえず頂上に載っている白いものを食べてみる。
不思議な触感。ふわふわしてて甘い。
今度はもう少し掘り進めて下の方を食べてみた。なんと全部の味のアイスが詰まっている。クッキーやクレープが混ざっていてそれもものすごく美味しい。
名前の知らないモチモチした物やよく分からない果物もあったけど、どれも本当に美味しくてすぐに食べ終わってしまった。
「す、すごいっ! フルルでも30分かかるのにたった10分で食べた!」
「10分? そんなに経ってたの」
「たった10分だよ~!」
この時間、とても早く過ぎてしまった。
こんな楽しい時間が続けばいいのに。
「フフフ、笑ったね。今日も作戦は成功」
「作戦?」
______
今日はいつもより早く起きて、近くの水辺に居た。ジェーンが一番先に起きて歌っている以外は動物の方の鳥の鳴き声が少しするくらいで、とても落ち着く。
「おはよう」
「おはようございます、スズさん。どうかしましたか?」
「見に来ただけ」
すぐにジェーンは鏡に向き直ってダンスの練習をし始めた。
ライブの映像を見る限りは楽しそうだなとしか思わないけれど、裏ではこんな朝早くから努力してるなんて思わなかった。
「なんでそんなことしてるの」
「ダンスのことですか? 毎日こうやって朝早く起きて練習してるんです。パイセンからお聞きしたんですけど、反復動作は動きを体に覚えさせるのにすっごく良いみたいですよ! スズさんも一緒にどうです?」
ジェーンは裸足のままその場でジャンプしたり回ったりしてみせた。ダンスだけでも可愛いのに着地するたびにペタペタと音がしてとても可愛い。それでも目つきは真剣そのもので、納得行かないような表情をした後何度も同じ動きを繰り返している。
気がつけばその動きに見入っていて、いいな、すごいなという気持ちにさせられていた。
「すごいな。私そんな事できない。それにずっと笑顔で疲れた顔も見せないで、アイドルって感じがする。あなたはペンギンだけど、いつか本当に空を飛んじゃいそう」
「ふわあああ!! 嬉しいっ!」
眩しいほどの、ではなく本当に眩しくて思わず目を背けそうになるほどの笑顔で見つめられるとつい、輝きに溢れそうになる。
でも今はどんな希望も、残り時間がない自分には絶望でしか無い。
どんな輝きも後ほんの少しで消え去って無に帰る。
「スズさん」
「スズさんどうしたんですか。たまに今みたいに……すっごく暗い顔するじゃないですか。ねえ、スズさん」
「なんでもない」
ミトンのような手で顔を包み込んできた。パイセンのよりかなり小さい手だが、同じくらい暖かかった。
「私、アイドルですから。スズさんにも笑っていてほしいんです。そのためならペンギンでも飛んでみせますし、どんな鳥さんより綺麗に歌ってみせます!」
その時やっと理解した。パイセンが何度も何度も歌の練習に誘ってくる理由。どうしていつも笑顔笑顔と言っているのかも分かった。
ダメだここに居ると幸せになってしまいそう。
寿命が尽きるその時まで静かに何事もなく行きたかったのに。
あれだけ嫌だった輝きに溢れたアイドルと寝食共にして、今や歌まで歌わされてアイドルに吸収されかけている。
シコルスキーの研究所に居たままのほうが良かったの?
幸せになれると聞いてここに来たのに、今では何もわからない。
幸せ?
______
深い海の底に堕ちていくような感覚の中、ふと光を感じて振り向いてみた。
いつかの古びた思い出が頭を駆け巡るように蘇って、見覚えのある景色と共に声が聞こえてきた。
「アイツには内緒。カメラもマイクも壊したからこの会話は聞かれてない!」
「やった! 今日はなんのお話? 悪いおじいさんからお金を騙し取ったお話? それとも半年間おまわりさんから逃げたお話?」
「人聞きの悪い事を。どれも違うよハルピュイアちゃん」
「じゃあなに?」
「……ジャパリパークって知ってるか」
「じゃぱり……ぱーく? なにそれ」
「アイツが君に隠してるものさ。ジャパリパークはフレンズっていう君と同じ姿のケモノがた~くさん居るんだ」
「私一人じゃなかったの?」
「そうだ。行きたいか?」
「うん。行きたい。一緒に行こう?」
「もちろんだ。いつも一緒。こんな所早く逃げ出してそこで幸せになろう」
「逃げ……嘘! そんなことできるの?」
「できる。君と俺とならできる。絶対に」
ジャパリパークには君の幸せが詰まってる!
_____
「スズー? 起きろ!」
「スズさん? 大丈夫ですか?」
「大丈夫かい?」
「お腹へった」
気が付くとPIPのメンバーに囲まれて練習部屋に横たわっていた。皆が眉間にシワを寄せて肩を掴んで揺さぶったり声をかけたりしている。
「ポケットが光って……あっ、消えちゃいました」
「なんだーそれ?」
長らくポケットに入れていた錆びついた鈴。今改めて思い出した。これは命と同じくらい大切なもの。でも何故かはわからないし、どこで手に入れていつから持っているのかも分からない。
それでもこの鈴は大事なことを思い出させてくれた。今の会話の相手もわからないけれど大切な存在だということはなんとなく分かる。
「私、忘れちゃいけないことを忘れてたのかも」
「なんだか凛々しい顔になったような」
「PIPほどは上手く出来ないけど、私頑張る。今日から色々教えて、お願い」
「よっしゃ!」
ドアの影からパイセンが飛び出してきた。
「よっ、荒療治だったけど、感情が戻った感覚はどうかな?」
「え? 今の、パイセンがやったの」
「まさか! 私達はきっかけを作っただけだよ! くすぐって怒らせて、映画見せて泣かせて、美味しいお菓子で笑わせた。ぶっ倒れたのは心配したけど上手く行ったみたいだ」
ヒデのおかげで色付いた世界が少しくすんで、それが今更に鮮やかに色付いたように感じた。正直寿命のことは怖くない。
今の私なら何でもできる気がする。
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