第30話 仕上げ
「あなたおかしいわ」
「ええ、なんでぇ! 猛禽の子たちよく通るいい声してるじゃん? だからさ、歌ってほしかったんだよ」
「だったらタカに言ってよ。タカのほうが良いフレンズだし可愛いわ」
「私、何度もお願いしたんですよ!? でも毎回断られて、ついに会うだけで嫌な顔されちゃうようになって……」
「マーゲイの言い方が悪いんじゃないか? 鼻血出しながら住処に飛び込んできたら怖いぞー!」
「タカにそんな事したの?」
「少し、少しですから! 6回、くらい」
「それは少しじゃないわ。かわいそうなことしないであげて」
「ニャーン」
マーゲイが動物の猫みたいに丸くなってしまった。とぼとぼと自室に帰っていく背中が物悲しい。
皆はいつものことだと言っていたが、少し心配になって後をついていった。
マーゲイは練習部屋の一角にあるドアを通ると、置いてあるベッドに飛び込んだ。
「わわっ! 付いてきたんですか!」
「だめだった?」
「良いですけど、これじゃあ怖いですよね」
視線をマーゲイから移す。部屋の壁一面にさっきのペンギンたち……PIPが踊ったり歌っている写真が飾られていた。皆ステージの上で照明に照らされ額の汗を光らせながらも、輝くような笑顔で写っていた。
「引きますよね……怖いですよねぇ」
「うん。引く」
「そんな! でも可愛いですよね! コウテイさんはリーダーシップがあって面倒見が良くて可愛くて美人で胸が大きくて、ジェーンさんは清楚で頑張り屋で可愛くて美人で、イワビーさんはロックでセンスあって可愛くて美人で、フルルさんはとにかく可愛くて天然で可愛くて美人」
「ヒデみたい」
マーゲイの耳の毛が逆立った。
「ちょっと苦手なんです」
「意外。苦手なものあるんだ」
「そりゃありますよ! あんな事されたら誰だって苦手になります! PIPの皆だって、それぞれ苦手なものがあるんですよ。それでもキラキラしてて、フフ、ウフフフ」
「やっぱり帰る」
「え、ええ!? まだ話したいことがっ! あああ!!」
________
「無理……じゃない、無理…………じゃない」
「うるさいです」
「大丈夫です? ちょっと、ちょっとヒデさん」
今日も知らぬ間に机に突っ伏していて、知らぬ間に研究を始めていた。
段々と涼しくなってきた……涼しい? 季節が、変わっていく?
もう時間がない。何も出来ずにスズを失う。
「ああ……ぐあ」
「休んだほうが良いと思うわ」
「ちょっと黙っててくれ! ……いやすまん、黙るのは俺の方だな」
「情緒不安定すぎるわね」
「気分転換にサンプル取ってくる。外の風を浴びれば変わるだろう」
時間を無駄にしたくない。しかしこれ以上あの部屋にこもっていては本当に何かの病気にかかってしまうそうだったので、サンプル採取という名目で重い腰を上げて外に出た。
久しぶりの外。太陽があまりにも眩しくて目を開けていられない。
そしてバスを乗り継いで着いたのは、いつも天然のサンドスターを採取している火山近くの湖のような場所。
「その先に行くのか」
「バビルサ。ギンギツネもどうした?」
「人間は立入禁止だ。うっかりサンプルをこぼしてセルリアンになりたくなければな」
「心配無用だ」
黄色い規制線を踏み越えると雰囲気が一気に変わる。鬱蒼とした森は樹海のようになっていて、一度入ったら出られないと言われている。
セルリウムが湧き出る泉のようなものが点在しており、いつセルリアンが出るかわからないからだ。変な噂を流しておかないと客が入って面倒なことになる。
「お前らは来ないほうが良い。危ないぞかわいこちゃん」
「こちらのセリフだ。ッ後ろ!」
問題ない。
俺は天然のサンドスターを嫌というほどコーティングした木刀を取り出し、背後に居たセルリアンの目玉模様のど真ん中を貫いた。
竹刀ほど取り回しは良くないが、セルリアンの命を取るには便利なものだ。
しかしセルリアンを砕いたと思ったら背後にもう一匹隠れており、ミカヅキモのような形のそいつは回転しながら俺に向かって突進してきた。なんとか木刀を振りかぶってバットのようにセルリアンを殴打すると、勢いが弱まった。
するとセルリアンは曲線の体を生かして勢いを逃し、むしろ勢いを増して突進してきた。
「くそ……!」
「こゃん!」
同時に頭上からギンギツネが現れ、鋭い爪でセルリアンを引き裂いてくれた。
ギンギツネとバビルサの視線が痛い。
結局二人に頭を下げて守ってもらうことにした。
「どうしてこんなところに来た?」
「そうよ。セルリウムなんて危険なもの……」
「サンドスターは全部試したよな。君らも手伝ってくれたから知ってるだろうが、ウランやら水銀やらも使って総当りで試してもスズの体と適合する物質は出来なかった」
「オイナリサマが言ってたじゃない。出来たとしても輝きと正反対のものしか受け入れられないの。淀みってやつよ」
「……もしスズが淀みとかいう負の感情を使って生きてたとしたら、今生きてるはずないよな」
「……あ」
「確かにそうだ。もしあの娘がそうだとしたら、輝きにあふれる私達はセルリアンに等しいな」
残り少ない時間で冷静さを失った今、頼るものは勘しかない。
そしてなんとなくたどり着いたのがセルリウムだった。危険性的にも放射性廃棄物の少し上くらいの管理を必要とされるが、これしかない。
気になってしょうがない。スズのサンプルを持ってきておいて良かった。
俺はペトリ皿にサンプルとセルリウムの原液を流し入れて、経過を観察した。ちなみに今までの全ての実験では3秒ほどでスズのサンプルが蒸発するように消えている。
「……消えないわ。共存してる」
「この反応は初めて見たぞ。だがこんなもの研究室に持って帰れないだろう」
「適合した……! 正解だ!! もっと汲み取るんだ、もっとだっ!!」
「何を扱っているのか分かっているのか? 私達が一瞬でも素手で触れば輝きを吸い取られておしまいだ。もちろんヒトも例外じゃない」
「バビルサが珍しく焦ってるわね」
「当たり前だろう! 私の命は一番大事だ。動物に戻ったら素晴らしい研究ができなくなってしまうからな」
二人が話をする中、必死になってセルリウムを汲み取った。素手で触れた瞬間終わりの超危険物質をなんとかペットボトルに詰め込んだ。
セルリウムは光を吸い込むので完全な真っ黒であり、廃油のような粘り気も持ち合わせている。気味が悪いが、スズが助かるなら聖水も同然だ。
________
「できた!!!!!!」
声を張り上げた。
サンプルを持ち帰って本当にすぐ、蒸発せずにスズの細胞と適合するものができた。
「嘘でしょ?」
「何?」
皆目の下に濃いクマを作って死にそうになっていたが、俺の叫び声を聞いて元気が戻ったようだ。
「なあ、そりゃ本当か。試験はしてないんだろう? 本当に効果があるかどうかなんて分からん」
「そうですよ! 副作用とかあるかもしれないじゃないですか」
「そういえば残りどれくらいなの?」
日付感覚が完全に狂ってしまっている。最近全くカレンダーを見ていなかった。一ヶ月ごとに報告はしてくれたが、怖くなってそれすら断っていたからだ。
「残り二週間だ。これじゃあやり直しは効かないな」
「もし効かなかったらどうするんだ?」
「やることをやる。最後の最後まで諦めるわけ無い」
一人の研究者が頷き、他のメンバーも同意したように席について作業を始めてくれた。
「丘」
「なにかしら」
「えっと、だな」
本当は知っている。
彼らはもちろんフレンズが好きだが、俺ほど狂っては居ない。仲がいいわけでも優しくしてくれたわけでもないスズのために研究者たちが尽くしてくれる理由。
丘が皆に報酬を払っているからだ。正直この口で言いたくないほどの報酬のために、ブラックどころでは済まない研究の日々に身を置いてくれている。
「いつかえs」
「お金の話はしない! いい? あれはあたしが汗水たらして稼いだお金じゃないから返さなくていいの。何に使うか困ってたから、命を救うために支えて諭吉さんも喜んでると思うわ」
どういうことだ?
「なんというか、社会の皆が頑張ってくれたお金っていうか、とにかく違うの」
「えっ……? 丘まさか? 弁護士でいい人知ってるから紹介しようか」
「ああもう! そういうのじゃないっ! えっとね、宝くじで当たったのよ。疲れてて駅前のお店で買ったら、当たっちゃったの。一等よ」
「い、一等? 大丈夫だ、俺はそれを聞いて対応変えるようなクズじゃない。一応どれくらいか聞いてもいいか?」
「えっとね。キャリーオーバーがどうとかいって、5……7……20億」
「うわぁ。それ、言って良いのか」
「聞いたのヒデちゃんよ」
おめでとうとかより先に引く。普通に引く。
それに、20億当てたくせに生活が変わらなさすぎる。服はパークで売っている安いズボンとシャツに白衣、腕時計は失礼だが1万しなさそうなやつ。靴も普通のスニーカー。
改めて、丘は信じていい人間だ。
丘は良いと言っているが、やっぱり絶対返したい。
_______
アンプルを持って研究部屋を出ると、安堵からため息が止まらなくなった。
これでスズを助けられる。理不尽に決められた寿命なんか打倒してその先もずっと生きることが出来る。
そして俺はスズの担当の飼育員になる。
「スズを探すか」
ところが今何をしているのか全く見当がつかない。誰か他のフレンズの住処を転々としているのか、それともどこかに居着いたのか。
しょうがないのでタカに電話をして聞いても、電話がつながらず連絡が取れないと言われた。少し心配になったが、スズならどっかで無事に暮らしていそうな気がする。優しいし、かわいい。人にもフレンズにも好かれる要素しか無い。
俺はバスを乗り継いでタカの住処まで移動し、話を聞くことにした。
______
「食べ終わるまで待ってて」
「おう」
住処に着くと、枝で作られた部屋の真ん中に藻を敷いて、その上でタカが野菜ジュースを飲みながらジャパリまんを頬張っていた。
文化的なのか野性的なのかどっちかにしろ。食事内容女子力高いし。
「一日三食のほうが体に合うってか」
「そうみたいね。でも一日一回のほうが時間を使えて好きだわ」
「やっぱり待ってられん。スズがどこに行ったか知らないか?」
食べかけのジャパリまんを詰め込んで野菜ジュースを飲み干すと、携帯をいじり始めた。機能が多く使いこなせないことに愚痴を漏らしながらも、SNSらしき画面を見せてきた。
「私が歌って踊ることになってるの。そんな事言った覚えないのよ」
「タカが? 絶対断るタイプだよなそういうの。ていうか、歌って踊るなんてPIPみたいだな、ハハ」
「PIPよ。ソロライブで私が出ることになってるの。それも一番最後に」
「ぴっ…………ぷぅ!? とにかく、誤解されてるなら解きに行かなきゃだめだろ。あっちもそのつもりで準備してるだろうし」
「じゃあスズはどうするの」
「もちろんその後だ。もう薬は出来た」
アンプルを取り出して見せると、タカが後ずさりした。
「なに、それ。毒にしか見えないわ。本能が、うう、寒気がする。本当にそれでスズが治るの」
「正直、分からん。スズによく話してから決める。処理はしっかりしてあるから理論的には悪化するようなことはない。ただ期限が後少しなんだ……これだけ苦労して薬を作ってスズに渡せなきゃ意味がない。急がないと、急がないとだめなんだ! すぐに行こう、タカ! さあ早く!」
「落ち着いて。私もスズを助けたいけど焦っちゃダメだと思うの」
「だめだ、今行かないと死んじまう」
「お願いだから落ち着いて」
両肩を掴まれて見つめられ、ようやく冷静さが戻ってきた。
タカが居なかったらどうなってたことか。最近はスズのことを考えて感情が先走ることがよくある。正直それのおかげで薬が完成したとも言えるが、今考えれば冷静さを欠いた状態で実験してセルリウムやその他危険物質に曝され死んでもおかしくなかった。
「じゃあ私の言うことを聞いてよ。まずPIPの拠点に行ってみましょ。あそこならフレンズが多いし、手がかりを得られると思うの。……ていうか、機械とか使って調べられないの?」
「ダメだ。セルリウムを使ったから捕まっちまう。黙っていてもラッキービーストのセンサーに残留物が引っかかって警報祭りだろうな」
「それじゃ、スズを治した後はどうするの」
あ。
「それは知らん」
「あら。ヒデらしいかも。それじゃ、行きましょ」
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