第29話 新天地

「うわあぁぁ!? お化け!!」

「怖がらないでっ! なにか困ってることはある?」


「困ってること? それならお花畑に雑草が、ってえぇ! お化けなのに喋れるの?」



 今日もパークを放浪して生きる理由を探す。そこら辺で拾ったシーツを被って顔を隠し、とりあえず困ってる人やフレンズを助けてみる。

 もちろん目の場所には穴を開けてるが、それが余計に怖く見えてしまうらしい。


 今日は森で見つけたフクロウのフレンズに声をかけた。3割位のフレンズは怖がって逃げてしまうがそれで良い。



「ありがとう! お礼に育てたみかんとりんごをあげる」

「礼はいらない」

「待ってよ!」



 飛んだら誰にも勝ち目などない。シーツを被ってもタカだから。


 そして今日も考える。無駄だと知りながらも思いに耽って、いつの間にか夜になって、寝る。起きたらまた同じことを繰り返す。



「これうるさいわね。……ごめんね、タカ」



 胸ポケットに入っていた携帯を捨てた。これはタカが前使っていたものらしく、最後にタカと話した日に連絡用にと渡してくれた物だ。


 この携帯はずっと鳴っていて、タカが心配して電話してくれているのは分かっている。


 だから、捨てた。


 涙も未練も感情も一緒に。


 あのままタカ説と居たら……なんでもない。



「おい、そこにいるのは誰だ」

「うわ!? お化けですよぉアレ。オーダーきついですよぉ」

「お化けぇ!? それは嫌だな。キンシコウ頼む」

「しょうがないですね。言っておきますけどお化けなんて居ませんからね。どうせただの仮装ですよ」


 知っている声。三人だ。


 後ろを振り返ると大きな耳、長い尻尾、大きな棒を持った三人組がこちらに来るのが見えた。



「セルリアンハンター……」

「どうしてその名前を知ってるんだ? お前お化けじゃないな? それになんだか知ってる匂いだ」

「もしかして前森で悪いヒトから女の子を助けてた、えっと確か」


 まずい。


「リカオン! 前!」

「いきなりなんです、かっ! 捕まえた!」

「私が布を取りますからそのまま抑えててください!」


「離して!」


 リカオンが掴んできたので、そのまま飛び立った。しかしリカオンは離さない。



「絶対離すな!」

「ちょっ、振り落とされるっ! うわああ!!」



 手を振りほどこうとしても何度も掴みかかってくる。さすが犬のフレンズ、執着心が凄まじい。それに力も見た目の割に強く、なかなか離してくれない。


 それなら。


 少し高度を上げてから一言。



「下を見て。いい景色よ」

「下? う、うわぁぁぁぁああああ」



 一瞬で手を離したリカオン。流石にここから落ちると怪我をしそうなので、足を掴んで少し高度を下げてから近くの草むらに放り込んだ。



「あいつなんてことを!」

「ヒグマさん、管理センターに連絡して後はヒトに任せましょう」




 ______




 私はスズ。


 いや本当にそうなのか?


 シコルスキーとその周りの人たちはハルピュイアと呼ぶし、シロオオタカと呼ばれるときもある。


 自分がわからない。そもそも何をすれば良いのだろう。このだだっ広いジャパリパークで一人。


 だが仮にやることが見つかったとしても、自分には時間が残されていない。カレンダーは見ていないが、おそらく後3ヶ月位だと思う。翼に前程力が入らなくなってきたし、食欲もない。


 後三ヶ月経てば寂しさもすべて無くなる。



「ねぇ今度はあっちへ行こうよ」

「いこー!」



 森の中を走っていく子供が見えた。その後を親らしき人間とラッキービーストが追いかけている。


 バレると思って木の陰に隠れるとすぐに子どもたちは何処かへ行ってしまった。



「思い出しちゃだめ……だめっ! いやだ……忘れないと……」



 タカと出掛けて笑いあったことを思い出しそうになって、喉元まで来たのを何とか抑え込んだ。きっとその感情に身を任せたら自分は狂ってしまうから。


 特にヒデとかいう人間はだめだ。自分が少し笑ったらすぐいやらしい笑顔を浮かべて油断しきっていた。もう二度と私が出ていかないなんて思い込んで。



「うわぁ、おしゃれだね」

「今度は誰!」



 気の抜けたような声。一瞬つられて呆然としてしまうそうになったが、なんとか警戒心を引き出して立ち上がった。


 被ったシーツで見えないが爪も具現化させて、いますぐ話しかけてきた相手を襲えるように。



「お化け? フレンズ? それともヒト? それかしてよ、フルルも着てみたい」

「これは私のだからあげない。消えて。それよりあなたは誰」

「ふるるー」



 濃紺と白のパーカーを着て、服はほぼ上着のみ。後は何故か頭にヘッドホンを付けていて、髪はミドルショートでピンク色のアクセントがある。


 シコルスキーが映像で見せてくれたのを思い出した。たしかペンギンの誰かだ。



「あ、フンボルトペンギンだった。君は? ああフルルはフルルって呼んでいいよ」

「ふる……ペンギン! あっち行ってペンギン。飛べない鳥なんて悲しくないの?」

「えへへ。ペンギンにはね、夢の翼があるんだよ」

「夢……? 一体何を言ってるの?」



 なにか薬物でもやっているのかとも思ったが、これは性格だ。それも凄まじい天然。自分の呼び方も安定していないし、シーツを被っているのをおしゃれとも言っていた。


 だめだだめだ。このまま話していると負の感情が消えそうになる。もう誰とも合わずに3ヶ月過ごすと決めたんだ。



「君をライブのセットにしようかな~」

「はぁ!?」

「ひらひらした物を集めてきてってパイセンに言われたから、ペンギンは君のこと持って帰る。ライブの途中は大人しくしてなきゃだめだからね」


「何言ってるの? とにかく煩わしいからあっち行って」

「ペンギンついてく」



 そのうち離れるだろうと思っていた自分が馬鹿だった。どこまでもついてくる。ちょうど体力が切れていて飛ぶことができず歩かざるを得ないのに、余計な荷物までついてきたら最悪というほかない。



「あっちいって! 回れ右! 私の視界から消!え!て! 私は目がいいから1キロ以上離れてもらわないと見えちゃうの」

「目がいいんだね。どうすればそんなに目が良くなるの? ブルーベリーいっぱい食べればなれる?」



 天然で言っているすべてが煽っているように聞こえ、少しづつ頭に血が上ってきた。


 何とか抑えて歩き出した私を追いかけて何度も何度も話しかけてくる。


 ああ、もう限界だ。



「っ!」

「ひゃあ!?」



 気づいたらペンギンは土の上に横になっていて、自分を下から覗いていた。


 突き飛ばしてしまった。


 これでようやく楽になったと歩き出そうとしたが、できなかった。



「嫌いとか何とか言ってよ」



 ペンギンは何も言わない。



「うしろ」

「え?」

「ちょっと離れててね」



 するとペンギンが凄まじい勢いで起き上がり、自分に向かって突っ込んできた。


 ……と思いきや、すぐ横を通って自分の後ろにいる何かを手を使って粉々に叩き壊した。同時に立ち上る虹色の結晶を見て、ペンギンが何をしてくれたのかが分かった。



「えへへ、あぶないあぶない」

「怪我なんてないわ。それよりあなたは、え、嘘! 腕から血が」



 ペンギンはセルリアンに攻撃など食らっていない。


 その前に突き飛ばしたのは自分。同時に登っていた血が一気に下がって、自分のしたことを完全に理解した。


 自分はこの子に怪我をさせた。怒りに任せて突き飛ばしたせいで。



「どーしたの? ペンギン大丈夫だよ」

「ごめっ……! 大丈夫!? 突き飛ばしたりしてごめんっ! すぐ、すぐ病院に連れて行ってあげるから!!」

「そういうの情緒不安定っていうんだよね。じゃあ病院は良いからライブのセットになって~。あとお家にも帰りたいな」



 よく考えてみると、ライブのセットなら何も考えず吊るされているだけで生きていくことができる。



「分かった。セットにもなるしお家にも連れて行ってあげる」

「わぁありがとう。パイセンにほめられる」




 _________




「ここでいい?」

「セットになるんだよね。一緒に来てほしいな」

「そうだったわね」



 ペンギンが家と呼ぶ場所に行くと、そこは家とは言えないライブ会場のような場所に着いた。ペンギンはその横にあるプレハブ小屋を目指すように言ったので近くに降りると、音楽のような物がかすかに聞こえた。



「パイセン。セット連れてきたよ~」

「早いなフルル! 早く見せて!」



 ペンギンがプレハブの窓から首を突っ込んで誰かと話している。中には二人ほどいるようだ。



「付いてきて。靴は脱いでね」



 ペンギンに連れられて部屋に入ると、そこは練習部屋のような場所だった。あちこちにキラキラした物が置いてあって、壁には身長ほどもある大きな鏡がある。部屋全体が少し湿った木の匂いがして、使いこまれていることが分かった。



「よっ!」

「お、おばけ!」



 部屋の中にはフレンズが二人。猫とペンギンだった。猫の方は変わった点はないが、ペンギンの方は全体的に灰色っぽく髪が非常に長い。


 そして目に光がなかった。


 シコルスキーが話していたのを聞いたことがある。目に光がないのは絶滅種だ。



「フルル、この子は? もしかしてアイドル志望?」


 アイドル?


「セットだよ。天井から吊るして飾る」

「いやこれ中身入ってるから! きっとヒトかフレンズだって! 可愛そうだから元いた場所に返してあげて!?」

「セットになりたいって言ってたんだよ。ね、良いでしょパイセン。マーゲイはどう?」


「ひいぁ! お化けは確かに斬新なセットじゃない! 次のライブでコウテイさんの後ろとかに吊るしたら、えへへへ、ぐへへへ」



 このフレンズはヒデと同じタイプだ。関わりたくない。


 とりあえず言わなければいけないことがある。



「あの、二人共」

「どうした?」


「ごめんなさい。私この子突き飛ばしちゃって怪我させちゃって……うう、あううう……本当にごめんなさい……うう」


「だからフルル怪我してたんだ」



 灰色のペンギンがシーツ越しに見つめてきた。何を言ってくるんだろう。


 でもきっとすごく怒るんだろうな。



「んーー……」

「うう、ひぐっ……えう……」



 その瞬間、光のなかった目に野生解放の光が灯って大きな額に青筋が浮いた。



「ひっ」

「ちょ、パイセン!? 何する気ですか!」

「パイセン?」



 ついに唇が動き出した。しかし優しさに溢れた声だった。


「フルルのことは良いよ。謝ってくれたからフルルが許すなら不問だね」

「あ、もう大丈夫だよ? ペンギン……フルルは平気だから」

「ありがとう」


 次の瞬間青筋が濃くなり、迫力のある低い声に変わった。


「君、何があった?」

「パイセン、怒ってるの?」

「この子の心をボロボロにした犯人にね。シーツ越しに目が見えたけどはっきり言って普通じゃない」


「飼育員は付いてるの」

「付いてない」

「ヒトの知り合いは」

「…………ヒデ」


「ああ、あいつかぁ」


「知ってるの?」

「マーゲイが捕まって耳をしゃぶられて帰ってきたからね」

「う、うわぁ」


「とにかく君、ここに居な? おっと遅れたけど私はPIPPenguin Idol Projectのプロデューサーをやってるジャイアントペンギン! こっちはマネージャーのマーゲイ。君が連れてきたのはPIPのメンバー、フンボルトペンギンのフルル! あ、私のことはパイセンって呼んでくれて構わないよ」



 アイドル。ステージの上で歌って踊る、輝きに溢れたフレンズ達。あのペンギン、じゃなくてフルルが妙にキラキラしてたのはそういうことだったのか。


 だったらこんなところには一秒も居たくない。私とは正反対なのだから。きっとこの人達は私を輝きで満たそうとしてくる。


 でもそれではだめなんだ。


 タカのところからも逃げた自分がまた他の人の世話になるなど。



「っ!!」

「おっと~逃さないよっ! ついでにマーゲイ、このシーツ取って」

「はいっ!」


「ちょっとやめて離して! この、このっ」



 マーゲイがシーツに爪を立ててきた。なんとしてでもここから逃げ出さないと。



「ただいま帰りました」

「待たせてしまったね」

「イエー帰ったぜぇ!」


「ナイスタイミング! この子抑えてくれないかな!」



 最近はツイてない。こうなったら本気を出すしか無い。



「飛んだぞ! イワビー抑えろ!」

「分かった! おらこのやろー、練習場所で暴れるなー!」

「落ち着いてくださいシーツのお化けさん!」

「力が強いな。フルル、羽を抑えて。イワビーは胴体、ジェーンはマーゲイと協力してシーツを引っ張るんだ。私は手を抑えよう」」

「わかったよぉ」


「いい連携だね! そのままやっちゃって!」


「うっ!? ちょ、やめ、本当にやめて……ピイィ……ピイイイイイイィィィィ!!!!! ピイイエァァアア!!!!」



「うわあああ耳がっ!?」

「ジェーン力が抜けてる!」

「耳が、耳がキンキンしますっ!!」




 ______



「ハア、ハァ、みんな無事か?」

「余裕だって!」

「なんとか……」

「おなかへった」


「皆おつかれ。それじゃ正体見たりっ、と……? 君は、オオタカ?」



 もう動けない。きっと前なら全員振りほどいて今頃雲の上だったのに、体力が落ちてペンギンなんかに抑えられてしまった。


 いつのまにかシーツは取られてしまっていて、フルルに似たフレンズ達が興味深そうに覗き込んでいた。



「いや、オオタカじゃないよパイセン。髪とか羽とか、よく見ると違う。白変種だろうな、おそらくは……」

「ひゃぅ」


 抱きしめられた?


 ペンギンの独特な感触のミトンのような手で包まれた。一瞬ヒヤリとしたがすぐに体温が伝わって温かい。


 同じ女なのになぜだか鼓動が早くなった。顔も近い。



「そんな悲しい目をしないで。ここにいる皆は信頼できるから、好きなだけ頼ってくれて良いんだよ」


「顔赤くなってるぞー! ハハハ!」

「冷やかすなよ~」

「う゛゛は゛゛゛゛゛良゛゛い゛゛」


「離して」

「っと、ごめんよ」



 ダメだまた心が揺らいでしまった。あんなに短時間で体温を伝えられて耳元で囁かれて、しかも目がくらむほどの優しさ。


 このままだとまた依存してしまう。


 どうせまた逃げてしまうのに。


 それに、その前に自分は寿命が来る。誰もそんなこと知らずに助けようとして本当に、本当に……



「わわ、そんなに強く抱きしめた覚えはないんだけど大丈夫かい? どこか痛いとか……」

「怪我はしてないみたいですがどうしたんでしょうか」

「さっきは変なこと言ってごめんよ、冷やかしたことは謝るから泣かないでくれよっ!」


「お腹減ってるんじゃなーい?」

「それはないだろー」

「おなかへった」



 楽しそう。溢れるほどの輝き。


 一緒にいるだけで馬鹿みたいになってくる。



「はいじゃあみんなは練習! 後は私が引き受けるよ」


「心配だ。私も居ていいか」

「大丈夫だってコウテイ」

「パイセンが言うなら、わかった」



 ________



「ひゃあーっひゃっひゃ、コウテイに好かれちゃったねぇ。羨ましいなぁ、パークで大人気のアイドルのリーダーだよ? 普通逆でしょぉ! プロデューサの私が言うんだから相当だって!」

「うん」



 背中をバシバシと叩きながら、ミトンのような手をうるさく動かして永遠に話しかけてくる。



「色々ありがとう。とにかく良いの。私は帰る。アイドルと一緒にいることはできない。あの子達とは違うから」

「違わないよ。何も」


「とりあえず君、次のライブでステージたってみない?」


「何言ってるの? 聞き間違いだと良いんだけど」


「本気だよ~。なんか話してたら好きになっちゃったんだ。おっと逃げても無駄だよ! 動きは見切ったからね。オオタカにも頼まれちゃったんだ」

「タカに?」

「そー。ついさっき来てね」


「貴重な経験だよ? きっといい思い出になるさ」

「思い……出?」

「そー。PIPのみんなと、私と頑張って思い出を作るんだ。どう?どうどうどう?」

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